28 秋の出来事
お待たせ致しました。
完結に向けて新展開突入です。
リュウ達の闘技場の視察から十日、九の月を迎えたウィリデステラの各地では、豊穣祈願の祭りが例年通りに行われていた。
リュウ達が暮らす、マーベル王国ノイマン領の町リーブラもお祭りムード一色であるが、今年は市場の外れに例年には見られない光景が広がっている。
市場の外れには年季の入った木造の大きな酒場が有るのだが、普段なら常連客と非番の騎士がまばらに席を埋める程度なのに、長蛇の列が出来ているのだ。
「はい、お待たせしました~! そんなに押さないで~!」
「慌てなくても、まだまだ有るからね~!」
「悪ガキ共! ちゃんと列に並べっつってんだろ! そこ! 走り回んな~!」
そんな店の入り口ではミルクとアイスがせっせと商品を配り、リュウも手伝いをしながら言う事を聞かない子供達を追い回している。
こんな事になっているのは一週間前、閑古鳥が鳴くこの店に小菊が従業員として働く事が決まった事に始まる。
この世界にやって来て三ヶ月になる小菊だが、既に星巡竜として国民のほとんどから認知されているリュウの友人という立場、口にした誰もが絶賛する程の料理の腕前、そしてその穏やかな性格は、この町の誰からも快く受け入れられている。
そうしてリーブラでの生活にすっかり慣れたと思われた小菊であったが、慣れてしまうと自身や周囲に目を向ける余裕が生まれ、リュウの世話になっているだけで良いのか、という思いが日に日に強くなっていった。
だがそれを話したところでリュウ達を困らせるだけだとの思いもあって、小菊はそれらを胸の内にしまっていたのだが、市場を大混乱に陥れたオルグニールと戦うリュウの姿に、彼女はトラウマである父親を思い出してしまったのだった。
それは暴力を人一倍恐れる小菊にとって致し方ない事なのだが、それ以来小菊はリュウを前にすると緊張する様になってしまい、自己嫌悪に陥りながらもそれらを悟られない為に苦心する様になってしまう。
そんな時、その料理の腕前で店を助けて欲しいと酒場の店主から声を掛けられ、小菊は自分を見つめ直す良い機会だ、とその話を受けたのである。
当然、小菊の料理を食べられなくなるとリュウとアイス、そしてドクターゼムが猛反対するのであるが、ライバルが減るとほくそ笑むココアと、ご主人様の胃袋は自分が掴むと意気込むミルクに「小菊さんの事も考えてあげないと」と説得され、小菊の就職は無事に決まったのである。
そうなると気持ちを切り替えたリュウの計らいで、酒場のキッチンがエルナダの物に改装され、小菊が存分に腕を振るえる環境が整えられる事になったのだ。
そして今日、そのお披露目として小菊の料理が格安で振舞われる事になったのである。
「商品を受け取った方は、ここで食べずに移動してくださいね~!」
「包み紙をそこらで捨てんじゃねーぞぉ! ちゃんとゴミ箱に捨てろよ~!」
商品であるハンバーガーを受け取った客達が、ミルク達の誘導に従ってほくほく顔で去って行く。
中には我慢できずにその場でハンバーガーにかぶりつき、リュウの怒鳴り声などなんのその、満面の笑みを浮かべて去る者も多く居る。
なるべく多くの人達が食べられる様にとチョイスされたハンバーガーであるが、当然マーベル王国はおろか、人の地には存在しない食べ物である。
なのでリュウは小菊や三姉妹を伴って日本に戻り、大小様々な店を回って大量のバンズと各種調味料を買い漁っている。
何故なら人の地のパンはスープに浸して食べる様な固い物が主流であり、日本のパンの様なふわふわとした柔らかさに欠けているからであり、時間的余裕もあまり無かった為にソース類も今回は日本の調味料に頼ったからだ。
その他の食材は現地調達だが、小菊の腕と柔らかい日本のパンが組み合わされば長蛇の列が出来るのは当然なのであった。
そんな賑やかなイベントも夕刻前にはパンの在庫が尽きた事で終了してしまい、リュウとアイスはようやく休める、と酒場の隅にあるテーブルに腰掛ける。
「うあ~、疲れたぁ……あ~、喉が痛え……」
「やっと終わった……う~、お腹空いたよぉ……」
「お疲れ様でした、ご主人様、アイス様ぁ」
テーブルにぐったりと突っ伏すリュウとアイスにくすくすと笑いつつ、ミルクも労いの言葉を掛けながら着席する。
「みんなお疲れ様! これは店からのお礼だ。遠慮なく食べてくれ!」
「おお! これは豪勢だな!」
「わーい! ありがとう!」
するとそこへ両手に大きな皿を二枚ずつ持った大柄な男がやって来て、リュウとアイスの間を割る様にして声を掛けながら皿を置いていく。
彼の名はハンス・リーベル、二年前に一線を退いた父から店主を任されている、小菊の雇い主だ。
体躯も声も大きなハンスは一見すると豪快そうな印象を受けるが、実直で温厚な雰囲気が溢れる二十代半ばの好青年である。
大きな皿にはキエヌ聖国産の濃厚なバターで炒めたライスに、今日のイベントの余り肉のパティと野菜がふんだんに盛られており、リュウとアイスのテンションが一気に復調する。
「ありがとうございます、リーベルさん」
「なんの、なんの! お礼を言うのはこっちだよ。小菊ちゃんだけでなく、設備も一新してくれて……本当に感謝してるんだよ」
そして礼を言うミルクに笑顔で応じて厨房に戻るハンスと入れ替わる様にして、ココアと小菊がテーブルにやって来る。
「やっと休めるぅ~」
「助かったよ、ココアちゃん。みんなも今日は本当にお疲れ様~」
「おう、そっちこそお疲れさん。もう今日は上がり?」
「そんな訳ないよぉ。こっからの夕食の時間がメインなんやから」
「そっか。しかし飲食業って大変だなぁ……みんなが食べてる時は作ってばかりで食べられないし、自分は空き時間でパパっと済ませなきゃいけないし……」
「アイス、絶対できないよぅ……」
「そんな事ないって。まぁ、私は料理作るの好きやしね」
「でも、ちゃんと休んで下さいね? 倒れたら元も子もないですぅ」
「うん、そうやね。ありがとうミルクちゃん」
そうして互いを労いつつ食事を始めるリュウ達は、しばしの歓談を楽しんだ後、仕事の残る小菊と別れて家へと帰った。
これを機にリーベルの酒場は活気を取り戻すばかりか、貿易によって店を訪れる者達によって、各国にまで広く知られていく事になる。
そして小菊は各国のスカウト合戦に巻き込まれていき、ハンスは頭を抱える事になるのであった。
そうして九の月もそろそろ終わりを迎える頃、リュウは三姉妹を連れてオーリス共和国の港町、リエッタへとやって来ていた。
つい先日、この町に漂流者が流れ着いたのだが、その者達の言葉が理解出来ない為に星巡竜であるアイス様のお力を借りられないか、と呼ばれたのだ。
転移門でオーリス共和国にやって来たリュウ達は、挨拶もそこそこに手配された馬車に揺られてリエッタの東端、潮の香漂う漁港に降り立った。
「お~、帆船じゃん! 結構大きいのも有るんだなぁ」
「小型船での漁がまだまだ主流ですが、五年くらい前からはあの様な大型の帆船で遠洋にも出ているそうですよ。あ、ご主人様、案内の方がお越しですよ」
「ほいよ」
漁港に停泊する帆船にテンションの上がるリュウ。
そんな主人にミルクが簡単な説明を始めるのだが、一人の男が近付いて来るのに気付くと、主人の意識を本来の目的へと引き戻す。
「急なお呼び立てに応じて頂き、ありがとうございます。町長が議会出席で不在の為、私が代理を任されております。町長補佐のマイク・ケアリーです」
「リュウ・アモウです」
オーリス共和国の経済の半分を支えている、とも言われる東沿岸部の漁業を中心とする町の中でも一際大きな港を持つリエッタは、その大半の住民が漁業関係者であり、男女共にラフな服装で日に焼けて健康的な小麦色の肌をしている。
マイクと名乗った三十代くらいの男も町の男達と変わらぬ服装だが、その物腰は穏やかで、リュウは笑顔で挨拶を返す。
実は港町に向かうと聞いて、荒くれ者みたいな人物が相手だったらどうしよう、とちょっと緊張していたリュウなのだ。
「アイスです」
「星巡竜様の使いのミルクです」
「ご主人様のかの――んぎっ! お、同じく使いのココアですぅ……」
「え~、さ、早速ですが、漂流者達の下へ案内致します。どうぞこちらへ……」
そうして三姉妹もリュウに続くのであるが、早速見てはいけないものを目にしてしまったマイクは、引きつりかけた頬を隠すかの様に踵を返して背中でリュウ達を促す。
例の如く、彼女アピールしようとしたココアの足を踏みつけるアイスとミルクの絶対零度の瞳に戦慄を覚えたマイクなのだ。
「それにしても、言葉が通じないってどういう事なんです?」
「実はその……漂流者達は、獣の様な風貌なのです」
「え、マジで!?」
そんなマイクの後に付いて歩くリュウが、横に並びかけて呼ばれた理由を尋ねると、マイクの口から予想外の答えが返り、リュウ達の目が丸くなる。
「はい。最初は獣の群れが流れ着いた様に見えたのですが、近付いてみると彼らは人の様な体つきをしていまして、草や葉を編んだらしい服を着ていました。誰もがぐったりと倒れ込んでいる中、意識の有った一人が弱弱しい声で何かを訴え掛けてきまして、ともかく助けようと皆が収容できる空き倉庫へと運んだのです。ですが彼らは水もまともに飲めない様子でして……途方に暮れていたところ、エルナダの作業員の方がアイス様なら言葉が分かるかも知れない、と教えてくれたのです」
「なるほど……う~ん……だとすると、アイス……」
「うん?」
更にマイクから詳しく敬意を聞かされると、リュウは何やら考え込み、呟く様にアイスへと話し掛ける。
アイスは元々の話からも、言葉が通じる様にするのが自分の役目なんだ、と理解していたのだが――
「責任重大だな!」
「えっと、えっと……がが、頑張るから!」
「「ご主人様!」」
振り返るリュウが口元をニィっと歪ませた途端、出来なかったらどうしよう、と余計なプレッシャーを抱えて緊張してしまった様で、ミルクとアイスに宥められて目的地へと向かう羽目になるのだった。
「こちらがその場所になります」
港の外れにある大きな木造の倉庫の前で足を止めたマイクが目的地に着いた事をリュウ達に告げると、扉も無く壁が大きく開かれた所から中へ入り、看護しているらしい仲間の下へ向かう。
倉庫は元々造船用か、傷んだ船を修理するものだったらしく、平屋ながらかなり大きい造りをしており、漂流者達はその奥に並ぶ様に寝かされていた。
三十人は居そうな漂流者達は、並べた木箱や木材に布団を敷いて作られた即席のベッドに寝かされており、五人の男女が不安そうな面持ちで彼らを見守っている。
「どうだ?」
「相変わらずだな。もう二日になる……このままだとそろそろヤバいぜ――」
マイクが話し掛けるとその内の一人が声を潜めて応じる。
ただ見守るしかない状況に、誰もが沈痛な面持ちだ。
「うお、マジ獣人じゃん! アイス、何とか出来るか?」
「う、うん、やってみるね!」
そんな中で一人場違いなはしゃぎ声を上げるリュウと、頼られて嬉しそうな声で応じるアイス。
簡易ベッドに寝かされる漂流者達は毛布を掛けられて体は隠されているものの、ヴォルフのボスに似た顔つきの灰色の狼だったり、チョコやショコラに似た茶色の豹の顔だったり、他にも黒い熊や白い狐など、様々な獣の顔だったからだ。
その声に反射的に非難の目を向ける看護の五人が、驚愕に目を見開く。
倉庫内が薄暗いせいで、漂流者達に光を放つアイスもまた輝いていたからだ。
これにはアイスが星巡竜だと知っているマイクも、目を見開いて固まっている。
するとリュウが何を思ったのか、アイスの放射する光の中へ足を踏み入れる。
「お~、なるほど……確かにお前の願いを感じるな……そうか、こんな風に優しく力を使う訳か……」
「ご主人様、アイス様の力が理解できるのですか?」
「なんとなく……な。多分、こんな感じだろ……」
そうしてしばしアイスの力を浴びて納得顔で光から出てくるリュウは、目を丸くするミルクに尋ねられると、徐に前に伸ばした右手から漂流者に向けて金色の光を放射する。
「あ、うん! それで良いと思うよ!」
「ご主人様も癒しの力を!? 増々レベルアップですね!」
「レベルアップ……確かに凄い……ですぅ……」
アイスの嬉しそうな反応に、驚きと喜びが入り混じった声を上げるココアと一人感激を噛み締めるかの様に呟くミルク。
その間もマイクを始めとする町の男女は呆然とリュウ達に目を奪われていたが、漂流者達が一人、また一人と体を起こした事で、より一層目を見開く事になった。
「みんなとお話し出来る様にな~れ!」
「「「ッ!?」」」
「「「ッ!?」」」
そこにアイスが新たな竜力の光を放ったものだから、マイク達が今度は何だ、と思わず身構え、これには漂流者達もビクッと身を震わせる。
「よ。回復した様で何よりだな。どうだ、俺の言葉が分かるか?」
「――ッ、わ、分かる……言葉、分かる」
更にそこへリュウが一番近い漂流者に声を掛けると、簡易ベッドで体を起こしたばかりの狼の顔を持つ灰色の獣人が驚きと困惑が混在した表情のまま返答する。
「よしよし。上手くいった様だな。俺はリュウ。こっちはアイス。見た目は人間と変わらないけど、俺達は星巡竜と言って――」
「「「ッ!」」」
「……え?」
だが、言葉が通じて安堵するリュウが漂流者達にも安心して貰おうと自己紹介を始めたところ、彼らはベッドから跳ね起きてリュウから距離を取った。
身を寄せ合う様に一塊になった彼らに怯えた目を向けられて、きょとんと固まるリュウ。
「え、え~と……」
「ウ、ウオオオオオッ!」
困惑するリュウがぽりぽりと頬を掻いていると、皆を背で守る様にしてリュウを警戒する一際体の大きい黒い熊の獣人が、雄叫びと共にリュウに飛び掛かる。
「待て、ベグ!」
「ちょっ!?」
熊の獣人を止めるべく仲間の誰かが声を上げるが熊の獣人の動きは鋭く、一瞬で五メートル程の距離を詰められるリュウ。
二メートルを超す親衛隊のチコですら小さく見える程の巨体を持つ熊の獣人は、ミルクの見立てでは身長二メートル五十センチ、体重二百キロは有りそうだった。
その巨体の俊敏さにミルク達が息を呑む間に、熊の獣人がそのままの勢いで立ち尽くすリュウに鋭い爪を持つ巨大な腕を振り下ろす。
だがその腕は、リュウの掲げたどす黒い左腕にピタリと止められる。
「ウオオオオ! これ以上、誰も傷付けさせんっ!」
「待て! ちょっと待て! 落ち着け!」
それで焦ったのか熊の獣人が叫びと共に巨大な腕を滅茶苦茶に振るい、リュウも負けじと声を張り上げてその尽くをどす黒い腕で受け止める。
「守る! 俺が! 死んでも守るっ!」
「だから、落ち着けって!」
「うぶうっ!」
だが半狂乱状態なのか熊の獣人にリュウの声は届いていない様で、イラっとしたリュウの拳が熊の獣人の腹にドスンと突き刺さる。
呻き声と共に浮き上がる熊の獣人が、体をくの字に曲げて床に倒れ込む。
それを見て他の獣人達が「もうお終いだ……」とか「嫌……死にたくない……」などと口にしながらその場に膝から崩れ落ちていく。
マイク達は目まぐるしい状況の変化に付いて行けないのだろう、顎が外れる程にぽかーんと口が開いてしまっている。
「折角助けたのに、傷付ける訳ねーだろ! お前ら話もまともにできねーのか! はっ倒すぞ!」
そこにリュウの怒号が炸裂、怯えた獣人達が一斉に平服するのだが――
「あの、御主人様……も、もう、はっ倒してますぅ……」
「ああっ!? ちょっ、しっかりしろ! 大丈夫だ、傷は浅いぞ!」
苦笑するココアに指摘されて我に返るリュウは、大慌てでげほげほと咳き込んでいるクマの獣人の首根っこをむんずと掴んで引き起こし、今しがた覚えたばかりの癒しの力をペカーっと無理矢理浴びせるのだった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
新展開を始めるにあたり、例によってああでもない、こうでもない、と
予想以上に時間がかかってしまいました…
それで出来上がったのがこれです…。
少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。




