表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を巡る竜  作者: 夢想紬
第五章
214/227

24 とある酒場のもめ事



 温泉施設を出て、本日ラストの視察となる闘技場に向かうリュウ達。

 比較的王城に近い宿泊、温泉施設と違い、闘技場は徒歩だと二時間程掛かるが、その道中にも大小様々な店や施設が建設中なので、リュウ達は()えて見学を兼ねて歩く。


「お~、広々として良いなぁ」

「ここはメインストリートになりますからね。ご主人様がみんなに見せた遊園地の映像が参考になっているんですよ」

「なるほどねぇ。これなら物資の搬入も楽で良いな」

「はい。お蔭で予定より早いペースで計画が進んでいます」

「よしよし」


 ミルクの説明を聞きながら、リュウ達は作業の様子を見て歩く。

 時には声を掛けて来る者達と言葉を交わし、笑い合い、大した疲れを感じる事も無くリュウ達は闘技場が見える所までやって来ていた。

 因みに声を掛けて来た者の中には、リュウと敵対した南部解放同盟の代表だったガゼリとノルバも居り、二人仲良く花を植えている事に吹き出しそうになりつつ、リュウは彼らが新たな人生を歩み出した事に安堵していたりする。


「リュウぅ、お腹空いた……」

「そだな……お、酒場が有るじゃん。あそこで昼食にしよう」


 そうして一行は、アイスの一言によって闘技場へ行く前に最寄りの酒場で遅めの昼食を取る事にして扉を開く。

 広めの店内は昼間のせいかテーブル席は全て空席で、奥のカウンターに五人程が談笑しながら飲んでおり、カウンター内の店主らしき女性と目が合って、リュウは物怖(ものお)じせずに尋ねてみる。


「あの~、食事もできますか?」

「もちろんですわ。どうぞこちらへ」


 笑顔で応じる女性の勧めに従って、他の客と少し離れてカウンター席に腰掛けるリュウ。

 その左にアイスとミルク、右にはココアが腰掛ける。

 いつもと変わらぬ配置だが、先客達に最も近いミルクは彼らの熱い注目を浴びてちょっと恥ずかしそうだ。


「もう、あなた達……そんなにジロジロ見ちゃ、失礼でしょ」

「す、すいやせん、姐さん……」


 そんな先客達の視線を女主人が注意すると、先客達は我に返ってぺこぺこと頭を女主人に下げる。

 どうやら先客達はこの店の常連らしいのだが、女主人に頭が上がらないらしい。

 女主人は化粧のせいか年齢不詳だが誰もが認めるであろう美女であり、リュウは濃い目の化粧をしたリーザの十年後を想像してニンマリと口を歪める。


「まぁ、無理も無いわね。星巡竜様とその御使い様ですものね……」

「ん……あ、やっぱ分かります?」


 そんな先客達に苦笑いを(こぼ)す女主人の(つぶや)きに、バレていたかのとポリポリと頬を掻くリュウ。


「ええ、それはもう。三人の美女をお連れしてる方なんて、他には考えられませんもの。それに今日は闘技場にお見えになると聞いておりましたし……でもまさか、うちに寄って頂けるなんて! エメルダと申します、どうぞお見知りおきを」

「あ、リュウ・アモウです。よ、よろしくです」


 すると女主人はにっこりと微笑んで理由を話しつつ、リュウの前へとやって来て名を名乗って恭しく頭を下げ、慌ててリュウも挨拶を返す。

 続いて三姉妹もエメルダと挨拶を交わし、この地域の定番だと言うごはんの上にたっぷりとそぼろをまぶしたワンプレートランチに舌鼓を打っていたのであるが、リュウに思わず苦笑するエメルダが口を開く。


「リュウ様……そんなに見つめられては、足に穴が開いてしまいますわ……」

「うえっ!? う……す、すみません……つい……」


 エメルダに指摘されてハッと我に返るリュウが赤面して謝る。

 ドレスの深いスリットから覗くすらりとしたエメルダの足を、リュウは無意識にガン見していたのだ。

 星巡竜という威厳も何も無く、年相応の慌てっぷりを見せるリュウにクスクスと笑うエメルダ。

 そして彼女は、まだリュウが気付いていない事についても注意する事にする。


「そんな可愛いお嬢さん達がいらっしゃるのに。私よりも先にリュウ様の頭に穴が開いてしまいますわよ?」

「――ッ! そ、そっすね……気を付けます……」


 その言葉で思わずココアの方へと振り向いたリュウは、超ジト目のココアと目が合って神速で目を逸らし、教えてくれたエメルダにぺこぺこと頭を下げる。

 絶対零度のココアのジト目に冷や汗を流すリュウが、アイスとミルクの視線にも気付いて口元を引きつらせる。

 二人もココア程ではないが、ジト目だったからだ。


 そんな中、店の扉が勢いよく開かれ、何事かと振り向くリュウ達。

 外の方が明るい為に来訪者の容姿がよく見えないアイスは、人影が三つである事だけ理解してきょとんと小首を(かし)げる。

 だが瞬時に目の調整が働くリュウ、ミルク、ココアには逆光など問題無く三人の風貌を見て面倒臭そうな表情になる。

 三人の風貌が荒くれ者のそれだったからだ。


「お客なら歓迎なのだけど、そういう感じでもなさそうね。何の用かしら?」

「なぁに、店にゃ迷惑掛けねえよ。ちょっとそこの五人に用があんだよ」


 男達が近付いて来てエメルダも理解したのだろう、小さくため息を吐いて物怖じする事無く男達に目的を尋ねると、先頭の男が争うつもりはないとばかりに両手を肩の高さに上げ、ニヤニヤと笑いながら答える。

 だがその瞳はギラついており、口実さえ有れば前言を守る気なんか無いだろ……と呆れ顔になるリュウ。

 先客の五人は身に覚えが有るのだろう、ばつが悪そうに背中を丸め、エメルダに(すが)る様な瞳を向けている。


「そういう事ね。あなた達、初めて見るけどハサンの手の者なのね。この店の事、聞いてないのかしら?」

「どんな奴だろうとこの店に居る限りは手出し出来ねえってんだろ? ちゃんと聞いてるぜ。だからこうして、そいつらを渡す様に頼みに来てんだよ」


 男の返答で(おおよ)その見当が付いたエメルダの呆れ混じりの問いに、太々しい態度のまま答える男。

 二人のやり取りを間近で眺めるリュウは、男の実力はともかく、エメルダの全く動じていない様子にその後の展開を何となく予想して、内心ワクワクしている。


「頼み? 脅しの間違いでしょ?」

「どっちも大差ねえだろ。で……渡すのか、渡さねえのか、どっちだ?」


 心底呆れたと言わんばかりのエメルダと、より一層瞳をギラつかせて凄むやる気満々の男。

 カウンター越しに対峙する両者が早撃ち対決するガンマンみたいだ、とワクワクしているリュウにミルクとココアが呆れつつも、主人とアイスを守るべく気を引き締めるその時――


「もちろん……お断りよ!」

「ッ! ぐあっ!」


 ふわりと浮いた様に見えるエメルダの姿が(かす)んだと思った直後、男が後方に吹き飛ばされるようにして倒れた。

 としかアイスには見えなかったのだが、人より遥かに優れた視力を持つリュウ、ミルク、ココアの三人には一部始終が見えていた。

 塀を飛び越える様にカウンターの奥の縁を左手で掴んで飛び上がるエメルダが、背後の棚を蹴りつつ左手をぐいっと引く事で、上向きのベクトルを無理矢理男へと向け、そのまま反応の遅れる男の胸元に蹴りを放ったのだ。


「ッ! てめえっ! ッ!?」

「ッ! この――うおっ!?」


 慌てて後方に控えていた残る二人が動こうとして、息を呑んで動きを止める。

 壁際に居た男は動こうにも壁から離れられなくて、もう一人は突然ズボンがずり落ちたからだ。

 男を蹴り飛ばすと同時に放ったエメルダのナイフが壁際に居た男の服を壁に縫い付け、もう一人の男のズボンのベルトを切っていたのだ。

 エメルダの素早く正確なナイフコントロールに素直に感心するミルクとココアであるが、「お? お?」とナイフ投げを見逃したらしい主人には超ジト目だ。

 カウンターを飛び越える際にドレスが大きく(ひるがえ)った為に、惜しげも無く晒されたエメルダの足にリュウの目は釘付けになっていたのだ。


「どう? まだ続ける?」

「待てっ! 分かった! 分かったから!」


 後ろの男二人が(ひる)んだのを見て、エメルダが蹴り飛ばされて起き上がろうとする男の前に立って問い掛けると、上半身だけ起こした男が慌てて両手を上げつつ声を張り上げた。

 にこりと微笑んでいるものの、エメルダがいつでも次のナイフを投げられる体勢だったからだ。


「何が分かったのかしら?」

「あんたの強さがだ! もう引き上げるから勘弁してくれ!」


 更なるエメルダの問い掛けに、あっさりと撤退を口にする男。

 エメルダの強さと素早さを身をもって知った事で、男の戦意は霧散してしまった様だ。


「そう……なら良いの。次はお客としていらっしゃいな。歓迎するわよ? 蹴ったお詫びに一杯奢ってあげる」

「い、いや、もう歓迎してもらったから! 腹……いや、胸一杯だ」


 男の反応に気を良くして笑みを深めたエメルダの申し出を、男が冷や汗混じりに辞退しつつ立ち上がる。


「あら、つれないわね……ま、いいわ。ハサンによろしくね」


 エメルダの申し出は、それで全て水に流そうという本心からのものであったが、男のプライドも分かるのだろう、それ以上男を引き留める事はせずに、すごすごと去っていく男達に小さく手を振って見送った。


「敵わねえなぁ……他の連中が尻込みする訳だぜ……」


 未だズキズキと痛む胸をさすりながらちらりとエメルダへ振り返る男は、小さく呟きを漏らしてその場を去って行く。

 それを見届けて、エメルダがそそくさとカウンター内に戻って来る。


「すみません、はしたない真似を……」


 リュウ達に頭を下げるエメルダの顔がちょっと赤い。

 リュウとアイスが「お見事~!」やら「格好良い~!」と、目をキラキラさせてはしゃいだのが原因だ。


「あの、さっきの人達の組織の長とはお知り合いなんですか?」

「知り合いと言うか……まぁ、何度かぶつかっている仲ですわね……」


 そんな中、ミルクからの問い掛けにエメルダは困った様に眉を下げて答える。


「ああいう連中は、頭を潰さないとキリがないと思うけど?」

「仰る事は分かりますが、そういう訳にもいかないんですの……」

「どういう事ぉ?」


 そこへ口を挟むココアにやはり困った様に応じるエメルダなのだが、きょとんと首を傾げるアイスを見て、ふっと目元を和らげる。


「彼らの組織『獅子の集い』は、元アルマロンドの軍人達の末裔なんですよ。その活動は旧アルマロンドの民の救済で、貧困に(あえ)ぐ者や病気や怪我で働けなくなった者達を積極的に支援しているのです」

「は?」

「「え……」」

「え……じゃあ、さっきのアレは一体何なのよ?」


 そうしてエメルダから撃退した連中の属する組織について聞かされ、その意外な活動目的に言葉を失うリュウ達だったが、辛うじてココアがツッコミを入れる。


「実は昔、些細ないざこざが元で獅子の集いと武芸者達の対立へと発展してしまいまして、彼らをコテンパンにしてしまったんですよ……以来、彼らは武芸者を目の敵にして、事有る毎に難癖を付けて来る様に……今回はそこの彼らが連中の賭場で大負けしたので、無理難題を吹っ掛けに来た……というところでしょう」

「セコい奴らだなぁ……どこが獅子なんだよ……」


 そのココアのツッコミにエメルダが眉を下げて過去の因縁を明かすと、リュウが呆れた様に笑うのだが、先客の五人の中の一人が声を荒げる。


「あいつら、イカサマしやがったんすよ! じゃなきゃ、ピンゾロが五回も連続で出る訳が無えんだ! そもそも――」

「もう、熱くなってまんまと策に(はま)ったくせに、今更吠える様なみっともない真似するんじゃないの。大人しくしてないと放り出すわよ?」

「す、すいやせん……」


 だがその抗議はエメルダの呆れつつも優し気な声色によって止められ、続く鋭い視線と共に発せられた冷ややかな声に、声を上げた男だけでなく他の四人までもがシュンと身を縮める。

 見ればリュウもビクッと身震いしており、三姉妹の胡乱気(うろんげ)な視線を感じて慌てて気を取り直す。


「あはは……ええっと、サイコロ二個だったらピンゾロが出る確率は三十六分の一だから……それが五回って事は、その五乗か……いくらになる?」

「六千飛んで四十六万――」

「約六千万分の一です」


 愛想笑いで誤魔化しつつ、リュウが男の言ったイカサマの確率について尋ねると生真面目なミルクの答えを遮ってココアがざっくりと答える。

 答えを横取りされて唖然とするミルクが、ドヤ顔のココアと目が合ってぷぅっと頬を膨らませている。


「そりゃあ、イカサマの線が濃厚だなぁ……無いとは言い切れないけど……」

「そうですわね。でも、今更そうだと(わめ)いても後の祭りですわ。イカサマは現場を押さえない限り、どうにも出来ませんもの」


 AI姉妹の小競り合いを見てなのか、獅子の集いのやり口に対してなのか、呆れ笑いを溢すリュウに、エメルダもまた困った様に笑いつつ肩を(すく)める。


「そっか……んじゃ、俺が行って――」

「とんでもありませんわ、この程度の事で星巡竜様のお手を(わずら)わせるだなんて……もう慣れっこですから、どうかお気遣いの無い様に。お気持ちだけ有難く頂戴致しますわ」

「そ、そうっすか……」


 そうして獅子の集いと武芸者間の問題に首を突っ込もうとしたリュウだったが、にっこり微笑むエメルダの堂々とした様子を見て、あっさりと引き下がった。


「ご主人様、そろそろ……」

「おっと、そうだった。んじゃ、俺達はこれで」

「またお立ち寄り下さい。今度はもっとおもてなしさせて頂きますわ」


 そうして食事も済ませた事で、エメルダに見送られてリュウ達は店を後にする。


「いやぁ~、まさに妖艶って感じの人だったなぁ……」

「ご主人様、ジロジロ見過ぎですぅ!」

「いや、だってさ――」

「そうですよ! ココアだって負けてないのに、デレ~っと鼻の下伸ばして!」

「う……」

「リュウぅ、ア、アイスも頑張って大きくするから!」

「うえっ!?」


 エメルダを思い出してデレっと感想を漏らしたリュウが、三姉妹に詰め寄られてタジタジになる。


「姉さまは良いですよね、そんな心配無用だから」

「ちょっ――」

「ほんと、ズルいよねぇ?」

「そっ――す、すみません……」


 だがココアの余計な一言で、何故かミルクが胸元を両腕で隠して謝る羽目に。

 そんなミルクの胸に突き刺さる二人の視線を、リュウがミルクを背中で守る様に立ち(ふさ)がる。


「こら、ミルクを責めんな。俺の為を想った健気で素晴らしい胸じゃんか」

「……えう……」


 そうして二人を(たしな)める主人に感激しかけたミルクだったが、続く言葉にみるみる内に真っ赤になって縮こまってしまった。


「そっ――だだ、だったらココアだって! ほら! どうですか?」

「おお……それもまた素晴らしいですな」

「うふっ」


 するとココアがすかさず上着の胸元を大胆に変更して見せて、主人のニンマリとした視線を頂戴して満足気に微笑む。

 唯一、取り残されたアイスが絶望の表情になった。


「う……うわぁぁぁん! リュウぅ! ヤダヤダヤダ! アイスももっと大きくなるから!」

「お前は十分可愛いから、心配すんな」

「ほ、ほんと?」


 なのでリュウの左腕に全力でしがみつくアイスなのだが、自信の無さからなのかリュウにフォローされても不安気にリュウを見上げる。


「マジマジ。お前に俺が嘘なんか言うはず無いだろ?」

「えへへぇ……」


 だがリュウにっこりと微笑まれて頭を撫でられてしまえば、ふにゃふにゃと(とろ)け落ちてしまうアイスなのだった。


 そうして本日最後の視察である闘技場に向けて歩き出したリュウ達。

 先程の非難も忘れ、リュウの両腕にニコニコとくっついて歩くアイスとココア。

 その後ろを歩くミルクも非難が有耶無耶になってしまった事などどうでも良く、未だに熱い頬を両手で押さえ、気を抜けば緩んでしまいそうな口元をモニョモニョさせて後に続くのであった。

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

体調不良でPCの前に長時間座ってられず、

ようやく良くなってきたら、ぎっくり腰で……

しかし完結させるまでは諦めませんので、

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 酒場の女主人が武闘派だった。しかもかなり強そう。 それでいて美女って結構な凄キャラ?だったりして。 リュウの視線があまりにも…だから、ココアのジト目にも納得!笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ