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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第一章
17/227

16 整う舞台

 ――エルナダ首都、グランエルナーダ北部


 しんと静まり返る、まだ暗い変電施設の敷地内を、隠れる様に進む三つの人影が敷地の片隅にある古い建物に消えていく。

 三つの人影は、ロダ少佐、ドクターゼム、リュウの三人だ。


 三人は作戦開始に先立って、今は変電施設となった旧エネルギー会社の今は使われていない建物に潜入していた。

 その地下には旧地下点検通路の入口が有ると、古いデータに記されていたのだ。


「有ったぞ。頼む、リュウ」

「了解です。ミルク――」

「はい。開きましたよ、ご主人様」

「はや……」

「さすがじゃの……」


 古ぼけた扉は施錠されていたが、リュウの言葉より早くミルクが開けてしまっていた。

 今のミルクは立体映像を出していないが、音声だけは他の二人にも分かる様に、外部に聞こえる様になっている。


 扉をくぐった三人を迎えたのは、澱んだ空気の匂いだ。

 更に階段を下ると、もう一つ扉があった。

 これが地下点検用通路の入口である。


「うわ……すごく錆びてんな。扉開くのかな……」

「問題ありませんよ、ご主人様」


 錆で赤茶けている扉は特に丁番の錆が酷く、錆に覆われて丁番が歪んで見える。

 だがミルクの声を合図に、扉に触れるリュウの手から銀色の液体が重力を無視して鍵穴と二つの丁番に向かい、すっぽりと覆ってしまう。

 するとカチャリと鍵の開く音が聞こえ、銀色の液体がリュウの手に戻ると丁番はピカピカになっていた。


「そうだよな、金属あっという間に分解できるんだもんな……」

「そういう事です!」

「凄いな、ミルクちゃんは……」

「ありがとうございます!」


 リュウが今更ながらミルクの能力を思い出し、ロダ少佐も感心した様に呟く。

 ロダ少佐によって赤茶けた扉は新品の様にスムーズに開き、三人は地下通路に進入を果たす。


 扉を閉めると、当然ながら真っ暗闇である。

 明かりを点けようとするロダ少佐をリュウが制し、ミルクによって光量が増幅された視界で前後を見渡す。


 通路は横幅三メートル、高さは二メートルあり、進行方向の左一メートル部分は様々なパイプが通っている。

 特にこれから進む方へは、じっくりとズームさせながら確認するリュウ。

 使われなくなって相当の年月が経っている通路はパイプが所々腐食し、外れたりもしているが、通路自体は大した障害物も崩落個所も無く、比較的綺麗だ。


「ミルク、問題なさそうだよな?」

「その様ですね」

「明かりを点けても大丈夫そうです」


 ミルクにも確認を取り、リュウはロダ少佐に安全を告げる。

 因みにリュウは視界の事しか考えてないが、ミルクは酸素濃度や有毒ガスのチェックもしている。


「よし。これならボードが使えるな」


 明かりを点け、ロダ少佐は背負っていた大きなバックパックから五十センチ四方の金属の板を何枚も取り出し、縦に繋いでいく。

 出来上がったのは、幅五十センチ、長さ百五十センチの板が二つ。

 底には四隅に小さなタイヤが付いており、右前方に小さなレバーが付いている。

 床面にはコの字型の取っ手があり、静音モーターで駆動するのだ。


「リュウは初めて乗るだろうから、最初は1人で乗って慣れてくれ。ドクターは私の後ろにお願いします」

「分かりました」

「了解じゃ」


 ロダ少佐は、ドクターゼムがしっかり後ろに乗ったのを確認して、進み出した。

 リュウはそれに続こうとして、バックした。


「おおう……逆なのね……」


 リュウはレバーを後ろに倒していたのだ。

 リュウがゲームをする時のスティック操作は、後ろが加速で前が減速だったり、後ろが上昇で前が下降というのがデフォルトなのだ。

 だがボードのレバー操作は、倒した方向に進むというものだったのだ。

 気を取り直して、ロダ少佐達を追おうとするリュウ。


「くそー、やりにくい……」

「大丈夫ですか? ご主人様……」


 普段慣れない逆向きの操作に、ボードはお世辞にもスムーズとは言えない動きで進んでいた。

 しかもレバーが右に付いている為、右手で操作するのもリュウにとっては扱い辛かった。


「何でレバー前に倒して加速なんだよ……体が後ろに引かれてレバーが戻ったら、加速が鈍るっていつも言ってんだろーが……」


 リュウはボードを降りると、ぶつぶつ文句を言いながらボードをひっくり返し、ライトを当てた。

 レバーの裏側から配線がモーターに繋がっているシンプルな作りだ。


 リュウが文句を言った事で、記憶領域の深くに眠る膨大なデータからとあるアニメの操縦シーンが表層に浮上してくる。


「ご主人様……アニメへの突っ込みを今ここで言われましても……」


 ミルクはそれを読み取って、ちょっと呆れた。


「ミルク、配線を切らない様に、こことレバーの周り同じサイズで四角に切って」

「はい、わかりました」


 リュウはミルクに命じて、レバーの周りとその左右対称になる位置とを切り取らせると、その位置を入れ替え、更にレバーをくるっと百八十度回した。


「これでよし。ミルク、くっつけて」

「あのぅ、ご主人様……これだと左右が逆に曲がるのでは……」

「あ……」


 満足げに再びミルクに命じるリュウだったが、ミルクの指摘を受け、固まった。


「だ、大丈夫です! ご主人様! ミルクにお任せ下さい!」


 反応が無くなった主人に、ミルクは大慌てで左手から細胞を走らせ、切り取られた部分を溶接する間に、配線が繋がる基盤の左右の操作を入れ替えてのけた。

 なのでタイムラグは無い!


「ご、ご主人様! これで大丈夫です!」


 ミルクは即座にリュウが本来望む形にレバー操作を修正し、努めて明るい声で問題解決を告げた。

 非の打ち所の無い、完璧なフォローである。


「俺ってバカだよな……」

《ひいっ》


 完璧なフォローは無駄に終わった。

 しかし、落ち込むご主人様は昨日の訓練時に経験済みじゃないか、とミルクは気を取り直す。


「いえっ、そんな! こ、これは……早とちり……そう! 早とちりです! 誰にだってある事です! だから全然気にする事なんてありません! そ、それよりも早く追い付きませんと!」


 地球より遥かに優れた文明最高のAIは、今まさに最高のパフォーマンスを発揮しているのかも知れない。 

 そしてリュウが無言でのろのろとボードに再び(またが)ると、ボードはスムーズに走り始めた。


「よしよし、こうでなくっちゃな。ミルク、ナイス!」

「あ、ありがとうございます! ご主人様、とっても上手です!」


 ミルクによって自分好みの操作スタイルを獲得したリュウは、途端に上機嫌になり、ロダ少佐達に追いつくと、時速三十キロ位の速度で進んで行く。

 ミルクは復活した主人の様子に安堵するが、リュウの操作を褒める事も忘れない。

 ミルクは『できるAI』なのだから。


 数分後、ロダ少佐はボードを停止させ、リュウもそれに倣う。


「さて、ここからは慎重に行こう。声も出来るだけ落とそう」


 ロダ少佐の提案にドクターゼムもリュウも頷き、ヨルグヘイム邸の真下までボードを抱えて歩くのだった。










 同じ頃、軍事施設北東の都市カタカルには、ロレーユを出発したヒース分隊長が指揮する大型車両部隊が、軍事施設を時計回りに大きく迂回しながら南へ向かっていた。

 百台を超える大型車両を分隊の小型車両十台が囲む様に移動する様は、まるで羊の群れを誘導する牧羊犬の様だ。


「ヒース少尉、軍の無人偵察機が一機、西から接近中です!」


 車列中央を護衛する車両から、ヒース少尉に通信が入った。

 報告した兵士は、全長一メートル程のピラミッドを逆さにした様な物体が、西の空から向かってくるのを捉えていた。

 ヒース少尉はその知らせを受け、時計を見て舌打ちする。


「少し早いな……ま、いずれは発見してもらわねばならないんだ。狙撃を許可する」

「了解!」


 ヒース少尉の許可に報告した兵士が返事をすると一発の銃声が響き、無人偵察機が火花を散らして墜落する。


「撃墜成功!」

「よし。予定通りこのまま進む。警戒を怠るな」

「了解!」


 何事も無かったかの様にヒース少尉率いる車両部隊は、土煙を上げながら南下していく。










 作戦司令部の無人偵察機指揮所では、一機の偵察機の信号が途絶えていた。


「カロ中佐、偵察機が一機、信号途絶です」

「どこの機だ?」

「カタカル西部と中央の境です」

「故障か、第四部隊の生き残りか……偵察機を同地点に二機送れ。念の為、北部と南部にも幾つか飛ばしておけ」


 ゼオス中将より全軍に向けて警戒強化命令が発せられた時、カロ中佐は高々三千程のレジスタンスに何ができるものかと思ってはいたが、だからと言って、偵察任務を(おろそ)かにして叱責を(こうむ)るのは御免だと、オペレーターに指示を飛ばす。

 オペレーターの的確な操作により、軍事施設北東部より無人偵察機三機がカタカルの北へ、二機が偵察機墜落地点へ向けて発進し、施設の東からは三機がそのまま東の方角……カタカルの南へ向けて飛翔する。










 軍事施設の外周は所々に監視塔の付いた高さ三メートル程の分厚い塀と、その更に外側に高さ二メートル程度のフェンスが張られ、東西南北の四ヶ所に設けられたゲートのみが、内外を繋いでいる。

 フェンスの外側は安全の為、最低でも五百メートルは建物等の建設は認められておらず、空き地や公園など見晴らしの良い作りになっている。


 唯一の例外は首都グランエルナーダの北部のみで、そこだけは南ゲートと首都の町がほんの十メートル程離れているだけだ。

 その為、首都は戦闘禁止区域に指定され、軍もレジスタンスもそのルールを違えた事は一度も無かった。


 レジスタンスの第一、第二の機械化部隊は軍事施設の外周監視塔から視認できないギリギリの地点で待機していた。

 そして第三機械化部隊のホルト司令率いる第一小隊と、セグ大佐率いる第二小隊は、首都グランエルナーダ北部の建物の陰で、それぞれが民間車両にて待機していた。


 作戦開始の合図は、施設内部に配した工作員の手によって行われる。

 この時の為に、十数人のセグ大佐の部下が数ケ月前から、長い者では十数ヶ月も前から軍内部に潜入し、幾度ものレジスタンスの敗北に軍の兵士達と笑い合いながら、虎視眈々とその時を待っていたのである。










「この辺りが真下です」


 ミルクの声で、一行は立ち止まった。

 リュウが左腕を時計を見る様に上げる。

 リュウの左腕にはデジタル時計の様に、皮下から光る数字が浮かび上がっている。

 作戦開始まで、あと二十分と少し。


「ミルク、チェック頼む」

「はい、わかりました」


 リュウが壁に手を突くと銀色の液体が通路の天井へ向かって伸びてゆき、小さな穴を開けて消えていく。

 リュウの手からどんどん銀色の液体が出ていく事から、ヨルグヘイム邸に向けて掘り進んでいるのだ。


 ミルクはリュウの体内から人工細胞を操作し、ヨルグヘイム邸の一階床下に到達すると、先端を周囲に向けて辺りを確認する。

 そしてヨルグヘイム邸の見取り図と現在地を照らし合わせると、人工細胞を細分化させて進入を開始する。

 床下から壁際に出た超極細の糸は、更に枝分かれしながら床や壁、天井と同じ色に変化しながら進んで行く。


 それは「そこに糸が進んでいる」と言われて注意して見たとしても、発見できないレベルなのだが、相手はヨルグヘイムだ。

 どんな不思議な力でミルクの探査網に気付くか分からない。

 ミルクは慎重に慎重を重ねて探査網を広げていく。

 そして、見つけた。

 だが、ミルクは報告を一瞬、躊躇(ためら)った。


「ご主人様、決して声を出したりせずに聞いて下さい。あまり良くない知らせですので……大丈夫ですか? 皆さんもよろしいですね?」

「わ、わかった。何を聞かされても声は出さない」

「ああ、大丈夫だ」

「うむ、心得た」


 ミルクの言葉に、皆緊張した様子で報告を待つ。

 リュウの鼓動が速さを増していく。


「二階の居間にアイス様が檻に囚われてぐったりされています。少し怪我をされている様なので、拷問されたのかも知れません。ヨルグヘイムの姿はここからでは確認できません。更に探索し、ヨルグヘイムの所在を確認します」


 ミルクの報告に、逸早(いちはや)くロダ少佐がリュウの肩を(つか)んだ。

 肩を強く掴まれて、ハッとして口を(つぐ)むリュウ。

 念を押されたにも(かかわ)らず、声を発しそうになっていたのだ。

 リュウが口を噤むのを見て、ロダ少佐はリュウに「よし」と言わんばかりに頷く。

 リュウもそれを見て、「大丈夫」の意味を込めて頷いた。


「いました、三階の寝室にヨルグヘイム。他の部屋は誰も居ません。念の為、四階も調べてみます」


 それだけを告げ、ミルクは探索を続行する。

 どうやらヨルグヘイムはミルクの探査網の存在に気付いていない様だ。

 リュウが時計に目をやると、作戦開始まであと一〇分。


「どうやらヨルグヘイム以外に建物内にはアイス様しか居ません。外には兵士が十名程居ます。このまま探査網を作戦開始まで維持しながら進入ルートを作成しますが、一つ提案してもよろしいですか?」

「構わないよ、何だい?」


 珍しいミルクからの提案に、ロダ少佐は穏やかな口調で発言を促した。

 ロダ少佐はこの短い時間で、ミルクを完全に信じてくれている様だ。


「侵入はミルクとご主人様で行い、少佐とドクターはボードで先行して研究施設側の脱出口を確保しておいて頂きたいのです」

「ふむ……。訓練時の君たちの動きはドッジから聞いてはいるが……大丈夫か? リュウ」


 リュウはミルクの発言が、まるでロダ少佐達を足手まといみたいに言っている様に聞こえて、失礼なんじゃ……と思ったが、ロダ少佐が気にする様子もなく、任せても良い様な雰囲気で答えた事で、口には出さなかった。


「はい。ミルクに任せれば、俺の体を俺以上に完璧に操ってくれますから……」

「なるほど……ではその案で行こう。どうやら私は足手まといになりそうだからな」


 リュウの答えを聞いてミルクの提案を採用したロダ少佐の最後の言葉に、リュウとリュウの先の思考を読んでいたミルクが、『はうっ』と同時に心の中で叫んだ。


「す、すみません、少佐。そんなつもりで言ったのでは――」

「いいんだよ、ミルクちゃん。リュウと星巡竜様を頼んだよ」


 そう言うと、ロダ少佐はドクターゼムを伴って、先へ進んで行った。


「ミルク、減点一な」

「あうう、前置きすべきでした……気を付けますぅ」


 ちょっと冷ややかな主人の言葉に、素直に反省するミルク。


「で、進入ルート作成ってどうやんだ?」

「音を立てずに掘ります。あ、分解しますと言った方が適切ですね……」

「間に合うのか?」

「大丈夫です。問題はミルクよりも、第一、第二小隊のタイミングですね」

「なるほど、んじゃ任せるぞ?」

「はい、ご主人様。あ、ライトは消しておいて下さいね」

「はいよ」


 リュウの疑問にミルクは答えながら、必要最低限の監視網を残してそれ以外を回収すると、地下通路の天井に銀色の液体を集めて穴を開け始めた。

 天井に張り付く銀色の液体から伸びた、同じく銀色の管からリュウの足元に、削り取ったか溶かしたかの天井の材料や土がサラサラの粉になって、山を築いていく。


 穴は見る間に大きくなり、床下へと通じた。

 そこから横に数メートルの位置で、今度は床下から一階へと穴を開けていく。

 そこは居間の下にある広いトイレだった。

 多分、詰めている兵士の為の物なのだろう。

 トイレの個室に穴を開けた銀色の液体は、滑る様に流れて壁を上り、天井を移動すると、二階に向けて慎重に穴を開けていく。


「ご主人様。バレない様にあと僅かな厚みを残して穴を開け終えました。後は作戦のタイミングを見て、一気にアイス様を奪還します」

「わかった。ミルク、お前って凄いな……」

「あ、ありがとうございます。では済みませんが、突入に備えてご主人様のお体をお借り致します」

「や、優しく扱ってね……」

「もちろんです!」


 残り数ミリの厚みを残して穴を開け終え、ミルクは主人の感嘆する声を嬉しく思いながら主人の体を自身の制御化に置き、リュウの首から下の感覚が消失する。

 後は作戦の開始を待つだけである。

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