表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を巡る竜  作者: 夢想紬
第五章
208/227

18 想いがあるなら

「叔父様、今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ、急にバタバタさせてしまって悪かったね。これからがまた大変だと思うけど、いつでも相談に乗るから頑張って」

「はい!」

「リュウ、次は一週間後だな。また連絡してくれ」

「はい、またよろしくっす!」


 ガレージに荷物を下ろし終え、修二のワゴン車を見送ったリュウと小菊は、休む間も無く二階へと荷物を運び込む。

 ガレージの奥には転移門が設置してあるが、手前に用意された分厚いカーテンがその存在をしっかりと覆い隠している。

 階段を上って左へ伸びる短い廊下の右手は食卓付きの台所であるが、冷蔵庫など電化製品はまだ用意されていない為、ガランとしている。

 一方、廊下の左手の六畳間は、リュウに改装を任された三姉妹によって、随分と様変わりを果たしていた。


「え、綺麗! めっちゃ可愛い!」

「お? ほんとだな……」


 (ふすま)を開けたと同時にセンサーライトが起動、声を弾ませる小菊の背後から部屋を覗くリュウは、部屋の変わりように口元を引きつらせる。

 古い畳の上には毛足の長い真っ白な絨毯が敷かれ、壁も柱を隠して白い洋室風に改装されていた。

 隅に置かれたベッドやカーテンはピンクで統一されており、改装を主導したのがミルクだと一目で分かる。

 買ってきたばかりのカラーボックスの棚の一つにお菓子が満載されているのは、きっとアイスの仕業だろう。


「え? 天生君が準備してくれたんやないの?」

「あ、いや……こっちの事は助っ人に任せてたから……」

「そ、そうなんや……えっと、じゃあ叔父様の娘さん……とか?」


 リュウの反応にきょとんとした顔を向ける小菊は、どこか歯切れの悪いリュウの返事に不安顔になった。

 小菊の脳裏に、リュウと笑い合う修二の娘が思い出されたからだ。


「いや、それは無い。今回の事は叔父さんにしか知らせてないんだ」

「そう……」

「そんな事より、早く残りを運んでしまおう。この部屋は好きに使ってくれて良いからさ」

「でも天生君は? 天生君はどうするつもりなん?」


 だがそれは即座に否定されて安堵する小菊だったが、またしてもリュウの言葉に不安を掻き立てられて問い掛ける。

 なのでリュウは真実を告げる時が来たか、と大きく一つ息を吐く。


「川端、エリからどんな風に聞いてるか分かんねえけど、今俺は別の世界で暮らしてる。まぁ、誰も信じない様な話なんだが……それでも聞くか?」

「……うん。聞く……」


 そしてリュウは、小菊が真剣に(うなず)くのを見て真実を語り始める。


「……で今に至る、という訳だ。この家は誰にもバレずに向こうと行き来する為の拠点でしかなかったんだけど、お前の話を聞いて使って貰おうと思ったんだ。お前には色々と世話になったし、口が堅いのは信用してるし。ま、急だったんで電気、ガス、水道は明日手続きするから、今日はコンビニで我慢してくれ。あと――」

「天生君……」

「ん?」


 時折小菊からの質問に答えながらも、小菊が真剣に話を聞いてくれている様子に安堵するリュウは、話を終えようとして名を呼ばれて小菊を見る。


 小菊はリュウが嘘を言っているとは思えなかったし、最初からそのつもりで話を聞いていた。

 だが施設でも、そして今も、リュウがなぜ自分と一線を引こうとするのか、小菊にはそれが分からなかった。

 想い人から好かれたい、という気持ちも()ることながら、小菊はこれまでを思い返してもリュウから嫌われているとは思えなかった。

 だからと言って好かれているなどと思い上がる事もなかった訳だが、これほどに距離を置こうとされるとは思ってもみなかったのだ。


「連れて行ってくれへんの?」

「いや、それは――」

「私、天生君と一緒が良い! 迷惑掛けへん様に頑張るから! 何でも言う事聞くから!」


 問い掛けを拒絶されかけた途端、思わずリュウに抱き付く小菊は心の内を叫んでいた。

 だがそんな小菊の肩を優しく(つか)むリュウは、そっと小菊を引き離す。


「天生君……」

「悪い、川端。俺はお前の気持ちに応えてやれないんだ。俺さ、もう……向こうで付き合ってる人が居るんだ……ごめん……」

「そ、そうなんや……」


 涙を(こぼ)す小菊にリュウがその理由を告げると、小菊は両手で顔を覆った。

 こうなる事は分かっていたリュウではあるが、やはり泣かれるのは居た堪れないのだろう、ガリガリと頭を掻いて嗚咽を漏らす小菊に話し掛ける。


「そ、それにな、さっきもちらっと言ったけど、向こうは電気もガスも水道も無い世界なんだ。今の生活に慣れた日本人が簡単に暮らせる世界じゃない……ん?」


 リュウが小菊を泣き止ませようと、向こうの世界について話し掛けた時だった。

 階下の物音に気付くリュウは、小菊を置いて階段を下りる。


「アイス様ぁ、やっぱり戻った方が良いのでは……」

「でもぉ……向こうで待ってるなんて無理だよぅ……」

「おい……何で戻って来てんだよ……待ってろって言っただろーが……」


 ガレージの奥でひそひそと話し合うアイスとココアを目にし、リュウは三十分も待てないのか、とそれはそれは大きなため息を吐いた。

 家に着く少し前、リュウは余計な説明を避ける為にミルクに指示して、三姉妹にマーベル王国へ先に戻っておく様に言っていたのだ。


「だ、だって、リュウが遅いから……」

「ココアはお止めしたんですけど……姉さまも自律モードで頼りなくって……」

「あうぅ……申し訳ありません……」


 リュウにジト目を向けられて、上目遣いで口を尖らせるアイス、おろおろと言い訳するココア、申し訳なさそうに謝るミルク。


 マーベル王国に転移した三姉妹は、その場で健気にリュウの帰りを待っていたのだが、我慢弱いアイスが戻ると言い出したのをココアが(なだ)め切れなかったのだ。

 本来ならミルクもアイスを引き留めるのに尽力していたはずなのだが、転移した為にマスターコアとのリンクが切れて自律モードへと移行してしまい、主人からの言いつけを笑顔で繰り返すのみのミルクは、アイスを余計に不安にさせてしまったのである。

 これにはココアも不安になってしまい、もしもこのまま転移門が消えちゃったらどうするの、とのアイスの訴えに居ても立っても居られなくなったのだ。

 そんな事情を、戻って来たボディと再リンクして知ったミルクは、自律モードの設定の甘さが今回の原因だ、と反省してしゅんと(うつむ)いて縮こまっている。


「天生君、その人達は……」

「あー、もう……しょーがねえなぁ……川端、こいつらがさっき言ってた星巡竜のアイスとAIのミルクとココアだ」


 そこへ二階に残した小菊がやって来ないはずはなく、声を掛けられて思わず天を仰ぐリュウは、がっくりと肩を落としてガリガリと頭を掻くと、小菊に三人を紹介する。


「え……」

「だから……こんな見た目だけど、ついこの前までチビ竜だったアイス、その力で俺の脳を乗っ取るはずが守る事になって自我に目覚めたAIのミルク、そのバックアップを作ろうとしたら、やはり自我に目覚めた妹のココア……だ」

「あのぅ、もうちょっと言い方を……」

「そ、そうだよ! チビとか余計だよう!」

「ちゃんと一番の彼女って紹介して下さいぃぃ!」


 その適当過ぎる紹介に小菊が困惑していると、リュウは改めて簡単な解説付きで三人を一人ずつ紹介し直したのだが、これにはミルクの苦言を皮切りに、アイスとココアが騒ぎ出してリュウの口元を引きつらせる。


「え……彼女って――」

「ちょっと、ココア! どさくさに紛れて――」

「ズルいよココア! アイスが一番――」

「やかましいわ!」


 そんなココアの発言に小菊が反応し掛けるが、憤慨するミルクとアイスが遮ってしまい、リュウが堪らず一喝する。


「天生君、どういう事なん? 彼女がAIってほんまなん?」

「あーもー! こうなりたくなかったから、戻ってろって言ったのに! お前ら、帰ったら覚えとけよ……」

「「申し訳ありませんっ!」」

「ごめんなさいぃぃ」


 だが小菊が説明を求めるのは当然な訳で、頭を抱えるリュウにギロリと睨まれて三姉妹は仲良くしゅんと縮こまる。

 そんな三姉妹の姿を見て大きくため息を吐くリュウは、もう隠していても仕方が無いと更に詳細を話す事にする。


「ミルク、ココア。ちょっと妖精モードになってボディとのリンクを切れ」

「は、はい」

「分かりましたぁ」

「えっ!? 嘘……凄い……」


 リュウの命令でミルクとココアから妖精サイズの二人が空中に羽ばたいて、人間大の二人がぺたんとその場に座り込むと、小菊は目を見開いて絶句する。

 生きているとしか思えない妖精の二人と違って、座り込んだ二人の姿にはまるで生気が感じらないのだから無理もない。


「ミルクとココアは人工細胞って言う、金属微粒子の集合体なんだ。マスターコアって言う部分に本体のAIが格納されていて、こういう風に自在に姿を変えられる。俺の体の中にも人工細胞が有って、ミルクは俺の頭の中にマスターコアを置いてるけど、ココアは完全に独立して自律している。アイスの方は見た目は人間だけど、星巡竜っていう種族で竜の姿にも成れる。まぁここで竜化されると家が壊れちまうから、お披露目は出来ないけどな……ミルク、ココア、戻って良いぞ」


 そんな小菊を横目で見ながら三姉妹の説明を行うリュウ。

 妖精モードの二人がボディに戻って生気を取り戻して立ち上がるが、小菊はまだ情報の整理が追い付かないのか絶句したままだ。


「ま、この二ヶ月半の間に色々あったけど、俺達はずっと行動を共にしてた訳だ。それこそ死にそうな目にも何度も遭った。そんな中で俺は、こいつらの事が好きになっちまったし、これからもずっと一緒に居たいと思ってる。それについて後悔は別に無いけど、川端にはドン引きされるから、黙っていたかったんだよな……」


 そんな小菊に肩を(すく)めつつ、リュウはようやく小菊と距離を置こうとする本心を明かし、黙っていたかったのにと三姉妹をじろりと睨む。

 この時になってリュウに先に戻っていろと言われた訳を知り、感激したのも束の間、再びしゅんと項垂(うなだ)れる三姉妹。

 そんな彼女達を見て、小菊の口元にふっと笑みが浮かぶ。


「ドン引きなんかせーへんよ、私……そら、そんな綺麗な子らが一緒に居てたら、天生君が好きになったのも頷けるし……私なんかが入り込める余地なんか無いって分かったし……」

「あ、いや……川端、俺はさ――」


 リュウをからかう様に、明るい口調で話し始めた小菊だが、その瞳は涙が今にも溢れそうで、リュウは何を言えば良いのか分からぬままに口を開く。


「ううん、ええの。ごめんね、天生君……困らせる様な事、言ってしもて……私、ここに残るね……これ以上、迷惑掛けたないし。せやけど、最後やから……泣いてしまう前に言っとくね……」


 だがそれを遮って謝る小菊は、涙を(ぬぐ)いながらここに留まる事を伝えると、最後だからと前置きしつつ深呼吸をして、精一杯の笑顔を作る。

 リュウを酷いと叫びたい気持ちが、小菊の中に無いと言えば噓になる。

 だが小菊はそれを選ばない。

 最後だからこそ、笑顔の自分でいようと思ったのだ。


「天生君、ずっとあなたの事が好きでした……こうして連れ出してくれた事、感謝しかありません……何の恩返しもさせてくれへんのは、少し酷いとも思うけど……今まで本当に、ありがとう……ございました……」


 ちょっぴり意地悪も挟みつつ、笑顔で思いの丈を伝えた小菊。

 最後の最後で止め処なく溢れ出した涙を両手で覆い隠す小菊の嗚咽が、リュウの胸の奥深くにまで突き刺さる。

 それを沈痛な面持ちで見つめるアイスと、既に涙目のミルクが、今にも崩れ落ちそうな小菊に思わず寄り添い、小菊を床に座らせる。


「こんな時、何を言えば良いんだよ……」

「ご主人様……」


 思わず漏れ出たであろう主人の呟きには、ココアも答えに困って寄り添う事しか出来ずにいる。


「すみません、ありがとうございます……」


 ようやく泣き止んだ小菊がアイスとミルクに会釈をしながら立ち上がると、皆の表情も緊張を解かれ、ほっと安堵したものに変わる。


「悪い、川端……こんな時、何を言って良いのか……」

「ううん……」

「じゃあ、俺は一旦戻るけど、数日したら様子を見に来るから……」

「うん……じゃあ、その時はせめて、何か美味しいもん用意しとくね……」

「分かった……」


 だがその後のリュウは本当に言葉に困っている様子でぎこちなく、おろおろする三姉妹の様子にも気付けずにガレージ奥に歩を進め、分厚いカーテンを(まく)る。

 そこには転移門が静かな光を内側に(たた)えている。


「じゃあ、また……川端、ありがとう……」


 リュウは転移門を前に少し考えると、半身を捻って短く告げると光の中に消えてしまった。

 背中を丸めたリュウのどこか申し訳なさそうな姿を小菊は呆然と眺めていたが、その後に続くミルクとココアの一礼には返礼し、二人が消えゆくのを見守った。

 だがアイスと呼ばれた少女はじっと小菊を見つめたままで、小菊は困惑のままに少女を見る。


「本当にそれで良いの?」

「えっ……」

「リュウの事、好きなんでしょ?」

「えっと、あの……、……はい……」


 唐突に質問されて困惑する小菊は、矢継ぎ早の質問に困惑を深めつつもコクリと頷いて見せる。


「だったら付いて行かなきゃ!」

「でも天生君が……」

「リュウはね、アイス達の事ですっごく悩んでくれたんだよ?」

「えっ?」


 するとアイスはパッと表情をほころばせ、困惑する小菊に構わずにリュウの事を話し始めて、小菊の瞳を丸くさせる。


「複数の女の子を好きになるなんて、自分は地球人失格だ、って!」

「ええ……」

「だからね、カワバタ? も好きになって貰えば良いんだよ!」

「――ッ、でも……」


 だがその内容に小菊はちょっと呆れ掛けたのだが、続くアイスの言葉には、胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。

 それをアイスも察したのだろう、アイスの舌は更に滑らかに動き出す。


「多分ね、カワバタも地球人だから、リュウは我慢したんだと思うの! でもね、リュウはもう星巡竜なんだから、そんな事気にしなくても良いと思うの!」

「えっ!? それって、どういう……」

「とにかく! 今行かないと、カワバタはきっと後悔すると思うの。大丈夫だよ、アイスがちゃんとリュウに言ってあげるから! ね?」

「で、でも――」

「でも、じゃないの! リュウに好きになって欲しいんでしょ?」

「は、はい……」


 小菊の疑問などそっちのけで、いつになく饒舌に語るアイス。

 小菊の涙にその純粋な想いを感じ取ったアイスは、このままにしてはいけない、と直感したままに小菊の背中を押し続け、足を止めてしまった小菊に、再び一歩を踏み出させる。


「もしリュウが何か言ってきてもアイスが守ってあげるから、絶対に引いちゃダメだよ? 約束だよ?」

「はい、頑張ります……あの、よろしくお願いします!」


 アイスに手を引かれて転移門の前へやって来た小菊が、振り返るアイスの言葉にしっかりと頷き、転移門の静かな光にごくりと息を呑む。


「大丈夫。ちっとも怖くないからね?」

「は、はい……」


 そうして小菊はアイスに手を引かれ、光の中へと足を踏み入れる。










「ご主人様ぁ、あれで本当に良かったんですか?」

「あん?」

「小菊さんの事です……もう少し何か……」

「それが思い付かねえから、こうなってんだろ……」

「そ、そうですね……すみません……」


 転移門を出てすぐに主人に声を掛けるミルクは、困り顔で肩を竦める主人を見て何も言えなくなって俯いてしまう。


「確かにちょっと可哀想だとはココアも思いましたけど……」

「けど?」


 するとココアもしんみりと会話に加わるが、その歯切れの悪い言葉尻にミルクが顔を上げる。


「お蔭でライバルが増えずに済んだなぁって、今はホッとしてますぅ!」

「お前なぁ……」

「ちょっと、ココア――」


 だがココアが一転して明るく振舞って見せると、リュウは思わず苦笑いを溢し、ミルクは不謹慎だと憤慨しようとしてココアに続きを潰される。


「だって彼女には、姉さまやアイス様と違って強力な何かを感じたんです! その彼女が居ないとなれば……うふ、ココアの一位の座はもはや安泰――」

「そ、そんなの分からないじゃない! ミルクはともかく、創造主たるアイス様を差し置こうだなんて、許さないわよ!」

「何を言ってるんですか、姉さま。確かに姉さまの創造主はアイス様なんでしょうけど、ココアの創造主様はご主人様ですよ?」

「なっ――」


 そうして語り始めるココアの奔放さに憤慨するミルクであったが、続くココアの言葉を聞いて思わず絶句してしまった。


「だってそうでしょ? ココアは姉さまのコピーを元に、ご主人様の記憶の中でも特にご主人様の趣味、嗜好の高いものから創られているんですから。考え方なども含めてね。それもご主人様のご意思で!」

「あ、う……」


 ココアの主張に反論したくとも言葉が出ないミルク。

 自身でもそうかも知れない、と思ってしまったからだ。


「良いですか、姉さま。如何に星巡竜様が創造主とは言え、アイス様はご主人様の愛を求め欲するお立場であり、与えるお立場にあるご主人様と同格とは言えないのです。そのご主人様に直接! 創造されたココアもまた! アイス様や姉さま(ごと)きから一歩抜きん出た存在なのです!」

「ご、如き……うわぁぁぁぁん! ご主人様ぁぁぁ!」


 それに気を良くするココアに鼻高々に格の違いを自慢されるミルクは、舌戦では勝ち目がないと思ったのか、言外にそんな事無いですよね、と泣き声と共に主人にしがみつく。


「あー! またそうやって抱き付くー!」

「ったく、お前らは……いつもいつも飽きねえなぁ……」


 そんなミルクに今度はココアが憤慨し、リュウがやれやれと呆れ笑いを浮かべていると、転移門からアイスが現れる。


「遅かったな、アイス。川端に何か――ッ!?」


 アイスに話し掛けるリュウは、その背後に小菊が現れたのを見て目を見開いた。

 それはミルクとココアも同様だったが、一変した周りの景色に驚くも、リュウの姿を見ておどおどと俯く小菊の手をアイスがぎゅっと握っているのを見て、口元に笑みを浮かべた。


「おい、アイス――」

「だってあんなの可哀想だもん! 一生懸命想いを伝えてくれてるのに、逃げちゃダメだと思うの! アイス達の時はもっと考えてくれたでしょ?」


 リュウが口を開いた途端、先制攻撃を開始するアイス。

 アイスもリュウが何を言ってくるかぐらいは想定していた様である。


「別に考えてない訳じゃねえよ。ここは日本と比べたら、不便の塊みたいな所だ。好きな相手が居るってだけで、暮らしていける甘い世界じゃねーだろ。川端だって日本に残ってた方がずっと楽で安全に暮らしていけるんだし、新しい出会いだって日本ならたくさん出来るんだよ」

「そ、そんなのダメだよ! カワバタが好きなのはリュウなんだから!」


 リュウの反論に頑張って声を張り上げるアイス。

 正直なところ、アイスは小菊を何とかしてあげたいと思うだけで、特に策が有る訳では無かった。

 しかもお願いするつもりが何故か言い争う形になってしまい、こんなはずじゃ、と内心不安になっていたりする。

 見ればミルクとココアも不安そうで、ちらちらと主人の横顔を(うかが)っている。


「それで川端に何かあったらどーすんだよ? 勝手な事してんじゃねーよ」

「ア、アイスが守るもん!」


 そんなアイスの心情になど気付かぬリュウが、思わずイラっとした感情を語気に込めてしまうが、アイスは怯まず言い返してリュウを睨む。

 いや、睨んでる訳では無く、そうでもしないと涙が零れそうなのだ。

 それにはリュウも毒気を抜かれたらしく、やれやれと頭を掻く。


「ったく……しょうがねえなぁ……川端、こんな格好良い事言ってるけど、こいつまだお子ちゃまだから、なるべく自分の事は自分で対処しろよ?」

「お、お子ちゃまじゃないもん!」

「え……じゃあ……」


 なのでリュウは大きくため息を吐くと、小菊に話し掛けて肩を竦める。

 すかさずアイスが真っ赤になって叫ぶが、小菊はリュウが折れてくれたのだ、と涙目になる。


「頼むから泣くのは勘弁してくれ。それよりほら、自己紹介。お前らもな」

「川端小菊です。ご迷惑にならない様に頑張ります! よろしくお願いします!」


 そしてリュウに自己紹介する様に勧められた小菊は、さっと涙を拭うと三姉妹に向けて声を張り、深々と頭を下げる。


「アイスだよ。本名はアイシャンテだけど、アイスで良いからね」

「ミルクです。よろしくお願いします」

「ココアよ。ご主人様の一番の彼女の座は譲らないからね?」

「「ココアー!」」


 それにアイスとミルクが笑顔で応えるが、ココアは独自路線を突っ走って見事にアイスとミルクに怒鳴られるが、ドヤ顔は崩さない。


「ココアお前、川端の代わりに日本で暮らすか?」

「ちち、違うんです、ご主人様! 今のはココアなりの励ましで――」

「「どこが!?」」

「な、仲良くしようね、小菊!」


 しかし主人の冷ややかな声には、わたわたと言い訳をしてアイスとミルクに再び突っ込まれるココアは、小菊に抱き付いて軌道修正を図るのだった。


「は、はい……ってか、天生君……」

「あん?」


 そんなココアに面食らう小菊を見ながら、こうなってしまったか、とどこか観念した様な顔をするリュウは、ココアに抱き付かれたままの小菊に声を掛けられて、鷹揚に応じる。


「ご主人様って呼ばれてるん?」

「うぐっ……こ、これには海より深い訳が……」


 だが小菊に問われた途端に鷹揚な態度はどこへやら、硬直してしまうリュウ。

 目を泳がせて言い訳する様は、エリのそれとは年季が違って非常に情けない。


「そうなんや……エリ達が喜びそうな――あら?」


 そんなリュウを見て、少し楽し気に転移門へと振り返る小菊だったが、転移門は既にそこから消失していた。


「待て! 戻らなくて良いから! 好きなだけここに居れば良いから! な?」


 それを成したであろう張本人の声で再び振り向く小菊は、真っ赤な顔で先程までとはまるで正反対の事を叫ぶリュウに思わずくすくすと笑ってしまう。


「じゃあ、天生君も……これからよろしくお願いします」

「お、おう……よろしく……」


 そうして小菊に改めて頭を下げられると、リュウも赤い顔でぎこちなく応じる。

 三姉妹がそんなリュウと小菊を興味深く交互に見つめている。


「……何だよ、お前ら……」

「何だかリュウより小菊の方が、お姉さんって感じ……」

「ですよね! 何だか頼もしいですぅ!」

「ご主人様、ココア負けませんから!」

「何をだよ!? てか、もういいから! 帰んぞ!」


 そんな三姉妹の視線に気付いたリュウがまだ赤い顔で口を尖らせるが、アイスとミルクの小菊の評価を聞いて仏頂面になったのも束の間、ココアの反応には速攻でツッコミを入れつつ、くるりと皆に背を向けて逃げる様に歩き出す。


「や~ん、ご主人様ぁ、待って下さいよぉ!」

「もう、本当にココアったら……」


 するとココアが小走りでリュウを追い、ミルクがぷくっと頬を膨らます。


「えへへ、良かったね! 小菊!」

「はい、アイスさんのお蔭です!」

「アイス様ぁ、ミルク感動しました!」

「ええっ、そんな大袈裟だよ、ミルクぅ……」


 だがアイスと小菊が微笑み合うのを見るとミルクもそこに笑顔で加わり、三人は照れるアイスを挟む様に手を取り合って、リュウの後を追うのだった。

日本編、一旦終了です。

また行くんだろうけどなー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 小菊ちゃんの思いと涙。そして純粋?なアイスのまさかの行動。これからどうなっていくのか気になります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ