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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第一章
22/227

21 解放

 ドクターゼムは驚愕に目を見開いていた。

 壁に叩きつけられたリュウが直後にはパストル博士の首を(つか)んだが、今はその手を離し、自分の口を押えてじたばたしている。

 なのにパストル博士は首を掴まれた時の伸び上がった体勢のまま、時間が止まった様に固まっていた。


「こ、小僧! 無事か!?」


 ドクターゼムはアイスの入るバックパックを胸の前に抱えながら、リュウの下へと駆け寄った。

 後ろにはロダ少佐が呆然とした表情で追従している。


「リュウ、大丈夫!?」

ひはは(舌が)へっはひはい(めっちゃ痛い)……」


 凄まじい戦闘に言葉を失っていたアイスが、我に返って不安そうな声を掛けたが、涙目のリュウが何を言っているのか星巡竜なのに分からない。


「今、治しますわん、ご主人様」

「ほあ……んん、あ、治った! てか、何かクセになりそうなエロい感覚だな……」


 妙に甘ったるい大人びた声がした途端、リュウが一瞬呆けた表情を見せ……人語を喋った。

 ココアが舌を怪我したリュウの口内に人工細胞を溢れさせ、舌を絡め取る様に治療したのだ……ディープキスの様に……もちろん、わざとだ。


「ココ、ココア! 自重しなさい!」

「はあい、姉さま」


 外れた左肩と刺し貫かれた左前腕部、切り裂かれたこめかみを同時に治療しながらミルクが慌てて叫ぶ。

 ミルクはココアの制御下にある人工細胞に基本介入はできないが、思考が独立しているのみで人工細胞をシェアし合っているだけなので、何をしたかは分かっている。


 が、エロに関しては控え目の性格に出来ているミルクは、ココアの大胆な行動に面食らってしまった様子だ。

 これもミルク自身が構築した新システムによるものなのかも知れない。

 一方のココアには、悪びれる様子は見られない。


「ふう、何とか勝てた! もう大丈夫っぽいけど……ココア、これどうなってんの?」


 リュウは、自分を心配して駆け寄って来たドクターゼムらに努めて明るく振舞った。

 実のところ、ミルクが処置しているとは言え、貫かれた左前腕部を筆頭に、体のあちこちがズキズキと痛んでいる。

 そして気になるのは、伸び上がったままピクリともしないパストル博士だ。


「えっと、お亡くなりになっていますけど……?」

「は?」


 何故そんな分かり切った事を聞くの? と言わんばかりのココアの返事にリュウは一瞬何を言われたのか理解できなかった。


「恐らく、パストルは深い所までAIと繋がっておったんじゃろう。その状態でAIを乗っ取られれば、こうなる……という事じゃな……」

「はい。ドクターの仰る通り、彼は脳だけでなく心肺機能も人工細胞で管理、強化していました。なので、ココアがAIを破壊した事で意識を失い、心肺停止に陥ったのです」

「苦しまずに逝った事が、せめてもの救いじゃな……」

「……」


 つまりはそう言う事らしい。

 しかし戦う意志はあれども人を殺すとは思いもしなかったリュウにとってパストル博士の死はショックだった様で、言葉を失っている。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「え、ああ……うん、大丈夫!」


 心配そうなミルクの声に、リュウは努めて明るく返事をした。

 ここで終わりではないのだ。

 まだこの先にどんな困難が待ち受けているか分からないのに、ここで落ち込んでいてもどうしようもないのだ。


「しかし考えたの、小僧。まさかAIを複製して独立させるとはの……わしも目から鱗じゃったわい……」

「え? あはは、単純に思い付いただけで、ミルクがやってくれたんですけどね。そうだ、二人とも出てこい」


 ドクターゼムがそんなリュウを思いやる様に話題を変えた。

 いや、ドクターゼムは最初からこれこそが本題だったのかもしれない。

 リュウは照れた様に頬を人差し指で掻きながら、ミルクとココアを呼び出す。


「何とか切り抜けられてよかったです」


 リュウの左手からちょこんとお辞儀をしながら、ミルクがほっとした声を出す。


「皆さま、初めまして。ご主人様に創造して頂いた妹のココアです。うふん」


 次に右手からロングヘアーをアップに纏めた、健康的な小麦色の肌の美女が現れる。

 名前の由来が安直なのはともかく、胸元がパツパツの白いブラウスに黒のタイトなミニスカートでお辞儀の後にウインクする姿は、どこぞのエッチいビデオに出てくる女教師そのまんまだ。


「コ、ココア……最初に用意したスーツの上着はどうした……」


 咄嗟にくるりと皆に背を向け、リュウはココアに問い掛けた。

 皆、リュウの耳が真っ赤になっているのを見逃さない。


「脱ぎました」

「脱ぎ……なんで?」


 ココアは当然の様にさらっと答えるが、わざわざ用意したのに何故? とリュウには意味が分からない。


「だってぇ、ご主人様はこっちの方が良いと思ってぇ……」


 リュウの趣味を暴露するかの様なクネクネするココアの発言に、聞くんじゃなかった! とリュウは思ったが、時すでに遅し。

 ロダ少佐もドクターゼムも生暖かい瞳で見守ってくれているが、アイスはちょっと危ない人を見る様な目だ。

 

「いや、あのな? 人前ではちゃんと服着てくれる?」

「人前だから、ボタンはちゃんと留めてたのにぃ……」


 俺にはそんな趣味はありません! と言わんばかりにリュウがココアに訴えるが、ココアの口振りによって皆はリュウの趣味だと理解した。


「はうっ、俺が悪かったぁ!」


 頭を抱えて天を仰ぎ、リュウは己の業を呪った。


「自業自得です、ご主人様。ココア、もういいでしょ? ちゃんとしなさい」

「はあい、姉さま」


 減ってしまった人工細胞を回収するミルクに呆れ声で促され、ココアの立体映像は即座に上着を着たものに変わる。


「ココア、俺に何か恨みでもあんのか?」

「今まで封印されていました!」


 どうやらココアは、今まで隠蔽されていた事を拗ねていた様だ。


「封印て。ほら、切り札は最後まで取っておくもんだろ?」

「切り札! ココアは期待されているんですね!?」


 だが、リュウの言葉にココアのテンションが上がる。

 どうやらココアは(おだ)てに弱いらしい。


「当たり前だろ――」

「ゴホン……リュウ、済まんがそろそろ先を急がないか?」


 終わりが無さそうな会話にロダ少佐が済まなそうに割り込み、先を促した。


「そ、そうでした、済みません。あ、この人どうしよ?」


 本来の目的を思い出したリュウは先へ向かおうとして、伸び上がったままのパストル博士をそのまま放置すべきか迷った。


「そうですね、このままというのも気の毒なので……っと」

「おっと」


 なのでミルクが主人の左手からレーザーを発射して、パストル博士の体を固定している博士から伸びる槍を根元から切断する。

 ぐらりと後ろに倒れるパストル博士をリュウが慌てて支え、通路の脇に寝かせた。


「これでいいか……てか俺、レーザーも撃てんのか……」

「出力も照射時間も大した事ないですけどね。まぁ、これくらいなら……」

「それでもすげえな……」

「すごいね、リュウ!」

「本当に大したものだ。もう何と言えばいいのか……」

「驚くべきは、その成長速度じゃのう……それが二体も……」

「二人って言って下さいドクター。ココア達は物じゃありません!」

「そうじゃの、すまんすまん」


 そんな会話を交わしながら一行は先へ進み、最後のエレベーターへと辿り着いた。

 降下するエレベーターの中でリュウとロダ少佐は短い打ち合わせを済ませ、扉が開くと意気込んで通路へ飛び出した。


「あれ?」

「拍子抜けだな……」


 呆けた声を出すリュウと、やれやれと言った感じのロダ少佐。

 飛び出した通路には誰も居らず、静かなものであった。


「しかし爆発物観測室には、武装した研究員か兵士が居るだろう……」

「ですね、俺が飛び込んで制圧しますよ……ミルクとココアが……」


 すぐにロダ少佐が次の懸念を口にし、訓練された軍人の切り替えの早さにリュウが感心し、同意する。


「任せて下さい!」

「ご主人様、最後は言わない方が格好いいです……」

「今更飾っても仕方ねえって……」


 リュウに期待を向けられて、ミルクが意気込み、ココアがリュウのセリフに注文を付ける。

 だがリュウは気にする様子もなく、自然体で通路を進んだ。

 何の障害も無く観測室まで辿り着き、リュウが壁にそっと触れる。


「ご主人様、中には研究員が二人居るだけです。武装はしていません」

「なら楽勝だな。あとは結界の制御装置を探すだけか……」


 ここでもミルクが極細の偵察糸によって内部の危険度をチェックし、リュウは安堵すると共に次の目的を口にする。


「ご主人様、それなら入口を入ってすぐ右の機械です」

「は!? ココアが何で知ってんの?」


 次の目的に対するココアの即答に、思わずリュウは大きな声を上げそうになった。


「さっきの戦闘で、敵AIのメモリー内にデータが残っていたのを読みました」

「よくそんなタイムリーな情報有ったな……」


 淡々と語るココアに、リュウは驚きと呆れの入り混じった呟きを漏らす。


「データベースと違って、メモリーは最近のよく使われるデータが残ってますからね」

「お手柄だぞ、ココア」

「ありがとうございます!」


 だがミルクに解りやすく補足され、リュウは改めて彼女達AIの凄さを実感する。


「んじゃ、行きますか!」


 扉を開くと同時にリュウが飛び込み、驚く二人の研究員が並んで振り向いた時には、リュウは二人の腹に手を当てていた。

 そして「バチッ」と音がしたかと思うと、二人の研究員は声も無く(くずお)れる。

 リュウが両手に電気を纏わせて触れたのだ、スタンガンの様に。


 あっという間に二人の研究員を制圧したリュウは、入口横に有る結界制御装置の前に立った。


「これか……これでアイスのご両親を解放できるな!」

「リュウ、ありがとう……」


 アイスに向かってリュウが笑顔を向けると、アイスはリュウの目をじっと見つめてお礼を言った。

 だがアイスの瞳に力強さは感じられず、随分弱っている印象だ。

 制御装置のレバーを下ろすとリュウはアイスをバックパックから出し、胸に抱いて大窓へ向かった。

 眼下には、広く薄暗い空間の中央に(たたず)む二人の人影があった。

 アイスの両親と思われる二人に向けて、リュウは大きく手を振り、窓を叩いた。


 二人はそれにすぐに気付くと、窓に向かってやって来た。

 淡く輝きながら宙を浮いて。

 リュウが目を見開く中、スーっと窓の外に近付いた二人。

 真紅の髪の大柄な男性が右手を前に(かざ)すと、窓は音も無くぽっかりと穴を開けた。


「アイス!」

「母さま……」


 ため息を吐きたくなるような美貌の女性が、リュウの胸に抱かれたままのアイスに抱き着いて、リュウは硬直しつつも、ふわりと香る上品な香りを堪能する。

 そしてリュウに会釈しながらアイスを抱き上げると、真紅の髪の男性に振り返り、アイスを預けた。


「あなた、アイスを……」

「うむ」


 真紅の髪の男性はアイスを抱き頷くと、真紅の光でアイスを包み込む。

 その間に美貌の女性はリュウ達に振り返り、感謝を述べる。


「救って頂き感謝致します。(わたくし)はエルシャンドラ・エール・ヴォイド、アイスの母です。そしてこちらはアインダーク・エール・ヴォイド、アイスの父です」


 深々と頭を下げ、感謝を述べるエルシャンドラ。

 濃紺の刺繍を(あしら)った、シンプルな白のドレスに身を包むエルシャンドラに、三人は見惚れ固まっている。

 エルシャンドラはリュウを見つめると、にっこりと微笑み語りかける。


「リュウ・アモウ、地球ではアイスがお世話になりましたわね。そしてこの惑星ナダムで再びアイスを救ってくれたばかりか、私たちまでも……本当に、何とお礼を言えば――」

「いえいえいえ、そんな、いいんですよ! 俺もここの皆さんにお世話になって、お手伝いしただけなんです。そ、それにヨルグヘイムを何とかしないと、俺達も皆さんも安心できないと言いますか……」


 絶世の美女に名前を呼ばれてリュウは舞い上がりそうになったが、頭を下げられてハッとして言葉を遮ってしまっていた。

 だが顔を真っ赤にして一生懸命固まりそうな口を動かそうとするリュウを見つめるエルシャンドラの瞳は、とても優しいものだった。


「そうでしたわね……あなた、アイスは大丈夫なのですか?」


 エルシャンドラはヨルグヘイムの名が出た事でその表情を引き締め、アインダークへと振り返る。


「うむ、竜力が完全に枯渇してしまってはいるが、大丈夫だ。ただそういう状態故、相当な倦怠感にしばらくは(さいな)まれる事になろう……」

「そうですか……アイス……」


 アインダークの言葉を聞いたリュウは、一先ずほっと胸を撫で下ろす。

 そんなリュウに、アイスを抱えたアインダークが歩み寄った。


「リュウ・アモウ。これまで助力してくれたそなたに、こんな事を頼むのは心苦しいが、今しばらくアイスを預かり匿ってくれぬか? 我とエルシャは、これよりヨルグヘイムと対峙せねばならぬ」

「は、はい……俺で良ければ……」


 アインダークの頼みにリュウは戸惑いながらも頷き、アイスを再び胸に抱きかかえる。

 それを見てアインダークも頷き、リュウの目の前で右手を真紅に輝かせた。

 その輝きが収まるとアインダークの手の中には一つのネックレスが現れ、アイスを抱え両手が塞がるリュウの首に掛けた。


「あ、あの……これは……」


 真紅に透き通る宝石が(はま)ったネックレスを首に掛けられ、リュウが戸惑う。


「それは治癒の竜珠と言って、身につけておるだけで癒しの効果を得られるものだ。何かの折には役に立つ事もあろう。今はそれ位しかしてやれぬ……許せ」

「はい、あ、ありがとうござ――」


 その時、轟音と共に何かが大空洞に落下し、観測室が大きく揺れた。


「うおっ!? 何だ!?」

「大丈夫ですか、ドクター!」

「何が起こったんじゃ……」


 大空洞の天井に穴が開いて光が差し込んでいるが、落下物の影響で砂埃が舞っており、何が起こったのかよく分からない。


「皆、急ぎ退避せよ! 奴だ、ヨルグヘイムだ!」


 気配で悟ったのかアインダークが叫び、皆に緊張が走る。

 その直後、再び轟音が鳴り響き、先程とは比べ物にならない揺れがリュウ達を襲うのだった。

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