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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第四章
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54 魔王再び

 アデリア城の五階西側は魔王のプライベートエリアであり、リュウ達が出発する前夜に魔王一家と夕食を共にした食堂もこのエリアに有る。

 何の前触れも無く竜の間へと転移して来たリュウ達は、アイスから説明を受けた衛兵の報告を受けた魔王、ジーグ・レガルト・アデリアの計らいで、その食堂へと通されていた。


「……全く、何に驚けば良いのやら……こんなに早く戻って来るから困っているのかと思えば、当初の問題は既に解決したと言うし、ミルクとココアは大きくなっているし、リュウは正式に星巡竜になったと言うし……」

「あ~、いや……名乗って良いって言われただけで……」


 リュウやミルク達から話を聞き終えたジーグの呆れた様な感想に、リュウは少し頬を赤らめてぽりぽりと鼻の頭を掻く。

 正式に星巡竜となったと言うのは、ミルクが「元の力の所有者に認められた」と言った際に、ココアが「これでご主人様も正式に星巡竜を名乗れますね」と言った事をジーグがそう受け取っただけの事である。

 リュウにしてみれば、ヨルグヘイムにコアを託されても、転移の力を使える様になっても、あまり以前と変わったという自覚は無く、以前ジーグに問われた際には星巡竜である事を否定していた事もあって、少々ばつが悪いのだ。


「本来の力の所有者から認められたのでしょう? ご立派ですわ! ミルクさんとココアさんも素敵なレディになって!」

「いやぁ、そんな……」

「恐縮ですぅ……」

「ありがとうございますぅ!」


 照れるリュウをシエラ王妃がますます赤くさせ、ミルクも照れながら、ココアは嬉しそうにその頬を赤く染めている。

 因みに二人の王子は魔導の修練の為に不在であり、ここには給仕の者達を除けば魔王と王妃、リュウ達四人しか居ない。

 そしてここまで話に出なかったアイスは現在、目の前のケーキに夢中である。


「それで? 今日はどういう用件なのだ? 用が済んだから戻って来た、それだけなのか?」

「あー、転移の力が使えそうだったんで、その実験をしてみたかった、というのが最初の目的だったんですけど、ここに来たなら是非ともお二人に聞いて欲しい話が有りまして……」

「ほう……どんな話だ?」


 そうしてジーグに来訪の理由を改めて問われるリュウは、ぽりぽりと頬を掻いて本題をおずおずと切り出すのだが、ジーグが興味深そうに身を乗り出すのを見ると居住まいを正して説明を始めるのだった。










 過去に於ける魔人族と人間族の争いが貧困問題に端を発している事や、人間族の現状、そして未だ無くならない貧困問題を解決するべく貿易が計画されている事、そしてそれは人間族だけではなく、魔人族にも平和と更なる発展をもたらすだろうといった事を話し終え、リュウはゆっくりと息を吐いた。


「ふうむ……話は理解した。だが今この場で返事をする訳にはいかん」

「はい……」

「勘違いをするなよ、リュウ。余が一人で全てを決めると言うのは(いささ)か荷が重い、という事だからな? 貿易の話だけならば、行政官のロネやウルトは諸手を挙げて賛成を口にするやも知れぬ。しかし……デルクなどは、慎重な態度を崩さんだろうからな……」


 ジーグはその話に内心唸りつつも返事を保留するが、リュウの力の無い返事に、目元を和らげて保留した訳を聞かせてやる。


『デルクって誰だっけ……』

『主席司法官のデルク・ロトさんですよ、ご主人様。ハンナさんの罪を不問にして下さった――』

『ああ、あの眼光鋭い人か……なるほど……』


 しかしリュウは別にショックを受けていた訳ではなく、呑気にデルクなる人物が誰だったかをミルクに脳内通信で尋ねていた。


「んじゃ、デルクさんが納得してくれれば、魔王様としては人間族との貿易に参加してくれる……と?」


 そしてデルクが誰だったかを思い出したリュウは、ジーグに問い掛けつつ、頭の中でデルクの攻略手段について考える。


「デルクだけとは限らぬ。今の若い者達はそうでもないだろうが、年配の者達の中には人間族との交流に反対する声が多く有るかも知れん……まぁ、そんな問い掛けなどした事も無いがな……」

「う~ん……王妃様はどうですか? 人間族の持つ文化、特に衣類や食べ物、生活雑貨などには興味ありませんか?」


 だがジーグの答えを聞いて、それもそうかと思い直すリュウは、デルクの攻略を後回しにしてシエラ王妃にも貿易について尋ねてみる。


「そんな事はありませんわ。特に織物に関しては人間族の技術は優れていると聞きますもの……このドレスにしても、マーベル王国との間に休戦協定が結ばれた際に贈られた物を元に、魔人族の職人に作らせた物なのです。とても気に入っているのですけど、製作には凄く時間が掛かりますし、それに比して費用の方も……」

「なるほど。魔王様、王妃様の為にも……いや、魔人族の全女性がこれまで以上に綺麗になるチャンスですよ?」


 するとシエラは織物に関心がある様で、リュウはニンマリとした笑みを浮かべて先ずは最終決定権を持つジーグの攻略に取り掛かる。


「……それは誰の為のチャンスなのだ……と言うか、余には今のシエ……んんっ、王妃でも十分に美しいと思っておる」

「へ、陛下!」


 胡散臭い商人と化したリュウにジト目を向けるシーグが思わず素になりかけるのだが、咳払いと共に毅然とした態度を取ったつもりがシエラを慌てさせる。

 赤い顔でジーグを睨むシエラの姿に、リュウ達がほっこりとした表情になる。


「でもそれは、だからドレスはこれ以上不要って事にはなりませんよね? それにキエヌ聖国産のヨーグルトを食べれば、表面上の事だけじゃなくて、王妃様は内側からもっと綺麗になりますよ?」

「内側から……ですか?」


 口をへの字に結ぶジーグに、ならば、とリュウが話にヨーグルトまで持ち出してその効果を語るとシエラは興味を引かれたのだろう、戸惑い気味ながら前のめりになる。


「はい! ヨーグルトには胃腸の働きを助けたり、免疫力を高めたり、肌荒れ改善など、様々な効能が有るんです。食べ続ければ、お肌ツヤツヤですよぉ?」

「そ、それは是非、試したいですわ!」


 なのでココアが明るい笑顔でその効能を分かり易く挙げてやると、シエラは目を輝かせて素直な気持ちを口にする。


「く、貴様……シエラを懐柔するとは卑怯な……」

「え……いや、魔王様にとっても喜ばしい事でしょ? それに魔王様だって他国の美味い酒とか飲んでみたくないっすか?」

「む……まぁ、それはな……」


 まるで少女の様に目を輝かせるシエラの姿にジーグは小声でリュウを睨んだが、ニィっと笑うリュウに言い返されると、苦々しい表情ながらも否定はしなかった。


「でしょ? それは人間族だって同じなんですよ。火や道具を手にした時から人は常に進化してきました。個人の限界を知って集団を形成し、国家となって、様々な文化を生み出して発展して来ました。でも、それも今や限界を迎えつつあると俺は思うんです」

「ふむ……リュウの言う事は分かる。この国も、ここ数代は大した変化が見られぬ有様だからな……」

「この国の誰もが現状に満足しているのなら別に構わないんですけど……そういう訳でもないですよね?」

「そうだな……我らは自然の恩恵に頼り過ぎておる。如何に備えているとは言え、不作の年が数年続けば大打撃を被るであろう……そうでなくとも下級ハンターの中には、その日暮らしで精一杯の者達も居る有様だからな」

「でも他国の協力があれば不作の年の打撃も減らせるし、みんなの生活の質も向上すると思うんですよ」

「しかし良い事ばかりではあるまい? 事の発端は貧困問題の解決にあると言うのなら、自然に恵まれたこの国はその援助に追われる事になるのではないか?」


 そうしてリュウはジーグから魔人族の現状を聞きつつ、貿易の必要性を訴えるのだが、ジーグも懸念材料が有る限りは首肯(しゅこう)する訳にはいかない。


「う~ん、確かに最初はそうかも知れませんけど、他国と争う事が無くなるんですから、その分に()てられる人員や資金などが浮くんじゃないんですか?」

「リュウよ……それを馬鹿正直に信じて国防を疎かにする事など有り得ぬぞ……」


 なのに貿易を成立させる事で頭が一杯のリュウは、呑気な口調で内政干渉になる事を口にしてジーグに呆れ気味のジト目を頂戴する。


「いや、相手国との相互不可侵、友好条約の締結は貿易を始める上での絶対の条件なんですよ。どの国にも例外なく必ず呑んで貰います。なので、そんな中で争いを起こせばどうなるか、それが分からない者は居ないと思うんですけど?」

「ふむ。それはそうかも知れぬが、実際に起こったとしたらどうだ? 最終的には阻止出来たとしても、それまでに被る被害は多少なりとも有ろう?」

「う~ん、そんな事はまず起こらないと思うんですけどね……事を起こせば周りの国々から総攻撃されて国はボロボロ、下手すると消滅です。それに貿易するという事は国内に各国の商人が多数出入りする訳ですから、不穏な動きは事前に知れると思うんですよね……」

「そうか……しかしリュウ、お前は動かんのか?」

「え、いや……そりゃあ、軍隊が動く様な事になれば問答無用で止めますけど……なるべくなら俺やアイスは表に出ない方が良いかなぁ、と。これは人の地に暮らす全ての人々が平和で仲良く未来へと歩むシステムですから、俺達が居なくなっても大丈夫な様に各国が密接に連携して、そんな事態を招かない様にするのが最良だと思うんですよね」

「なるほど……自分達が居なくなる事まで考えておるのか。ならば余は……いや、我ら人の地に生きる者達は、お前が安心して旅立てる様に、帰って来て良かったと思える様に、団結せねばならぬか……」


 なのでジーグの不安や疑問を払うべく、リュウは頑張って言葉を尽くした。

 その甲斐あって唸る様に頷くジーグは、少し寂しそうな笑顔で団結を口にして、ふと遠い過去を見る様に視線を虚空へと向ける。


「獣魔族に襲撃され、滅びかけた五百年前、そして今回と、星巡竜は我ら魔人族に大きな転機をもたらす。なかなか不思議な(えにし)よな……」

「いやいやいや、俺はそんな大それた存在じゃないっすから……」

「いいえ、リュウ様。私達が何年も止められなかった闇の獣を壊滅させ、魔都への襲撃までも止めて下さったんですもの。そして私達の未来の事まで見据えた此度のお話、過去の星巡竜様に比肩すると言っても過言ではありませんわ」

「あ~……きょ、恐縮です……」


 そうしてジーグの感慨深げな呟きにリュウがわたわたと手を振って謙遜するのだが、続くシエラににっこり微笑まれると少し頬を赤くして縮こまってしまった。


「それに過去の星巡竜様は絵画でしか存じ上げないのでとても怖い印象ですけど、リュウ様やアイス様はとても親身にして下さって、(わたくし)は大好きですわ」

「は、はぁ……光栄……です……」

「アイスも王妃様大好きだよ! 魔人族の人達もね!」


 だがリュウの事はお構いなしにシエラが更に言い募ると、リュウはますます赤くなってしまい、代わってアイスが嬉しそうに笑顔を返した。


「ありがとうございます、アイス様。それでリュウよ、この後はどんな予定だ?」


 そんなリュウの赤い顔色を、アイスに頭を下げるジーグが今後の予定を聞く事で元に戻す。


「え、いや……ちゃんと転移出来るか確認したかっただけなんで、あんまり考えてなかったんですけど……折角こうして話も出来た事だし、デルクさんにもこれから話を聞いて貰おうかな、と……」

「いや、デルクはネクトの町の支援を募る先行隊に同行しておってな……リュウがこの城を発った二日後からだから、もう十五、六日になろうか……」


 なのでリュウはこのままの勢いでデルクにも話を聞いて貰おうと考えたのだが、デルクはジーグの命を受けて、闇の獣壊滅の知らせとネクト復興の支援を募る為に各町を回っているのだった。

 だからと言って、転移の力を手にしたリュウがそのまま諦めるはずもない。


「という事は、今はどの辺に居る感じですか?」

「そうだな……ネクトの町を過ぎて、今は街道を東に向かい始めた頃であろう」

「えっ? もう、そんなとこまで?」

「先行隊は馬車ではないからな。馬だけなら速いものだ。支援部隊はその七日後にリーザ・アメットやハンナ・ルドルを乗せて出発した。こちらはまだルドルの町にすら着いていないであろう。ついでに言うと評議会が遅れてな、エンバ・ガットとリズ・アメットも支援部隊の馬車で帰って貰う事になった」

「なるほど~。んじゃ今から行って、支援部隊をネクトに送り届けたら、先行隊と合流してエンバさんとリズさんをオーグルトに送って、デルクさんには仕事が済み次第、ここへ戻って貰いましょう」

「そんな簡単に……出来るのか?」

「もう成功してますからね。記憶が頼りですけど、一番東の町以外は覚えてるんで大丈夫だと思いますよ」

「そうか……それは余でも行けるのか?」

「はい。行けますけど、一般には内緒でお願いしますね?」

「うむ、承知した。シエラ、済まんが後を頼む」

「仕方ありませんわね。リュウ様、よろしくお願い致します」

「あ、はい……なるべく早く戻って来ます」


 デルクだけでなくリーザ達の事も聞いて即席で方針を立てるリュウに、ジーグが珍しく驚いた表情を見せるが、リュウの口振りに納得したのだろう、同行を決めてシエラに後を任せると、リュウ達と共に竜の間へと向かうのであった。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

4章もあと1、2話くらいで終わる予定です…多分…(汗)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶり…と言っていいのかわかりませんが、魔人族領の面々の名前が出てきましたね!みんなに会えるのかなぁ~笑 最近、説得や説明などの際にリュウの賢さが際立っているような…笑 とにかく人々…
[良い点] 人々が繋がって文化が発展する兆しが見えてきまたしたね!
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