09 婚約者はいずこ
そうしてオーリス共和国へとやって来たリュウ達。
予定通りミルクが議会で最終調整と並行して虫型偵察機でエドワードを捜索する間、リュウとアリアは街中を散策しつつ、それとなくエドワードについて聞き込みしていた。
と言えば聞こえは良いが、マーベル王国の商人の使いを済ませ、余り時間で観光している少年、というのがリュウの設定なので、ボロを出さない為にも迂闊な事は聞けず、何の成果も得られていない。
因みにアリアは、そんなリュウに付いてきた無口な兄、という設定なので、更に成果は見込めない。
「はぁ……何か飲み物買うだけでも緊張する……昼食済ませてて良かった」
「ありがとう……だぜ、弟よ……けれどこんな調子だと、なかなか目当ての情報は掴めそうにないです……だぜ」
「うぷっ……」
「わ、笑わないで下さる!? これでも頑張っていますのよ……」
露店から戻って来たリュウから飲み物を手渡されてアリアは、特訓の成果を披露するのだが、吹き出すリュウを見て詰め寄ると、小声で抗議する。
育ちの良さが邪魔をしているのか、役者としての才能が皆無なのかはともかく、アリアの特訓は無駄に終わった様である。
「すみません、すみません……それにしても、さりげなく情報を集めるって難しいもんですね……」
アリアに小声で謝って、情報収集の難しさに肩を竦めるリュウ。
自身の事なら「聞くは一時の恥」と割り切れるリュウも、ボロが出ない様に気を遣ったり、しつこくして不審がられない様に、との思いが邪魔して消極的な会話になってしまうからだ。
「そうですわね……特に商人は些細な話にも注意を払っているらしいので、小さな露天商でも注意が必要かと……」
「うーん、けどなぁ……ミルクに頼りっぱなしってのもなぁ……もうちょっとだけ粘ってみますかね……」
更にアリアの言葉で更にハードルが上がった気がするリュウであるが、さすがにミルクに任せっきりというのは気が引けるのだろう、一気にコップを飲み干すと、再びアリアを置いてのそのそと露店群へと向かって行くのだった。
一方その頃ミルクは、最終調整された新たな法を議員達が真剣に目を通している間の静かな時間を利用して、虫型の偵察機をアリアの許嫁であるエドワードの部屋へと潜り込ませていた。
エドワードが潔白か否か、まずは部屋を片っ端から調べようという訳である。
虫型の偵察機が、形状を崩れさせながらエドワードの書斎机の引き出しへと潜り込んで行く。
ナノレベルの人工細胞をヨルグヘイムによって更に極小化された、ミルクの人工細胞の集合体の前には、特殊合金製の金庫でさえもその侵入を防ぐ事は出来ないのだから、鍵付きの引き出しなど無いに等しいのである。
信頼するミルクが用意してくれたとは言え、新たな法に不備が無いかと目を通す議員達の真剣な様子に、口元に笑みが浮かべていたミルクの頬が引き攣る。
エドワードが潔白だとは言い難い手紙の数々を、偵察機が見つけたのだ。
その一つ一つに目を通す内に、沸々と怒りが込み上げてくるミルク。
「ふう。さすがですな、ミルク殿。どこにも――ひっ!? あ、あの……な、何か気に障る事でも……」
そんな時、間の悪い事に精査を終えた議員の一人がミルクを褒めようと顔を上げたのだが、瞬く間に顔を青褪めさせると、おどおどと失礼が有ったのかと問うた。
いつも優しげな笑みを浮かべているミルクからは想像も付かない、絶対に見てはいけない形相を彼は見てしまったらしい。
「へっ!? あっ! す、済みません! ちょっと考え事をしていたもので……」
「そ、そうでしたか……いや、失礼……はは、ははは……」
議員の様子に赤面し、慌てて場を取り繕うミルク。
愛想笑いを浮かべ合う二人の様子に、事情が分からない議員達は怪訝な表情だ。
そんな少々ぎこちない空気も、他の議員達も精査を終えてミルクへと惜しみない称賛を送る頃には払拭され、役目を終えたミルクは拍手の中、ぺこぺこと赤い顔で議場を後にする。
そうして人気の無い所を見つけたミルクは、エドワードの書斎机で見付けた総勢八人もの女性の下へと憤怒の形相で一斉に偵察機を放つのだった。
「お前さん、ただ買い物してるって訳じゃなさそうだな。何か調べものか?」
「うえっ!? い、いやぁ……その、まぁ……はは……」
何の進展もなく、愛想笑いを顔に張り付けたまま露店から露店へと彷徨っていたリュウは、先程も立ち寄った雑貨屋風の露店の店主に小声で話し掛けられて、どう答えて良いのか分からずにぽりぽりと鼻を掻いた。
「なぁに、隠さなくても分かる。聞きたい事が有るのに、どう切り出して良いのか分かんなくて時間だけが過ぎて焦ってんだろ? 話によっちゃあ、力になるぜ? ただし、お代は頂くがな」
「ああ……そっすね……ええっと、実は……人を探してまして……」
「お前さん、王都の商人の使いだったよな? て事は……議長かその周辺の人物が目当てだな?」
「えっ、なんで……」
店主の口振りで、どうやら自分は観察されていたらしい、と愛想笑いを浮かべるリュウであったが、店主が的を絞ってきた事で思わず素で驚いてしまう。
「こっちで商売するのは大抵、エンマイヤー領の商人なんだよ。そっちだったら、俺も見当の付けようが無かったんだが……王都の商人となると、両国の連絡役って意味合いが強いからな、自ずと候補は絞れてくるんだよ」
「な、なるほどぉ……」
「で、そんだけ言い難そうにしてるって事は……探りは入れたいが、揉めたくない奴……ははん、ズバリ議長んとこのドラ息子だろ!」
そんなリュウに少々得意気に種を明かしてやる店主は、リュウに感嘆の眼差しを向けられて更に気分が良くなったらしく、リュウの肩に手を回すとその耳元で声を絞ってリュウの目当てを言い当てて、ニヤリと口元を歪めた。
実のところ、エドワードの女好きは巷でも有名なのである。
ただ、父親が公明正大な議長だという事と、周囲に然程迷惑を掛けている訳ではないので、普段は誰もがわざわざ口にしないだけなのだ。
「す、凄え……んじゃ、これで教えて貰えますか? ここだけの話という事で」
店主の口振りでエドワードがどう思われているかを知ったリュウは、少しばかり大袈裟に感動して見せて、財布から大銀貨を一枚出して店主にそっと握らせる。
「おいおい、こりゃあ幾ら何でも貰い過ぎだ。奴さんの居場所の見当は幾つか有るには有るんだが、今どこに居るかまではさすがに責任持てないからな……こっちを貰っとくよ」
だが店主は困り顔でまだ開いたままのリュウの財布へ大銀貨を返すと、代わりに銀貨三枚をリュウにも見える様につまみ出し、そのままズボンのポケットへと押し込んだ。
町の者なら誰でも知っている上に空振りする可能性も有って、そこまでの大金を貰う事に店主は気後れしただけなのだが、リュウは店主を誠実な人物だとすっかり安心した様で、笑顔で店主に話し掛ける。
「分かりました。んじゃ、当たりだったら後で何か買いに来ますよ」
「おう。その方が俺も嬉しいぜ。てかよ、お前さんの財布……随分と洒落てるじゃないか。マーベル王国で流行ってんのか? 色んな札が入ってんだな……」
リュウの笑顔に釣られる様に笑う店主は、リュウの財布に随分と興味を引かれた様で、まじまじと見つめている。
リュウの財布はナダムでドッジ中尉が預かってくれていた、日本製の物だ。
札というのは、カードポケットに入っている銀行のカードやコンビニのポイントカードの事であろうが、説明が大変そうだと頬が引き攣るリュウ。
「あ~、これはちょっと特別製で……あはは……それよりも情報を……」
「お、そうだった、そうだった。今、紙に書いてやるよ」
結局、適当に話をはぐらかして話を戻したリュウは、店主に情報を書いて貰うとぺこぺこと頭を下げてアリアの下へ戻り、すぐさまミルクに知らせるのだった。
現在進行形であろうとなかろうと、エドワードの部屋で見付けた手紙から関係が有るであろう八人の下へ偵察機を放ったミルクであるが、その内の六人についてはエドワードと別行動である事を既に確認していた。
残る二人については所在が知れず、情報を収集しつつ捜索していたミルクであるが、リュウが雑貨商から得た情報を聞かされ、事態は一気に加速する事になる。
『発見しました、ご主人様。情報に有った町はずれの酒場に居ます』
「よし。んじゃ、そこまでのガイドを頼む」
『あ、あのぅ……それは止した方が良いかと……』
「なんで?」
雑貨商から情報を得ても土地に不案内なリュウは、アリアと共に町中で待機する中、ミルクからエドワード発見の知らせを受けて視界にルート表示を指示するが、トーンダウンするミルクの声に、きょとんと聞き返した。
『ターゲットは交際中らしき二人を連れているので……その……』
「大丈夫ですわ、ミルクさん。私、こうなる覚悟はしてきましたもの」
『アリア様ぁ……』
「それに……やはり自分の目で見ない事には、自身を納得させられないとも思うのです……そのお気遣いだけで十分ですわ、ミルクさん。是非、案内して下さい」
「あう……わ、分かりました」
ミルクのトーンダウンの理由はアリアを慮っての事だったが、アリアに通信機を持たせていた為に割り込まれて案内を請われてしまっては断り切れず、ミルクは仕方なく主人の視界に酒場までのルートを表示しつつ、主人達との合流を急ぐ。
現在、リュウ達は目的の酒場まで徒歩五分程だが、議会に出席していたミルクの方は倍以上掛かるからだ。
「それにしても昼間から女二人も連れて飲んでるなんて、良いご身分っすねぇ」
『ご、ご主人様っ!』
「連れの女性達は……お互いの事を知ってるのでしょうか……」
『えっ、そ、それはぁ……』
表示されたルートに従って歩き出す主人の軽口に非難の声を上げるミルクだが、続くアリアの呟きにはどう答えるべきかと言葉に詰まってしまう。
「どうでしょうねぇ? 互いに邪魔だと思いつつも笑い合っているのか、ベッドも共にする仲なのか……」
「そんな破廉恥な!」
『ご主人様のお馬鹿ぁ!』
その間にリュウが再び思ったままを口にしてアリアを赤面させ、思わず絶叫するミルクは主人の口を塞ぐべく、人込みの中を駆け出すのであった。
お待たせした割に内容が薄くてすみません。
長くなりすぎて分割した結果、こうなりました。
近日中に続きをアップする予定です。m(_ _)m




