39 内乱終結へ向けて①
翌日、早速保護区へと出向いたリュウは北西地区を持ち場にしているブエヌ族の作業場へとやって来ていた。
「自由と身分、生活の保障、ですか……」
「はい。当事者間だけの口約束では無い、反故にされない形での約束を先ずは頂きたいと思います」
そこでリュウは、アルマンドから当面の譲歩案を提示されていた。
約束が交わされ守られている間は、ブエヌ族の暴動を始めとする国内での混乱を招く行為をアルマンドが責任を持って抑える、というのである。
「分かりました。ただ自由や身分の面はともかく、生活の面となると……」
その申し出をリュウは嬉しく思ったが、まだ準備中の段階では確約してしまう訳にもいかず口ごもった。
そんな弱り顔の主人を見て、ミルクが脇からフォローを入れる。
「食料など生活物資に関しても前向きに話が進められていますが、各国との協議がどうしても必要になります。上手く行けばキエヌ聖国からの物資を優先的に回せるかと思いますが、早くても一月後の収穫期までは待って頂かねばなりません……」
「あ、いえ、お顔を上げて下さい……私もすぐには無理だろうとは思っておったのですが、まさかそんなに早いとは……ならばこちらも早急にブエヌの民を纏めねばなりませんな……」
申し訳なさそうに頭を下げるミルクを、これまた申し訳なさそうにアルマンドが止めて言い訳しつつ、場を取り繕う様に笑った事で、リュウもアルマンドが無茶を言うつもりがないと分かって安堵の笑みを浮かべる。
「あの、外の人達とは連絡が取れるのですか?」
「ええ。申請が必要ですが、外の代表と面会出来る様にここの役人が取り計らってくれます」
「なるほど。では先程の件はオーベル陛下に必ず伝え、生活物資の方は他の国にも相談しておきます。アルマンドさんの方は皆の取り纏めをお願いしますね?」
「分かりました。星巡竜様のご恩に報いる為にも必ずや」
「あ~、俺の事はリュウって呼んで貰えれば良いんで……」
「左様ですか、ではリュウ様と。これからもどうか、よろしくお願い致します」
「あ、はい。では他の二人にも会わなくてはいけないんで、これで失礼します」
そうしてアルマンドと友好的な雰囲気で話を一先ず終えたリュウは、その場から更に奥、エシャント族とカーギル族の持ち場へと向かうのであった。
「良いんですか、ご主人様……」
「良いも悪いも、いずれ会わなきゃならないんだし、なら先に済ませた方が後が楽じゃん?」
「分かりました。でも気を付けてくださいね?」
「大丈夫、大丈夫。ま、念の為にアイスは少し後ろに下がっててくれな?」
「う、うん……」
「アイス様、姉さまとココアが絶対お守りしますから大丈夫ですよぉ!」
「うん、ココア。ありがとう」
途中で衛兵にエシャント族とカーギル族の持ち場を尋ねたリュウは、近いという理由でカーギル族の持ち場に足を向けたのだが、ミルクに心配されて苦笑いを溢すものの、万が一を考えてアイスには下がる様に言っておく。
とは言え、いつもアイスはリュウの後ろに隠れているのだが。
因みに今回はリゲルとガースは来ていない。
昨日来た時に次回が翌日だとも話していなかったのもあるが、ここへ来るたびに呼び出すのも悪いと声を掛けなかったのだ。
そうこうする間に、リュウ達はカーギル族の連中がクワやツルハシを手に何やら作業している場所を見付けた。
シャザは皆と共に作業していたが、その大きな体躯のせいで見付けるのに苦労は無く、シャザもリュウ達の接近にすぐに気付いた様で手を止め、手拭いで額の汗を拭きながら集団を背で守る様に前へ出て、リュウ達が到着するのを待つ。
「意外だなぁ……作業は皆に任せてもっと偉そうに監督してるのかと思ったよ」
「そんな事で族長が務まるか。俺が動くからこそ、皆も付いて来るのだ」
到着するなりリュウがシャザに話し掛けて口元を緩めて見せるが、シャザは一応相手をしてやる、くらいの不遜な態度で応じるのみである。
「立派だなぁ……見直したよ。もっと力で皆を従えてるのかと勘違いしてた」
「世辞など要らん……で、昨日の今日で何をしに来たのだ?」
「ま、昨日は挨拶だけだったからな。あんたらが争いの矛を収めるにはどうすれば良いのかを話し合いに来たんだ」
「ふん。カーギル族がこの地を統べるまでだと昨日言っただろう」
そんなシャザにリュウは肩を竦めつつも思ったままを述べ、つっけんどんな返しにも動じずに来た理由を告げるのだが、シャザは吐き捨てるかの様に前日と同様の返答をするのみだ。
予想通り過ぎるシャザの返答に思わずリュウが天を仰ぎ、がっくりと肩を落としながら大きくため息を吐いてガリガリと頭を掻く。
「こんな事言っちゃ悪いけど、これまでそうやって来て何も変わってないんだろ? だったら、これからもそうなんじゃないのか?」
「そんな事は無い!」
「そうだ! 正義は俺達にある! 俺達がいつか必ず勝つ!」
そしてシャザの方針に悲観的な意見を口にするリュウであったが、シャザの背後から怒りの声が上がり、リュウは再び呆れ顔でため息を吐く。
「あのなぁ、続けていたらいつかは実現する、なんてのは話にならねえんだぞ? それに正義って何だよ? 正義なんて物は人の数だけ有るんだぞ? あんたらにはカーギル族が国を統べるのが正義ってんなら、コーザは国から内乱を無くして皆により豊かな生活を与える事が正義だ。民衆の中には良い仕事に就いてたくさん稼ぐ事が正義の奴も居るし、幸せな家庭を築いて一生守り抜く事が正義の奴だっているんだ。俺に言わせりゃ、あんたらは思い通りにならないからっていつまでも駄々をこねるガキと一緒だ。初代カーギル王の悲願とやらを馬鹿にする気は無いけどさ、負けは負けだろ? 一度戦いに敗れただけで、こんな酷い扱いを受けている事には同情もするけど、勝ってたら負けた国の連中に同じ仕打ちをしたんだろ? なら、そこは潔くあるべきなんじゃねーのかよ? それともカーギル族ってのは自分達が良ければ他はどうなっても構わないっていう考えの連中なのか?」
「そ、そんな事あるものか!」
「いきなりやって来て好き勝手言うな!」
「「「そうだ! そうだ!」」」
リュウの言い様に場が騒然となるが、リュウは平然と騒ぐ連中を見つめている。
「リュ、リュウ……大丈夫かな?」
「心配要りませんよ、アイス様ぁ」
そんなリュウのやや後方ではハラハラするアイスに腕にしがみつかれ、ミルクがにっこり笑顔で宥めている。
そんな中、アイス達から少し右に離れた所で騒ぎを見ていたココアが、うんざりしたのか翼を出して御使いモードになって見せる。
それに気付いた者達が次々に口を噤んでいった為に、騒ぎがやがてざわめきへと変わり、そして静かになった。
見ればシャザも驚きの表情でココアを見つめている。
「そんな風に過剰に反応すれば、ご主人様の言う通りだと認めている様なものじゃないの。違うのなら違うと言うだけで良いでしょ? わざわざ騒いで不必要に話を遅らせるんじゃないわよ」
「ココア……」
「失礼しました、ご主人様……」
リュウの横へと進み出るココアが騒いでいた連中に説教するが、苦笑する主人に止められると頭を下げ、ニコリと微笑んで一歩下がる。
普段のココアでは見られない、クールビューティっぷりを見せるココア。
御使いモードのココアさんはどうやら一味違う……らしい。
「あ~、確かに俺はよその星からやって来て、今はマーベル王国に厄介になってる身なんだけどさ、縁があってこの国の国王とも仲良くなったから無関係って訳じゃないんだよ。それに昨日も言ったけど、世界は今、良い方向に向かっているんだ。それは強者が弱者を助け、共に手を取り合う事で平和で豊かな暮らしを分かち合う世界だ。なのにこの国だけが今後も内乱を続けるなら、その流れから取り残されて他の国々が平和で豊かな毎日を過ごすのを、指を咥えて見る事になっちまうぞ?」
「そんな夢物語、誰が信じるか! 誰が何と言おうと、我らはカーギル王の悲願を果たさねばならんのだ!」
「「「そうだ! そうだ!」」」
気を取り直してリュウが続きを話し出すのをシャザは黙って聞いていたが、我慢ならなくなったのかココアの事も忘れて吠え、再び取り巻きが同意を叫ぶ。
ココアは鋭い視線をシャザに向けたが、主人を見ると黙ってそのまま控えた。
主人の口元に笑みが浮かんでいたからだ。
「昨晩考えてみたんだけどさ、それって俺達と目的は一緒になるんだよなぁ……」
「なんだと?」
のんびりと口を開いたリュウに、シャザが眉間にしわを寄せたままで問う。
後ろの連中も意外だったのか、静かにリュウの言葉を待っている。
「俺もこの国というか、昔の小国家群だった頃の歴史とか少しは勉強したんだぞ? なんでも昔はどこの国も貧しくて、滅ぼした隣国の人達を農作業に従事させていたそうじゃないか。けど、急激に増加する人口に対して農作物の生産はそんな急には上がらないから、どの国も戦いを止める訳にはいかなかったってな。カーギル王はそんな中でも戦を勝ち続け、大国ならば状況を変えられると信じてアルマロンドに挑んで破れたんだろ? 無念だったと思うし、王の無念を晴らしてやりたいと言うあんたらの気持ちも分かるよ。けどさ、今と昔じゃ状況が違うし、何よりあんたはカーギル王の本当の気持ちを理解できていないと思うんだよな……」
「馬鹿をぬかすな! 俺は王の直系だぞ! 王の勇猛さも無念さも、この俺が……俺が……誰よりも知っておるわ!」
「「ッ!」」
話し始めたリュウがカーギル王について触れると、誰もが沈痛な面持ちでそれを聞いていたのだが、リュウの最後の言葉にシャザは激高し、わなわなと震える手に掴んだままのツルハシを、叫びと共に掲げるや否やリュウへと振り下ろした。
突然の出来事に誰もが息を呑む中、シャザ自身もまた驚愕に目を見開く。
渾身の力で振り下ろしたはずのツルハシが、リュウの頭上で交差する槍によってピタリと止まっていたからだ。
両手で扱うツルハシを右手一本で振り下ろすシャザの馬鹿力も大したものだが、リュウの両脇後方から咄嗟に槍を射出したミルクとココアの反射速度とパワーには到底敵わないのである。
「ミルク、ココア、そこまでだ。ちゃんと見えてたから心配すんな」
「ですが、ご主人様……」
「無礼にも程がありますぅ!」
突然のシャザの暴挙に仲間の連中ですら絶句する中、リュウが苦笑いでミルクとココアに主人らしく余裕を見せて声を掛けるが、実は少しドキドキしている。
マスターコアをリュウの頭部に残すミルクはそれが分かっているからか、本当に大丈夫なのかと戸惑いを見せるが、ココアは堪忍袋の緒が切れてしまった様だ。
「ちょっと俺の言い方も悪かったし、族長もついカッとなっただけだって。ほれ、槍を引っ込めろ」
「はい……」
「でも、ご主人様ぁ……」
それでも主人に下がる様に言われると、ミルクは不安を残しながらも素直に槍を戻すのだが、ココアは納得がいかないのか槍を戻すのをねだる様な表情で渋る。
「ココア……もし俺の命を盾に何十年も誰かの言いなりになったとしたら、お前は許せるか?」
「そんなの絶対許せません!」
「だろ? ここの人達はみんなそんな気持ちを抱えてんだぞ? これくらい許してやれって……な?」
「う……し、仕方ないですね……もう、ご主人様は優し過ぎですぅ……」
だがリュウに例を挙げられるとココアも納得できたのだろう、苦笑いする主人の頼みにぷくっと頬をふくらませながらも槍を元に戻した。
そんなココアの拗ねた様な主人への評価を聞いて、アイスとミルクはほっと胸を撫で下ろしながら、笑みを交わし合うのであった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
連載開始から約3年半、とうとう総文字数が100万文字に…
こんなにも書き続けられたのは、偏に読者の皆さまのお蔭です。
本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。m(_ _)m
あ、あと感想等もいつでもお待ちしております!(笑)




