05 レオン、撃ち抜かれる
観測施設へと向かったリュウ達は皆から賞賛の言葉を浴びた後、そこでそのままグーレイア王国での娯楽施設建設についての協議に入った。
そして協議を終えた一同は、マーベル王国へ引き上げるリュウ達を見送る為に、観測施設の外へと出て来ていた。
「本当によろしいのですか?」
「うむ。私は心底、リュウ殿に惚れ込んでしまったからな。出来る事は少ないかも知れんが、向こうでリュウ殿の役に立ちたいと思う。それに向こうでも軍の規律を守る者は必要だろう?」
「分かりました。では、こちらの事は今後も私が責任を持って預かります」
「うむ、我儘を言って済まない、中将。よろしくお願いする」
ゼオス中将とソートン大将が軍人らしく敬礼を交わし合っている。
かつてはソートン大将を疎んでいたゼオス中将だが、ソートン大将の変わり様を見た事と、ヨルグヘイムが居なくなった事で、当時の様な感情を抱いていない様である。
「君も戻るのか? こちらに君の席も用意してあるんだが……」
「いえ、向こうでお世話になった方々に無言で去る訳にはいきませんから。挨拶が済んだら厄介になるつもりです」
「是非とも頼む。君が居ないと、ドッジ達が弛んでいかん……」
「はは……なるべく早く戻ります」
その横では困り顔のセグ大佐にロダ少佐が苦笑いを溢しており、よく見れば軍人らしく振舞っているのは軍のトップの二人だけであり、他の連中は思い思いに談笑している。
リュウから娯楽施設建設の指揮を任されたフルト少佐は、ゼオス中将から予想以上の増援を約束されて、ほくほく顔でソートン大将の副官であるボナト中佐と談笑しているし、リュウに至ってはゆるゆるに緩みきってドッジ中尉らと笑い合っている。
「お、来た来た」
そんな中、南から一台の軍用車両が観測施設へ到着すると、ドッジ中尉が何かを受け取って戻って来る。
「リュウ、忘れ物だ。遺品にならなくて良かったぜ」
「あー! 俺の財布! 置いといてくれたんすね、ありがとうございます!」
「おう」
それはリュウがサウスレガロの拠点に置き忘れたままの財布であった。
拠点を返還する際に発見され、保管されていたのだ。
心底嬉しそうなリュウの笑顔に、周りの者達も自然と笑顔になる。
「ご主人様、そろそろ……」
「お、そうだな。んじゃ、俺達は向こうへ戻ります」
「うむ。次の協議は三日後だが、いつでも訪ねて来てくれて構わないぞ、リュウ。アイス様、一日も早くご両親と再会出来る事を祈っております」
「あ、ありがとうございます……」
そうしてミルクに促されてリュウがセグ大佐らに挨拶すると、皆は談笑を止めて見送りの為に集まって来る。
「「おお……」」
皆に背を向けるリュウが右手を前に翳して転移門を出現させると、皆の口からは感嘆の声が漏れる。
リュウが星巡竜になったと理解したつもりでも、目の前でその力を見せられれば無理も無い事だろう。
「じゃあ、次の協議までに色々ルールを考えておきます。あ、イリーナさん。次は捕まえないで下さいね?」
「わ、分かってます!」
「んじゃ、また!」
最後にリュウは一人場違いな印象を拭えないイリーナにニィっと笑い掛けると、皆に手を振って転移門を潜る。
そうして帰還組が次々と転移し、最後にボナト中佐が見事な敬礼をして転移門に消えていくと、転移門は実体を薄れさせ、空中に溶け込む様に消えてしまった。
「リュウの奴、本当に星巡竜になっちまったんだなぁ……」
「な、何だかこうして姿が消えてしまうと、夢でも見ていたかの様な気持ちになりますね……」
ドッジ中尉のどこかしんみりとした呟きに、傍に居たイリーナが釣られて感想を口にする。
「うむ、急に現実味が薄れた気がする……だがこれは事実だ。セグ大佐、彼の事は君に一任する……が、慎重にな。報告は必ず頼む」
「は、中将」
ゼオス中将もそれに似た感覚を味わっていた様だが、気持ちを切り替えるとセグ大佐にリュウに対して慎重な対応を求める。
「ちっとばかし、大袈裟じゃないですか?」
「中尉、確かに彼はヨルグヘイムとは違う。我々にとても友好的な存在だ。だが、彼はまだ少年だ。誤解や反感を買って、あの力を振るわれる訳にはいかんのだ」
「あ……、は。失礼しました」
そんな中将の口振りに思わず軽口を挟んでしまうドッジ中尉であるが、中将が何を懸念しているのかが分かって態度を改める。
「その為の特別情報室だ。リュウは我々に仲間意識を抱いてくれているが、一線を引いて対応せねばならぬ事も出て来るだろう。お前達もその事は頭の片隅に留めておいてくれ」
「は、大佐」
それをフォローしつつもセグ大佐に心づもりを求められ、ドッジ中尉ら部下達は表情を引き締めて敬礼する。
「うむ。さて、我々も戻るぞ。司令部に戻ったら、ドッジは彼女を保安局へ送ってやってくれ」
「了解です」
そうして彼らもイリーナを伴って大型車両に乗り込み、司令部へと戻って行くのだった。
マーベル王国へと戻って来たリュウ達は、先にソートン大将達をフォレスト領へ送り届けてから王城へと戻った。
そして廊下でばったりと出くわしたレオンに初めて、エルナダへ転移が成功した事を告げた。
「な、何!? という事は、エルナダ兵が自由に行き来する事になるのか?」
「え……いや、そうしても良いんならするけど、先に報告しておこうと思って」
「そ、そういう事か……なんで行くなら行くと言っておかないんだ、お前は……」
「え~……先に言って失敗したら格好悪いじゃん……」
突然の報告に面食らうレオンは、思い付きで行動するリュウに苦言を呈するが、今は転移門を消して転移を制限しているのでリュウに悪びれる様子は無い。
恒例になりつつある二人のやり取りに、くすくす笑ってしまうミルク。
「お前なぁ……ま、先に報告してくれたのは助かる。なら、これからエルナダ軍の新たな管理体制について協議しよう。今は父達も忙しくないから都合が良い」
「え、今から? ってか、俺の都合は? ちょっとゆっくりしたいんだけど……」
そんなミルクを見て、眉間を揉みほぐしながら心を落ち着かせるレオンが今後の予定を決めてしまうと、リュウが困った様に不満を口にする。
「勝手に事を進めたのはお前だろ。ちゃんと責任を持って参加しろ」
「え~……」
しかしそれはどうやらレオンのささやかな仕返しだった様で、レオンの聞く耳を持たぬという態度に、リュウの顔は外で遊ぶのを禁止された子供の様だ。
「だったらミルクが代わりに出席します、レオン様。ご主人様は、後で顔を出して頂ければ……」
「「そ、そうか」」
そこへミルクが口を挟み、リュウとレオンが見事にハモる。
しかしその抑揚は、リュウが申し訳無さそうなのに対し、レオンは嬉しそうだ。
ミルクとしては、ぶー垂れる主人を無理矢理参加させたところで十中八九丸投げされるのがオチだ、と分かっているからの申し出なのだが、二人の珍しいハモリが見られてにっこりと笑顔になる。
「な、なら、お言葉に甘えさせて貰うか……頼むな、ミルク」
「はい、ご主人様」
「……ま、ミルクの方がしっかりしているからな、助かるよ」
そうしてリュウが少し気まずそうにアイスとココアを連れてそそくさと去ると、レオンは肩を竦めながらミルクに礼を言う。
「はい、お任せ下さい。実はこんな事もあろうかと、草案を幾つか用意してあるんです」
「そうか、さすがだな。んっ、んんっ……と、ところでミルク……」
「はい?」
そんなレオンににっこり微笑むミルクがレオンを安心させようと、既に幾つかのプランが用意出来ている事を伝えると、その優秀さをレオンは素直に感心するのも束の間、わざとらしい咳払いをして何やら話題を切り替えて、ミルクをきょとんとさせる。
「最近、その……困ったり、不足している物が有ったりしないか?」
「いえ……今のところ、特にそういう事はありませんけど?」
言っておいて、もっと他に気の利いた話題は無かったのか、と自嘲するレオンが返答するミルクを見て息を呑む。
心当たりを検索するミルクの、人差し指を頬に当てて小首を傾げる姿がレオンのツボだったからである。
「そっ、そうか。なら良いんだ。何か有ればいつでも遠慮なく言ってくれ」
息を呑んだ事を悟られぬ様に、そして舞い上がりそうになる自分を戒める様に、レオンはあっさりと話を切り上げる。
「はい。ありがとうございます、レオン様ぁ」
「うっ、うむ。では、行こうか」
そして甘え声を伴ったまるで無自覚なミルクの微笑みに自身の頬が赤くなるのを自覚するレオンは、ミルクにくるりと背を向けると、エルナダ軍の管理体制を協議すべく、足早に国王の下へと向かうのだった。




