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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第四章
190/227

59 星の旅へ

 そんなこんなで更に五日が経過し、マーベル王国の王城周辺は早朝から普段より王都騎士団が多く配置されていた。

 何故かと言うと、今日は人の地の全ての国家代表がこの地に集い、和平条約及び貿易協定に署名する調印式が行われる為である。

 とは言え、各国の代表とその随員はリュウが庭園に設置した転移門を潜って来るだけなので、まず一般の者が気付く事は無く、形式的な意味合いが強い。


 調印式会場は王城前に広がる庭園の、王城に程近い所に有る円形の広場であり、中央に大きな円卓が用意されていた。

 円卓には二つ一組の席が七つ用意されており、開催国のマーベル王国、魔人族のアデリア王国、東のオーリス共和国、ヨーグルトで一躍有名になったキエヌ聖国、つい三日前に国名を新たにしたグーレイア王国、当初は人の地に混乱をもたらしたものの街道整備に尽力したエルナダ軍、そして今回の立役者であるリュウ達のものである。

 それぞれの席の後ろには随員の席も用意され、それだけであれば多種多様な花で囲まれた華やいだ雰囲気だったのだが、広場の外周部に設置された四つの転移門が場を少々(おごそ)かに色付けている。


 会場では給仕の者が多数せわしなく動き回っていたが、準備が整ってそれぞれの待機場所で静かに開始の時を待っている。

 他にも親衛隊が隊長のゼノ・メイヤーを筆頭に少数精鋭で警備に当たっており、更にはエルナダ軍情報部が撮影機材を複数用意してひっそりと待機していた。

 調印式の様子は情報部によって、後日写真付きの記事として各国各地のあらゆる掲示板に張り出される事になっているのだ。


「ご主人様、そろそろお時間です」

「おう。んじゃ、(つな)げるか」


 ミルクに告げられ、リュウが席を立って転移門に次々と触れて回る。

 触れられた転移門はその途端に内側を神秘的な光で満たしていく。

 リュウが触れた門は三つ。

 それらの門に案内の係の者が臆する事無く踏み入って行く。

 この者達は事前にリュウの転移門を経験し、危険が無い事を知っているのだ。


 案内を向かわせたのはオーリス、キエヌ、グーレイアの三国のみでジーグの居るアデリア王国への転移門は起動させていない。

 何故ならジーグ達魔人族の面々は一日早く入国してレント国王と会談し、その後レント国王やリュウ達の立ち合う中で、ソートン大将らエルナダ軍から偵察部隊の魔都襲撃を謝罪され、その賠償について協議していたからである。

 それ無くしてアデリア王国の参加は有り得なかったからであるが、レント国王の温和な人柄とソートン大将達の真摯な姿勢、そして何よりも同席したアイスの不安そうな表情を見て、ジーグ達アデリア王国の面々は事を荒立てる事無く謝罪を受け入れたのだった。

 そうなる事を見越してアイスを同席させたリュウは、和解が成立してニンマリと口を歪めたところをジーグに見られ、後でこってり絞られている。


 それぞれの転移門から案内の係の者が姿を現し、オーリス共和国議長夫妻とその随員である議員五名、キエヌ聖国からは国長であるテト・バドンと補佐として中央集落代表のマウリと長老衆、グーレイア王国からは国名を改めた事で自らの名前もオーベル・ルグゼイル・グーレイア一世と改めたオーベルと皇太后のサラ、随員にセザール政務官とロレック軍務官に加え、新たに官職を与えられて国政を担う事になるアルマンド、シャザ、バルウが現れる。

 誰もが初めて体験する転移に驚いた表情でキョロキョロと辺りを窺っていたが、にこやかなレント国王の呼びかけでやがて落ち着きを取り戻して席に着く。

 因みにマーベル王国の出席者はレント国王夫妻、レオン王子、アリア第一王女とサフィア第二王女、フォレスト伯爵、ノイマン男爵で、アデリア王国は魔王夫妻とクリフ第一王子とカリス第二王子、そして五主席という顔ぶれであった。


 調印式は終始和やかな雰囲気で進んだ。

 式の終わりには様々な形で記念撮影も行われ、遠慮しようとしたリュウ達も満場一致で辞退を却下されて照れ笑いが尽きぬままそれらに応じた。

 その後王城の大食堂で会食が行われ、皆は他国の料理や酒を心ゆくまで堪能し、アイスの食べっぷりに驚嘆を押し隠して笑顔を浮かべた。


 アイスは嬉しかった。

 ついこの前までは他国と関わりを持とうとしなかった人達が、今こうして笑顔で繋がっている事が。

 そしてそれを成してくれたのが、大好きなリュウであった事が。

 ここに父さまと母さまが居てくれたら最高なのに、そんな思いがふと頭を過るが絶対会えると励ましてくれるリュウを困らせない為にも、悲しい顔は見せない。

 そういう思いからなのか、アイスはニマニマと次の皿に手を伸ばす。


 ミルクも嬉しかった。

 ここまで本当に色々な事が有ったが、皆に囲まれて笑顔を見せる主人を見ると、お役に立てて良かったと心の底から思えた。

 そしてその主人に好きだと言われた事や、キエヌ山脈上空でキスして貰った事、意識を失って倒れた時は自身のキスで目覚めてくれた事などを次々に思い出して、ぽっと頬を赤く染める。

 だがエルナダ軍に出回ってしまった写真の事を思い出すとぶんぶんと首を振り、甘酸っぱいヨーグルトに逃避するのであった。


 そんなミルクを睨みつつ、周囲に笑顔を振りまく器用なココアは悩んでいた。

 ココアにしてみれば、本当のヨルグヘイムにすら認められたご主人様が望んだ事なのだから、今の状況は叶えられて当然の事であった。

 そんな主人至上主義のココアだから、記念すべき日の夜は是非ともココアの超絶スペシャルな妙技の数々でご主人様を労ってあげたいのだ。

 なのに愛する主人は目を放すとリーザの下へ消え、何とか阻止しても創造主様(アイス)にお願いされると譲らざるを得ず、悶々としているココアなのだ。


「アイス様ぁ、甘~いカクテルなんて如何ですかぁ?」

「何言ってるのココア、アイス様にお酒を勧めるなんてダメよ」


 なのでココアは先ずは手近な創造主様(アイス)の排除を試みるが、速攻でミルクからダメ出しを喰らってしまう。


「え~、でもぉ、おめでたい場じゃないですかぁ……一杯くらい……」

「あ~、ココアの言いたい事も分かるけどさ、まだこいつお子ちゃまじゃん」


 しかしココアもそのくらいは想定済みなので、甘え声で残念そうに訴えて見せると案の定、愛するご主人様が苦笑いでミルクの肩を持つ。

 だがその言い方に、ミルクはマズいと青褪め、ココアはさすがご主人様と内心でほくそ笑む。

 そのやり取りに周りの皆も気付くが、微笑ましく見つめる者や心配そうにする者など反応は様々だ。


「ア、アイスもう大人だもん! お酒くらい飲めるもん! ココア貸して!」

「ア、アイス様ぁ……」


 そしてアイスはミルクとココアの予想通り、リュウの言い方に憤慨してグラスをココアから奪い取ると、一気にカクテルを飲み干してしまった。

 これには周囲からも「おお……」と控えめなどよめきが起こる。


「ほ、ほら! お酒くらい飲めるんだからね!」

「本当に大丈夫ですか、アイス様ぁ……」


 何の問題も無いとアピールするアイスだが、心配せずにはいられないミルク。

 アイスの顔が少し赤いのは、いつの間にか皆の注目を浴びていたからだろうか。


「もう、心配し過ぎだよミルクぅ。アイスだって――ケキョッ――ッ!?」


 そうしてミルクの不安を払おうとしたアイスであったが、意図せぬ異音が喉から飛び出し、目を丸くして慌てて口を両手で覆った。

 場を一瞬、凍り付いた様な静寂が包み込む。


「ぶふうっ!」


 自分で仕掛けたにも拘らず、真っ先に轟沈するココア。

 テーブルに突っ伏して、これ以上笑い声を出すまいとビクンビクンしている。


「うはははは、お前ズルいぞ! 何だよ、ケキョッ、って! うはははは!」

「うわぁぁぁん! クルッ――ッ!? ち、違っ――クルッ――うわぁぁぁん!」

「だ、大丈夫ですよ、アイス様! ちょっとお腹がびっくりしてるだけですぅ!」


 釣られたリュウに大笑いされ、恥ずかしくて真っ赤になって叫ぶアイス。

 しかし断続的にひっくり返る喉が弁解を許してはくれず、悲鳴を上げるアイスをミルクが懸命に(なだ)める。

 とは言えミルクも辛いのだろう、テーブルの下で手の甲を必死につねっている。


「とと、止まって! クルッ、と、止まるのぉぉぉ!」

「おお!? お……お……!?」


 誰もが笑ってはいけない、と辛そうに事の成り行きを見守る中、アイスが悲鳴と共に輝きを放ち出し、皆を代弁する様にリュウが驚愕の声を上げる。

 そんなアイスから発する光は爆発的に輝きを増し、一拍の後に消え去るのだが、同時にアイスの姿も掻き消えてしまった。

 と皆の目には見えたであろうが、アイスの傍に座っていたリュウ達にはアイスの姿は見えていた。


「「ええええっ!?」」

「おー! 懐かしー! チビドラじゃん!」


 驚きの声を上げるミルクとココアに続く嬉しそうなリュウの言葉通り、椅子にはテーブルの高さにすら満たない、白いチビ竜に戻ってしまったアイスがちょこんと座っていたのだ。


「えっ!? ええっ!? どうして!? リュウ、戻してぇぇぇ!」

「俺、何もしてねえし! 多分、一時的なもんだろ……酒が抜けたら戻るって!」

「そんな……うわぁぁぁん! もう、お酒飲まないぃぃぃ!」


 自身の変化に気付いてガーンと目と口を大きく開くアイスが、リュウを見上げて助けを求めるのだが、アイスを抱え上げるリュウは適当な事を言って笑うのみで、アイスの悲鳴が大食堂に響く。


「いえいえ、アイス様! 私はとても懐かしく、嬉しく思いますぞ!」

「陛下から聞いていた以上に愛らしいお姿ですわ、アイス様!」


 アイスのそんな姿を初めて見る者達が呆気に取られる中、リュウ達以外にはこの場で唯一知っているジーグが嬉しそうにフォローを入れると、シエラ王妃がそれに続いた。

 そこでようやく他の皆も口々にアイスを褒め始め、照れて真っ赤になるアイスは堪らずリュウの腕にしがみつく。

 すると今度はリュウが皆からやっかまれ、会食は賑やかに過ぎて行くのだった。










 その後、皆がチビドラとなったアイスとの別れを惜しみつつ、それぞれの国へと帰って行ったのだが、夜になってもアイスの姿は戻らなかった。

 早く元に戻りたいアイスだったが、夕食を共にしたドクターゼムやロダ少佐にも懐かしがられ、部屋に戻ればチョコとショコラにじゃれつかれ、部屋中を駆け回る羽目になった。

 そんな様子をリュウ達は後にやって来たアリア、レオン、サフィアの三人と眺めながら談笑していたが、やがて三匹がくっついてスヤスヤと寝息を立て始めると、レオン達は去り、寝転がってアイス達を眺めていたリュウ達もいつの間にか眠ってしまうのだった。


 翌朝、リュウ達は転移で恒例になった王城北の森の中に来ていた。

 起きると人の姿に戻っていたアイスは、皆に残念がられて複雑な表情を浮かべていたが、今はにこにことリュウの腕にぶら下がっている。


「ご主人様ぁ、本当に皆さんにお伝えしなくて良いんですか?」

「な~に、ちょっと行って帰って来るだけだから、良いって、良いって」


 不安そうなミルクの問い掛けに対し、リュウの返答は相変わらず軽い。

 リュウは調印式が無事に済んだ事で、自身も無関係ではいられない最後の問題に早速取り掛かるつもりなのだ。

 その問題とは、この人の地とエルナダを転移門で繋ぐ、惑星間転移である。


「父さまと母さまに会えるかなぁ……」

「ええっとぉ、居たら居たで問題じゃないですかぁ?」

「それは分かんねえけど、居ないって事はアイスを探してくれてるって事だから、会えなくてもがっかりすんなよ?」

「う、うん」


 不安そうなアイスの呟きにココアが苦笑いを(こぼ)すが、リュウがフォローを入れてやるとアイスはぎゅっとリュウの腕を胸に抱く。

 思わずデレッと表情を崩しかけたリュウに、再びミルクが問い掛ける。


「あの、ご主人様。因みにどの辺りに転移されるおつもりですかぁ?」

「え、あー……そっか。ヨルグヘイムと戦った部屋って凄く覚えてるんだけど……潰れちまってるよな……んじゃ、ミルクと初めて出会った部屋、は小さいから外の訓練場なんかどうだ?」

「そうですね。そこならレジスタンスが敗北していても、監視の目が緩そうなので脱出も容易でしょう……」

「えっ!?」


 ミルクに問われて初めて転移先について考える全く無計画なリュウであったが、思いつく場所が大して有る訳でもなく、ミルクが頷いた事で安堵するのも束の間、続くミルクの言葉に固まった。

 これまで何度か楽観的に希望的観測を口にしていた事で、ミルクが言う可能性はすっぽり頭から抜けていたのだ。


「……それってさ、可能性としてはどの程度なんだ?」

「不確定要素が多数有りますが、ミルクの計算では、三十パーセント――」

「マジで!? そんなに!?」


 そしてミルクの計算結果を聞いて、思わず叫んでしまうリュウ。

 見ればアイスも青褪めており、ミルクは慌てて弁解する。


「あ、あくまでも可能性ですよ、ご主人様。ミルクもコアを失ったヨルグヘイムにアインダーク様やエルシャンドラ様が敗北するとは思っていません。ですが、霧になったヨルグヘイムをお二人がもしも倒せない、もしくは倒すのに時間が掛かった場合、お二人を頼みの綱にしているレジスタンスは相当不利な状況に……」

「そっか……でも、どのみち行って確かめるしか無いよな? 転移先にセグ大佐が居てくれたら、一番助かるんだけど……」

「そうですね。現状が分からない事には今後の方針も立てられませんし、危険だと分かれば即座に引き返して転移門を消してしまえば、向こうは手出し出来ません。それから落ち着いて対策を考えれば良いと思います」


 そうして主人が理解してくれた事でミルクも相槌を打ちつつ補足を入れ、ほっと胸を撫で下ろす。


「んじゃ、万が一を考えて俺とミルクで……ん?」

「ご主人様はココアが守りますぅ!」

「アイスもっ!」

「……だよな……」


 そうして懸念を口にしようとしたリュウは、ココアとアイスに置いて行かれまいと腕にしがみつかれて苦笑いを溢しつつ、それ以上は何も言わずに数メートル先に転移門を創り出す。


「よし、出来た。んじゃ、サクッと行ってヤバかったら速攻で引き返すけど、何も無ければ情報収集して晩メシには帰るぞ」

「うん!」

「「はい!」」


 出来上がった転移門に満足そうに頷いて真面目な顔をしたのも束の間、ニィっと笑い掛けるリュウが三姉妹の元気な返事を合図に転移門へと歩き出す。

 つい先程不安要素を聞かされたと言うのに、様々な経験を経て来たリュウには太々しさすら窺える。


「五十七日ぶりの帰還ですね……」

「長いんだか、短いんだか……」


 そんなリュウの耳にミルクのしんみりした声が届き、リュウは鼻の頭をポリポリ掻きながら肩を(すく)める。

 なのでリュウは、しんみりした気分をその道のエキスパートに払わせる。


「……因みにココア、俺を何から守るって?」

「もちろん、姉さまから!」

「ぶふっ」

「お馬鹿ぁぁぁ!」

「言うと思った~!」


 そうして彼ららしい(やかま)しさで、リュウ達は光の中へ旅立つのだった。

今までの章の中で一番時間が掛かってしまいましたが、

これにて4章はお仕舞です。

読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。

書き貯めが無いというのは本当に大変だと思い知りました…。

なのでしばしお時間を頂いて、10月くらいから5章を

始められたら…と思っております。m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり転移装置は便利ですね! そしてココアが悶々としているところからのまさかのチビドラ登場!笑 ココアはココアらしいし、チビドラ懐かしいしでした。 最後までわちゃわちゃで出発に向かう感じ好…
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