15 解決する問題
修二と別れて三姉妹と合流したリュウは、夕食までの時間を買い物して過ごし、アイスとの約束だった寿司屋へと向かった。
リュウ自身、回転寿司に行った事すら無いのだが「本当の寿司屋に連れて行く」と約束した為、向かうのはネットで口コミの評判が良かった老舗店である。
到着早々、立派な店構えに緊張するリュウであったが、意外にもアットホームな雰囲気と板前達の気さくな対応のお蔭で贅沢で楽しい一時を過ごすのであった。
余談であるが、初めて来たという少年に心配無用と余裕の笑みを溢していた板前達は、連れの少女達の美しさに俄然張り切るのだが、凄まじい食べっぷりを見せる一人の少女の怒涛の注文に当初の余裕はどこへやら、泣き笑いの様な顔でひたすら寿司を握り続ける羽目になったのだった。
「美味しかったね~」
「はい、アイス様ぁ」
「また来ましょうね、アイス様ぁ」
「うん!」
寿司屋を出て、きゃっきゃとはしゃぐ三姉妹。
会計を済ませてぺこぺこと頭を下げながら店から出て来たリュウは、口々に礼を述べる三姉妹を連れて、今夜の宿を探して歩きだす。
「ご主人様ぁ、今夜もインターネットカフェでのお泊りで良いんですか?」
「いやぁ、もう勘弁かな……ソファが良くても寝返り打てないのはキツイわ……」
歩き出して早々にミルクがこれからの予定を尋ねると、リュウは今朝の寝起きの辛さを思い出したらしく、苦笑い気味に答える。
「ッ! じゃあココア、あそこに行きたいです!」
「えっ、あ、あそこって……」
「わあ、綺麗だね~」
「あれ、ラブホ……なのか? 俺、行った事ねーんだけど……」
すると主人の答えに敏感に反応するココアが、待ってましたとばかりにビシッと右前方を指差して見せると、ミルクは狼狽え、アイスは見たままを呟き、リュウは派手なネオンこそ無いが、明るくライトアップされた白亜の建物にポリポリと頬を掻いた。
「ダ、ダメよ、ココア! ご主人様は未成年で、しかも学生なんだから!」
「それは分かってますよぉ。でもここなら顔も見られずに利用できるんですから、打ってつけじゃないですかぁ」
「そだな。ミルク、今回だけ目ぇつぶってくれよ。俺も疲れたし、今日はベッドでゆっくり寝たいんだよ」
「あぅ……わ、分かりました……」
すかさずダメ出しするミルクであるが、ココアの言にも一理ある事と、何よりも主人の切実そうな声に、それ以上の問答を諦めて引き下がった。
何も分かっていないアイスだけが、一人きょとんと首を傾げている。
そうしてホテルの近くまで来ると、リュウは三姉妹に指示を出す。
「よし、ココア。偵察機で周辺と内部をチェックしてくれ。問題無さそうなら突入すっぞ」
「了解です!」
「アイスとミルクは一応フードも被っとけ。こういう所って従業員に遭わずに済むらしいけど、監視カメラでチェックされてるって聞くからな……」
「う、うん」
「わ、分かりました」
「ご主人様、エントランスは無人ですが、二ブロック先の男女がこちらへとやって来そうです。行くなら今の内かと」
「よし。行くぞ!」
三十秒も経たぬ間に虫型偵察機でホテル内部とその周辺をチェックしたココアの報告で、リュウは三姉妹を引き連れてホテルへと突入する。
初めて入るホテルに少々緊張している様子のリュウであったが、部屋のパネルを見ると口元をニンマリと歪ませる。
「わー、綺麗なお部屋がいっぱいだね!」
「お~、なんか凄えな……プールのある部屋とか、水の入れ替えしてんのかな?」
「し、知りませんよぉ……」
「ご主人様、見て下さい! 現在利用中の部屋に、拷問部屋って有りますよ!」
「ええっ……」
「マジか……なんてマニアックな……」
無邪気に目を輝かせるアイスに、主人の素朴な疑問に赤い顔でおろおろと答えるミルク。
利用中でパネルが消灯している部屋にココアが興奮した声を上げると、ミルクは真っ赤になって絶句し、リュウは呆れた様に呟くものの、口元はニマニマである。
「お、ちょっと高いけどパーティールーム有るじゃん」
「他の部屋に比べて高すぎませんかぁ? 二部屋借りた方が――」
そんなバリエーションに富んだ部屋の中で、リュウが六名まで利用可能な部屋を見付けると、ココアがやんわりと反対の声を上げる。
「二部屋にしたら、お前ら絶対揉めるじゃん。ここで良いって」
だがリュウもそれは想定していた様で、問答無用とばかりにパネル下のボタンをポチっと押して、排出されるカードキーを手に取った。
それを見て、ぽっと頬を赤く染めるミルクであったが、次の瞬間には唖然とした表情でココアを見る。
ココアの口から小さくではあるが、「チッ」と舌打ちが漏れ出たからだ。
「よし。さっさと部屋に逃げ込むぞ」
だが他の利用客との鉢合わせを気にしたリュウに急かされて、ミルクは流されるままに皆とエレベーターに乗り込むのだった。
翌朝、と言うにはもう随分と日が高くなった頃、ホテルを出て少し遅めの朝食を済ませたリュウは、三姉妹と共にのんびり徒歩で東へ向かっていた。
朝食前に叔父の修二に電話を掛けたリュウは、修二から今は使っていない空家が有ると聞かされて、見学させて欲しいとお願いしたのだ。
「はい。アイス様、ご主人様ぁ――ちょっと、何するのよココア!」
「だって姉さま不潔だもの。大切なご主人様が汚れちゃうでしょ? はい、ご主人様ぁ」
自動販売機で買ってきた飲み物をアイスに手渡し、次いで主人に手渡そうとしたところをココアに横取りされてミルクが憤慨するが、ココアは動じる事無くペットボトルの蓋を開け、主人にすがり付く様にしてその口元にペットボトルを運ぶ。
そのあまりにも自然な動作はアイスを愕然とさせ、ミルクを唖然とさせる。
「いちいち煽るな、ココア。ミルク、別に一日くらい風呂入らなくたって、お前の可愛さは変わんねーって。な?」
「ははは、はい……」
だがリュウはペットボトルを手に取るとジト目でココアを窘め、苦笑いしつつもミルクを擁護する。
人工細胞製のミルクとココアは自身で体の浄化が可能だが、多くの人の目が有るマーベル王国の王城で暮らす様になってからは、毎日風呂に入るのがデフォルトになっているのだ。
それが何故ミルクが昨夜風呂に入っていないかと言うと、浴室が全面ガラス張りだったからである。
当然、こんなの無理と盛大に狼狽えたミルクな訳だが、今は主人の擁護の言葉に盛大に照れていらっしゃる。
これまた余談であるが、主人と共に風呂へ行こうとするアイスとココアに不健全だと立ち塞がるも、聞く耳持たぬとばかりに取り残されたミルクは、ガラス越しに主人達の楽し気な様子に涙目になった。
だがその様子を直視する事も出来ず、漏れ聞こえてくる楽し気な雰囲気から耳を塞ぐべくテレビを点けるミルクは、映し出されるマニアックなAV映像に爆発するかの如く真っ赤になってしまった。
だが慌ててスイッチを切るはずの指は音量を下げるに留まり、ミルクは真っ赤な顔のまま映像に見入ってしまう。
ただ早鐘の様な鼓動を感じつつも、主人達が入浴を終える頃合いを見計らう為に浴室周辺に監視システムを瞬時に、且つ無自覚に構築した事は、ミルクが救い難いムッツリさんである事の良い証左であろう。
そんな事は噯にも出さず、可愛いと言われて頬を押さえて照れるミルク。
イヤンイヤンと小さく身をくねらせる姿は、相当嬉しそうである。
「見た目はそうでも、匂うかもですよぉ?」
「……マジで?」
「匂わないですぅぅぅ! ココアの馬鹿あああっ!」
だがそれも束の間、いたずらっぽく口元を歪めるココアの言葉にリュウが真顔で便乗してみせるとミルクは真っ赤なまま憤慨し、一行はいつもの如く賑やかに目的地へと向かうのだった。
リュウが修二との待ち合わせ場所に到着すると、修二は既に待っていた。
そこは住宅や倉庫が混在して並ぶ、見学する空家の真ん前だ。
道路から三メートル奥まった場所に建つ空家は一階の正面右端に玄関戸、残りはシャッターとなっており、二階は中央に大きな窓が一つ付いているだけの倉庫風の建物であった。
因みに現在、三姉妹は少し離れたファミレスでスイーツに夢中になっている。
「おはよう、リュウ。迷わず来れたのか?」
「おはようございます、叔父さん。そりゃ迷いませんよ。俺にはそこらのナビより優秀なAIが搭載されてますからね」
「羨ましいな、それ……ま、それよりどうだ? ガレージが有るから倉庫風だけど二階はちゃんと居住スペースになってる。ま、築四十年になるからボロいけどな」
「全然問題無いっすよ? 中は掃除すれば良いんだし。それより、本当に借りても問題無いんすか?」
簡単に挨拶を済ませたリュウは、修二の説明に満足しつつも不測の事態が起こらないかを懸念する。
「大丈夫だ。会社の事は俺に一任されてるからな。ここも会社の所有物だからな。お前の援助で会社が落ち着いたら、お前の名義に変更するつもりだ」
「マジで!?」
だが修二の揺るぎのない言葉とその腹積もりを聞いて、リュウの目が丸くなる。
「その方がお前も助かるんだろ?」
「何この良くできた叔父さん! 本当に俺の叔父さん?」
「お前なぁ……ま、とりあえず入って確認してみてくれ」
そんな甥に修二がニカッと笑って見せ、リュウの軽口に呆れつつもガレージ横の扉へとリュウを案内する。
「お~、確かに埃は多いけど、思ったより綺麗っすね!」
「じゃあ、ここで良いのか?」
「はい、全然問題無いです。てか、ここが良いです」
「そうか。なら鍵を渡しておく。ま、後で付け替えてくれても構わんが」
「あの、会社の人が来るって事は無いんですか?」
「それは無いな。大半の社員は知らないし、知っていても何年も使ってないから、今更来る理由も無いしな」
「なら良かった」
こうして日本での拠点となる家を得たリュウは、一旦家に戻らねばならぬ修二と午後に再び会う約束を交わして別れ、代わりに幸せ満喫中の三姉妹を呼びつける。
「……ここが……そうなの?」
「年季が入ってますね……」
「み、見た目よりも中身ですよぉ! ご主人様、良かったですね!」
「ここは向こうと行き来する為だけの場所だからな。これなら誰も気にしないから都合が良いだろ?」
質素な建物を見て呆然とするアイスとココアの呟きを、慌てて取り繕うミルク。
そんなミルクを見てリュウは肩を竦めて言い訳しつつ歩み寄り、その頭を優しく撫でてやる。
照れながらも嬉しそうなミルクに、思わずしまったと言いたげな表情を浮かべるアイスとココア。
「う、うん! リュウって色々考えてて凄いの!」
「さすがご主人様ですぅ!」
「う……そうか、そうか……」
すかさずよいしょに走るアイスとココア。
自分も撫でてとあからさまにすり寄って来る二人に苦笑いを深めるリュウだが、ここで邪険に扱うと後が面倒なので等しく頭を撫でてやる。
「よし。んじゃ、掃除は後回しにして、とりあえず転移門設置するぞ」
「はーい!」
「はい、ご主人様ぁ」
「了解ですぅ!」
そうしてガレージに転移門を設置したリュウは、昼食を挟みつつ家の掃除をして過ごした。
午後三時を過ぎた頃、戻って来た修二の車に近付くリュウは、助手席に見知らぬ男性が乗っている事に少し警戒を抱きつつ、後部座席に乗り込む。
「リュウ、紹介しておこう。こちらは会社の顧問弁護士の門脇先生だ。遺産の事でお前の事を話さない訳にはいかなくてな。で、これから捜索願を取り下げに行くと言ったら、休みなのに来て下さったんだ」
「なるほど……わざわざ済みません。天生リュウです」
「門脇です。あなたの事は、失踪される以前から三沢社長から聞き及んでいましてね。少しでもお力になれればとやって来た次第です」
「はい、よろしくお願いします」
修二に紹介された弁護士の門脇は、老けて見える修二と違い、身なりが小奇麗で爽やかな印象をリュウに与えた。
そればかりか失踪中の真実を話して良いものかと迷うリュウに、門脇は事件性が無ければ大丈夫と快活に笑い、自ら家出案を披露してリュウの不安を大幅に払ってくれたのだった。
そうして車内で打ち合わせを済ませ、門脇の先導で修二と共に警察署へ向かったリュウは、そこで時間こそ結構取られたものの、少々厳しいお小言を頂いたのみで帰宅を許されたのであった。
それには門脇と修二の弁護もさることながら、年末と言う時期も多少は味方してくれたのかも知れない。
遠ざかっていく修二の車にぺこりと頭を下げるリュウ。
修二と門脇に感謝しつつ、日本での拠点を得られた事と失踪問題が片付いた事に満足するリュウは、大きく息を吐き出すと、三姉妹の下へ歩き出すのだった。
長らくお待たせして申し訳ありません。
まだ体調が万全とは言えませんが頑張りますので、
今後ともよろしくお願い致します。




