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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第五章
204/227

14 叔父と遺産

長くなっちゃった…。

でも後悔はしない。

「ったく……いくら四人だからって、昼飯に一万円超えとか食い過ぎだろ……」

「こ、声は掛けたんですよ?」

「アイス様がどうしてもって言うから……」

「コ、ココアが良いって言うから……」


 レストランを出て脱力するリュウの呆れ声に、ミルクが目を泳がせながら言い訳するが、ココアとアイスは互いの言葉に唖然とした表情で見つめ合っている。


「ま、楽しみにしてたんだから仕方ないけどさ……それより、美味かったか?」

「それはもう!」

「美味しかったですぅ!」

「うん! とっても!」


 三人の様子に肩を(すく)めつつもニカッと笑うリュウの問いに、三姉妹は弾ける様な笑顔を返した。

 そうしてリュウは今では随分数を減らした公衆電話でどこかに電話を掛けると、ぺこぺこと頭を下げて電話を切り、再び三姉妹を連れて電車に乗り込む。


「ご主人様ぁ、どこへ向かってるんですかぁ?」

「ん、ミナミ……」

「! ミナミって大阪二大繁華街の一つのミナミですか?」

「早速情報仕入れてんのか。どうせ買い物するんなら、そっちの方が良いだろ?」


 リュウの右隣に座るココアに行き先を尋ねられて答えるリュウは、左でうとうとするアイスの更に左から、目を輝かせて身を乗り出すミルクの情報収集の素早さに感心しつつ、行きたかったんだろ、とニヤリと笑う。

 途端にミルクとココアが小声ながらも「キャー!」と喜びを露わにし、アイスが何事かと目を覚まして会話に加わる。

 電車内にまばらに座る他の乗客達が、マスクをしていても明らかに巷の女の子達とは一線を画す三姉妹の華やかさに目を奪われている。

 中にはアイスとココアに挟まれて座るリュウに、恨みがましい目を向ける者達も居る様だが、これまでの毎日で慣れたのだろう、リュウに動じる様子は無い。


 そうしてミナミへ到着したリュウは、三姉妹を連れてアーケードの有る商店街をのんびり北へと苦笑いしながら進む。

 きょろきょろと完全にお上りさん状態のアイスが想像通りだったからであるが、どんな些細な情報も逃すまいとするミルクとココアの目が、獲物を狙う野獣のそれだったからでもあった。

 気になる商品を見付ける度にわいわい、たこ焼き屋ではもぐもぐ、と楽しそうな三姉妹にリュウの表情も緩みっぱなしだったが、心斎橋までやって来るとリュウは人通りの少ない一角で三姉妹へと向き直る。


「よし。さっきもちょっと話したけど、俺は叔父さんの所へ行ってくる。お前達はそれまで自由に買い物しててくれ。ただし、必ず三人一緒で行動する事が条件だ。約束できるな?」

「はい、ご主人様」

「もちろんですぅ!」

「約束するっ!」


 日本に帰れる可能性が出てきた時から、自身が行方不明の身である事を気にせずにはいられなかったリュウは、事態の収拾を叔父に頼もうかと考えてはいた。

 だがそれは再び元の暮らしに戻る時の為であり、今回の様な帰還では必要ないと考えていたのだが、エリの話を聞いた事で気が変わったのだ。

 遺産目当てで近付かれた嫌な思いは有るものの、それを主導していたのは叔父の嫁の方だった事と、それが発覚した際の叔父の心底申し訳なさそうな顔には、多少リュウも拒絶する事に罪悪感を覚えたからである。

 なのでこの機会にリュウは、叔父と直接会って色々と話してみる気になったのである。


「ミルク、通信の方は大丈夫か?」

「はい。各種通信回線に割り込む事になりますけど……」

「ま、バレなきゃ良いだろ。アイス、ココア、無駄遣いすんなよ?」

「う、うん。もちろんだよ!」

「しませんよぉ。大事に使わせて頂きますぅ!」


 そうしてリュウは、脳内にマスターコアを残したまま行動する事になるミルクに通信での不安が無いかを確認すると、アイスとココアに釘を刺す。

 実に良い笑顔で返事するアイスとココアに一抹の不安を覚えるものの、リュウは大通りへ出ると客待ちのタクシーに乗り込んだ。


「あ~、行っちゃったぁ……」

「またすぐに会えますよ、アイス様ぁ」

「早くもグレードアップのチャンスですねぇ……うふふ……」


 リュウの乗るタクシーが交差点を曲がって見えなくなって、少ししょんぼりするアイスとそれを優しく(なだ)めるミルクであるが、ココアの一声で互いを見やる三人はどこかニンマリとした表情でコクリと頷き合う。

 昨夜、リュウが出て行った後のインターネットカフェで「こっそりと下着や服を調達して、ご主人様を喜ばせたい」というココアの発言にアイスが飛び付いて盛り上がり、ミルクは騒がない様にと二人を注意しつつも、主人の動向をチェックする以外の全能力をネット検索に費やしていたからだ。


「ではまず、アクセ――」

「じゃあ、服を――」

「まずはランジェリーですよ、二人共ぉ……」


 そうして違うお目当てを口にするミルクとアイスが、互いに遠慮し合う様に顔を見合わせると、ちょっと呆れた様にココアが口を挟む。


「そ、それは後でも――」

「何言ってるんですか、まずはランジェリーです。基本です」

「き、基本って……」


 そんなココアにミルクが人通りを気にして控えめに抗議しようとするが、意外な程のココアの真面目な顔つきに出鼻を(くじ)かれてしまう。


「いいですか、姉さま。姉さまが大好きな可愛いアクセサリーのバリエーションが増えたところで、姉さまが嬉しいだけで他は何も変わりません。でもぉ、姉さまが普段遠慮しているちょっと大胆なランジェリーは、姉さまをぐんとグレードアップしてくれるんですよぉ?」

「そ、そんな――」

「えっ、どういう事?」


 続くココアの言葉に、調子の良さを感じて口を挟もうとするミルクであったが、アイスが割り込んだ為に口を(つぐ)んだ。


「ちょっとエッチだなって思うランジェリーを付けたら、服装はいつものだったとしても、意識しちゃうじゃないですか。でもそれでそわそわしてたら周りの人達に変に思われるし、平静を装おうとするでしょ? そこが狙いなんですよぉ!」

「えっ、えっ、どういう事?」

「エッチなランジェリーを付けてる事を悟られない様にする振る舞いって、態度や仕草にちょっぴり現れるんですよぉ。凛としているのにどこかセクシーだったり、ちょっとした微笑みが艶っぽかったり、普段と変わらない様に見えるのに何か素敵だな、って感じになるんですよぉ!」

「そ、そんな都合よく――」

「姉さま。そう考えれば、納得できませんか? あのエルシャンドラ様のとっても素敵な雰囲気が!」

「――ッ!」


 そうして語られるココアの話に興味津々なアイス。

 アイスの食い付き振りに話を続けるココアも嬉しそうだ。

 ミルクは未だ懐疑的で、乗せられまいと反論しようとしたが、エルシャンドラを引き合いに出されて記憶を辿った途端、雷に打たれた様に身を震わせた。

 エルシャンドラがそうでなかった場合、とってもとっても失礼な姉妹である。


「ね、ね、それってリュウも感じてくれるかな?」

「ッ!」


 更に嬉しそうに問い掛けるアイスの言葉にハッとするミルクは、思わずココアを見て次の言葉を待つ。

 既にミルクのココアへの猜疑心は霧散しているらしい。

 というか、その目は教祖様のありがたいお言葉を待つ信者のそれみたいだ。


「もちろんですよぉ! ご主人様って、そういう所はああ見えて鋭いですから! 良い女になってきた、って喜んでくれるに決まってますよぉ!」

「これは頑張るしかないよね、ミルク!」

「は、はい、アイス様!」

「じゃあ、付いて来て下さい! 既にネットでチェックしてあるんですよぉ!」


 そうしてアイスとミルクを手玉に取るココアは、二人を連れて人込みの中へ突入していくのであった。










 十五分程でタクシーを降りたリュウは、とあるファミリーレストランへとやって来ていた。

 昼時を過ぎて客がまばらな店内であるが、リュウはわざわざ人の少ない角の席へ待ち合わせた叔父と向かい合って座った。

 叔父の三沢修二はリュウの父の弟であり、今ではリュウの唯一の肉親である。


 交際していた彼女の実家である大阪の町工場に就職した修二は、そのまま婿養子となって先代から工場を託されている立場だが、不景気のせいか四十過ぎのはずが十才程老けて見える。

 悪化する経営を立て直すべく、修二の妻が娘をダシにリュウに近付いていた事を知った修二はリュウに謝罪して妻を(いさ)めたが、その後リュウと会うのを躊躇(ためら)う内にリュウの失踪を知り、ずっと気にしていたのだった。


「すみません、叔父さん。折角の休みに呼び出して……」

「そんな事より、今までどうしていたんだ? やはり俺達のせいで――」


 申し訳なさそうに頭を下げるリュウに、真剣な眼差しで問い掛ける修二。

 警察からリュウが失踪したと連絡を受けて、修二は自分達が原因かも知れない、と思っていたのだから無理もない事だろう。


「いえいえいえ、全然それは関係無いです! 何て言うか、俺自身もどうしようもない、神隠し的な出来事のせいですから!」

「リュウ……誤魔化さないでくれ。ちゃんとはっきり言ってくれたら良いんだ」

「いや、マジですから。確かにちょっとはショックだったけど、あんな事ぐらいで失踪したりなんかしませんって」


 わたわたと両手を振って修二の推測を否定するリュウであるが、神隠しだなんて言葉を修二が信じるはずもなく、リュウは自身を落ち着かせると改めてきっぱりと否定して見せる。


「そうか、なら良いんだが……じゃあ、本当のところはどうなんだ?」

「叔父さん。今から話す事は、誰も信じない様なファンタジー小説の様な話です。だけど俺が実際に体験した、本当の話です。ある程度なら、証拠も見せられます。とりあえず聞いて貰えますか?」

「分かった……聞こう」


 リュウの目に嘘や誤魔化しが無いと分かったからか、修二がほっと小さく安堵のため息を吐いて再び真相を尋ねると、リュウは念の為に前置きをして修二が背筋を正すのを見て真実を語り始める。

 だがリュウが声を潜めている事と、その荒唐無稽な話の内容を聞く内に、修二の姿勢はどんどん前のめりになっていくのだった。










「――とまぁ、そういう訳でようやく昨日、帰って来たんです」

「…………」

「……やっぱこんな話、信じられないっすよね?」

「あ、いや、お前が嘘を言ってるとは正直思ってないんだ。作り話をするのなら、もっと信じ易い、現実的な話をするだろうしな。ただ、あまりに現実離れした内容なんでな……」

「ですよねぇ……」


 話を終えてもぽかーんとしている修二を見てリュウが肩を(すく)めると、我に返った修二が素直な気持ちを吐露し、リュウは苦笑いを浮かべながら客席を見渡す。

 背中側と右側を壁にして座るリュウは、万が一にも誰かに見られない様に修二を陰にする形でテーブル上に右腕を出す。


「でもまぁ、この通り嘘じゃないんですよ」

「――ッ、本当に……す、凄いな……これがさっき言っていた……」

「はい、人工細胞です」


 そうしてリュウが上に向けた右手の掌から人工細胞を(あふ)れさせると、修二は目を見開いて息を呑み、改めて話が真実だったのかとまじまじとリュウを見る。

 静かに頷くリュウの落ち着いた様子に、ならばと修二が口を開く。


「じゃ、じゃあ、お前の中にAIが居るって言うのも……」

「本当ですよ。ミルクは俺の中で今も話を聞いてます。……会ってみますか?」

「え、会えるのか!? な、なら頼む……」


 話を信じて貰う為にはミルクを会わせる事も想定していたリュウは、丁度良いとばかりに話を進めて修二を再び驚かせる。

 移植されたというAIを見られるとは思いもしなかった事もあるが、秘密を隠そうともしない実にあっさりとしたリュウの態度も修二には意外だったのだろう。

 そんな修二の心情などお構いなしに、リュウが左手の人差し指で右の掌に溜まる銀色の液体を指差し、修二はそこに注目する。

 するとプルンと揺らいだ銀色の液体が盛り上がり始め、修二は再び目を見開いて息を呑む。


「初めまして、三沢修二様。ご主――ッ、あ、天生リュウ様のサポート全般を務めさせて頂いております、ミルクと申します。よろしくお願い致します」

「……こ、これはご丁寧に……お、叔父らしい事はまるで出来ておりませんが……一応、血縁上は叔父の三沢修二です……はい……」


 リュウの右手の掌で形を成したメイド服姿のミルクが、主人の呼び方にちょっと慌てて頬を赤らめつつも自己紹介をして丁寧に頭を下げるのを、呆然とした表情で見つめていた修二は、ハッと我に返るとぺこぺこと頭を下げながらミルクに挨拶を返した。


「緊張し過ぎだって、叔父さん……」

「いや、だってお前……本当にこんな事が……す、凄い事だぞ?」


 そんな修二に苦笑いを(こぼ)すリュウと、少々赤い顔で弁解する修二。

 その様子をクスクスと笑いながら、ミルクがイヤホンを修二に差し出す。


「これを耳に入れて下さい。ご挨拶も出来ましたし、誰かに見つかる前にミルクは姿を隠しておきます」

「そ、そうだね。どうもありがとう……」


 そうして修二にイヤホンを渡すと、ミルクは主人の右手にするりと溶け込む様に消えてしまう。


「あっという間に……す、凄い技術だ……」

『ありがとうございますぅ!』

「わ!? そ、そういう事か……」


 イヤホンを耳に入れながらそれを目にして呆然と呟く修二が、早速イヤホンからのミルクの応答に驚くものの、イヤホンを渡された意図を理解して脱力する。


「俺も最初はそんな感じで、驚きの連続でしたよ」

「SF映画の世界が現実になった様な気分だよ……」

「あはは、ですよねぇ」


 同情する様な、それでいて面白がる様なリュウに修二が心情を吐露してため息を吐き、リュウは再び苦笑いを溢す。


「それで、話はそれだけなのか? その、試しに戻って来たと言うからには、またそっちへ行ってしまうのか?」

「あ~、長くなったけど、今のは単なる前置きです。ここからが本題で、叔父さんしか頼る人が居ないんで、どうか相談に乗って欲しいんです」

「わ、分かった……とりあえず聞こう……」


 少し和んだ空気の中、修二の問い掛けにリュウが居住まいを正した事で、修二も表情を引き締め直す。

 そこからリュウが語ったのは、戻って来た事による関係各所への説明の口添えのお願いと、日本での拠点となる住宅の手配のお願いであった。

 ウィリデステラでの生活が今や第一となっているリュウであるが、日本の生活を手放すつもりなど全く無いのである。


「そりゃあ、失踪に関してはお前も困ってるだろうから、口裏ぐらいは合わせてはやるが……施設を出るのはともかく、高校を中退する事は無いだろう?」

「いやぁ、ウィリデステラではやる事がたくさん有るんで、高校行ってる暇なんか無さそうなんですよ……」

「そうは言ってもな、リュウ……」


 一通り話を聞いた修二であるが、リュウが高校まで中退するつもりである事には難色を示した。

 なのでリュウはミルクの助けも借りて修二の説得を試みるのだが、修二は眉間にしわを寄せるばかりであった。

 リュウがウィリデステラで生活基盤を確立している、とミルクからも説明されているにも関わらず、高校くらいは出ておいた方が良い、と修二が思ってしまうのは仕方のない事であろう。

 なのでリュウは切り札をここで切る事にする。


「叔父さん、その代わりと言っちゃ何ですけど……父さん達の遺産、必要な分だけ叔父さんにお渡しします」

「なっ――」

「それで何とか手助けしてくれませんか?」

「ちょ、ちょっと待てリュウ……兄さん達の金は、お前の為にこそ有るんだぞ? それをそんな風に使っちゃ――」

「もちろん俺の為に使いますって。俺に今必要なのは、ウィリデステラで生活する間のこっちで行方不明扱いされない為の拠点なんです。だけど自分で家なんて用意出来ませんし、色々と叔父さんに助けて欲しいんです。その対価とか謝礼とかなら問題ないんじゃないですか?」

「…………」


 リュウの申し出に驚く修二が慌ててリュウを諫めようとするが、リュウはそれを遮って、自分の為だからと譲らない。

 施設で会っていた時はどこか遠慮がちで目を伏せて喋っていたリュウが、別人の様に真っすぐ目を見て説得してくるその圧力に、修二の勢いが止められる。


 元々リュウはウィリデステラと日本を行き来する様になった場合、施設とは別の拠点が必要になるだろうと漠然とは考えていた。

 それがエリから小菊の事を聞かされた事で具体性を持ち、修二を頼ろうと考えたのである。

 そうすると以前に遺産を目当てにされていた事も、それだけ修二達も困っていたのかも知れないと考えられる様になり、遺産に手を付けるのなら、お互いの利害が一致する今が良いと思ったのだ。


 リュウの揺るぎの無い視線を受けて、修二は困惑していた。

 苦労したと簡単に聞かされてはいても、行方不明だった二ヶ月間でリュウに何が有ったのかは、修二に分かるはずもない。

 一方でリュウの申し出には、魅力を感じざるを得なかった。

 それ程、修二の会社は窮地に立たされていたのだ。


 だがリュウの叔父、唯一残された肉親である事が、修二に申し出に飛びつく事を思い留まらせていた。

 確かに可愛がってくれた先代から譲り受けた会社と自身の家族、そして家族同然である社員達を守りたい、との思いは修二の心に強く有る。

 それでも、まだこれからという時に逝ってしまった兄夫婦の遺産を、こんな形で受け取って良いものなのか、と思ってしまうからだ。

 ましてや非常に嫌な思いをさせてしまったリュウからの申し出である。

 これを受ける事は、叔父としてあまりに不甲斐無い、と思う修二なのだ。


「叔父さん。実はまだ叔父さんに言ってない事が有るんです」

「どんな事だ?」


 そんな葛藤の中、リュウに声を掛けられて、修二は視線をリュウに向ける。

 リュウが新たに話し出したのは、施設の同年代の少女、川端小菊の話であった。

 酷い話も有るものだと修二が眉をしかめていると、淡々としていたリュウの声が熱を帯びる。


「川端はいつも俺に良くしてくれて、施設のみんなの人気者なんです。叔父さん、俺は川端を助けてやりたい。だけど俺だけじゃ、ちゃんと助けてやれないんです。その為にもどうしても施設を離れて家が要るんです。どうか力を貸して下さい」


 真剣な目で訴えて、深々と頭を下げるリュウに修二の記憶が呼び覚まされる。

 それは修二が中学二年、兄の昭一が今のリュウと同じ高校二年の時の記憶だ。

 町の不良に絡まれて喧嘩になって補導されそうになった修二を、知らせを聞いて駆け付けた昭一が補導員に掛け合って、助けてくれた事があったのだ。

 補導員に真剣に訴え、補導を免れて頭を下げてくれた兄の姿を、修二はその息子であるリュウの中に見た気がしたのだ。


「リュウ、お前……兄さんに似てきたな」

「え……マジで?」

「ああ。こうと決めたら引くもんか、ってところなんかそっくりだ」

「え~、何か嬉しい様な、恥ずい様な……」


 大きく息を吐いて気持ちを切り替えたらしい修二の言葉に、顔を上げるリュウがきょとんとした表情になるが、修二の続く言葉と笑顔にぽりぽりと頬を掻く。

 父と似ていると言われて照れた訳だが、修二が笑みを潜めるのを見て、リュウも気持ちを切り替える。


「リュウ……分かっているとは思うが、俺の会社は今、相当厳しい」

「はい」

「不甲斐ない叔父で申し訳ないが、お前の申し出に頼らせてくれ。代わりに俺も、お前に出来る限り協力する。それで良いか?」

「はい! よろしくお願いします!」


 言い辛そうに口を開く修二に頷くリュウは、続く修二の結論にニカッと笑うと、感謝の気持ちを込めて頭を下げる。

 両親の遺産という強力なカードを持っているせいで、上手くいくんじゃないかと思っていたリュウなのだが、修二が真摯に向き合ってくれた事は素直に嬉しかったのだ。


『良かったですね、ご主人様ぁ』

「おう。サンキュ、ミルク」

「ご主人様?」

『あっ、済みません! つい……』

「あっ、いや……あはは……」


 そこへミルクに(ねぎら)いの言葉を掛けられて笑顔のままに応じるリュウであったが、修二の何気ない疑問の声にしまった、とミルクは慌てて謝り、リュウは何とか愛想笑いで誤魔化した。

 それから一時間程、リュウと修二は時折冗談を交えながら、具体的な話を詰めていくのであった。










 リュウの交渉の成功を見届けたミルクは、並列処理の優先度をアイス達の方へと切り替える。

 アイス達は今、ココアに連れてこられたランジェリーショップで豊富な品揃えに目を回しているところであった。


「ねえ、ミルクぅ……このパンツ、どうしてお股の部分に穴が開いてるの?」

「わ、分かりません! ミルクにはまったく分かりません!」

「そういうのが好きな男の人も居るんですよぉ」


 アイスの素朴な疑問にミルクが赤い顔で取り乱すのを、ココアが嬉々として説明している。


「わぁ、こっちのは透明の布で出来てる!」

「は、穿く意味が有るんでしょうか……それに機能性が皆無ですぅ……」

「姉さま、ここのコーナーは機能性なんて良いんですよぉ……どうせ直ぐに脱ぐんですからぁ」

「ええっ!? じゃ、じゃあ、何の為に穿くの!?」

「それはもちろん、男の人の目を楽しませる為ですよぉ」

「あう……あう……」


 その後もアイスの無邪気な感想におろおろしながら突っ込むミルクを、ココアが楽しそうに煽っていく。


「ねえココアぁ、リュウもこういうの好きなのかなぁ?」

「ッ!」

「ん~、ご主人様はどっちかと言うと、こういうのがお好みかと……」

「ひ、紐……紐よね……これ……」


 そんな中、アイスの何気ない問いに敏感に反応するミルクは、ココアの指し示す品を見て、何とか声を絞り出した。

 パクパクと開閉するミルクの口と、発せられる声がまるで合っていない。


「そうですよ? これだと多少のサイズ違いは気にしなくて良いですし、サイドのリボンが可愛いんですよぉ」

「ほんとだね~」

「ほっ、解けたらどうするの!?」

「それはチャンスじゃないですか~、姉さま」

「チャ、チャンス!? 待って、全然意味が分からない!」


 店員でもないのに嬉しそうなココアの商品アピールにアイスが無邪気に笑うが、ミルクには問題点しか浮かばないらしく、ココアに悪戯っぽい笑顔を返されて益々混乱を深めていく。


「アイス、一つ買ってみよ~っと」

「えっ!?」

「ねえ、ミルクぅ。ミルクもお揃いの買お?」

「ええっ!?」

「良いですね~。みんなでお揃いの色違い買いましょうか!」

「賛成~!」

「あ、あう……あう……」


 そうしてアイスとココアのペースに付いて行けず、おろおろと流されるまま商品カゴに積み重ねられていく下着を眺めるミルク。

 そんな精神的疲労がピークに達しつつあるミルクを、更なる事態が襲う。


「見て見て、ココア! 何か動物が付いてる!」

「ッ!? ッ!?」


 キラキラとしたアイスの視線の先にある商品に、ミルクが思わず二度見する。

 これまでもナダムのデータベースに無い商品が多数有ったが、今回はその中でも極め付きだったのだ。


「あれはパオーンって鳴くゾウという動物ですねぇ。男性用の面白グッズですぅ」

「お鼻が長いんだね~」

「あそこにアレを入れて、パオーンって遊ぶんですよぉ」

「……リュ、リュウもしてくれるかな?」

「ふぐうっ」

「ぶふっ、そ、その提案は、怒られると思いますぅ……」


 ココアの説明に興味津々のアイスだが、その声を潜めた問い掛けには、さすがのココアも吹き出しつつも目を泳がせる。

 吹き出した、というよりは憤慨をかみ殺したかの様な声を発したミルクが、泣き笑いの様な表情でプルプルと耐えている。


「え~、そうなんだ……でも、人気商品って書いてるよ?」

「ひぅ……」

「ホントですね……どう思う? 姉さま」

「しっ、知らないわよ! ご主人様の故郷、おかし過ぎますぅぅぅ!」


 だがミルクの様子に気付かずに残念がるアイスの追撃と、ミルクの様子に気付きながらもニンマリと口元を歪めるココアの問い掛けに人目を(はばか)らず叫ぶミルクは、その場にしゃがみ込んで頭を抱えると、真っ赤な顔でつい本音を吐き出してしまうのであった。

素晴らしい日本の文化、いつかミルクも分かってくれる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 叔父さんがここで出てくるとは思ってなかったけど、意外といい人っぽくて驚きながらも受け入れてくれた感じで安心。 あとは3姉妹がらしさ全開で…面白かったです!
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