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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第一章
18/227

17 奇襲

 最初に異変に気付いたのは、作戦司令部の無人偵察機指揮所だった。

 カタカルの南に飛ばした偵察機全ての信号が途絶えたのだ。


「レジスタンスだな。しかし姿も映らんとは、相当優秀なスナイパーが居るな……」

「どうしましょうか、中佐。警報を出しますか?」

「いや、敵の規模が分からん。今は――」


 報告を受けたカロ中佐が部下に指示を出そうとしたまさにその時、身をすくめざるを得ない爆発音が辺りに響き渡り、地震さながらに建物が震えた。

 爆発音は一つではなく、次々に周囲で爆発音が起こっている。

 レジスタンスの作戦が開始された瞬間である。


 作戦司令部の仮眠室で休んでいたゼオス中将は、突然の爆発音と振動に飛び起きた。


「何事だ!」

「わかりません! 方々で爆発が!」


 仮眠室から飛び出し、ゼオス中将は叫んだ。

 だが起きていた士官も、突然の事態にまだ何も把握できていなかった。

 作戦室に飛び込んだゼオス中将は、施設マップを見て歯噛みした。

 東も西も、北も南も、施設のあちこちに赤い点が表示されている。


 その箇所は実に数十ヶ所。

 特に危険なのは北東の第四弾薬庫だ。

 早く手を打たないと、次々に他の弾薬庫も巻き込まれてしまう。

 そして西側の外周部。

 西ゲートを含む、外周部の大半が真っ赤に表示されている。


「至急、西側全軍に迎撃態勢を取らせろ! 東側は消火要員を残して南北に移動、増援体制を取らせろ! 消火は弾薬庫を最優先! かかれ!」

「は!」


 作戦室に詰めていた部下の的確な指示を聞きながら、ゼオス中将は通信機のマイクを手に取る。


「レッケン少将、レジスタンス全軍で来るぞ! 西側の――」


 だがゼオス中将の鼓膜を破らんばかりの爆発音が通信機から(あふ)れ、通信は途絶えてしまった。


「くそっ! お前達! どうだ?」

「第六軍は健在です! 現在西ゲートに向けて展開中!」

「第七軍は半壊ですが、クノス大佐の指揮で北西にて迎撃準備中!」


 ゼオス中将が、周りのオペレーター達に叫ぶ。

 次々と上がる報告に、ゼオス中将はこれなら何とかなりそうか、と少し落ち着きを取り戻した。

 同時にここまで施設を爆破されるとは思わなかったが、レジスタンスも後は戦力を集中して突っ込んで来る以外に無いだろう。

 そうなれば現在展開中の部隊でも何とか対処可能だ、とゼオス中将は思った。


 これが三ヶ月前の戦力なら一点突破を許したかも知れないが、今のレジスタンスは数を減らし過ぎているのだ。

 今回の周到な爆破騒ぎの責任は、前任のソートン大将に取ってもらう事になるな……ゼオス中将には、そんな事を考える余裕すら生まれていた。










 軍事施設のあちこちに(おびただ)しい炎と煙が、夜が明け始めた空を染めている。

 レジスタンスの各部隊は、破壊された西側外周部に向けて進軍していた。

 ゼオス中将の予想とは違い、各部隊が広い間隔で横一線に並んでの進軍だった。


 一部隊三百名程の中隊がたったの十。

 誰が見ても、それぞれが玉砕するだけの為に、無謀に突っ込んで来ているとしか思えなかった。

 しかも彼らの足は遅く、政府軍の展開を許してしまっていた。


「耐えろ! 一人も欠ける事無く耐え抜け! そうすれば我々の勝ちだ!」


 各部隊の指揮官は大型の盾を装備した車両を前面に押し出し、政府軍からの猛攻にひたすら耐えるのみの部隊を必死に鼓舞する。

 部隊の隊員達の表情にも諦めの色は無く、ひたすら前方を睨み続けていた。

 レジスタンス達は未だ外周部を越えられていない。


 政府軍の誰もが、もう時間の問題だと思ったその時だった。

 再び、施設全体を揺るがす爆発音が響き渡る。

 先の爆発をも凌ぐ、凄まじい爆発が西側各所で展開中の政府軍を襲っていた。

 工作員による、本命の爆弾が爆発したのだ。


 政府軍のどの部隊もが大混乱に陥り、指揮官を失った部隊などは特に混乱が酷い。

 この為にレジスタンスは外周部より内部に入らず、その身を使って敵を誘引していたのだ。


「今だ! 突撃せよ! 狂った世界を終わらせろ!」


 レジスタンス全軍に、ハイム総司令の叫び声が響いた。










 レジスタンスの第一次爆発が起こったその時、ホルト司令の第一小隊とセグ大佐の第二小隊は見事に爆破された南ゲートを突破し、第二小隊は左右に展開し、第一小隊はヨルグヘイム邸に向けて突進していた。

 ヨルグヘイム邸まで道路は一直線、周囲では方々で火の手が上がり、ヨルグヘイム邸を守る兵士達も混乱で第一小隊の接近に対応が遅れた。


「よし、先手必勝! 食らいやがれ!」


 前面に鉄板を取り付けただけの一般車両から、ドッジ中尉が右腕のグレネードを発射すると同時に、他の車両からも発砲音が巻き起こる。

 堪らずヨルグヘイム邸を守る兵士達はその場を離れ、道路向かいの建物の陰まで退避した。


「よし、このまま突っ込め! 援護頼む!」


 ドッジ中尉の車両とその横を走る二台が柵を破壊して植え込みを飛び越え、庭に(わだち)の跡を付けながら、ヨルグヘイム邸の入り口に辿り着く。

 先ほど脇へ退避した守備兵達が横から銃を撃ってくるが、他の車両がその射線を遮る。

 ドッジ中尉達は馬鹿でかい正面扉を蹴ったり銃で撃ったりしていたが、扉がカッと光った瞬間に植え込みまで吹き飛ばされていた。


「神に盾突く愚か者ども、塵も残さず消し去ってやろう」


 ドッジ中尉が呻きながら顔を上げると、巨大な黒い竜が朝日を受け、白亜の建物の上に浮かんでいた。


 後方の物陰からドッジ中尉達の突入を見守っていたセグ大佐は、突如空中に現れた巨大な黒竜に、素早く反応した。


「出たぞ! 邸上空、各員撃て!」


 二人一組でバラバラに散りながら、ヨルグヘイム邸までの射線を確保していた隊員達のスナイパーライフルが火を噴く。

 打ち合わせ通り、皆タイムラグを付けての射撃だ。

 だが引き金を引いたと同時に光を(まと)った黒竜は、そのままの姿勢で滞空している。


「ご主人様、行きます!」

「おう!」


 各小隊と通信を共有しているミルクは、第二小隊の攻撃と同時に行動を開始する。

 ぐぐっと膝を曲げ、腰を落としたリュウの姿が霞む。

 次の瞬間には、リュウは四メートル上の穴の淵に手を掛けていた。

 音も無くリュウの体は床下を這う様に進んでトイレの個室に進入を果たし、ミルクはロダ少佐に通信を入れる。


 ――キィィィィィン


 その悠然と滞空する黒竜に、長距離レーザー砲が放たれる。

 しかし黒竜の光が収束し、レーザーすらも受け止めてしまう。


「やはり、効かんか。――ッ! 退避!」


 お返しとばかりに、黒竜から光が放たれた。

 レーザーを照射していた二人の居た場所が吹き飛び、レーザー砲が破壊される。

 吹き飛ばされた二人の内一人は義足を飛ばされながらも無事な様で、スナイパーライフルを準備している。

 だが、もう一人の方はピクリとも動かない。


 トイレの中を移動しながら最後の穴を開け、穴の真下から再び跳躍するリュウ。

 穴の淵に手を掛けそっと出たのは、アイスが囚われている籠の檻が乗る机の下だ。

 机の下から出て、籠を持ち上げるリュウ。

 籠の中のアイスは倒れたままピクリともしないが、今はそれに構っている余裕はない。


 ヨルグヘイム邸の周囲に散っていたホルト司令を除く第一小隊のメンバーが、ロダ少佐の指示を受け建物内に進入する。

 監視網を回収したミルクは、アイスを籠ごと持ったリュウを操り、来た道を戻る。


「くそっ、続けろ!」


 部下を一人失っても、セグ大佐は作戦の続行を指示する。

 狙撃手達は細かい移動を繰り返しながら、黒竜に第一小隊を攻撃する暇を与えぬとばかりに発砲する。


 ――キィィィィィン


 そしてまるで違う方向からの、レーザー砲の第二射。

 だがその照射先は黒竜ではなかった。

 白亜の建物に突き刺さったレーザーは、その照射先を横へとずらし、建物の三階部分を切り取るつもりの様だ。


「小癪な……消え失せよ!」


 一キロ以上の距離があるにも関わらず、ヨルグヘイムの声が第二小隊全員の耳に届く。

 黒竜がすうっと上昇し、狙撃の僅かな合間を縫って、特大の光を放つ。


 ミルクの操るリュウが地下通路に戻り、ミルクはリュウに体の主導権を返す。

 リュウがボードに籠を抱いて乗り込む間に、ミルクはホルト司令に通信を入れた。


 レーザー砲の第二射を放った二人は、援護の狙撃中に建物の陰に身を隠していた。

 が、光が放たれた後には、二人の姿は隠れていた建物ごと消滅していた。


「くそ、怯むな! 何としても――」

「ぜ、全員退却せよ! 繰り返す! 全員退却せよ!」

「ッ!! 全員退却!!」


 セグ大佐の不退転の決意を遮り、ホルト司令からの命令が飛ぶ。

 セグ大佐はその命令を聞き、第二小隊に退却の命令を下した。

 全員退却、それは星巡竜奪還後に開始される、作戦の第二段階の合図。

 ヨルグヘイム邸に進入していた第一小隊が散り散りに脱出を図り、第二小隊はその撤退を援護する為の射線を確保する。


 ――キィィィィィン


 そして、発射されるレーザー砲の第三射。

 地を這う様な射線は白亜の建物の一階に直撃し、第二射同様に横なぎに払われた。

 出力を強化された本命の攻撃は白亜の建物を貫通し、更に後方の建物を切り裂きながら、作戦司令部へと到達した。


「貴様!」


 建物に戻りかけていた黒竜は、振り向きざまにレーザーの発射地点を攻撃するが、撃っていた二人は脱出に成功し、レーザー砲のみが破壊された。

 そして、反撃する黒竜の足元では第一小隊の仕掛けた爆弾が爆発する。


「おのれ! ゴミども!!」


 レーザー砲の攻撃を受け、辛うじて建っていた白亜の建物は、轟音と共に崩れ去り、その轟音を掻き消さんばかりのヨルグヘイムの怨嗟の声が響き渡る。










 レーザー砲の直撃を受けた作戦司令部ではあったが、さすがに距離が遠すぎたのか、被害は軽微であった。

 だが、その内部は混乱の極みにあった。


「ゼオス中将! 西側部隊の戦線が維持できません! これでは押し切られます!」

「おのれ、ハイムめ! 爆殺などと、卑怯な! 待機させていた部隊を――」

「ゼオス中将、敵の無線を傍受しました! 南東から爆薬を積んだ一団が来ると!」

「ブラフだ! 敵の罠だそれは!」

「偵察機指揮所から連絡! 南東から百台を超す大型車両が向かって来るとの事です!」

「増援中止! いや、北の部隊はそのまま増援に回せ! 南の部隊は南東の敵を迎撃させろ!」


 現在のレジスタンスの二十倍以上という人員を持つ政府軍は、二度の大規模な爆発により少なくない被害を被っていた。

 また通信設備も半数近くが破壊された為、司令部からの命令が速やかに伝わらず情報が錯綜し、混乱に拍車をかけていた。


 そして今もまた絶妙とも言えるタイミングで、南からの増援を封じられてしまった。

 だがそれは決して偶然ではなく、司令部に配されたセグ大佐の部下のアシストのお蔭であった。

 こうして、西側から侵入したレジスタンス本隊は、分散したまま南へと各個撃破を続け、北からの増援から逃れながら、政府軍司令部と国政運営部を目指しているのである。


 だが、国政運営部に展開する政府守備隊は無傷であり、レジスタンスが損害なく辿り着いたとしても、その数はレジスタンスの倍近くを擁しており、苦戦は必至である事が予想された。










 地上の音や振動が伝わる地下通路では、ボードを走らせるリュウの姿があった。

 両足で挟む様に保持している籠から呻き声が聞こえた気がしたリュウは、速度を落として耳を澄ませる。


「ごめ……んなさい、もう……やめ……て、ゆるして……」


 消えそうなアイスの悲痛な声に、リュウは一旦ボードを止めた。


「アイス! アイス! 大丈夫か? 俺だ、リュウだぞ!」

「うう……ん……」


 リュウの呼び掛けが聞こえたのか、アイスの意識が戻り始める。

 アイスは薄っすらと目を開けるが、暗くてよく分からなかった。

 ぼんやりとした意識がしっかりし始め、すぐ傍に人の気配を感じた。


「ひいっ! ごめんなさいぃぃ! いやだ……もう許してぇぇ!」

「アイス! しっかりしろ! 俺だ! リュウだよ!」


 相当怖い思いをしたのだろう、アイスはパニックを起こし、泣き叫んだ。

 リュウは気付かせようとアイスに呼びかけるが、(おび)えるアイスには届かない。

 リュウはそのままで居るのもまずい、とボードを再び走らせながらアイスに呼び掛けるが、怯えるアイスの耳にはなかなか届かない。


「もう大丈夫だ! 怖くないんだ! チビドラ! 助けに来たんだ!」

「ッ!?」


 アイスの泣き声が一瞬、止まった。

 アイスは恐る恐る声のした方に視線を向けるが、暗くてやはりよく分からない。

 リュウは再びボードを止め、アイスがこれ以上怖がらない様にライトで近くの床を照らしながら声を掛ける。


「ただのライトだから怖くないぞ~。 今からこっち照らすからな~」


 そう言って、リュウはゆっくりとライトを自分に向けていく。

 震えながらも聞き覚えのある声に従うアイスの瞳に、光に浮かぶ少年の姿が映る。


「……リュ、リュウ?」

「お~、覚えてくれていたか! チビドラ! じゃなかった、アイス!」


 目をまん丸にするアイスに、リュウが嬉しそうに笑い掛ける。

 アイスは再びチビドラと呼ばれた事も相まって、目の前の少年が間違いなくリュウだと確信する。


「リュウ~! うわぁぁぁぁぁん……」

「ちょっ!? しー! しー! 声出したら見つかるぞ! だから泣き止め! な?」


 見つかると言われて、慌てて声を殺すアイス。

 地上の爆発音などが僅かに聞こえるくらいなので、多少うるさくても問題は無いだろうが、アイスを落ち着かせるには効果的だった様だ。

 声を殺しきれず、ヒックヒックしているアイスに、リュウは静かに声を掛ける。


「静かにしてれば大丈夫だから。それよりここから出してやるよ」


 そう言ってリュウは籠の檻に指を当て、籠を横に回し始めた。

 籠が一周すると、リュウが指を当てていた部分から籠が上下に分離する。

 ミルクが主人の意図を汲み、指から染み出した人工細胞で檻を分解したのだ。

 そしてその光景に驚いた様子のアイスを抱き上げ、檻をポイッと捨てるとアイスを膝の上に降ろした。


「リュウ!? 一体どうやって……」

「おっと、それは後でな? 要点だけ今は話すよ」


 膝に降ろされたアイスは、その小さな両手でしっかりとリュウの服を掴み、軽快に進むボードの上で、リュウから簡単な説明を受けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 10話まで拝読+ブクマさせていただきました! 正統派のファンタジーで、描写が緻密で文章がクリアーで取っつきやすかったです。
[良い点] リュウの扱う能力がとても魅力的ですね! 手から糸状に液体を操作して穴を開けるシーンは大好きです。 [気になる点] 飽くまで私個人の感想ですが、戦闘シーンで何が起きているのか想像し難く「あー…
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