22 自分を信じて
マーベル王国ノイマン領の町、リーブラ中央の市場が騒然とした空気に包まれている。
三軒の露店が突然破壊された原因が分からずとも、ミルクの指示に従って人々が避難を始めたからだ。
更にはミルクから連絡を受けたノイマン騎士団が、人々の誘導の為に駆け付けて来ていた。
その指揮に当たりつつ、リュウ達の動向を見守っている一団に一際大きな騎士が近付いていく。ノイマン騎士団の団長、ルーク・ボルドである。
「どんな具合だ?」
「住人の避難は順調です。それよりも問題は……」
「ぬうう……」
声を掛けるルークに応じるのは、逸早く現場に駆け付けたエミール・アドラーである。
エミールの落ち着いた報告に小さく頷くルークであるが、エミールが言葉を濁しつつ見やる先を、釣られる様に見て小さく唸った。
そこには、どす黒い拳を振り回すリュウと、滑る様な動きでそれを躱す見知らぬ若い男が居た。
「クソが! ちょこまかと逃げ回りやがって!」
「鬱陶しい……タフさだけは一人前だな……」
「がっ!」
口悪く叫びながら放たれるリュウの破壊の拳を霞む様に躱す男が、うんざりした様子でリュウの横っ面に拳を叩き込む。
戦闘が始まって五分以上経過しているが当たるのは若い男の拳のみで、リュウの顔は腫れ上がって血塗れ、衣服もあちこち破れてかなりボロボロな状況だ。
かつてリュウが対決したヨルグヘイムと同様に、男が足運びとは無関係に慣性や重力を無視して移動する為、リュウがその動きに翻弄されっぱなしだからだ。
とは言え、リュウも愚直に相手を追っている訳でもなく、当てずっぽうであらぬ空間に拳を放ったり、無理な体勢のままで攻撃するなど、自分なりに工夫しているのだ。
ただ、もはや竜の一族だと疑い様のない男の冷静な観察力と移動速度にリュウが今一歩及ばないのだ。
「リュウ、もう無理だよ!」
「こんな奴に負けるか! 絶対ぶん殴る!」
堪りかねてアイスが叫ぶが、リュウは頭に血が上っているのか攻撃を止めようとしないばかりか、更に吠えて男に襲い掛かる。
いきなり殴られた事もそうだが、随分と強くなったつもりでいたのに本物の竜の一族であろう男との歴然とした差が、リュウには悔しくて堪らないのだ。
「ご主人様!」
「リュウ様!」
そこに翼を生やしたココアとグランが上空から舞い降り、リュウをサポートするべく配置に着く。
「気を付けろ、こいつ速えぞ! 接近戦は避けろ!」
「「はい!」」
それでリュウも冷静さを取り戻したのか、二人に短く指示を出しつつ攻撃を続行する。
なのでまた打ち終わりに反撃を喰らうリュウなのだが、以降の反撃は喰らわなくなる。
たった一度の反撃を見ただけで、ココアとグランが男の特性を理解し、反撃予測地点に槍を放って妨害を始めたからだ。
「ふん、ならばお前達から始末するまで」
「ッ!」
だが男も数度邪魔されただけで頭を切り替え、滑る様に、否、実際に地を滑って背後のグランに迫る。
その動きに付いて行きたいリュウであるが、慣性には逆らえず一歩遅れる。
一方、槍を引き戻したばかりのグランは、迫る男に対して完全に無防備な状態を晒してしまっていた。
「グラン!」
グラン同様に右手の槍を引き戻していたココアが慌てて左手で槍を発射するが、男を捉える事は敵わず、男の手刀にグランの胸が貫かれる。
「リュウ様、今です!」
「何っ!?」
だがグランは平然とリュウに呼び掛け、男は貫通部分に締め付けられて腕を引き抜く事が出来ずに驚愕する事となった。
「おらぁぁぁっ!」
「ぐうっ!」
「ひえっ!?」
そこに鬼の形相で迫ったリュウの右拳が遂に炸裂、吹き飛んだ男がビクッと身を竦めたココアの脇を掠めて地面に転がった。
「無事か、グラン!? 大穴空いてんぞ!?」
男を殴り飛ばしたてグランの心配をするリュウが、胸の穴を覗き込む。
「もちろんです、リュウ様。ですが、奴の腕の切断には失敗しました……」
「えっ……こ、怖っ!」
だがグランは何とも無い様で、それどころか思惑が外れて悔しそうに呟いた。
胸の穴の奥でカメラのレンズの絞りの様に、三枚の刃がシャキンと閉じる様子を見せられて、ドン引きするリュウ。
確かに人の腕くらいなら簡単に切断できそうな機構だが、それが出来なかった事から察するに、男は竜力を纏って防いだ様だ。
「ぐ……う……よ、よくも……」
「人の事散々殴っておいて、一発殴られたぐらいで文句言ってんじゃねえ。今から全部返してやるから覚悟しろ」
少し緩んだ空気の中、男が呻きながら立ち上がるとリュウは気持ちを切り替えて男へと向き直る。
当然グランも胸の穴を修復して男の反撃に備え、男から一番近くに居たココアも素早く距離を取って身構える。
ダメージを引きずっている様子から、パワーではリュウが勝っていると判断するグランが、無言のままにココアと通信リンクしてサポート体制を調整、強化する。
「調子に乗るなぁぁぁ!」
「「「「ッ!」」」」
初めて怒りを露わにして叫びつつ、両手を前に翳す男。
そこから発せられた深緑の輝きに対峙するリュウとココアとグラン、そしてその後方に居たアイスが呑まれる。
その一瞬、己の意思とは関係なく、リュウの胸が金色に輝く。
「……!? ッ! お前ら、無事か!?」
「は、はい……」
「私も何とも……」
「うん、大丈夫……」
焦ったものの、自身の身に何の変化も無く安堵しかけるリュウがハッとして皆を心配するが、三人にも影響はない様で困惑を場が支配する。
「ちっ、やはり人では無いのか……ま、手間は掛かるが仕方ない……」
だが男は想定済みだった様で然程落胆した様子も無く、ダメージが回復したのかリュウ達へと歩を進める。
「何だか分かんねーけど、油断するな!」
「「はい!」」
「う――わあっ!?」
男に視線を固定したままのリュウに注意を呼び掛けられ、即座に応じるココアとグランであるが、アイスはそうはいかなかった。
背後の大木の枝が、アイスに襲い掛かったからである。
「なんじゃこら!?」
「アイス様! ッ!」
思わず振り向いて唖然とするリュウと、アイスを助けに向かおうとしてその場を飛び退くココア。
ココアの傍に有った大木も、枝を振り回してココアを襲ったのだ。
「リュウ様、後ろっ! しまった!」
「ッ! ぐうっ!」
短くリュウに叫ぶグランは蛇の様にうねる別の木の枝に腕を絡め取られ、反応が僅かに遅れたリュウは瞬時に間合いを詰めた男の拳を躱せなかった。
「木を化け物に変えたのか……これがてめえの力って訳か……」
辛くもその場に踏み止まったリュウが、男の力を推測しつつ再び男と対峙する。
「そう言うお前の力は何だ」
リュウの推測には答えず、男がリュウに問い掛ける。
男が答えなかったのは、リュウの推測が概ね当たっていたからだ。
生物限定と言う制約は有るものの、男の力は対象を思うがままに創り変える事が出来るのだ。
故に、人工細胞の集合体であるココアとグランは影響を免れ、リュウとアイスは自身のコアの力で抵抗したのである。
ただ竜力を纏っていたアイスと違い、リュウにコアを扱った自覚は無い。
もしかすると、未だヨルグヘイムの意識が消えずにいるのかも知れない。
「……誰が言うか」
「ふん……どうせ死ねば俺の物だ」
「ッ! がっ!」
自身でもよく分かっていない力を問われ、吐き捨てる様に答えるリュウ。
それを鼻で嗤う男の姿が呟きと共に霞み、咄嗟に身構えるリュウのガードの隙間へと拳を叩き込む。
「リュウ様――っく!」
腕に絡む枝を切り落としてリュウの救援に向かおうとするグラン。
だが足元の雑草までが足に絡みつき、次々と襲い来る枝の回避に専念する。
男の竜力はそこに有った大木だけでなく、その場の雑草にも影響を及ぼしていたのだ。
そのせいでまだ残っていた住民までもが雑草に巻き付かれ、アイス達は連携して大木からの猛攻を防ぎつつ、次から次へと絡み付いてくる雑草を切り裂きながら、住民達の避難を優先せざるを得なくなった。
それにより再び一対一となってしまったリュウであるが、先程とは違って攻撃に移れず、ひたすらガードに徹している。
一発殴られて本気になったのか、男の攻撃があまりに苛烈だったからだ。
「クソっ! ぶあっ! クソっ!」
ガードなどお構い無しにあらゆる方向から滅多打ちにされるリュウ。
しかも男のパンチは回転が速い上に重く、リュウに反撃の隙を与えぬ様にわざとガードにも手加減の無いパンチを叩き込みつつ、ガードの隙間を狙い打ってくる。
足を使って逃げようにも男の方が速い為、それすらも敵わない。
それ故にリュウは防御に徹しているにも拘らず被弾を重ね、ダメージだけが蓄積されていく。
「ぐ……う……」
さすがに打ち疲れたのか男の攻撃が止んでも尚、ガードした体勢のまま動けないリュウ。
ダメージが足に来ているばかりか、口悪く相手に毒づく事すら出来ずにいる。
少しでも気を抜けば、意識が飛んでしまいそうだったのだ。
「それにしても、お前のコアは良く見えんな……どうなっている……」
「――ッ! うーっ!」
そんなリュウを冷ややかに観察する男が気怠そうに呟いた刹那、振りかぶられた左拳を見て咄嗟にガードを上げるリュウが呻き声と共に浮き上がる。
ガードの下から潜り込んだ右拳に、コアの有る胸の中心を打ち抜かれたのだ。
踏鞴を踏みつつも辛うじてその場に踏み止まるリュウだが、堪え切れず吐血するその顔が青褪める。
実はリュウは万が一を想定して、コアを人工細胞で再び覆い隠していたのだ。
それが今の一撃で砕かれ、コアが露わになってしまったのだ。
「ふん、やはり破壊のコアか。よくもそんな一般的なコアを碌に使いこなせもせず大口を叩いたものだ……しかし、補助に回っているもう一つのコアは見た事が無いな……む、お前もう一つコアを持っているのか……ふふふ、これは滑稽だ。いや、褒めてやろう。よくぞ俺の糧となるまで奪われずにいたものだ」
「く……」
男の言葉に、殴られる以上のショックを受けるリュウ。
多少は使える様になったと自惚れていた力が、実は竜の一族にとっては一般的な物であった事もそうだが、それ以上に碌に使いこなせていないという言葉が、力を使いこなそうとする訓練の日々が無駄だったのか、との思いに囚われたからだ。
それでも再び始まる猛攻に備え、ガードを上げざるを得ないリュウ。
それがまた悔しくて、リュウは行き場の無い怒りを奥歯で噛み砕く。
だが蓄積されたダメージは深刻で、リュウの敗色は濃厚だ。
「ご主人様あああ!」
「ッ!」
そんな時、突如割り込んで来た呼び掛けにリュウはビクッと身を震わせた。
怪我人の介抱を済ませ、ミルクが主人の危機に駆け付けたのだ。
「弱気は禁物です! 訓練の日々は、決して無駄じゃありません! もっと自分を信じてっ!」
「――ッ、わ、分かってらぁ!」
ミルクの叱咤激励に思わず泣きそうになって、慌てて強がって見せるリュウ。
ミルクは主人の絶望しそうな思考を読み取っていたのだ。
だがミルクにも男への打開策などは思い付かず、放った言葉は主人に何とか立ち直って欲しい、という苦し紛れの物でしかなかった。
だがそのお蔭でリュウの思考は男の言葉から解放され、再開された男の攻撃へと集中する事が出来た。
しかもミルクのサポートのお蔭で、クリーンヒットされずに済んでいる。
「ふん、同じ手を何度も」
「ッ!」
そんな状況を嫌う男が槍を引き戻すタイミングを狙ってミルクに急襲、グランの時と同様に即座に反応を見せるリュウだが、やはり一歩遅れてしまう。
「させるかぁぁぁ!」
「きゃあっ!」
「ッ!」
リュウが叫んだ直後、ミルクは男の攻撃を受ける前に尻もちをついていた。
突如、急加速したリュウに付き飛ばされたのだ。
だがそのせいで、リュウ自身は男の眼前に無防備な状態を晒す事となった。
「馬鹿め――ッ」
「おらぁぁぁ!」
尻もちをついたまま、ミルクがぱちくりと目を見開いて固まっている。
直前の光景と現在の光景が一致しないからだ。
左側から突然現れて自分を右手で突き飛ばした主人は、その無理な体勢のせいで男に左頬を打ち抜かれたはずであった。
なのに目に映る主人は左を向いて右拳を振り抜いた体勢であり、その前方に男が転がっていたからだ。
「大丈夫か、ミル……ほう……」
ミルクに手を差し伸べようとして、リュウの口元がニンマリ歪む。
突き飛ばされたミルクのスカートが盛大にめくれていたからだ。
「ッ!? びゃあっ!」
その時になって自身の痴態に気付くミルクが大慌てでスカートを直すが、時既に遅く、ものの見事に真っ赤になった。
咄嗟に両手で顔を隠し、ブツブツと言い訳し始めるその姿は完全に状況を忘れてパニック状態である。
何故なら、今日の下着は日本で悩みに悩んでこっそり購入した、純白ながら薄いレース生地の、ミルク的に大胆に過ぎる一品だったからだ。
ミルクにとってはムッツリ認定待ったなしの一大事だが、事態はそんなミルクを置き去りに進む。
「ぐ……馬鹿な……」
「やっぱ一発じゃ無理だよな……ま、そうじゃないと困る」
男が呻きと共に起き上がり、ミルクから男へと視線を移すリュウは、やれやれと肩を竦めて呟く。
「困る、だと?」
「ああ。今の感覚が本物かどうか、もう少し試したいからな」
「馬鹿が……身の程を教えてやる」
その呟きに眉間にしわを寄せる男が、リュウの返事に憤怒の形相を浮かべる。
これにはミルクも自身の一大事も忘れて唖然とした表情になった。
たった一度上手くいったからと言って、相手を舐め過ぎだと感じたからだ。
だが主人の思考を読み取って、ミルクは口を噤んだ。
主人には確信めいたものが有るのだと分かったからだ。
「ミルク、離れていろ」
「は、はい」
そうして男がリュウに近付き、リュウはミルクをその場から遠ざける。
《こ、こいつ……》
そうして再び始まった殴り合いだが、男はリュウに驚愕する事となった。
リュウが自分と同じ様に地を滑り始めたからだ。
かつてのヨルグヘイムとアインダークの戦いを彷彿とさせる主人の戦いぶりに、ミルクが呆然と魅入ってしまっている。
「くっ、っとお、まだまだお前程じゃないけど、コツが分かってきた……」
「……ふん、なるほど……」
「お?」
粗削りながらも自身の動きに付いてくるリュウの軽口に男が距離を取った事で、リュウもまた動きを止めた。
「よく分かった。お前は全力で倒してやる」
「何、好き勝手言ってやがる。元はと言えばお前が――」
「黙れ!」
そうして発せられた男の言葉にリュウが食って掛かるが、男の吠える様な一喝に止められてしまった。
なので再び攻撃してくるのか、と警戒するリュウであったが、男の行動は意外なものであった。
「これ程腹が立ったのは久し振りだ。次に会う時は、真の絶望の中で殺してやる」
「な……逃げんのかよ! 待ちやがれ! なっ!? くそっ!」
男は言いたい事だけ言うと、その身をふわりと浮かせたのだ。
思わず叫ぶリュウが翼を展開して追撃しようとするが、上昇してゆく男が地上に向けて深緑の光を放ったのを見て追撃を断念、パニックとなった地上へ急行する。
「怯むな! 住民の避難を優先しろ! 化け物には近付くな! 足元の草にのみ、注意しろ!」
突如怪物化した二本の大木に人々が逃げ惑う中、ルークが部下に声を張り上げているのを見て、リュウはそちらに降り立つ。
「団長さん! 俺がこいつらを焼き払います! 団員さん達も遠ざけて下さい!」
「む、分かった! 全員退避! 急ぎこの場を離れよ!」
そうして草木が怪物化する一帯から人々が退避するのを見計らい、リュウは上空から黒球を発射して目標範囲を焼き尽くす。
そのせいで直径三十メートル程が焼け野原と化してしまったが、人家などの無いエリアだった為に人々は安堵し、歓声を上げた。
ただその頃には男の姿は既に無く、リュウは苦い顔で地上に戻る。
だが人々の笑顔を見て気が緩んだのだろう、足がよろけるままに倒れるリュウはそのまま意識を失ってしまうのだった。
同じ頃、アイス達も連携して無事に住民達の避難を完了させていた。
「アイス様、お願いします!」
「よーし! 行くよ~!」
周囲の安全確認を済ませたココアの合図で、上空からアイスが怪物化した草木を光り輝く障壁ですっぽりと覆う。
「ふ、ふ、ふんぬぅぅぅー!」
アイスの気の抜けそうな可愛らしい気合とは裏腹に、障壁が地面までもゴリゴリ削ってその輪を狭めていく。
その圧縮力は尋常でなく、猛威を振るった大木達が為す術もなくベキベキと音を立ててへし折られている。
やがて障壁の輪が完全に収縮して一本の光の帯となり、キラキラと空中に消えていった後には、直径五十メートル、深さ一メートル程の窪地が出来ている以外には何も残ってはいなかった。
「凄い……これ程とは……っと、アイス様、お疲れ様です」
「こ、これが本当のピチュン……ア、アイス様、草木や土はどこへ行っちゃったんですか!?」
その様子を観測して感嘆するグランが、ハッと我に返ってアイスに労いの言葉を掛けるが、ココアはドン引きしてしまったらしく、恐る恐る草木がどうなったのか尋ねている。
それはグランも気になる様で、興味深くアイスを見つめる。
「え……そ、そんな事聞かれても分かんないよぉ……」
「ええ……」
「……ま、まぁまぁ。それよりも一先ず、リュウ様と合流しましょう」
だがアイス自身答えに困ってしまってココアを更に慄かせ、肩を竦めて苦笑するグランが二人を促してリュウの下へ向かうのだった。
怪物化した大木や雑草が焼き払われ、その元凶となった男も去った事で、市場とその周辺は多少の騒がしさがあるものの、いつもの光景を取り戻していた。
その片隅では倒れたリュウが寝かされており、その周りをミルクやルーク以下のノイマン騎士団員数名、近くの露店の人々が心配そうに囲んでいた。
因みにリュウは様々なマット類やタオル、クッションなどを寄せ集めた、即席の布団で眠っている。
露店の人々が倒れたリュウの為に、私物から商売道具までをも持ち寄ってくれたのだ。
「小菊さん、無事だったんですね! 良かったぁ」
「ミルクちゃん……天生君は……」
「だ、大丈夫です! 命に別状も、骨折などもありません! しばらくすれば目を覚まして下さいます!」
囲みを抜けて現れた小菊にミルクがホッと安堵して声を掛けるが、今にも小菊が泣きそうだと分かると、慌てて大丈夫だと声を張った。
だが主人の見た目は確かにボロボロで、大丈夫と言って良かったのだろうか、とミルクの目は泳いだ。
「何も出来なくてごめん、ミルクちゃん……私、怖くて……」
だがミルクのフォローも虚しく、ミルクの横に膝をつく小菊は、謝罪を口にしてポロポロと涙を溢した。
露店が吹き飛んだ時は何事かとその場に向かった小菊なのだが、その後リュウが見知らぬ男に殴られるのを見た途端、過去のトラウマのせいで体が震えて動けなくなってしまったのだ。
その場は周囲の人々の助けで無事避難出来た小菊であったが、その場から逃げてしまった、と今の今まで自分を責めていたのだった。
「そ、そんな――」
「んなの、当たり前だって! 俺だってもう少しでチビるとこだったもんな!」
「だな! あんなヤベえ奴に一歩も引かねーんだから、大した奴だぜリュウは!」
「誰にだって苦手な物は有るわよ。小菊ちゃんは料理が得意なんだから、美味しい料理でリュウちゃんを元気づけてやれば良いのよ。ね?」
「はい……はい……」
そんな小菊をミルクがフォローしようとするが、方々で上がる人々の声がそれを上書きする。
その陽気で暖かい気遣いと励ましに、涙を拭いながら何度も頷く小菊。
「小菊ちゃんの料理かぁ、俺も久々に食いてえなぁ」
「何言ってんのさ、あんた逃げてただけじゃないの」
「いや、俺も加勢したんだぞ? 頭の中でだけどな……」
「何だい、そりゃ!」
そうして巻き起こる笑いの渦に、小菊も釣られて笑顔を見せた時だ。
「……痛え……なんかめっちゃ、あちこち痛え……」
「天生君っ!」
「ッ!?」
「ご主人様っ、気付かれましたか!」
「うおっ!? いででっ! 泣くな、川端! ミルク! 気付かれたって何だ! ちょっと寝てただけだろーが!」
「えう……す、すみません……つい……」
目覚めた途端に涙目の小菊を目にするリュウは、咄嗟にミルクの言葉を利用して強がって見せる。
主人の意図は分かるので素直に謝るミルクだが、ちょっぴりジト目である。
「無理して格好つけちゃって、男の子だねえ」
「それでこそ男ってもんよ。偉いぞ、リュウ」
「そこ、うるせーよ……」
そんな幾人かがニヤニヤとリュウを冷やかして赤面させている所へ、アイス達が怪我人の治療を終えてやって来た。
「リュウ、大丈夫? 今すぐ治すからね」
「おう、助かる……」
「リュウ様、あの男は――」
「その話は帰ってからだ、グラン。ボルド団長、俺も情報を整理したいんで報告は後日でも良いですか?」
「うむ、それで問題ない。まずは十分に休んでくれ」
そうしてアイスの治療を受けるリュウは、人々に混ざってリュウを見守っていたルーク・ボルドの了解を得て、皆と共に一先ず家へと帰るのだった。
後日、男と言葉を交わしたアイスとリュウの話をミルクが纏め、各国上層部へと今回の事件の報告が上げられた。
だがそれ以来、男が姿を見せる事は一向に無く、今回の事件は人々の記憶の片隅へと追いやられていくのであった。
やはり戦闘回は長くなってしまいますね…
もはや病ですね…
楽しんで頂けたなら幸いです。




