19 新時代の到来
エルナダとの国交を結ぶ調印式を明日に控え、式場の警備の最終確認を済ませて親衛隊詰所から出てきたレオンは、そこで日本から戻って来たリュウ達と鉢合わせした。
「おはよう。無事に間に合ったみたいで何よりだ、リュウ」
「おはよっす。いやあ、王子様に迷惑は掛けられないから、急いで済ませて来た」
「いつもそうだと良いんだがな……」
「うちはトラブルメーカーが多いからなぁ……」
「お前を筆頭にな……」
「んな、褒めんなって」
「誰がっ……んんっ、アイス様もおはようございます」
「おはよう、レオン」
「ミルクとココアもおはよう……っと、そちらのお嬢さんは?」
リュウと幾つか言葉を交わしただけで頭痛がしてきたレオンは、強引な咳払いでその背後で笑みを浮かべるアイス達へと意識を切り替えようとして、見慣れぬ顔が混じっている事に気付いた。
「ああ、俺の同郷者なんだけど、ちょっと事情が有って連れて来る事になった」
「あの、えっと……天生君、言葉が……」
「おい、アイス。ちっとも守れてねえじゃねーか……」
なのでリュウがレオンに説明するのだが、小菊に助けを求められてその横に居るアイスにジト目を向ける。
小菊をこっちの世界に連れて来ただけで満足してしまっているアイスのせいで、小菊にはレオンが何を言っているのか分からないのだ。
「あ! えっと、みんなとお話しできる様になーれ!」
「えっ、何!?」
なのでアイスが慌てて竜力を小菊に施して、小菊は爆発的に広がる光に反射的に身構えた。
「初めまして、お嬢さん。私はこの国の王子、レオン・クライン・マーベルだ」
「えっ……王子……あっ、は、初めまして! 天生君の友達の川端小菊です!」
だが改めて話し掛けるレオンの言葉が突然理解出来て目を見開く小菊は、相手が王子様だと分かって呆けかけたものの、ハッと我に返って深々と頭を下げる。
「ああ、こっちではコギク・カワバタって事になるな。俺もお世話になった施設の同級生で、子供達の頼れるお姉さん的存在だ。ちょっと訳有りで家が完成するまでこっちで世話になるつもりなんだけど……構わないよな?」
「ああ、構わんさ。ようこそマーベル王国へ、小菊。城の皆には新たな客人だ、と私から伝えておこう。ともあれまずは、旅の疲れを癒すが良かろう」
「あ、ありがとうございます!」
そんな小菊についてリュウが補足しつつ滞在させるつもりである事を告げると、レオンも寛大に応じて小菊は唖然としつつも再び慌てて頭を下げる。
「リュウ、少し休んだら顔を出せるか? 明日の式典の簡単な打ち合わせだ」
「了解。んじゃ、後でミルクと顔を出すよ」
「ああ、頼む」
そうしてリュウがレオンの要請に気安く応じてレオンが去ると、小菊がリュウの腕を取って混乱するままにまくし立てる。
「あ、天生君、どういう事!? 王子様ってめっちゃ偉い人やろ? やのに天生君何でタメ口なん? そう言えばお城の入口でも敬礼されてたし!」
「落ち着け、川端。部屋に着いたら説明すっから。な?」
「う、うん……」
だがリュウに宥められハッと我に返る小菊は、取り乱していた事に赤面しつつ、大人しく皆と共に客間へと向かうのだった。
「んじゃ、俺はミルクと明日の打ち合わせに行ってくる。アイスとココアは川端に付いててやってくれな」
「はーい」
「行ってらっしゃいませ~」
部屋に入るなり小菊から質問攻めにされたリュウは、一先ず疑問が尽きたらしい小菊を見て苦笑い気味に部屋を出た。
「星巡竜様の守護者で、救国の英雄……この世界を一つに纏めた貿易の立役者……嘘やん……私の知らん間に、天生君が凄い事になってる……」
それを笑顔で見送ったアイスとココアが、テーブルに腰掛けてブツブツと呟いている小菊を見て、やはり苦笑いを浮かべる。
「小菊が驚くのも無理は無いわね……実際、ご主人様の成長は常人ではあり得ないものだものねぇ……」
「今思えば、何だかあっという間だったよねぇ……」
「そうですねぇ……」
そんな小菊に同情しつつも、ふと思い出に耽ってしまうアイスとココア。
一人ぽつんと取り残されてしまった小菊は、そわそわと落ち着かない様子だ。
「えっと、お二人はずっと天生君と一緒やったんですよね? もっと詳しく教えて下さい! 天生君、肝心なところは全然話してくれへんから!」
「小菊、落ち着いて! ちゃんと一から話してあげるから!」
「そ、そうだよ! ちゃんとココアが話してくれるから!」
「は、はい……よろしくお願いします……」
そうして痺れを切らした小菊に思い出から引き戻され、ココアとアイスは小菊が納得するまで今までの出来事を話してやるのだった。
レオンとの打ち合わせを済ませ、部屋に戻るなりいつもの様にベッドにどかりと腰を下ろしているリュウであるが、その顔はいつになく困り顔だ。
その原因は、腕にしがみついて泣きじゃくっている小菊である。
アイスとココアからリュウの失踪中の出来事の詳細を聞いた小菊は、リュウから軽く聞かされた内容との違いに強いショックを受けてしまったのだ。
しかもだ、小菊の半信半疑な様子にココアが映像まで見せたものだから、小菊の受けた衝撃は凄まじく、現在の状況となっているのである。
「なんで映像まで見せるんだよ……」
「だって、そうでもしないと信じて貰えなかったんですよぉ……」
主人の苦言に口を尖らせるココアの横では、アイスがおろおろ、ミルクは小菊に同調しているのか瞳をうるうるさせている。
「でも、小菊さんの気持ちも分かりますよぉ……ミルクだって思い出したら今でも胸が張り裂けそうになりますもの……」
「今では別の意味で張り裂けそうだけどね?」
「ぶふっ!」
「お、お馬鹿あああっ!」
そんな小菊に共感を見せるミルクであるが、間髪入れぬココアの軽口にリュウが吹き出してしまうと、目を丸くして憤慨する。
「もう、いつもいつも……でも、今回はミルクの負けだよね?」
「えっ!? ど、どうしてですかっ!?」
だが呆れ口調で口を挟むアイスの軍配に、ミルクの目は更に丸くなった。
いつもであれば、多少不満は残るが両成敗なのに、とミルクがあまりにも意外なアイスの采配に声を上げてしまう。
これにはココアも意外だった様で、驚きと嬉しさが入り混じった様な表情だ。
「ズルしたから」
「はうっ……も、申し訳ありません……」
だが疑問に答えるアイスの超ジト目が自身の胸に突き刺さると、ミルクは思わず胸を押さえ、真っ赤になって謝ってしまうのだった。
そんな、場の空気がふと緩んだ気配を感じ取ったのだろう、小菊が涙を拭いつつ顔を上げる。
「……天生君、ミルクさんがズルしたって、何?」
「ッ!? そっ、それは! も、もう済んだ事――うえっ!? もがっ!?」
そうして発せられた小菊の言葉に、ぎょっとするミルクが弁解しようとしたのだが、アイスに羽交い絞めにされたところをココアによって口を塞がれてしまった。
「お、泣き止んでくれたのか……んーとな、ミルクは元々――」
小菊が泣き止んだ事でほっとした表情を浮かべるリュウは「んー! んんー!」と真っ赤な顔でじたばたしているミルクにちらりと目をやりつつも、小菊の疑問にそれはそれは楽しそうに答えてやる。
その時になって拘束を解かれるミルクが、がっくりと床に膝をつく。
「どうして話しちゃうんですかぁ……ミルク、反省したじゃないですかぁぁぁ……なのにこんなの、あんまりですぅぅぅ……」
「嘆くな、ミルク。お前のお蔭で川端を泣き止ませる事が出来たんだからな!」
半べそのミルクの訴えを、宥めるどころか華麗にスルーして褒めるリュウ。
どうやらココアもアイスもリュウも、泣きじゃくる小菊にお手上げだった様で、ココアの軽口を切っ掛けに団結したらしい。
その甲斐あって小菊は泣き止んでくれた訳だが、人柱にされた方としては堪ったものではない。
特に創造主様とご主人様の仕打ちは相当ショックだった様で「酷いですぅぅぅ」「でも、ごめんなさいぃぃぃ」と繰り返すミルクの情緒は著しく不安定だ。
「え……ちょっと天生君、ミルクさんが可哀想やん! ごめんなミルクさん、私のせいで……」
「ふえぇぇぇん! 小菊さぁぁぁん!」
一連の暴挙が自分の為だったと分かって呆れる小菊であるが、さすがにミルクが可哀想で駆け寄って抱き締めてやると、ミルクも甘える様にしがみつく。
そんな狙い通りの展開に、ニンマリとサムズアップするリュウ達。
そこへ扉がノックされてリュウが応じると、入って来たのはロダ少佐とグラン、そしてドクターゼムであった。
「アイス様、リュウ……っと、こちらのお嬢さんは?」
「天生君の友達で小菊・カワバタと言います。初めまして……」
挨拶をし掛けて小菊に気付いたロダ少佐の問いに小菊が応じると、ロダ少佐達も簡単にだが挨拶を済ませる。
「いよいよ明日、エルナダに帰るからね。先に挨拶を済ませておきたかったんだ。みんな本当に世話になった。改めてお礼を言わせて貰うよ」
「大袈裟だなぁ……。俺も向こうでお世話になってるし、お互い様っすよ。それにこれからだって会えますし。ドクターもやっと研究に戻れますね~」
そうしてロダ少佐がリュウ達に別れの挨拶を切り出すのだが、湿っぽい雰囲気を嫌ったのか、リュウは明るく応じつつドクターゼムにも笑顔を向ける。
「何を言っとるんじゃ、わしは帰らんぞ?」
「へ?」
「『へ?』じゃないわい。わしの目標は小僧の力の解明じゃからの。他の事なんぞ些事に過ぎんわい。それに戻ったら、あれに手を貸せ、これを手伝え、と方々から邪魔が入るに決まっとるんじゃ。そんな所へ戻って堪るか」
だがドクターゼムはエルナダに帰る気は無いらしく、間抜けな声を出すリュウにその理由を憤慨口調で語る。
「え~、んじゃこのままここに住むの?」
「引っ越すに決まっとるじゃろ。聞いとるぞ、そろそろ館が完成するんじゃろ?」
なのでリュウが王城にこのまま世話になるのかを呑気に問うと、ドクターゼムが呆れた様に即答する。
軍の設備を借りにちょくちょくソートン大将の下を訪れているドクターゼムは、ソートン大将からリュウの新居について色々と聞かされていたのだ。
「うえっ!? まさか、俺ん家に来んの!?」
「当然じゃろ。軍の宿舎以外で電力を有しとるのは、小僧の新居だけじゃからの。部屋数も豊富なんじゃろ? なら、家探しの必要も無いし、わざわざ研究に出向く手間も省けて丁度ええじゃろ」
「え~……マジか……え~……」
それを聞いて目を丸くするリュウであるが、ドクターゼムは既にリュウの新居に住むと決めているらしく、リュウの口からは困惑が漏れ出る。
「なんじゃ、小僧……不服そうじゃの?」
「え、いや……別にそういう訳じゃ……」
「なら決まりじゃ。よろしく頼むぞ」
「う……わ、分かりました……」
だがリュウも新居での生活について深く考えていた訳ではなく、ドクターゼムに押し切られる様にして同居を認めてしまうのだった。
翌日、惑星ウィリデステラの各国家代表と惑星ナダムのエルナダ政府代表による国交樹立の為の調印式が、マーベル王国王城前の庭園にて執り行われた。
これにより、エルナダはウィリデステラから天然資源を得る代わりに、技術者を始めとする非武装の軍人をウィリデステラに派遣、各国の生活基盤向上の手助けをしていく事になるのである。
とは言え、最初の数か月は十名程での現地視察などが主であり、本格的に人員が派遣されるのはそれからである。
唯一、グーレイア王国だけが例外であり、こちらには早々に数千名規模の人員が娯楽施設建設の為に派遣される事が既に決定している。
調印式は予定通りに粛々と進められ、ウィリデステラ各国代表が挨拶を済ませ、今はエルナダ政府の代表となった元グランエルナーダ市長、エダン・ミットが挨拶しているところである。
円形に配置された席の中央から王城に向かって左にマーベル王国を始めとする、ウィリデステラ各国の代表が、右にエルナダの政府と軍の代表が座り、それぞれの背後にはその補佐役も同席しているが、誰もが穏やかな表情を浮かべている。
それはこの調印式が今後の更なる平和と繁栄を謳うものだから、という事もあるのだろうが、この場で一人赤い顔で緊張を隠し切れない人物の為でもあった。
それはこの調印式の見届け人として誰もが適任と納得した、マーベル王国代表とエルナダ政府代表に挟まれて身を縮めているアイスである。
因みにエルナダ側のアイスの隣にはリュウも居るのだが、こちらは既に見知った面々の集まりという事で緊張は無く、アイスに苦笑いを浮かべている。
「――アイス様とリュウ殿のお蔭で得る事が出来たエルナダと惑星ウィリデステラ各国の皆様との縁、私は心より嬉しく思います。この縁がお互いにとってより良い未来をもたらす事を願い、私の挨拶と代えさせて頂きます」
エダン・ミットが挨拶を終えて拍手に包まれて着席すると、入れ替わる様にしてアイスが赤い顔のまま立ち上がる。
「み、皆さんがこうして手を取り合って下さって、アイスは本当に嬉しいです……命がけで助けてくれたリュウやエルナダの皆さん、この地に飛ばされたアイス達を快く受け入れてくれたウィリデステラの皆さん、そのご恩に報いる為にもアイスは見届け人として、この平和で素敵な関係を見守っていきたいと思います……だからえっと、えっとぉ……」
自ら考え、ミルクに添削して貰った挨拶を、間違わない様にと小さく深呼吸して臨むアイスであったが、途中から頭が真っ白になってしまったらしく、顔を真っ赤にして言い淀みつつ、助けてと言わんばかりに隣に座るリュウを見る。
参加者達は天使と見紛うばかりのアイスの挨拶をうっとりと眺めていたのたが、アイスが言葉に詰まるとハラハラと見守り、アイスの視線の先のリュウに祈る様な目を向ける。
「……悪い事をしたらアイスビームで吹き飛ばしちゃうぞ?」
「ぶふっ」
「そっ、そんな事しないよぅ!」
「ご主人様っ!」
だがアイスを見上げるリュウの口から出た言葉はココアを吹き出させ、アイスの表情をひきつらせ、ミルクの眉を吊り上げさせて、その他一同を唖然とさせる。
「えっと、み、皆さんもこの関係がずっと続く様に、がが、頑張って下さい!」
思わず叫んでしまって羞恥心が限界に達したらしいアイスが、残りの文言を思い出す事を放棄して真っ赤な顔で挨拶を締め、縮こまる様に着席する。
それをフォローするかの様な万雷の拍手の中、アイスに涙目で睨まれるリュウであるが、ニィっと笑うのみで悪びれる様子は皆無である。
そうしてレント国王が穏やかに式を締め、そのまま昼食会を経た後に、リュウは転移門で皆を各国へと送り届けた。
それから二日後、マーベル王国に駐留していたエルナダ軍は一部を残して母国へ帰還し、入れ替わる様に各国の視察要員とグーレイア王国への支援技術者がやって来る事となった。
これを機にウィリデステラの各国はエルナダの技術支援を受けて、飛躍的に生活レベルが向上していく事になる。
それは惑星ウィリデステラが新たな時代を迎えた事を意味し、アイスとリュウの名が各国の歴史書に刻まれる契機となったのであった。
皆様、今年もお世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願いします。
良いお年をお迎え下さい。
感想下さい…




