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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第一章
20/227

19 奮戦②

 研究施設の別の地下通路の端では、開かれたエレベーターの扉の下に大型ナイフを突っ込んで、閉まらないように固定するドッジ中尉の姿があった。


「よし、これで――」


 立ち上がりながらドッジ中尉が何かを呟こうとした矢先、フロアに爆発音が響く。


「ッ! 来たか!」


 ドッジ中尉はエレベーターに背を向けると、その大きな体に似合わぬ素早さで右に伸びる通路を駆け、左に直角に折れる所まで来ると、曲がり角から半身を出して銃の右腕を通路の奥に向けて構えた。

 銃を向ける通路は無残に破壊され、落ちた電源に代わって辺り一帯が頼りないオレンジ色の非常灯に照らされている。


「そろそろ来るか……」


 ドッジ中尉は小さく呟きながら、左手のボタンが付いた小さな箱を握り直す。

 それは爆弾の起爆装置だ。


 キーリ中尉と別れて非常階段を降りていたドッジ中尉は、微かに聞こえる爆発音と階段に伝わる振動からキーリ中尉の死を悟った。

 そして現在のリュウ達の予測到達地点と自身とヨルグヘイムの現在地から、合流を断念してヨルグヘイムを足止めする作戦に切り替えていた。

 非常階段を途中で爆破して階下を瓦礫で埋もれさせ、追って来るヨルグヘイムを少しでも邪魔しようと、通路の至る所を破壊しながら移動していたのだ。


「ッ!!」


 通路の奥に人影を見た瞬間、ドッジ中尉は左手のスイッチを押した。

 直後に凄まじい爆発音と共に通路の奥が潰れ、通路の角に身を潜めるドッジ中尉の脇を、爆風が激しく吹き抜ける。

 そして再び通路の奥を確認しようと顔を覗かせたドッジ中尉は、煙の中にこちらへ向かって来る足を見て、躊躇なく右手の銃をフルオートで連射した。

 しかし銃撃をものともせず、姿が露わになりつつあるそれが通路の中程までやって来ると、ドッジ中尉は銃撃を止め、逃げる様にその場を立ち去ろうとした。


「ッ!? うぐっ!」


 背後に気配を感じて咄嗟に振り返ろうとするドッジ中尉は、その途中で腹部に衝撃を受け、吹き飛ばされていた。


「ぐっ……化け物め……」


 逃げようとした方向に飛ばされ、地面に叩きつけられたドッジ中尉は、よろよろと立ち上がりながら、突き出した右足を戻すヨルグヘイムの姿を捉えていた。

 体がバラバラになりそうな感覚を押し殺して右手の銃を向けようとしたドッジ中尉だったが、突如込み上げる嘔吐感に堪えられず、その場で大量に吐血する。

 吐血しながら見た自分の右腕は無残にひしゃげ、バチバチと火花が飛んでいた。

 一蹴りで十数メートルを飛ばされたドッジ中尉は、運よく右手の銃を前にして振り返った為に蹴りが銃に遮られて即死を免れてはいたが、それでも銃は破壊され、肋骨が数本折れ、内臓に激しいダメージを抱えてしまった。


 瞬時に反撃を諦めたドッジ中尉はそのままヨルグヘイムに背を向け、逃走に入る。

 ダメージのせいで思う様に足が動かないドッジ中尉だが、何とか先の角を曲がり、先程大型ナイフで固定した開いたままの扉まで辿り着いた。

 そしてエレベーターに入ったドッジ中尉は、最下層のボタンを押すと大型ナイフを引き抜く。

 ナイフを抜かれた扉が閉まる瞬間、ドッジ中尉は左手に握ったままの大型ナイフを扉に叩きつける様に振った。

 が、ナイフは途中でピタリと止まる。

 ドッジ中尉の左手首をヨルグヘイムの右手が(つか)み取ったのだ。


「くそ……もう少しで、合流できるはずだったのによ……」

「ならば攻撃などせず、逃げれば良かったのだ。ネズミらしくな」


 苦し気な表情で呟くドッジ中尉に、感情の無い声で応じるヨルグヘイム。

 同じく感情の無い瞳で自分を見るヨルグヘイムに、ドッジ中尉が『こんな気味の悪い奴が神だなんて絶対ありえねえ』と思った瞬間、ヨルグヘイムの左手がドッジ中尉の首を掴んだ。


「ぐぅぅ……」


 首を絞めるように持ち上げられ、ドッジ中尉の足は浮いていた。

 右手は破壊され、左手は掴まれ、ばたつかせる足が当たってもヨルグヘイムは微動だにしない。


「あがあああっ」


 バキバキという音と共にドッジ中尉の左手首が砕かれ、ナイフが落ちる。

 ドッジ中尉に出来るのは足を動かす事だけだ。

 意識が遠のくのを感じながら、ドッジ中尉は左膝を振り上げる。


「む!」


 ヨルグヘイムが咄嗟に身を捻った。

 爆発音と共にエレベーターの天井が破壊され、ドッジ中尉の首が解放された。

 そしてエレベーターが凄い勢いで降下を始める。

 ドッジ中尉の左膝から発射されたグレネードが天井を破壊し、エレベーターのケーブルを切ったのだ。


「無駄な事を」

「ふん、言ってろ……」


 このまま下まで行けばエレベーターは大破する。

 しかし、ヨルグヘイムに焦りなど感じられない。

 ドッジ中尉は壁に背を付けて右足を浮かし、左足だけで辛うじて立っている。

 生身の右足を少しでも守ろうとしているのだろう。


 加速しながら落下し続けるエレベーターは、最下層の扉をも数メートル通り過ぎ、エレベーターシャフトの底に激突した。

 大音響と共に破壊されるエレベーター。

 ドッジ中尉の機械の左足は砕け散り、浮かしていた右足も無残に潰れてしまった。

 だがドッジ中尉は生きていた。

 最後の策を成す為に。


「人間とは脆弱すぎるな……」


 ドッジ中尉の潰れた両足を見て、光に包まれた無傷のヨルグヘイムが呟く。

 ヨルグヘイムはその潰れた天井からふわりと浮き上がり、最下層の扉を内側から開いた。


「ここは……」

「くっくっく……わっはっはっはっは、ざまぁねぇな神さんよぉ」


 痛みを忘れたかの様にゲラゲラ笑い出すドッジ中尉。

 ヨルグヘイムの見る光景は、研究施設のそれではなかった。

 そこはリュウがかつて死体袋に入れられ運び出された搬出ゲート。

 ここから爆発物観測室へは来た道を戻り、別のエレベーターで地下へ降りねばならないのだ。


「ほれ、オマケだ。取っときな」


 振り返り見下ろすヨルグヘイムの目には、ブルブルと震える折れた左手で起爆装置を取り出すドッジ中尉の姿が映った。

 そして起爆装置のボタンは、右手の壊れた銃で押し込まれた。

 直後に響く爆発音と共に、エレベーターシャフトが破壊される。


「貴様……」

「俺の勝ちだ、わっはっはっはっは……」


 見下していた、それもたった一人の人間に出し抜かれ、さすがに怒りを露わにしたヨルグヘイムが見たのは、大笑いしながら落下してくる瓦礫に消えていくドッジ中尉の姿だった。


「まあいい、力を補充するには好都合か……」


 すぐに冷静さを取り戻したヨルグヘイムは、そう呟くと何処かへと転移した。









 ヨルグヘイムの広範囲に及ぶ光の攻撃は、南ゲート周辺を火の海と変えていたが、しばらくすると火の勢いは衰え、収まりを見せつつあった。


「げほっげほ……何とかやり過ごしたか……第二小隊各班連絡せよ」


 ヨルグヘイムに攻撃された際、偶然南ゲート近くの車両点検施設に逃げ込んでいたセグ大佐と二名の部下は、炎に巻かれながらも車両底部点検用のピットに飛び込み、辛くも難を逃れていた。


「三班、二名共に無事です」

「六班、二名同じく無事です」

「セグだ。南ゲート北にある車両点検施設に居る。合流せよ」


 セグ大佐と同様に、何らかの地下設備に逃げ込んでいた二つの班から報告が帰って来た。

 セグ大佐は一瞬歯噛みした後、落ち着いた声で合流を呼び掛けた。

 セグ大佐を含めて二十一名居た第二小隊は、その三分の二を失っていた。

 だが、セグ大佐ら三名と後に合流した四名の表情に諦めの色など浮かばない。


「既に皆気付いているだろうが、もうそこまで第一機械化部隊がやってきている。我々はこれに合流し、政府守備隊との戦闘に備える。各員装備確認の後出発する」

「は!」


 第二小隊の北西から聞こえてくる銃撃音の方向を見据えながら、セグ大佐は六名の部下に静かに今後の指示を出す。

 彼らの戦いはまだ終わらない。










 軍事施設の南東では、ヒース少尉率いる大型車両部隊が砂塵を巻き上げて南側増援部隊を翻弄していた。


「少尉! 左前方から装甲車の群れが来ます!」

「よし、全軍進路を北に! 引き付けながら離脱するぞ!」


 ヒース少尉達は施設東の都市カタカルから南下し、南の都市エルバ郊外の荒野にて施設の突破と退却を繰り返し演じる事で、敵防衛部隊に殲滅のチャンスをちらつかせながら被害を最小限に留めていた。

 その動きは寄せ集めの部隊とは思えぬもので、防衛部隊を増援に戻らせず釘付けにしている事から、神掛かっているとさえ言えた。


「敵の後続が施設内を北進しています! 東ゲートに向かっているのでは!?」

「了解した。全車、全速でカタカルへ急げ! 挟撃されるぞ!」


 敵の動きを察知した護衛車両からの通信に、ヒース少尉は全車に指示を飛ばす。

 ヒース少尉としてはもう少し敵を引き付けておきたい、との思いはあったが、協力してくれている民間人から犠牲を出すつもりなど毛頭無かった。


 大型車両は軍の装甲車並みの強度を誇るが、その速度は装甲車に劣る。

 故に今カタカルに向かわねば、東ゲートに先回りした装甲車群と、南の破壊された外周部から溢れ出て来た装甲車群によって、挟撃されてしまうのだ。


 大型車両部隊は後続の敵部隊を引き付ける事を放棄し、全速でカタカルに向かっていた。

 エルバとカタカルを分ける川に掛かる、大きな橋を渡ればカタカルだ。

 そこからは東ゲートも近くにあるが、橋さえ渡ってしまえば一安心と言えるだろう。

 だが神は優しくない。

 特にこの星の神、ヨルグヘイムは。


「逃がさぬ」


 その声が聞こえた時、エルナ山の頂上が光った。

 と同時に、ヒース少尉達が目指す前方も光った。

 爆発音と共に。


「橋が! 爆破されたぞ! ヨルグヘイムだ!」

「くそっ! 次の橋に向かっても敵の方が早いぞ!」


 護衛車両から飛んでくる通信に、ヒース少尉は頭に叩き込んである地図に、自軍と敵軍の位置と速度を放り込み、ギリッと奥歯を鳴らしてから口を開いた。


「全車! 直ちに南南東へ転進! 挟撃、追撃の恐れが有りますが、それ以外は殲滅されます! 密集しつつ全速で両軍の間を突破します! 左の護衛車両は車列左前方へ展開! 右の護衛車両は車列右後方へ展開せよ!」

「了解!」


 ヒース少尉の指示に従って車列が大きく右へ転進し、護衛車両が散って行く。

 右後方から翻弄され続けた装甲車群が追い縋り、左前方の川向こうにはもう一つの橋を目指して突っ走る装甲車群。

 どちらもこれまで溜まりに溜まった鬱憤を晴らす為、苛烈に攻撃してくるだろう。


「民間人の皆さん! 挟撃を潜り抜けたら進路を南へ! そのままノースレガロを抜けて離脱して下さい! これまでの協力に感謝します!」


 ヒース少尉は、挟撃中はもう言えないだろう、と先に民間人達に感謝を伝えた。


「来るぞ! 護衛車両! 死守せよ!」

「了解っ!」


 護衛車両が搭載された武器を撃ちながら、装甲車と大型車両の間に割って入る。

 護衛車両は数台の装甲車を走行不能に(おとしい)れたが、奮戦もそこまでだった。

 半数以上が装甲車の体当たりを受けて横転し、至近距離から砲撃を受けて爆散した。


「くそっ! これまでか……」


 突然(おちい)った余りに絶望的な状況に、ヒース少尉が思わず呟きを漏らす。


「まだ諦めるには早いぜ! 分隊長さんよぉ!」

「そうだ! 軍人さんとは言え、まだ若い兄ちゃんが死ぬには早すぎってもんだ!」

「そうそう! 大人の意地を見せてやるぜ! 少尉さんよぉ!」


 突然割り込んで来た通信に、ヒース少尉は青ざめる。


「皆さん何を!? 変な気を起こすのはやめて下さい! 通信を切って下さい!」

「もう十分だよ、兄ちゃん。あんたらこそまだ若いんだ、俺達の後を頼んだぜ!」


 必死で叫ぶヒース少尉だが、通信の声は既に覚悟を決めている様だ。

 何台もの大型車両が車列を離れ、それぞれ定めた目標に向かって唸りを上げた。


「止めて下さいっ! お願いです! 生きて下さいっ!」


 次々と装甲車に突撃していく大型車両。

 突撃直前に砲撃を受けて爆発しながらも、その巨体の体当たりを受ければ装甲車と言えども無事には済まない。

 (あふ)れる涙を必死に拭いながら、ヒース少尉は叫び続けた。










 橋を破壊したヨルグヘイムは、エルナ山の頂上にある通信施設でゼオス中将と連絡を取っていた。


「これで南の増援も回せるだろう」

「感謝します、ヨルグヘイム様」

「しかしこれ程までに内部に食い込まれているとは失態だな、ゼオス中将」

「面目次第もございません。しかしこれでレジスタンスも終わりです。ヨルグヘイム様はこれからどうなさるのですか?」

「力を補充したら大空洞へ向かう。まどろっこしいのはもう止めだ」

「分かりました。後はお任せを」

「良いだろう」


 東側のレジスタンスの処理に手間取り、長引く西側の戦闘に焦ったゼオス中将は、山頂の通信施設にヨルグヘイムが向かった事を知り、助力を乞うたのだ。

 ヨルグヘイムがここを訪れたのは、エルナ山全体に施した結界を維持する為、竜力を貯蔵する設備を通信施設内に設けたからであり、その設備に注いだ竜力を回収する為であった。


 小竜から竜力を奪えなかった以上、一対一とは限らない戦闘に万全を期する必要があったのだ。

 それ故に殲滅できるはずのレジスタンス陽動部隊に対しても、橋を破壊するに留めたのだ。

 それでもゼオス中将を助けたのは、ヨルグヘイムなりに愛着を感じていたからなのか。


 しかしそれも今日までだ。

 ヨルグヘイムは新たな竜力を得て、この星を去るつもりなのだ。

 この星に降り立ってから、どれだけの時を過ごしたのだろう。

 ヨルグヘイムは人類の歩みの遅さに、辟易していたのかも知れない。

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