11 二ヶ月ぶりの帰還
長らくお待たせして申し訳ありません。
ようやく日本編スタートです。
その翌日からは、リュウとミルクはグーレイア王国の、アイスとココアはキエヌ聖国の法整備へと出向く事となった。
既にマーベル王国、アデリア王国、オーリス共和国は法整備を終えているので、二日もあれば残る二国の法整備も済ませられる目算であり、実際その通りに事態は進んだ。
その際、リュウは傷心のアリアに声を掛け、グーレイア王国へ連れ出している。
これが功を奏してか、アリアは若き国王であるオーベルや皇太后のサラと親密な関係を築いていく事になるのだった。
グーレイア王国とキエヌ聖国の法整備を、ミルクとココアが予定通りに二日間で済ませた事で、その翌日リュウは三姉妹を連れて例の如く王城北の森に来ていた。
三姉妹はリュウの故郷である日本に行ける、とそわそわしっぱなしだ。
そんな三姉妹に苦笑いするリュウは、転移門を出現させ終えると三姉妹へと向き直る。
「お前達が頑張ってくれたお蔭でエルナダの調印式まで七日も有るけど、パパっと行って帰って来るぞ」
「えっ、すぐ戻るんですか?」
あっさりとした主人の言葉にココアが目を丸くして聞き返す。
アイスとミルクも言葉を発さないものの、同様に意外そうな表情である。
「お前達は初めてだから色々見たいんだろうけど、二日も有れば良いだろ?」
「そんな……ご主人様にとっても六十五日振りの帰郷なのに……」
だがリュウは長居するつもりは無い様で、ミルクが困惑のままに呟きを漏らす。
「だからだよ。俺は二ヶ月ちょっと行方不明の身だからな……見つかったら大目玉喰らうに決まってるし、取り調べを受けたりして、こっちに戻れなくなっても困るじゃん。こそっと行って、こそっと戻って来たいんだよ」
「その可能性は確かに……」
「うん……」
「そういう事なら仕方ないですねぇ……」
なのでリュウがその理由を話すと、三姉妹は残念そうにしながらも、そうだったと主人の心情に理解を示した。
「だろ? だから今回はあくまでも様子見だ。なーに、無事に転移が確認できればいつでも行き来できるんだからさ。な?」
そんな三姉妹に苦笑いしつつ、リュウが気負いする事無く転移門を潜ると辺りは闇に包まれており、自身で出口を設定したにも関わらずリュウは一瞬身構える。
「「えっ!?」」
「わあっ!? あ! リュウと出会った所……だよね?」
「お、アイス君、正解! まさか夜だとは思わなかったけどな~。てか、寒っ!」
後から転移門から出てきた三姉妹も想定外の闇に驚きの声を上げるが、アイスはその場所がリュウと初めて出会った場所だと気付いたらしく、リュウは嬉しそうにアイスの頭を撫でるものの、凍てつく空気に身を震わせる。
リュウが失踪した十月下旬から二ヶ月経っている上に、夜の山中である。
袖の無い革ベストと学生ズボンのリュウが耐えられる訳が無いのである。
「気温五度……こちらは冬なんですね。アイス様、寒くないですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「お~、暖けえ……けど、こんな光ってたら目立ちそうだな……」
主人の様子から気温をチェックしてアイスを心配するミルクだが、アイスは既に竜力を纏ってちゃっかり暖を取っており、リュウはその恩恵にあやかりつつも淡く輝く竜力に苦笑いを溢す。
周囲に街灯が無く、月も雲に隠れている為に、竜力の輝きが目立ってはいるが、昼間でも滅多に人が来ない山中の旧道なので、現時点では大丈夫そうではあるが。
「とりあえず、町に下りて服を買おう。さすがにこの格好は無いわ……」
「えっと、ココアにも買って貰えるんですかぁ?」
そうしてリュウが一先ずの方針を立てると、すかさずココアが甘えた声で主人の腕に縋りついた。
「ちょっと、ココア――」
「おう、構わねーぞ。お前達のお蔭で帰って来れたんだからな。けど、この辺だと品揃えも少ないから、あんまり期待するなよ? ミルクも欲しい物が有れば、遠慮しなくて良いからな?」
「は、はい……ありがとうございますぅ……」
そんなココアを叱ろうとするミルクは、いつになく優しい笑顔の主人に頭を撫でられて、きょとんとしたのも束の間、嬉しそうに笑顔を返すのであった。
リュウの地元町は、駅に併設されたショッピングモールと駅前の小さな商店街を中心にそれなりの活気を見せてはいるが、少しそこから離れてしまえば閑散とした住宅街がほとんどである。
そんな駅前と住宅街の境目に有る、木々で覆われた人気の無い古めかしい神社の境内の脇で現在、リュウ達はいそいそと着替えをしていた。
人目を警戒しつつ山から飛翔してきたリュウは境内に降りると、大金を使っても一番違和感の無い見た目のココアに銀行のカードを預け、ショッピングモールへと向かわせたのだ。
そうしてココアの視界をプロジェクターで共有する皆の要望に従って、ココアは両手に大量の紙袋をぶら下げて帰って来たのである。
因みにその際にココアが得た情報によると、今日は十二月二十八日、時刻はあと十数分で午後九時になるところであった。
「よし、準備できたな。んじゃ、ちょっと付いて来てくれ」
「「「はーい」」」
ジーパンと黒いダウンジャケット、そして新しいスニーカーに着替えたリュウが歩き出すと、同じく着替えを済ませた三姉妹が嬉しそうにその後に続く。
因みにアイスの装いは、デニム素材の膝丈のワンピースの上にもこもこした薄茶色のコートにショートブーツ、ミルクはアイスに合わせた色違いの装い、ココアは黒いニットのミニワンピースにロングブーツとショート丈のコートだが、コートでワンピースが隠れている為にやたらとエロい。
お蔭でリュウの口元は緩みっぱなしなのだが、ついでに買わせたマスクのお蔭でアイスやミルクに突っ込まれずに済んでいる。
リュウはこちらでは行方不明者なので、事情聴取だの何だのと身柄を一時的にも拘束されない為に顔を隠す必要が有るし、三姉妹は別の意味で騒ぎにならない様にマスクが必要なのであった。
そういう意味ではココアの格好は不適切極まりないのであるが、目の保養を優先させてしまうのがリュウの救い難い性である。
駅前周辺はそろそろ夜の九時になろうかという時間なので、商店街は軒並み閉店しており、ショッピングモールからは閉店のアナウンスが流れていた。
それでもコンビニや牛丼屋、居酒屋などが夜の町に彩を与え、都会とは比べ物にならないものの、駅前には多くの人が行き交っている。
そんな中、リュウがこそこそと向かったのはインターネットカフェであった。
リュウ自身利用するのは初めてだが、人目を気にせず二十四時間利用できる為、店員に説明を受けて四人まで同室可能だというファミリールームをチョイスする。
「へえ、こんな感じなのか……」
「こんな施設、ナダムには有りません。凄いですね!」
「の、飲み物好きなだけおかわりできるんだよね? ね?」
「ご主人様と二人っきりが良かったのにぃ~」
「ちょっと、ココア!」
「ダメだよ、そんなのぉ!」
「こら、騒ぐな。個室だからって声は丸聞こえなんだから、周りの人の迷惑になるだろ。それと監視カメラでチェックされてるらしいから、行動には気をつけろよ?」
「「「はーい」」」
部屋に入るなり弾んだ声を上げるミルクとアイスだったが、ココアが拗ねた様にリュウに甘えた途端に騒ぎ出した為、リュウはやれやれと三姉妹に注意する。
そうして場が静まると、リュウは言い辛そうに声を絞る。
「んでさ、ちょっとミルクとココアに頼みたいんだが……こっちではご主人様って呼ぶの禁止な?」
「えっ……」
「どうしてですかぁ?」
「いや、さすがにこっちじゃ恥ずいんだよ……特に人前ではさ……」
ミルクとココアの意外そうな反応に、リュウは照れ臭そうに理由を話す。
如何に呼ばれ慣れたとはいえ、日本でそんな呼ばれ方をすればメイドカフェでもない限り、冷ややかな目で見られるのは明白だからである。
「分かりました……でも、な、何てお呼びすれば……」
「それは『リュウくぅん』一択でしょ、姉さま。ね? リュウくぅ~ん」
主人の言う事は納得できるものの、では何と呼べばとミルクが頬を赤くすると、ココアが自信たっぷりに、そしてニンマリと新たな呼び方を披露する。
どうやらココアは主人の脳内に有るお花畑エリアから、主人が綺麗なお姉さんに甘ったるく呼ばれたい、という願望を既に覗き知っていた様である。
「ッ……いや、伸ばすな。ふ、普通で良いんだよ、普通で……」
「そんな!? ご主人様の記憶には確かに……ひびびびびっ!」
「人の頭ん中を勝手に晒すんじゃねえよ!」
「ごめんなさいぃぃ……」
ささやかな願望をアイスとミルクの前で披露され、思わず赤面しつつ何とか場を取り繕おうとするリュウであったが、意図せず暴露しかけるココアの頬を引っ掴むと、その耳に口を寄せて小声で叱る。
そうしてリュウは、アイスとミルクのジト目から逃れるべく話を変える。
「と、とにかく……もう少ししたら俺はちょっと出掛けるからな。お前達はここで時間を潰しててくれ」
「ご主――ッ、ど、どこへ行かれるんですか?」
一人でどこかへ出かけようとする主人に、すかさずミルクが行き先を尋ねる。
思わずご主人様と言い掛けて言葉を飲み込むミルクであったが、いきなりリュウ君とはさすがに呼べず、赤い顔でぎこちなくオタオタしている。
「家だよ。部屋に回収したい物が有るから、こっそり取って来ようと思ってさ」
「なら、アイスも行く!」
「バレる確率が上がるからダメ。一時間くらいで帰って来るからさ。それまで漫画でも読みながら、何か食べて待っててくれよ。な? ほら、メニューも有るし」
「そっ……は、早く帰って来てね……」
そんなミルクに苦笑しつつリュウが行き先とその目的を話してやると、アイスが同行を主張するのだが、断るリュウにフードメニューを手渡されてしまえば、その瞳はメニューに釘付けとなり、あっさり引き下がってしまうのであった。
そうして一時間程を皆と過ごしたリュウは、三姉妹、特にアイスの店に馴染んだ様子に安心して、店員に一時外出する旨を伝えて外へ出る。
見知った町ではあるが、施設育ちのリュウは規則で八時以降の夜の町を出歩いた事は無く、新鮮さを感じながら施設までの十数分を歩く。
だがその新鮮さは、走馬灯の様に思い出される二ヶ月間の出来事に上書きされ、施設に辿り着いた頃には、その間こちらでは行方不明だった事の罪悪感に塗り替えられてしまっていた。
「みんな心配してるよなぁ……なのに、何事もなくひょっこり帰ってきたら、絶対ただじゃ済まねえよな……みんなには悪いけど、俺もバレる訳にはいかねえ……」
施設を前にウロウロしつつ、そんな罪悪感を目下の目標であるウィリデステラの貿易事業を思い出して無理矢理抑え込んだリュウは、意を決してひらりと音も無く施設の塀を飛び越えると、二階の角に自身の部屋が有る建物へと忍び寄る。
そこはリュウをはじめとする入所している児童達が暮らしているものであるが、消灯時間を過ぎている為に、今は明かりも無く静まり返っていた。
ただ一階の一角だけは園長兼、管理人である温厚な老夫婦の部屋なので、僅かに窓から明かりが漏れ出ている。
リュウはその窓にぺこりと頭を下げると、下階のベランダの手すりをステップにして、自身の部屋のベランダへと身を躍らせる。
「やっぱ鍵掛けてなかったな、ラッキー。さて、ちゃちゃっと――づあっ!?」
いつも施錠していないベランダの戸がそのままだった事に喜びつつ、カーテンをめくって部屋に侵入しようとしたリュウは、足のつま先に走った痛みに思わず声を上げてしまい、慌てて口を押えた。
こんな所に家具など無かったはず、まさか部屋を替えられたのか、と瞬時にその可能性に青褪めつつ暗視モードで部屋に目を走らせるリュウは、足をぶつけたのがそこに有るはずの無い勉強机で、自身のパソコンデスクがベッドに変っている事で可能性が限りなく高い事を知る。
だがリュウはそれ以上、思考も行動も出来なかった。
ベッドで寝ていただろう人物がむくりと体を起こした為に、出会い頭の猫の如く全身が硬直してしまったからである。
「だ、誰か居るの――ッ」
少女の声がした途端、硬直が解けたリュウは神速で少女の口を押さえていた。
そうしておいて今更ながら、自身の咄嗟の行動に唖然とし、冷や汗をダラダラと流すリュウ。
当然、脳内にマスターコアを残すミルクが主人の異変を察知するが、状況が状況なのでハラハラしながら主人がどうするのかを見守る事しか出来ないでいる。
少女の口を押さえながら、リュウは真っ白になった頭の中に、手錠をされて連行される自身の姿を幻視するのだった。
前話から二ヶ月、仕事とプライベートの両面でバタバタしてまして、
執筆しようとPCに向かうものの、集中力が続かない事態に陥っておりました…。
何とか以前の更新ペースに戻したいとは思っておりますが…。
ま、頑張ります!




