23 乙女心は忙しい
市場での事件で己の力不足を実感し、また新たな力の使い方を覚えたリュウは、以前にも増して自己の鍛錬に力を入れる様になった。
事件から一週間程過ぎたこの日も、グーレイア王国での娯楽施設建設の視察から帰宅すると早々に庭へ出て、ミルク、ココア、グランの三人を相手に摸擬戦を繰り返すリュウ。
「あーもう! 全然当たんないですぅ!」
「あの動きは反則の一言に尽きますぅ……」
「物理法則をこうも無視されては……お手上げですね……」
突然ココアが天を仰いで叫んだのを切っ掛けに、ミルクも動きを止めて脱力する様子を苦笑混じりに宥めるグラン。
今日のリュウはすこぶる調子が良い様で、攻撃が掠りもしないからだ。
疲れ知らずの体を持つミルクとココアも、これには心が疲弊してしまった様だ。
そんな彼女らの心情など知らんとばかりに、とっても滑らかなムーンウォークでやって来る主人が実にうざい。
が、文句を言ったら余計に煽られそうなので、ぐっと我慢するミルクとココア。
「そうは言うけどさ、お前らオルグニールをちゃんと妨害してたじゃん?」
「あの時と今とじゃ、状況が違いますよぉ……」
なのに呑気に首を傾げて尋ねる主人にちょっとイラっとしつつ、困り顔で応えるココア。
オルグニール、それがリュウ達が戦った相手の名前である。
アイスによると、そう名乗って強引に口説いてきたらしい。
その後の行動からも分かる様に、非常に自己中心的かつ好戦的で、目的の為なら手段を選ばない、というのが皆の一致した意見である。
「オルグニールがリュウ様を狙っていた時だけですよ。どんな動きをしようとも、攻撃する時はリュウ様にベクトルが向きますからね。当たらずともそのベクトルの延長上を狙えば良い訳ですから。ですが今の様な、いつ誰に攻撃が向くのかすらも分からない状況では、ベクトルの定め様がありません」
「あー、なるほど……」
ココアに代わったグランの説明が分かり易かったのか、うんうんと頷いて見せるリュウであるが、その間もスイスイ、クルクルとムーンウォークを繰り返しているせいで、ミルクがジト目で呆れ、ココアがわなわなと震えている。
「何じゃ、ココア。悔しそうじゃのう……どれ、わしが勝たせてやろうか?」
「ほ、ほんとですかっ!? このままじゃ、ココア眠れないです!」
そこへ面白そうに声を掛けたのは、摸擬戦を様々な機材で観測していたドクターゼムだ。
目を丸くするココアが、ドクターゼムに飛び付いたのは言うまでもない。
「やめとけ、ココア。今日の俺は絶好調だからな。何をやっても無駄無駄ぁ~」
「きーっ! ドクター! ココア、改造手術でも何でも受けますぅ!」
そんなココアをスイスイ、クルクルと実にいやらしく煽るリュウ。
ココアはプライドをかなぐり捨ててドクターゼムに縋り付いた。
いつも姉を散々煽っているくせに、煽られるのは耐えられないらしい。
ミルクが呆れを通り越した様な目でココアを見ている。
「改造なんぞ必要ないわい。ええか、お前は小僧と付かず離れず戦うんじゃ。そうすれば向こうからチャンスがやって来る。その隙を逃さず攻撃するんじゃ」
「え……それだけ……ですか?」
「それだけじゃ。なーに、心配要らんわい。要は小僧を止めればええんじゃ」
「は、はぁ……」
そうしてドクターゼムに説明を受けるココアであるが、どこか釈然としない様子である。
そんな事は気にも掛けず、ドクターゼムはミルクとグランを一人ずつ呼び付けて異なる指示を与えた。
その際、リュウは離れた位置からその様子を見ていた訳だが、釈然としない様子であるミルクとココアに対し、グランが少々狼狽えた様子を見せた事からグランが作戦の要なのだろう、と気を引き締める。
「では始めるかの。ええか、わしの言った通りに立ち回るんじゃぞ」
「「「はい!」」」
ドクターゼムに応じる三姉弟の返事を合図に、摸擬戦が再開される。
相変わらず自在に地を滑る絶好調なリュウの動きに、翻弄される三姉弟。
三から五メートルの距離を取って、比較的安全に非殺傷用の槍で攻撃するミルクとは違い、接近戦を仕掛けるココアはやはり主人を捉え切れなくて悔しそうだ。
リュウが要だと睨むグランは、ミルクとココア双方のサポートを命じられているのか、激しく立ち位置を入れ替えて動き回っている。
「キツそうだな、グラン! 無茶させ過ぎだろ、ドクター!」
「問題無いわい! 小僧如きにはちょうどええわい」
「如きって!」
それを見て、リュウが戦闘したままドクターゼムに文句を付けるが、そんな事は想定済みと言わんばかりの少々小馬鹿にした応答に、思わず憤慨する。
「んじゃ、グランから先に休ませてやるか!」
「――っく!」
そして頭にきた勢いのままにリュウがグランに目標を定め、堪らずグランが後方へと急速退避する。
「きゃっ!」
「あっ!」
だがグランは余程慌てていたのか後方のミルクと衝突し、二人はもつれ合う様に転んでしまった。
「ひぎゃあっ!」
「ッ!」
ミルクの短い絶叫と共に晒される可愛いピンク色の下着に、急停止するリュウの目がロックオンされる。
これが単なるパンチラであれば、リュウもニヤリと笑っただけだろう。
だがリュウの目に映るミルクは、絡み合うグランによって大開脚させられていたのだ。
無論これは事故ではなく、渋るグランを説得したドクターゼムの策である。
リュウを挑発する様な発言も全て、この時の為の布石だったのだ。
今まで見た事の無いミルクの大胆過ぎる姿に、リュウの本能が抗えるはずもないのである。
「チェストぉぉぉっ!」
「しまっ――ぐえっ!」
そこへ追い縋るココア渾身の回し蹴りがリュウの後頭部に炸裂、ぶっ飛ばされたリュウの頭部は、慌てて飛び退いたグランのせいで、ミルクのスカートの中に飛び込んだ。
「ぎゃあああああっ!」
「がっ! ぐえっ! ぶおっ!」
絶叫と共に足をバタつかせて主人の頭部にラッシュを叩き込む半狂乱のミルク。
スカートの中でリュウの頭部がピンボールの様に跳ねている。
そうしてスカートの中から解放されるリュウは、見事に撃沈されていた。
その情けない姿から察するに、リュウの被弾は頭部だけでなく、顔面や腹部にもミルクの膝やつま先がしこたま叩き込まれていたらしい。
「うわあああん! もうお嫁に行けないぃぃぃっ!」
「すみません、姉さま! 本当に、すみませんっ!」
パニック状態のミルクにポカポカ叩かれるグランが、謝りつつ助けを求めるべくドクターゼムに視線を投げ掛けるが、当のドクターは大笑い中である。
ココアは渾身の一撃を決められて大満足なのだろう、主人の治療の為にアイスを呼びにスキップで台所へと向かうのだった。
「ったく、酷えよなぁ……ここまでしなくても良いだろうが……」
「だって……だってぇ……」
ペカーっと頭部をアイスの癒しの光で包まれるリュウの小言に、両手で顔を覆いつつ言い訳しようとする、まだショックから立ち直れていない半泣きのミルク。
以前の反省から大胆な下着は控えていたというのに、晒してしまった己の痴態が如何に事故とは言え、あまりにも酷過ぎたからだ。
その事故の原因であるドクターゼムは、グランの演技力によって疑われる事無く摸擬戦の終了に伴ってグランを連れて地下室に戻ってしまった。
今頃は、やり過ぎたと反省するグランを宥めつつ、集めたデータを解析している事だろう。
なので今、庭に居るのはリュウと三姉妹だけである。
「まぁまぁ、ご主人様。姉さまも悪気が有った訳じゃないんですからぁ……」
「うるせーぞ、ココア。お前が一番痛かったんだからな?」
「そ、それは煽ったご主人様が悪いんですぅ!」
珍しく姉をフォローする、すっきりした表情のココア。
それを見てリュウが矛先をココアに向けると、ココアは負けじと口を尖らせる。
「……もう寝てやんねえ……」
「謝りますっ! 許して下さいっ! 一晩中喜んでご奉しっ――づあっ!?」
だが拗ねたリュウのぼそりとした呟きを耳にした途端、見事な土下座を披露して謝罪するココア。
だがいつもの悪い癖をポロっと溢してリュウのデコピンを額に喰らい、その場で額を押さえてのたうち回る羽目になった。
「みんな~、夕飯の用意出来たよ~」
「わーい! ほら、ミルク。行こっ!」
「は、はい……」
そこに台所からの小菊の声が届き、アイスがミルクの手を引いて駆け出す。
それをやれやれと眺めるリュウは、傍らで転げ回っているココアのスカートの腰辺りをむんずと掴む。
「ううう……ご主人様ぁ、もう少し手加減して下さいぃぃぃ……」
「それだと反省にならねーだろが……」
「あうう……でも、頭にはマスターコアが……」
「叩きゃ直るって。悪癖もな」
「そんな、人を電化製品みたいに言わないで下さいぃぃぃ……」
そしてぷらーんとぶら下がるココアの泣き言をあしらいながら、アイスの後へと続くのだった。
翌日もグーレイア王国に向かうリュウ達。
今日は幾つかの宿泊施設と温泉施設、そして闘技場を見て回る予定なのだ。
「へぇ、こっちはあまり顔出してなかったけど、かなり出来上がってたんだな」
「皆、一丸となって働いているからな。ま、エルナダの支援があっての事ではあるがな……」
「いえいえ、我々は基礎工事こそしましたが、後は地元の方々が頑張って下さったからですよ」
宿泊施設の思った以上の出来栄えに目を輝かせるリュウ。
その隣には監督を務めているシャザとエルナダの技術者が一人、説明の為に付き添っている。
「安宿から高級宿まで、ちゃんと客層の事まで考えられてるのが良いな……それに安宿って言っても、絨毯や壁掛けのお蔭で安っぽさを感じないし。ちゃんと設備も整ってて、リピーターが続出しそうだなぁ」
「それはバルウ達のお蔭だな。エシャント族の織物技術は、元々一目置かれていたからな」
宿泊施設の中で低価格帯に設定される木造二階建ての宿の一つを、シャザと話しながら見て回るリュウ。
その後ろでは、三姉妹もエルナダの技術者の説明を聞きながら、あちらこちらへ目を向けている。
「あんな環境に置かれてたのに、技術を継承してるって凄いな……バルウさんってあんまり自分達の事を話してくれないから、知らなかったよ……」
敷かれた絨毯の美しい模様を眺めて感慨に耽るリュウは、エシャント族の族長で今では技術副大臣として国政を担っているバルウの顔を思い浮かべる。
見るからに実直そうなバルウだが、寡黙な為に会話が続かず、リュウは苦手意識から深く関わろうとはしなかったのだ。
因みに技術副大臣は二人居て、ブエヌ族のアルマンドもその任に就いている。
技術大臣はその二人より建築の知識に長けていた、カーギル族のシャザである。
「無口な男は芯が強い。奴のお蔭で、俺は大臣をしていられる」
「へぇ~、あんたも認める男って訳か」
リュウの言葉を受けて、短くバルウを評すシャザ。
そこに共に奴隷であった境遇以上のものを感じて、リュウの口元が綻ぶ。
「まぁ、もう少し喋ってくれると助かるんだが……」
「あ、やっぱり?」
が、シャザもバルウの無口さには困っていた様で、しばしリュウと笑い合う。
「――っくしっ」
「大丈夫か、バルウ。この忙しい時に、夏風邪なぞ引かんでくれよ?」
「……問題ない」
その頃、王城では膨大な書類を前にくしゃみするバルウがアルマンドに心配されていたりする。
そんな事など知る由もなく、宿の見学を終えたリュウはシャザと別れて温泉施設へと向かう。
温泉施設は体育館をすっぽり覆える程のドーム状の建物で、一階は受付ロビーを経て脱衣所、各種温泉へと繋がっており、同じ受付ロビーから上がる二階は食事や休憩が出来るスペースが主になっている。
その為、温泉を始めとする上下水道の配管や管理システムを有する建物は完全なエルナダ製であり、その中に納まる温泉や各室内の装飾をグーレイア王国の人々が手掛けている形だ。
なので外観こそ異国感満載だが、中に入ればグーレイア王国らしい造りとなっている。
エルナダの技術者からそれらの説明を受けるリュウ達はその後、技術者の勧めで予定には無かった入浴を体験する事になった。
「へぇ~、中は仕切りごとにコンセプトが違うのか……面白い造りだな……」
脱衣所から中に入ると温泉は一つではなく、簡単な仕切りやちょっとした通路を経て大理石調や露天風呂調、子供にも安心の浅い風呂や水風呂など、中々に趣向が凝らされていて感心するリュウ。
各温泉は、脱衣所から出入りする大浴場を中心に落ち着いた雰囲気の大理石調、水風呂を擁するサウナ、子供風呂、露天風呂、とぐるりと巡る事が出来る造りだ。
それは女湯も同じで、アイスとココアはきゃっきゃと露天風呂を堪能している様だが、ミルクは子供風呂に浸かりながら安全面のチェックをしている。
『ミルク、ちょっとそっちの温泉の見取り図をこっちに送ってくれ』
「何か気になる事でも有りましたか?」
『いや、こっちと同じ造りなのか比べてみたくってさ』
「分かりました。今送りますね」
『サンキュ~』
そこへ主人から脳内通信で呼び掛けられて、ミルクは何の疑いも抱かずに自身で一通り見た映像を平面図化させて主人の記憶領域に送る。
早速、受け取った女湯の見取り図を男湯と照らし合わせるリュウ。
その口元がニヤリと歪んでいるが、安全チェックに戻っているミルクは気付きもしない。
その後、露天風呂に進んだミルクは、湯けむりの向こうのココアに手招きされて湯舟の中を静かに移動する。
「どうしたの? ココア」
「姉さま、ここが絶景ポイントですよ」
「え……どこも素敵だと思うけど……?」
「じゃあ、ここに座ってみて下さい。他には無い物が見れますから」
「ええ? そんなちょっとズレたくらいで、大して差なんて――ッ!?」
そうしてココアが勧めるままに小首を傾げつつ場所を譲られるミルクは、キョロキョロと辺りを見回し、岩と草木で分かりづらくなっている、すぐ横の壁の一点に見えるはずの無い物を目にした気がして思わず二度見する。
「ね? 絶景でしょ?」
すかさずミルクの耳元で囁くココア。
ミルクの目に腰から下だけ湯舟に浸かる主人の姿が映っている。
今ミルクが見つめているのは、見取り図的に男湯と隣り合わせの壁であった。
ココアはその壁に、巧妙にのぞき穴を開けていたのだ。
「なな、何やってるのよ!? こ、こんな事して――」
「声が大きい、姉さま! 騒ぐとバレちゃうでしょ!」
「――ッ!」
真っ赤な顔で抗議の声を上げるミルクが、逆にココアの声を押し殺しての叱咤に思わず両手で自身の口を塞ぐ。
「言っときますけど、これってご主人様の指示なんですよ?」
「ええっ!?」
更にはそれが主人の指示だと知って、思わず目を丸くしてしまうミルク。
「こういう、ちょっとしたサプライズが有ったら、それが口コミで密かに広がって客足が伸びるって……」
「そ、そんな――」
「ま、ココアはご主人様のお言いつけに従ったまでなので。抗議はご主人様の方にお願いしますね? じゃあ、ココアは先に行ったアイス様と合流してきます!」
「えっ、ちょ、ちょっと……」
その間に自身の正当性を主張するココアは、アイスを理由にそそくさとその場を去ってしまう。
そんなココアに唖然としながらも、こんな事はダメだ、主人を諫めなければ、と思わず壁の向こうの主人に目をやってしまい、硬直するミルク。
普通の人間なら一度見たとは言え、再度のぞき穴から対象物を瞬時に見る事など困難であるが、常人を遥かに凌駕するミルクの目は、瞬時に腰から下を湯舟に浸し、岩にもたれて脱力する主人の姿をロックオンしてしまったからだ。
竜力の影響なのか、短期間で見違える程に逞しくなった主人の上半身に見る見る頬を真っ赤に染めて見惚れるミルク。
脱力していても尚、さりげなく主張する胸筋や腹筋、首から肩にかけるラインもより逞しく、流れる汗がきらりと光ってセクシーだと感じたのだ。
《はうぅ……改めて見ると凄いですぅ……これはやはり、竜力が影響しているんでしょうか……あの逞しい腕で抱き締められたら……あう……あう……ミルク、蕩けちゃいますぅぅぅ》
壁の一点を見つめてハァハァしている妄想全開のムッツリ乙女。
エルナダの科学技術の結晶が純然たる覗き魔と化した瞬間であった。
そんな中、主人が不意に立ち上がり、音が鳴る勢いで顔を背けるミルク。
お蔭で爆発しそうに真っ赤になりながらも、ミルクは我に返った。
《み、見てません! ミルクは何も見てません! そ、そんな事よりもご主人様をお叱りしなくては……そ、その前に、一旦ちゃんと落ち着かないと……》
そうして自分に言い聞かせる様に深呼吸を繰り返すミルクは、努めて平静を装いつつ、脳内通信で主人に詰問を開始する。
「ご主人様、ココアから聞きましたよ。正気ですか、壁に穴を開けるなんて!」
『あ~、こういう所はそういうサプライズが有った方が、良いんだって』
「良くないです! これ、犯罪ですよ!?」
『固い事言うなって。その方が口コミで人気が出て客足が伸びるって。な?』
「そ、そんないい加減な! 男の人が喜ぶだけじゃないですか!」
怒ってますアピールをするも主人の声には悪びれる様子は皆無で、次第にヒートアップして本気で怒り出すミルク。
『……お前も食い入る様に見てただろ』
「……え……」
だが主人の意外な一言に、ミルクの顔から血の気が失せる。
その反応でミルクが息を呑んだと分かって、リュウの拳に力が入る。
リュウがこんな事を計画して、ミルクの事を気にしない訳が無いのだ。
リュウは計画に賛同したココアと相談し、ミルクの行動を予測していたのだ。
『俺が気付いてないとでも思ってんのか? ココアにそこへ穴を開けさせたのは俺だぞ? なのにお前の位置情報がそこに有るじゃねーか……』
「そそそ、それは……ココ、ココアから教えられて……か、確認しただけで……」
呆れた様な主人の声に平静を装いたいミルクだが、少なからぬ動揺が言語機能に現れてしまっている。
確かに主人が必要とすれば、ミルク達の位置情報は主人の視界に表示される。
その機能を用意したのは他ならぬミルクなので、それについては言い訳のし様も無いのである。
そんなミルクの反応に、リュウは勝利を確信する。
『お前の位置情報、五分前からそこなんだが?』
「そっ……それ……は……えっと……あの……」
そこに更なる事実を告げられ、温泉に浸かっているというのに、冷や汗まみれになるミルク。
ちょっと覗いただけのつもりなのに、内蔵時計の経過時間は主人の言う通りで、そのギャップに驚愕するのも然ることながら、それだけの時間ノーリアクションでいた事の理由が思い浮かばないからである。
『な。女だって、見えたらついつい見ちまうもんなんだよ』
「う……ち、違うんです……」
『何が?』
「あの……えっと……あの……」
『ココアが知ったら、喜ぶだろうな?』
「ッ! そっ、それだけは! あああ……ど、どうか……ご主人様ぁぁぁ……」
それでも何とか悪あがきを試みるミルクであったが、主人の止めの一言には観念するしか無かった。
さもなければムッツリ乙女を否定出来なくなるばかりか、更に不名誉な代名詞を頂戴する事になりかねないからだ。
『じゃあ、この件はお互い口外しないという事で。それで良いな?』
「あうぅ……は、はいぃ……」
そうしてココアに知られる事は一先ず免れて安堵するも、覗き穴については容認せざるを得なくなってしまい、しょんぼりと肩を落とすミルク。
『で、ミルクちゃんよ』
「は、はい……」
だが主人はまだ何か言う事が有るらしく、力なく応じるミルクだったが――
『俺の裸を見て何を妄想してたんだ?』
「ちっ、違いますぅぅぅ! ちょっと見惚れてしまっただけで、妄想なんて!」
主人の問いを聞くや否や、真っ赤になって絶叫してしまうミルク。
元気に復調を果たしたミルクであるが、妄想していないアピールが精一杯だったらしく――
『へぇ、見惚れてたのか……』
「あっ、いえっ! そのっ……も、もう、ゆ、許して下さいぃぃぃ!」
主人に見事にボロを突かれて、全面降伏するミルクなのであった。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
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