53 転移
転移に関する感触を掴んだ事で鉱山を下ったリュウ達は、そのままエンマイヤー領北端を西進し、人気の無い森の中へとやって来ていた。
「あのさ、さっき触れてみて分かったんだけど、エルナダ側の転移装置は壊れてるみたいで繋がらなかったんだけどさ、新たに設置し直せば繋がると思うんだよ」
「は、はい……」
くるりと振り向いた主人に話し掛けられ、ミルクは短く応じつつ、どういった話なのだろうと続く言葉を待つ。
「でな? それをやっちまうと、こっちのエルナダ兵達は帰っちゃう訳じゃん? それってマズいよな?」
「そ、そうですね。今は皆さん、交易路の整備に無くてはならない存在ですから、一斉に引き上げられてしまうと貿易を開始しても予定通りに荷が届かない、なんて事態に陥りそうです……」
そして主人が懸念する事を理解したミルクは、それによって起こるだろう事態を具体的例を挙げて肯定する。
ミルクの言う通り、現在マーベル王国に駐留しているエルナダ軍の大半は武装を外して街道の整備に従事しながら、本国に帰れる日を待ちわびているのだ。
「あの……ご主人様が転移装置をあちこちに繋げれば――」
「それはダメだ」
「えっ、どうしてですかぁ?」
そこにココアが口を挟もうとすると、主人に速攻でダメ出しされて驚き混じりに問い返す。
「こんな便利な力が大々的に知られてみろ……ここにも繋げ、あそこにも繋げって要望が殺到するに決まってんだろ。下手をしたら、個人の家まで繋がされる羽目になっちまう……」
「父さまも言ってた! 神の力だろうと何だろうと、それが出来ると分かると人は際限なく求めるって! だから力は、余程の事がない限り使ってはならないって。もしみんなに知れてしまったら、星を去らねばなくなるって」
なのでリュウがその理由を説明してやると、アイスもそうだった、と父からよく聞かされていた話を思い出して皆に聞かせる。
「そうですね。過ぎた物や技術というのは、より良い物を生み出そうという意志や熱意を人から簡単に奪ってしまうと思います。それはこの星の文明の成長を止めてしまう事になりかねませんね……」
「まぁ、そこまでじゃなくても故障や事故が起こったら、絶対に俺の責任になるに決まってんだ……そんなリスクは負えねえよ……」
それを受けてミルクが自らを戒める様に意見を述べると、リュウは少し苦笑いを浮かべたものの、起こりうる事態に肩を竦めた。
「そ、そうですね……ココアちょっと軽率でした……」
「分かってくれれば良いんだって。それに一般にお披露目する気は無いけど、俺は自重する気無いしな」
「ご主人様!?」
そうしてココアがしゅんと項垂れると、リュウは笑ってココアの頭を撫でてやるのだが、その口から漏れた最後の言葉にミルクが目を丸くする。
「折角使える技術なんだから、使わなきゃ損だろ。星巡竜特権ってやつだな!」
「ご主人様、アイス様のお話聞いてましたかぁ?」
そんなミルクに堂々と宣ってかっかっかっと笑う主人に、どこまで本気なの、とさすがにミルクも呆れてしまう。
「いや、あくまでも俺自身ではって話だぞ? 人々が便利になるからって理由では使わねえって。そんな事をして俺達が魔人族領の森の中に落ちたみたいに、装置の故障で座標がずれて大量の人が空から降って来るとか、考えただけでもゾッとするからな……」
「ひう……」
「も、もう少しマシな例えにして下さいぃぃぃ!」
「想像力が豊か過ぎですぅ!」
なのでリュウは誤解が無い様に弁解するのだが、不穏当な例え話をしてアイスを怯えさせ、ミルクとココアに憤慨されて肩を竦めた。
「それで……ここに来たのは、どういう訳なんですか?」
「お、そうだった。な~に、折角転移について分かったんだから、使ってみようと思ってさ。ここなら誰にも見られずに、こっそり試せるだろ?」
「えっ、もう出来るの!?」
そうして話題を変えるべくミルクが森の中へ来た理由を尋ねると、リュウは実にあっけらかんと転移の力を試すつもりである事を伝え、アイスの目を丸くさせる。
「多分な。これまで使ってきた力みたいにイメージ通りに発動するんなら、出来るはず……なんだよなぁ……」
アイスに短く答えつつ皆にくるりと背を向けるリュウが、金色の光を放ちながら何やらぶつぶつと呟き出す。
「そんな、ご主人様……こういう事はもっと慎重に――」
「……出来た……」
「ええっ!?」
そんな主人にミルクが困惑気味に声を掛けようとした時だ。
ポツリとした主人の呟きに驚くミルクは、アイスとココアが呆然と主人の前方を見上げているのを見て、主人の背後から前方を窺って目を見開く。
先程まで草木以外に何も無かった空間に、幅二メートル、高さ三メートルはある内側が淡い光の幕で満たされた石造りのアーチ状の構造物が出現していたからだ。
「うん、イメージ通りだな。これまでの水に沈む様な感じ、嫌だったんだよな……溺れそうで……」
「わぁ、今までのと全然違う!」
「凄いですぅ、ご主人様ぁ! こっちの方がココアも良いと思いますぅ!」
出来上がった転移装置を見てリュウが満足気に頷いていると、アイスとココアがそれぞれの言葉で嬉しそうに声を上げる。
リュウが創造した転移装置は、ミルクの元になるキャラクターを作成したダークヘブンというオンラインゲームに出て来るポータルと呼ばれる転移装置をモデルにしており、アーチの内側に張られた光の幕を潜り抜けるだけで転移先に移動できるというところまで、しっかり再現したつもりの代物であった。
「そだろ? うんうん、我ながら良く出来た!」
「えっ、本当に……って、ご主人様! これってどこに繋がってるんですか!?」
二人の声ににこにこと応じる主人に自身も感嘆しかけるミルクだったが、ハッと我に返ると先ず最初に気になった転移先を尋ねてしまう。
根が真面目なミルクは他の二人が当てにならない以上、自分がしっかりしなきゃとスイッチが入った様である。
「それは行ってみてのお楽しみだ」
「ちょっ、ちょっと待って下さい! そんな気楽に……こ、こういうのって先方と連絡を取り合って、先ず何か物品を送って安全性を確認するとかしないと――」
なのに主人はニンマリ笑うのみなので、ミルクは慌てて安全性の確認を訴える。
どんなに主人が自信を持って創ったとしても、その安全性が確認出来ない限り、ミルクとしてはその使用について首を縦に振る訳にはいかないのだ。
それがリュウを守るというアイスの願いから生み出されたミルクの存在意義なのだから。
「堅っ苦しい奴だなぁ……大丈夫だって。ほれ、行くぞ~」
「まままま、待って下さい! ちゃんと安全の確認を――」
だが主人は苦笑いするのみで軽い言葉で転移装置に向かおうとした為、ミルクは慌てて主人の手を引っ掴んで食い下がる。
「これからするじゃん?」
「自分で実験してどうするんですかぁ!」
掴んだ手と踏ん張る踵でくの字になって主人を引き留めようとするミルクだが、ミルクの体重など物ともしない主人のせいで、ミルクの踵が轍を作っている。
「何だよ、そんなに俺って信用無い訳?」
「し、信用はしてますぅ! でもぉ! これは初めての試みじゃないですかぁ!」
根負けしたのか、歩みを止めたリュウにジト目で向き直られるものの、ミルクはミルクで分かって下さいと言わんばかりに泣きそうな顔で訴える。
「ミルクぅ、リュウはアイス達を困らせたりしないよぅ……絶対、大丈夫だよぉ」
「じゃあ、姉さまはここでお留守番ですねぇ?」
「そんな……えう……えう……」
そこへアイスに困った様な笑顔で、ココアに意地悪っぽい笑顔で口を挟まれて、ミルクは言葉を失ってしまう。
普段から主人至上主義とも言えるアイスとココアであるが、こんな時まで疑問や不安を感じないのか、と唖然とするミルクなのである。
「しょうがない奴だな……ほら、手ぇ繋いでやっから!」
「そ、そういう事じゃ――」
「アイスもぉ!」
「ココアもぉ!」
そんなミルクの手を取ってリュウが再び転移装置に向かった事で、ミルクも再び説得しようとしたのだが、リュウの左腕にアイスが、ミルクを右手で引っ張るその肩口にココアが甘えた声でしがみついた為に、ミルクの声はデレッと表情を崩したリュウには届かなかった。
「み、みんなどうかしてますぅ! 冒険心でおかしくなってしまったんですぅ! 後悔してからじゃ遅いんで――ッ!!」
そしてずんずん進む三人に引きずられて半泣きで叫ぶミルクは、抵抗虚しく光の幕へと呑まれ――
「……す……ッ!?」
一瞬で変わった視界にミルクの思考が混乱する。
きょろきょろと辺りを窺うミルクは、そこが知っている場所だと分かるや否や、へなへなとその場に頽れる。
転移が成功した安堵から、これまでの不安や緊張、フルパワーでの抵抗などから一気に解放されて、足に力が入らなくなったのだ。
「わあ! 竜の間だぁ!」
「ご主人様、転移の成功おめでとうございますぅ!」
「おう、サンキュ! よしよし、全て想定内で……おっと……」
アイスが嬉しそうに声を上げ、ココアに祝いの言葉を贈られるリュウは、全てが想定内だった事にニカッと笑うと、女の子座りで放心している様なミルクの下へと歩み寄る。
リュウ達が転移したのは、約二週間半前に旅立ったはずの魔都の中央に聳え立つアデリア城の最上階に有る、星巡竜の為に用意された二階層になっている竜の間の外周部分を大きなテラスで囲まれた上階部分であった。
ドーム状の部屋に掛けられている星巡竜の絵画の横に、先程リュウが森で創ったのと同じ転移装置が静かに鎮座している。
「ほら、大丈夫だったろ? ん? どした? 大丈夫か?」
「こ……怖かった……」
「あん?」
ミルクの前にしゃがみ込んでその頭を撫でながら声を掛けるリュウは、ミルクの小さな呟きに首を傾げる。
「怖かったんですぅぅぅ! もう二度とみんなと会えなくなるかも知れないって! うわぁぁぁん!」
「あー、悪かった、悪かった……でもな、ちゃんと確信は有ったんだよ。そうじゃない時はちゃんと確認すっから……な?」
するとミルクが主人に泣き声でしがみつき、リュウは苦笑しつつも謝って優しくミルクの背中をさすってやる。
「……約束ですよぉ……」
「分かった、約束すっから」
主人の胸に頬をすり寄せて甘えた声でお願いするミルクに、抱きしめる腕に力を込めて約束するリュウ。
そんな甘い世界を突然構築する二人に、アイスとココアの頬が膨れ上がる。
目の前で存在を忘れられて、アイスとココアが黙っているはずが無いのだ。
「ミルク……ズルい……」
「ッ!」
「ご主人様をキスで目覚めさせたからって、調子に乗ってるんですよ……」
「ち、違うからっ! 今のはホントに怖かっただけだから!」
アイスの冷ややかな声にハッと我に返るミルクが、ココアの言葉で顔を真っ赤にしながら主人の胸から離れて反論する。
「今更、ぶりっ子乙女を気取った所で手遅れなのよ、姉さま。姉さまの本質はもうみんな知ってるんだから。ね? アイス様ぁ?」
「え……ッ!」
そんなミルクにやれやれという態度で言葉を返すココアが、にっこりと微笑んで話の続きをアイスに振る。
分かってますよね、というココアの目力の強さに焦るアイスが、大量の食べ物の記憶の中から該当ワードを冷や汗混じりに掘り起こそうと頑張っている。
「えっと……ええっとぉ……ッ! ム、ムッツリ乙女――」
「ぶふうっ!」
「違いますぅぅぅっ!」
そうして見付けた該当ワードをアイスが口にした途端、リュウの口から破裂音が漏れ、ミルクの口から絶叫が放たれた。
そのせいで、階下から何やら困惑気味の男達の声がリュウの耳に聞こえてくる。
ミルクの声に衛兵達が駆け付けた様だが、竜の間なので迂闊に踏み込めずにいるのだろう。
「はいはい、おふざけはここまでな。どうやら今の声で衛兵さんが気付いちまったみたいだ……」
「ご主人様ぁ! ミルク、違いますから! ホントに違うんですぅぅぅ!」
「あー! またそうやって抱き付くー!」
なのでリュウが場を締めようとすると、ミルクが主人に縋り付いて誤解を訴え、そんなミルクをココアが非難する。
「こら、ココア止めんか。ほら、ミルクもシャキッとしろ。アイス、悪いんだけど先に行って衛兵さんに挨拶して、魔王様呼んで貰ってくれる?」
「う、うん。分かった」
そんな二人をやれやれと諫めるリュウに頼まれて、アイスは先に一人で階下へと階段をとてとてと下りて行く。
「ったく、お前らは仲が良いんだか、悪いんだか……帰ったらチューの刑な」
「そんなっ!? コ、ココアが悪いんですぅ!」
「そんなっ!? コ、ココア悪くないですぅ!」
そしてアイスを見届けたリュウが呆れ気味にミルクとココアに罰を申し渡すと、二人は息もピッタリの台詞で仲良く反目し合ってリュウを更に呆れさせる。
「ほう、あくまでもそういう態度か――」
「えうっ、ごめんなさい! 仲良くしますぅ!」
「も、もうしませんっ! いい子にしますぅ!」
だがそんな二人も、じろりと睨む主人の口元がニィっと歪むのを見ると、慌てて互いの身を寄せて、青褪めた表情で仲良く反省を口にするのだった。
遂にリュウが星を巡る手段を手に入れました。
が、4章はあと数話でお仕舞になる予定なので(汗)
本格的な星間移動は5章までお待ち下さいm(_ _)m




