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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第五章
216/227

26 ココア先生の特別授業

「いいぞカシム! もっと踏み込――ああっ、惜しい!」

「ビビるなよ、カシム! 今のは行けたろ!」

「おいトニオ、ちょっと警戒し過ぎだろ!」

「「無茶言うな! そんな簡単じゃねえんだよっ!」」


 周りから(はや)し立てられて見事にシンクロして叫ぶ二人の男。

 中断していた摸擬戦が、ココアが用意した新たな装備とアドバイスを受けた事で再開されたのだ。

 先程までの、武芸者五人対獅子の集い二十人という戦力差ながらも武芸者が圧倒的な強さを誇っていた展開とは違い、今回は一対一の摸擬戦にも拘わらず、勝敗がなかなか決まらずに長引いている。

 これはココアが獅子の集いの面々が持つ盾を、余った建材を加工した武器に交換させた事が大きい。


 それは主人であるリュウの記憶の中に有った、ジャマダハルというインド発祥の武器であった。

 通常の剣は持つと切っ先が親指側を向くのに対し、ジャマダハルの切っ先は拳の先を向く様に作られているのが特徴だ。

 それ故に盾を構える姿勢のままに相手に剣を向ける事が出来、相手を押し退ける動作そのものを攻撃とする事が出来るのである。

 しかもココアによって刃は三叉(みつまた)となっているので、攻撃を受ける場合、盾程ではなくとも通常の剣よりは遥かに相手の剣を受け易くなっているのだ。


 いきなり装備を変更させられて、盾よりも軽くなった装備に初めは戸惑う獅子の集いの面々であったが、盾を廃して視界が開けた事で相手がよく見え、軽くなった事で遅れがちだった対応に余裕が出来た事は大きかった。

 また「慣れないうちはジャマダハルを武器だとは思わず、盾として使いなさい」というココアのアドバイスのお蔭で、従来通りの戦い方で武芸者と渡り合えているのだ。

 それは武芸者にも影響を与えていた。

 攻撃を盾で受けさせてその死角を利用する事が出来なくなったばかりか、蹴りや体当たりで態勢を崩したり整えたり出来なくなって攻め難くなった為だ。

 更にはココアの指示でズボンのベルトを穴二つ分緩めている為、ずり落ちそうなズボンにもいちいち気を取られて普段より動きが悪いのだ。


「くそっ、これならどうだ!」

「甘いっ――ぜっ!」


 これまでと同様にジャマダハルを攻略せんと見せかけて、フェイントモーションから反対側へと斬り掛かる武芸者のトニオだったが、相手のカシムにはしっかりとトニオの動きが見えていた様で、半身を引いてトニオの剣をジャマダハルで受け、もう一方の剣をトニオへと振り下ろす。


「くうっ!」

「「「あーっ!」」」

「「「惜しいっ!」」」


 だがトニオが武芸者の名に恥じぬ回避でカシムの剣を(かわ)し、獅子の集いの面々が落胆の声を上げる。

 因みに双方共に本気の攻防ではあるが、ココアの用意した武器は全て建材を加工した木製の物に布切れを幾重にも巻いて安全面にも配慮されている。


「剣を受けた時、手首を(ひね)れば良かったのよ。そうすればトニオは剣を取られない様に踏ん張るか、剣を手放して回避するかの二択を迫られる。前者なら一本取れただろうし、後者でも随分と優位に立てたのよ?」

「な、なるほど……」


 攻防が途切れたところへココアの声が掛かり、カシムが今の攻防を反芻(はんすう)する様にジャマダハルを持つ手首を何度も捻る。

 そのカシムの真剣な表情にココアが優しい笑みを浮かべている。

 元々美人なココアが御使いというフィルターを通した事で更に美化されているのだろう、誰もがうっとりした表情でココアに視線を奪われている。


「いやココア様、ベルト緩めてなけりゃもう少し余裕ありますって……」

「ダメよ、締め直しちゃ。それじゃ訓練にならないでしょ? ちゃんと胸を貸してあ・げ・て・ね?」

「も、もちろんですとも!」


 そんなココアにちょっと悔しかったのか、トニオが遠慮がちに口を尖らせるのであるが、ダメ出しをしつつ歩み寄るココアに耳元で甘ったるくお願いされてしまうと、赤い顔でコロリと態度を改めてしまうのであった。


「じゃあ、カシムは次の人と交代して。他のみんなも見てるだけじゃなく、各々で色々試してみると良いわ」

「「「はい!」」」


 そうしてココアの指示で、活気に満ちた瞳で訓練を再開する獅子の集いの面々。

 これには武芸者達も気を引き締め直して訓練に臨むのだった。










「どう? 少しはレベルアップしたって実感できた?」

「少しだなんて、とんでもない! ハンデを貰っているにせよ、ヘルガー殿相手にあれ程に渡り合えたのです! 感謝しかありません!」

「ココアは切っ掛けを作っただけよ。後は自分達でもっと色々と工夫する事ね」

「はい、精進します!」


 訓練が一段落して休む獅子の集いの面々にココアが問い掛けると、リーダー格の男が興奮気味に応じつつ深々と頭を下げた。

 周りの男達も同様の気持ちだった様で、リーダー格の男に続いて頭を下げる。


「あなた達もお疲れ様。なかなかキツいハンデだったかも知れないけど、良い運動にはなったんじゃない?」

「いやぁ、なかなか貴重な体験でした。ベルトを緩める事があんなにも動きを制限させられる事になるとは。重りを付けるよりも効果が有る気がします」

「元に戻した時の爽快感ったら無いです! いつもより速く動ける気がします!」

「それは気のせいね。こんな短時間じゃ効果なんて出ないわよ」


 続いてココアが武芸者達に声を掛けると、ヘルガーが頭を掻きつつ率直な感想を述べ、隣の男がはしゃいだ声を上げるのだが、ココアの苦笑混じりの返答を聞くと誰もがそりゃそうだ、と笑い出す。


「あのう、俺達が努力すれば武芸者の人達に追い付けますか?」

「それはあなた達の頑張り次第だけど、このままだと厳しいわね。これだけ色んな兵士が居る中で武芸者だけが一目置かれるのは、体の使い方が上手いからよ。同じ体格差でも彼らの体はとても柔らかくしなやかで可動域が広いのよ。柔軟性の差は攻撃にも防御にも如実に表れるわ。ただの飲んだくれ集団じゃないって事ね」

「酷い言われ様だ! 頑張ったご褒美にちょいと飲むだけですって!」


 そんな中、獅子の集いの一人の問い掛けにココアが武芸者の強さの理由を話してやるのだが、飲んだくれ集団と言われて武芸者の一人がそりゃないですよ、と声を上げる。


「そうなの? だって、あなた達っていつも酒場に居るじゃない」

「そりゃ、仕事の依頼が酒場に集まるからですよ。飲むのは精々一、二杯ってとこですよ」

「やっぱり飲んでるんじゃない!」


 なのでココアはヘルガーに真相を尋ねるのだが、返って来た答えに目を丸くして呆れてしまう。


「そりゃあ、やっぱ酒場なんで……」

「その程度じゃ、ちっとも酔いませんって!」


 再び笑いが巻き起こるが、武芸者達は頭を掻いたり開き直ったりと悪びれる様子は皆無である。


「あの! 御使い様だったらヘルガー殿達に勝てますか?」

「お、おい――」

「あったりまえよぉ! 五人同時に相手したって瞬殺よぉ!」


 そうして笑いが収まり掛けた時、獅子の集いの中でもまだ若い青年が手を挙げてココアに問い掛け、リーダー格の男が不敬だと口を挟もうとしたのだが、ココアのはしゃいだ声に遮られてしまった。

 ココアさん、御使いという立場を忘れてつい素に戻ってしまったらしい。


「いやいや、そりゃ勝てないでしょうけど、瞬殺はちっと言い過ぎじゃ……」

「なら、やってみる? 怪我しない程度には手加減してあげるわよ?」

「おいヘルガー、俺達がどこまで通用するのかやってみようぜ!」

「どこまで通用するのか……か。ココア様、本当によろしいのですか?」

「もちろんよ。本気で掛かってらっしゃい」


 すると武芸者の一人が遠慮がちに口を尖らせるのだが、ココアは既に武芸者達とやる気満々の様で、同じくやる気になった武芸者に釣られる様にしてココアの前に武芸者達が並び立つ。

 その時、ヘルガーは自分達がココアに用意して貰った布を巻いた木剣を手にしているのに対し、ココアが素手である事に気付く。


「あのココア様、得物は?」

「このままで十分よ。ココアの本気も少し見せてあげる」

「――ッ、分かりました。お前達、本気で行くぞ! 一瞬たりとも気を抜くな!」


 そうしてココアに問い掛けるヘルガーだったが、口元に笑みを浮かべて返答するココアの瞳に本気を感じたのだろう、仲間達に鋭く叫ぶ。


「おうっ!」

「分かったぜ!」


 それは仲間達も感じた様で一瞬でピンと張り詰めた空気の中、ヘルガーを中心にやや間隔を空けて左右に一人ずつ、その隙間を埋める様に二人が後方へと移動して素早く陣形を整える。

 これは前衛三人が同時に斬り掛かり、相手が辛うじて逃れたとしても後方からの追い打ちで仕留めるヘルガー達の必殺の陣である。

 たった一人の相手に使った事は無いが、同数相手でも未だ破られた事の無いこの陣ならば、人外の強さと聞き及んでいる御使い様でもそう簡単にはやられはしないだろう、との思いがヘルガーには有った。

 ヘルガー達の本気を感じ取り、獅子の集いの面々も真剣な眼差しを向けている。


 左肩を前に出して背を丸め、両手で持つ大剣を隠す様にしてココアににじり寄るヘルガー。

 他の四人も似たような体勢でココアを注視しつつ、目の端でヘルガーが仕掛けるのを待っている。

 それに対するココアはと言うと、やや半身になってはいるものの、特に身構える事も無く自然体で立っているだけである。

 だがそれが逆に不気味に思えたのか、ヘルガーも迂闊に仕掛ける事をせず、時が経つにつれて空気だけが重苦しく凝縮していく。


 そんな空気に、見学する獅子の集いの一人がごくりと息を呑んで吐息を漏らし、それを耳にした者達の緊張が一瞬緩んだその時だった。

 ココアに攻撃が届かぬ距離にも拘わらずヘルガーが動き、仲間達も動いた。

 ヘルガーはココアに初撃を躱されて懐に入られない様に、ココアの眼前にわざと袈裟斬りを空振りさせ、続く斬り上げをココアに叩き込むつもりなのだ。


「――ッ、なっ!?」


 そう思ってフェイントの袈裟斬りを放ったはずのヘルガーの口から、驚愕の声が漏れる。

 ヘルガーの反転した視界に、後衛の一人の腕を取って投げながら、その長い足でもう一人の後衛の足を刈るココアの姿が映ったからだ。


「うわっ!?」

「どあっ!」

「ぶっ!?」

「がっ!」


 次の瞬間、足を刈られた後衛の男が転ぶのと同時にもう一人の後衛の男が地面に背中を叩きつけられ、辛うじてココアの残像を目で追って反転した前衛右翼の男は飛んできたヘルガーの大きな背中と衝突してその下敷きとなった。


「えっ!? この――どわあっ!」


 残る最後の前衛左翼の男はその光景に一瞬唖然となったが、迫るココアに慌てて剣を突き出したところを逆に腕を取られてやはり地面を転がる羽目になった。

 ヘルガーが動いた瞬間から五人が地を這うまで実に二秒程、まさに瞬殺である。

 目の前で起こった出来事が信じられないのか、獅子の集いの面々から戸惑う様などよめきが上がっている。


「ね? ざっとこんなもんよ」

「い、今見たのに信じられません! ココア先生、凄いです!」

「せ、先生!? う、うふふ……悪くない響きね……」


 この摸擬戦を提案した若者に言った通りでしょ、とココアがパチンとウインクをして見せると、若者は興奮を隠そうともせずに赤い顔でココアを褒め讃えた。

 すると方々からも次々に称賛の声と共に先生と呼ばれ、ココアさんまんざらでもない様子で鼻高々にふんぞり返っていらっしゃる。


「ここまで速さに差が有るとは……御見逸れしました」

「分かれば良いのよ。怪我しなかったぁ?」

「あ、はい。大丈夫です」

「まさか、あんな簡単に投げられるなんて……なぁ?」

「俺も……でも、凄く良い匂いがした!」

「それな! いやぁ、良い経験だった!」

「何、馬鹿言ってんのよ……ま、武芸者如き、ココアの敵じゃないって事よ!」


 だが背後でヘルガーがむくりと体を起こすのに気づくと、ココアは怪我の心配をしてやり、その横で変に盛り上がる投げられた二人を呆れた様に(たしな)めて、照れ隠しするかの様に再び鼻高々でふんぞり返った。


「それは聞き(ジュ)てなりませんな……ココア様」

「え――ひうっ!?」


 そんな中、背後から声を掛けられて振り返るココアは、声の主を認識した途端、喉から引き()れた声を漏らしてしまうのだった。










「やべえ、ココア様ってあんなに強かったのか……」

「すぐ調子に乗る癖さえ無けりゃなぁ……」


 ココアの強さを目の当たりにして呆然とするのは一部始終を眺めていた観客席のリゲルであるが、その横ではリュウがふんぞり返るココアに呆れている。

 ミルクも主人と同じ思いの様で恥ずかしそうにしているが、アイスは嬉しそうであり、ハサンは驚愕のあまり目も口も開きっ放しになっている。


「それにしても、あの速さは大将でもやべえんじゃねえの?」

「それが俺、パワーアップしてさ。今じゃココアの攻撃は(かす)りもしねえんだよ……油断さえしなきゃな……」


 リゲルにからかう様な口調で話し掛けられるリュウは、期待を裏切って悪いな、とでも言う様に肩を(すく)めて応じつつニヤリと笑うのだが、昨日の失態を思い出して苦々しく呟いた。

 その呟きで一瞬で真っ赤になったのはミルクだ。

 グランによって大開脚させられ、主人にスカートの中に頭を突っ込まれるという悲惨な事故は彼女にとって苦々しいどころではなく、関係者全員の記憶を消去してしまいたい程の悪夢だからである。

 涙目で主人の背中を睨むミルクに、気付いたアイスがおろおろしている。


「それ以上強くなってどうすんだよ……ったく、大将が味方で良かっ――あ?」

「ん?」


 リュウの背後に気付く事も無くリュウに苦笑いするリゲルだったが、ココア達の方で何かを見付けたのか間の抜けた声を漏らし、釣られる様にリュウ達もそちらへ視線を向けるのだった。

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― 新着の感想 ―
武器の形を変えるのは名案ですね! ココア先生素敵でした。思ったよりもしっかり教えてました(笑)調子に乗ってるのは容易く想像出来ますが(笑) 続き楽しみにしてます!
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