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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第五章
206/227

16 淡い期待

 リュウが家に戻ると、家は三姉妹によって掃除が進められていた。

 そこに加わるリュウは、夕食を挟みつつ掃除があらかた済んだところで三姉妹を連れて一旦マーベル王国へと戻った。

 そこで出会ったレオンから、ノイマン領で建築中の家がそろそろ完成しそうだと聞かされて驚くリュウは、昼食を済ませるとノイマン領へ転移門を使わずに馬車で向かう。


「え、マジで? こんなでけえの!? 何かちょっと恥ずい……」

「凄いね、リュウ! お庭も広~い!」

「国王陛下に感謝ですね、ご主人様!」

「リックとミリィちゃんのお家のすぐそば! 嬉しいですぅ!」


 ほぼ完成している様に見える新居は、二階建てながら周辺の住宅より敷地面積が遥かに広く、広大な庭を有していた。

 それらを見て口々に叫ぶリュウ達を見て、作業中の大工達が笑顔を(こぼ)す。

 その中から年配の大工が一人、リュウの下へ歩み寄る。


「ようこそおいで下さいました。私はここの監督を任されております、マグリーと申します。救国の英雄たる皆様の邸宅を任されて皆、光栄に思っております」

「リュウ・アモウです。レオン王子から完成が近いと聞いてやって来たんですが、まさかこんな立派な家だったとは。ありがとうございます」


 自分よりは三倍以上は年上であろう人物に(うやうや)しく頭を下げられて、リュウは恐縮しつつぺこぺこと頭を下げた。

 マグリーはそんなリュウに少々意外な印象を受けた様子だったが、(かえ)って緊張を解かれたのか、笑顔で邸宅を案内して回るのだった。


「凄かったね、ミルクぅ! あんなにいっぱいお部屋が有るなんて!」

「はい、アイス様! キッチンも凄く広くて素敵でした!」

「キッチン……ア、アイスお料理とか出来ないよぅ……」

「そこはミルクにお任せ下さい! いっぱい美味しいお料理を作りますね!」


 帰りの馬車の中で隣り合うアイスとミルクの声が弾んでいる。

 特にミルクはこの国のキッチンに見えて、実は中身がエルナダ製の高級システムキッチンだと分かって上機嫌である。


「後でこっそり地下室作ろうと思ってたのに、まさか既にスペースが確保されてるとか……びっくりだわ……」

「自家発電システムが埋設されてますからね。ソートン大将もやりますね!」

「マジか……後でお礼言いに行かないとな」


 一方アイスの向かいに座るリュウは、既に地下室が用意されていた事に嬉しさと呆れが入り混じった様な表情を浮かべたが、ココアの説明を聞いてソートン大将の気遣いに感謝する。

 リュウが内乱鎮圧の褒美に家を貰う事を知っていたソートン大将は、エルナダへ事業協力の内容を協議しに向かうリュウに同行し、マーベル王国に駐留する部隊の物資調達の他に、自家発電システムをはじめとする家庭用設備をどうしても必要であると軍にねじ込んで用意させていたのである。

 それはリュウに少しでも恩を返したい、というソートン大将の偽らざる気持ちの表れからなのだが、自身が暮らす三棟の宿舎にも同様の設備をちゃっかり用意しているのはさすがと言わざるを得ない。

 そうしてリュウは王城へ戻ると、ソートン大将の下へ赴いたのを皮切りに、不在だった二日間で変わった事は無かったかと、各方面を回って過ごすのだった。


 三日後、各方面が二日後に迫ったエルナダ政府との国交を結ぶ調印式に向けて、順調に調整が進んでいる事に満足するリュウは、朝食後にミルクを連れてレオンの下を訪れる。

 調印式は、以前ウィリデステラの各国が和平条約と貿易協定を結んだ時と同じ、マーベル王国の庭園広場で行われる為、リュウが転移門をエルナダに繋ぎ、関係者各位を案内する必要が有るのだ。

 なのに日本に残された問題を解決するには、諸事情により今しか時間が取れない為、レオンにだけは事情を話しておこうと思ったのである。


「……事情は理解した。が、お前……何で二日前の今なんだ……」


 事情を聞いて、はぁ、と大きく一息吐くレオンであるが、大事な行事の二日前になってから言うか、という思いが額に青筋となって浮かんでいる。


「え……いやぁ、俺もこんな事になるとは思ってなかったと言うか……色々段取り考えて上手くいきそうだと思ってたんだけど、万が一を考えたらやっぱ信頼置ける人物には話しておかないと……と思って……はは……」

「笑ってる場合か! まったくお前という奴は……」


 なのに、ちょっと言うの遅かったよね、ごめんね、とでも言うかの様にガリガリ頭を掻いてリュウがヘラヘラするものだから、堪らず一喝してしまってこめかみをぐりぐりと揉み(ほぐ)すレオン。

 だがそれだけでレオンが我慢できたのには訳が有る。

 問題児の横に、しゅんと(うつむ)く可愛いミルクが居るからだ。


「……ミルク」

「は、はいっ!」

「何でお前が付いていながら……」

「申し訳ありません! 十中八九、間に合うとは思うんです。ですが不測の事態を考えますと……レオン様にはその旨をお伝えしておかなければ、と……レオン様であれば我々がエルナダの方々をお連れするまでの間、場を上手く取りなして下さるのでは……と」


 明らかに怒っているであろう低い声で名を呼ばれ、ビクッと姿勢を正すミルクはこれ以上レオンを怒らせない様に、と顔色を窺いながらおどおどと言い訳する。

 そんなミルクを見て、こういうミルクも可愛いなと思うレオンだが、その表情は崩さない。

 だが真っ先に頼ってくれたのは素直に嬉しく、ミルクに泣かれるのも困るので、レオンは一先ず馬鹿野郎への怒りを収める。


「ま、最悪の場合は俺が何とかしてやる。だからお前も最善を尽くせよ、リュウ」


 そうして二人に安心を与え、リュウには発破を掛けるレオン。

 大きく見開かれるミルクの感謝の瞳に小さく頷くレオンだが、後ろ手に組む拳に思わず力が(こも)っていらっしゃる。


「分かってるって。一応、念の為ってだけだから。何か土産でも買ってくるから」

「ご、ご主人様っ! レオン様、申し訳ありません! ミルクが後できつく言っておきますので! ご無理を聞いて下さって、本当に感謝しかありません!」


 一方、レオンの返事に気が抜けたらしいリュウは、あんまり重く捉えるなとでも言いたげに軽口を叩いて部屋を辞してしまう。

 だがミルクの素早い対応が切れ掛けたレオンを思い留まらせ、更には部屋に二人きりになった事で、レオンの心にゆとりが生まれる。


「まったくしょうがない奴だ……ミルクは相変わらず苦労が絶えないな」

「本当に申し訳ありません……ただ、お気を悪くなさらないで欲しいのですが……ご主人様のあれは、レオン様に甘えているんだと思うんです。ご主人様の周りにはレオン様くらいしか同年代の方がいらっしゃらないので……」


 やれやれと肩を(すく)めるレオンに、ミルクがやんわりと主人を擁護する。


「そ、そうか……まぁ、私にあんな砕けた態度で接してくれるのは奴だけだから、少し新鮮で嬉しくもあるんだが……おっと、ここだけの話だぞ?」

「はい、レオン様」


 それを受けてレオンも本音を覗かせるのも束の間、慌てて釘を刺して見せると、ミルクは頷きながらクスクスと笑った。

 その笑顔にほっこりしながら、レオンは一歩踏み込む事にする。


「なぁ、ミルク。いつもあいつの相手は疲れるだろう。どうだ、しばらくあいつの事はココアに任せて、私の補佐をしてみないか?」

「えっ!?」

「いや、何……あいつにだけ優秀な人材が補佐してるのは、不公平だからな!」

「まぁ、レオン様ったら……」


 自分で切り出しておきながら目を丸くするミルクを見て、つい冗談ぽく憤慨して見せるレオン。

 ミルクも冗談だと受け取った様でクスクスと笑っているが、レオンは失敗した、と内心大慌てである。


「それに私はミルクを高く評価している。控えめながら言うべき時にはしっかりと物が言える芯の強さ、どこに出しても恥ずかしくない立ち居振る舞い、そこいらの貴族令嬢もミルクの聡明さと美しさには霞んで見える程だからな」

「そ、そんな……レオン様ぁ……」


 なのでレオンは態度を改め、普段からミルクに感じている事を心のままに素直に述べる。

 レオンの真摯な眼差しに、熱くなる頬を思わず両手で押さえるミルク。

 盛大に照れつつ、イヤンイヤンと身をくねらせるミルクの口元はモニョモニョと嬉しそうであり、その仕草に自分で仕掛けておきながら撃ち抜かれている王子様。


「……で、どうだ? 無論、ミルクが良ければ、の話だが……」

「あ、ありがとうございます、レオン様ぁ。そんな風にレオン様に見て頂けていたというだけで、ミルクはとっても報われた気がします。でも……やっぱりミルクはご主人様に仕える身ですから、お申し出を受ける訳にはいかないのです……それにご主人様はあの通りの人ですし、ココアは盲従しがちなので……やっぱりミルクが目を光らせていないと……なので……あの……その……」

「そうか。ならば致し方ない……ま、困ったらいつでも頼ってくれ。私はいつでもミルクの味方だからな」

「は、はい! ありがとうございます! で、では、失礼致します……」


 だがレオンに結論を問われると、ミルクは赤い顔で礼を言ったものの、レオンの提案をやんわりと断りつつ、それでもレオンを傷つけない様にフォローを入れる。

 それでも言葉に詰まってしまうミルクを見て肩を竦めるレオンは、苦笑混じりに諦めを口にすると、レオンらしい爽やかさでミルクを困惑から解放する。

 そうして赤い顔でぺこぺこと頭を下げつつ部屋を辞するミルクを笑顔で見送ったレオンであったが、その後は一日中ため息を吐いて過ごす羽目になるのであった。










 一方、自室に戻ったリュウは、遅れて戻って来たミルクを待って転移門で再び日本での拠点となった大阪市内の家へとやって来ていた。

 マーベル王国とほぼ半日時間がずれている日本は当然夜であり、仮眠する必要があるリュウは、深夜遅くまで開いている某有名雑貨店で購入してきた大量の毛布に三姉妹と共に二階の六畳間でくるまっていた。

 真っ暗な六畳間の壁際に張り付く大きく(いびつ)(まゆ)の様な、ちょっと不気味な毛布の塊であるが、その中は壁にもたれて座るリュウが左腕にミルク、右腕にはココアを抱き締め、正面からはアイスに抱き付かれているという、完全防寒態勢だ。

 叔父から譲り受けた家にはまだ、電気、ガス、水道が通っていない為である。


「あったか~い」

「だろ? ミルクが頑張って発熱しなくても、これで十分なんだよ」

「ですよねぇ……ほ~んと姉さまったら、分かってないんだからぁ」

「あう……」


 真っ暗な毛布の中でのアイスのほんわかした呟きに、満足そうに応じるリュウとそれに同調しつつやんわりとミルクをなじるココア。

 返す言葉が見つからないのか小さく(うめ)くミルクは、助けを求めるかの様に主人の肩口に顔を(うず)め、きゅっと身を縮める様にしがみつく。


 何故こんな事になっているのかと言うと、某雑貨店で毛布を買おうとする主人の意図を尋ねたミルクが、そんな無駄遣いをしなくても自分が部屋を暖めれば済むと反対したのが事の始まりだった。

 しかし主人に提案を却下され、アイスとココアの賛同も得られず、ミルクはついさっきまで一人拗ねていたのである。

 なのに主人に強引に引きずり込まれた毛布の中は、もこもこふわふわで暖かく、主人に抱き締められる心地良さも相まって、こっちの方が良い、と自身でも思ってしまったのだ。

 けれどもココアの手前、負けを認めるのはちょっぴり悔しくて、素直になれない自分に困ってしまっているミルクなのである。


「まぁ、そう言ってやるなココア。ミルクも節約を提案しただけで、別に間違った事は言ってないんだからな?」

「はぁい……」


 そんなミルクの心情を察したのかは定かではないが、リュウがココアの言い様を(たしな)めつつ、ミルクを擁護してやると、ココアも素直に大人しくなる。

 それを間近で聞くミルクは、更にきゅっと身を寄せて主人の優しさに甘えつつ、意地を張ってしまった事を反省する。


 そうして皆がほんわかとした時を過ごすと思われた、その三十分後――


「あっづ……お前ら、ちょっと離れろ……」

「えっ……」

「酷おっ!?」

「気持ち良かったのにー!」


 リュウに毛布ごと撥ね退けられて、ミルクは唖然と、ココアとアイスは憤慨する羽目になるのだった。










「んじゃ、行ってくるから後は頼んだぞ」

「はい、ご主人様」

「お任せ下さい!」

「いってらっしゃーい!」


 翌朝、三姉妹に家の事を任せてリュウは一人で家を出る。

 今日は叔父の修二に付き添ってもらい、一年半世話になり、現在は心配を掛けてしまっている施設に出向き、退所手続きを行うのだ。

 本来ならば正月明けにすべきところだが、正月明けから多忙で都合が付けづらい修二が事前に連絡し、一月三日の今日でも園長夫婦と数人の職員が対応してくれる事になったのである。


 会社のワゴン車を運転してきた修二と合流したリュウは、正月からでも営業している店に幾つか立ち寄った後に施設へと向かった。

 車内では修二と雑談を交えつつ今日の段取りなどを確認したりしていたが、窓の外が見知った風景になった事で、リュウの口数は極端に少なくなる。


「何だ、緊張してきたのか?」

「そういう訳でもないけど、あんまり怒られないといいなぁって……」

「ま、覚悟はしておけ……いや、その心配はあまり無いかもな……」

「あちゃ~……みんな知ってんのか……」


 修二に問い掛けられてポリポリと鼻の頭を掻くリュウ。

 修二はそんなリュウに苦笑いを溢すが、車を施設に進入させると同時に脱力する様に笑顔になった。

 そこには園長をはじめ、施設の子供達がリュウの到着を待っていたのだ。


「えーっと、その……ご心配をお掛けしました……」

「まぁ、元気そうで良かった。三沢さんから一通り事情は聞いておるよ。ただ子供達は心配しとったからな、ちゃんと謝っておくんだぞ?」

「了解っす……」


 子供達が群がる中、車を降りたリュウは真っ先に園長の下へ向かい、ぺこぺこと頭を下げる。

 その間に修二はワゴン車の後部ハッチから大きな段ボール箱を下ろし、子供達を呼び集めて道すがら購入した、お年玉代わりのお菓子を配る。

 リュウがその後も園長の奥さんや職員に頭を下げていると、お菓子を配り終えた修二もそこへ加わって挨拶を交わした。


「リュウ。俺は先に手続きしてくるから、子供達にちゃんと謝ってから来い」

「ういっす……」


 そうして修二が園長夫婦と職員と共に職員室へと去ると、菓子袋を両手に抱えた子供達がリュウの下に集まって来る。


「あー、急に消えて悪かったな……ちょっと宇宙人にさらわれちゃってさ……」

「えー、ほんまにー?」

「嘘に決まってるやん!」

「小菊姉ちゃんと一緒に暮らす家、探してたんやろ?」

「……えっ……」


 ほとんどの子供が小学生だからか、リュウが謝りつつ冗談を口にすると、大半の子供達はケラケラと笑い出したものの、一人の少女の声にリュウが硬直する。


「お前……」

「ちゃうちゃう! 私そんなん言ってへんで!?」

「えー、エリ姉ちゃん、リュウ兄ちゃん新居探してるんかもって言ってたやん! そんなん、それしか無いやん! なぁ?」

「ちゃ、ちゃうって、それは冗談で、かもな~って話やん!」


 内緒って言ったよな、とリュウにジト目を向けられるエリがぶんぶんと手を振りながら否定するが、少女が名推理を披露して他の少女達と騒ぎ出すと、エリは頬を引きつらせて声を大にして訂正する。

 しかしそれを聞いた他の子供達までもが「リュウ兄ちゃん結婚すんの?」「もうエッチしたん?」と騒ぎ出し、エリはおろおろ、リュウは天を仰いでそれはそれは深いため息を吐く。


「あー、お前らちょっと先にお菓子置いてこい。ちょっと姉ちゃんらと大事な話があるからな」

「今から三人でエッチすんの?」

「せーへんわ! ええから、はよ部屋行き!」


 なのでリュウが真面目な顔で子供達を部屋に戻る様に促し、それでも騒ぎ立てる悪ガキ共をエリが一喝して立ち去らせる事に成功する。


「お前、もうちょっと考えて冗談言えよな……」

「そんなんしゃーないやん、あの子らに生半可な冗談なんか通じへんし……勝手に想像してくれてる間は、根掘り葉掘り聞かれんで済むねんもん……」

「あー、まーそうか……悪かったな……」


 子供達が去ったワゴン車の脇でリュウがエリにジト目を向けるが、エリは居なくなる方が悪いと言わんばかりに弁解する。

 実際リュウが居ない間、エリは少女達から質問攻めに遭っており、少女達を納得させるのに苦労していたのだ。

 リュウもおませな少女達の事を思うとエリの苦労が多少なりとも分かったのか、言葉少なに謝ってエリの隣でくすくす笑う、川端小菊に目を向ける。


「天生君が帰って来てくれて、子供達も嬉しいんよ……天生君、無事でいてくれてほんまに良かった……」


 リュウとようやく目が合って微笑み掛ける小菊であるが、その瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちると、リュウの腕を掴んで堪え切れずに嗚咽を漏らす。

 失踪から二ヶ月半、リュウの無事を毎日祈り続けた小菊。

 つい先日、リュウに会ったと言うエリを問い詰めて聞き出した失踪の原因は未だ信じられないが、リュウが無事だった事には安堵したし、戻って来ると聞かされた今日を誰よりも心待ちにしていたのだ。

 やって来た車の中にリュウの姿を見付けた時は、思わず泣いてしまって子供達に気付かれまいと慌てて涙を拭ったが、こうして彼を目の前にすると(あふ)れ出る想いを止める事は出来なかった。


「あー、いや、マジで心配かけて悪かった……だからその、泣き止んでくれ……」


 なのでリュウは即座に謝って、掴まれていない右手を伸ばしかけるが、ミルク達とは違うんだった、と泣き止む様にお願いするに留める。


「ちょっとリュウ兄、抱き締めたってよ」

「……無茶を言うな」


 だがそれを横で見ていたエリに指摘され、リュウの頬が引きつる。


「今、手ぇ伸ばしかけたやん!」

「ソンナコトナイデスヨ……」

「外人か!」

「川端、美人ガ台無シデ――」

「棒読みすんなし!」


 しかしエリがテンション高めに追撃した為、リュウもついエリとの慣れ親しんだやり取りを展開してしまう。

 元はエリの小言から逃れる為、子供達を笑わせて有耶無耶にするリュウの苦肉の策だったのだが、エリの年上に対する容赦ないツッコミが受けて、今では子供達の人気コントと化しているのだ。


「ギャラリー居ないとイマイチ乗らねーな……」

「せやな! って、今そこ気にする!?」


 なのに子供達の笑い声が無く、リュウのぼそりとした呟きに結構ノリノリだったエリが目を丸くする。

 しかし効果は有った様で、ハンカチで涙を拭いながら小菊が顔を上げる。


「なんかめっちゃ懐かしい……ごめん、泣いてしもて……」

「あ、いや……」


 恥ずかし気に微笑みながら謝る小菊に、泣かせた自覚のあるリュウがぎこちなく応じる。

 気の利いた言葉が思い浮かばず、生じてしまった間に困るリュウ。


「ほんでリュウ兄、あの件どうなったん?」

「お、おう。何とかなったぞ。まぁ……川端さえ良ければ、だけどな……」

「え――」

「ほんまに!? さすがリュウ兄、相談して良かったぁ!」


 それを察したのか、声を絞ったエリの問い掛けに、リュウが緊張を解かれた様に応じるのだが、その言葉に小菊は困惑しつつエリの反応を見て、数日前にエリから言われた事を思い出す。


 心労が重なって気分が優れず寝込んでいた小菊は、心配してやって来たエリから実はリュウ兄に会ったと聞いて、飛び起きた。

 リュウが居なくなった理由についてエリは、どこまで本当か分からないから、とあまり語ってはくれなかったが、自分がリュウと父親の事で寝込んでしまった事をリュウに相談し、前向きな返事を貰った事に関しては饒舌に語ってくれ、ひょっとしたらリュウ兄が連れて逃げてくれるかもよ、と冷やかされたのである。

 小菊はリュウが無事でいてくれた事には安堵したが、父親の事については楽観視する事はさすがに出来なかった。

 だがリュウが連れて逃げてくれる、というエリの言葉を有り得ないと切り捨てる事は出来ず、そればかりか小菊はこの数日、その言葉に淡い期待を抱いてしまっていたのだ。


「川端、親父さんの事は聞いた。お前が会いたくない、逃げたい、と言うなら俺はお前を助けてやれると思う。まぁ、ここを離れて別の所でひっそり暮らすってだけだから、どこからか情報が漏れたり、偶然見つかる可能性が無い訳じゃない。けどここに居るより遥かにマシだし、上手くいけばずっと会わずに済むかも知れないんだけど……どうする?」

「……あ、天生君は? 天生君はどうすんの?」


 リュウが話し出してハッと我に返る小菊は、その内容に胸の高鳴りを覚えかけたが、そこにリュウの存在を感じられず、不安から思わず問い返す。


「俺は……とりあえずここを出る。今、叔父さんが手続きをしてくれてる。高校も中退する。手続きは少し先だけど……」


 その問いに一瞬何かを迷った様な表情を見せたリュウが一転、自分を真っすぐに見つめて答えてくれた事で、小菊はそこに疑いを持たなかったと同時に、リュウが自分と一緒に居てくれるつもりではないのかも知れない、とキュッと唇を噛む。


「……なら私……天生君に付いて行きたい……」


 だがそれでも、諦め切れない想いが、初めて小菊に一歩を踏み出させる。

 二人の会話を不安そうに見つめていたエリが、思わず拳に力を込めている。

 なのにリュウだけは困った様に肩を落とした。

 小菊が自分に好意を持っているかも、と日頃から思わなくもないリュウであったが、今の一言でそれが思い過ごしではないと感じたからだ。


「あ~、俺が連れ出す格好になってるけど、本当は俺の叔父さんの知り合いが運営する保護施設で匿ってもらうという筋書きだからな? 川端が問題無く生活できる様になるまでは俺も注意するつもりだけど、毎日見てられる訳じゃ無い。それこそ一週間に一度とか、月に一度とかになるかも知れない。だから基本的には俺の事はアテにしないで欲しい」

「ちょっとリュウ兄――」


 なのでリュウは小菊に変な期待を持たせぬ様に、自分の案に乗るという事がどういう事かを敢えて淡々と聞かせた。

 ここをはっきりさせておかねば、後でもっと小菊を傷つける事になりかねないと思ったからだが、リュウはここで小菊が諦めたとしても、それはそれで彼女の選択だと割り切るつもりでいるのだ。

 一方の小菊は憤慨し掛けるエリを手で制したものの、決定的とも言えるリュウの言葉に堪えきれずに涙を溢した。

 だがそれでも、リュウを好きだという気持ちは、今捨てなくても良いはずだ、と一歩を踏み出せた心を強く持つ。


「それでも……付いて行きたいです……」

「分かった。んじゃ、とりあえず先生の所へ報告に行こう。じゃないと俺みたいに行方不明者になっちまうからな……」


 涙を流しながらも真っすぐに目を見て答える小菊に、リュウは小さく頷いた。

 そして小菊が涙を拭って落ち着くのを待って、叔父達の下へと向かうのだった。

お待たせしました。

次話は早めに披露できるかもです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 淡い恋心の話といよいよ小菊ちゃん問題突入な話でした。 いくら寒いとはいえ毛布に4人で包まってるのは、まぁまぁ暑いだろうなと思っていたら…やはり!笑
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