32 連合王国での視察
その後、ミルクによって貿易に対する今後の流れの説明や質疑応答などを経て、会談は双方が満足のいく形で無事終了した。
とは言え、現段階ではコーザ・アルマロンド連合王国は貿易への参加を表明しただけであり、これから数々の準備を進めて行かねばならない。
正式な参加は、公平を期す為に参加表明する各国の代表をマーベル王国に集め、合同での調印式が執り行われてから、という事になっている。
「皆さん、お待たせしました~」
オーベルとその母、サラ皇太后に見送られて城を出て来たリュウは、会談終了を知って衛士詰所から出て来ていたロダ少佐達の視察メンバーと笑顔で合流した。
「その様子だと上手くいったみたいだね、リュウ。お疲れ様」
「はい、コーザ王が俺より三つも若かったんで、ダチになってきました」
「お疲れ様でした、レオン様……何か問題でもございましたか?」
「いや、そういう訳では無いのだが……」
ロダ少佐に話し掛けられて上機嫌で答えるリュウの横では、どこか釈然としない様子のレオンに親衛隊長のゼノが心配そうに声を掛けている。
そんなゼノに何と答えようかと思うレオンの耳に、ロダ少佐とリュウの話し声が入って来る。
「ほう、それはそれは。だが、そんな若い国王なら何かと大変だろう……」
「それが俺なんかよりずっとしっかりしてて、気を遣って損した気分ですよぉ」
「何が気を遣ってだ……気を遣ってくれたのは先方だろ……」
「え……い、いや、俺だって頑張ったじゃん!?」
ロダ少佐へのリュウの能天気な答えに、レオンが思わずため息を吐いてジト目を向けると、リュウは冷や汗混じりに愛想笑いを浮かべた。
レオンの額にビキッと青筋が浮かび上がる。
「お前が頑張ったのは、堅苦しさから逃れる事だろ……幾らああいいう場が苦手と言っても、限度ってものがある。少しはフォローする方の身にもなれ……」
「フォロー!? 美味しい所をかっさらうのがフォロー!? 何だよ、自分ばっか格好付けてさ~!」
それでも人前という事もあって、レオンがこめかみをぐりぐりと揉み解しながら苦言を呈してリュウを赤面させるのだが、リュウも最後の言葉には納得がいかないのか口を尖らせる。
「あれは当然の振る舞いだ! 人の事をどうこう言う前に、もっと礼儀作法を身に付けろ!」
「う……そんな無茶な……」
「何が無茶だ! まったくお前という奴は……」
そんなリュウの自身を棚上げした発言に、とうとうレオンの語気が荒くなる。
たじろいで弱音を吐くリュウに、怒りを通り越して呆れ果てるレオン。
そんな二人の様子に、ロダ少佐やゼノ隊長ら周囲の者達は苦笑いだ。
そうこうしている間に、ロレック軍務官が三十名程の兵士を連れてやって来る。
「視察にあたっては、この者達が同行致します。不明な点はお気軽に彼らにお尋ね下さい。また恥ずかしながら、まだまだ治安が行き届いていない所もございます。安全の為、必ず彼らと行動を共にして下さいます様、お願い致します」
説明を終えるロレック軍務官が頭を下げるのを合図に、兵士達は視察団へと歩み寄り、それぞれが自身の護衛対象に挨拶しながら列に加わる。
「では皆さん、行きましょうか。ミルク、ココア、グラン、頼んだぞ?」
「はい、ご主人様」
「了解ですぅ」
「お任せを」
そうしてリュウに促され、一行はビークルをその場に置いたまま徒歩で城下町へ向かうのだった。
因みにリュウがミルク達に頼んだのは、視察団の安全に関する事である。
視察団の一人でもはぐれたり、トラブルに巻き込まれない様に、ミルク達は皆に人工細胞製の小型発信機を手渡しており、ミルク達AI姉弟が手分けしてチェックするのである。
本来ならミルク一人でも全員を並列管理できるのだが、姉弟で初めての共同作業だな、と笑うリュウの何気無い一言をミルクとココアが甚く気に入った為、一人で大丈夫なのに、と思いつつもグランが姉二人に合わせたのであった。
「ふい~、お!? これ美味え。ミルク、これ何て果物か聞いてきて?」
「はい、ご主人様ぁ」
色々と街中を見て回ったリュウ達は、とある商店の脇に有るオープンテラス、と言うには少々簡素に過ぎるテーブルにて休憩を取っていた。
視察団のメンバーはそれぞれが同行する兵士と自由に行動している為、今ここに居るのはリュウとアイス達三姉妹と同行する兵士四人である。
「えっと、テオさんでしたよね? 皆さんも一緒に休憩しましょうよ?」
「あ、いえ……自分達は職務中ですので……」
「立派だなぁ……でも大丈夫ですよ。お酒を飲む訳じゃないし、職務中でも適度な水分補給は必要ですよ? それにもう八人分払っちゃったし……」
「そんな……困ります……」
リュウ達の傍らで警護に当たる兵士達がリュウに休憩を勧められて断るものの、もう支払いも済んでいると言われて困惑している。
彼らはロレック軍務官からリュウとアイスが星巡竜様だと教えられ、くれぐれも失礼の無い様にと言い含められている為、困惑するのは当然であった。
「まぁまぁ、俺達と一緒だったからラッキーって事で。心配ならロレックさんには俺が無茶言ったって言っときますから」
「わ、分かりました。お心遣い、ありがたく頂戴致します」
「「「ありがとうございます!」」」
「どうぞ、どうぞ~」
しかし笑顔で尚も言い募るリュウに、これ以上固辞する方が失礼になるのでは、とテオと呼ばれた兵士が折れ、残る三人も頭を下げて隣のテーブルへと着席する。
そうして彼らにも飲み物が配られると、リュウは自分のグラスを持って、彼らの席へと移動する。
「皆さんはコーザ王国の人達なんですか?」
「はい。我々は元からコーザの民です」
「実はさっき、争いが起こる原因は貧困から来るものだと聞いたんですが、やはり皆さんも同意見ですか?」
気軽に声を掛けてくるリュウにテオが応じると、リュウはオーベルに聞いた話を彼らにも尋ねてみる。
「そうですね。コーザ王国はそれ程ではありませんでしたが、アルマロンド以南の国々は酷かったと聞いています。アルマロンドも元々は貧困とは無縁だったらしいのですが、連合化した事によって弱体化したそうです」
「戦争で人材や物資を無駄に消費する分を、合併、分配して戦争を無くし、人材を得ようとしたらしいですが……それで埋められる程、南の貧困は甘くはなかったのです……」
「なるほど。コーザ王国も同じ道を辿りつつある、という訳か……じゃあ皆さんは南の……貧困をもたらした国々を恨んでいますか?」
するとテオだけでなく隣の兵士も答えに応じてくれて、リュウは大雑把ながらに彼らの辿って来た道のりを知る事が出来て頷き、少し迷ったものの次の問いを思い切って口にする。
「思わない訳ではありませんが、それは先代の王によって口にする事は禁じられております。長年解決出来ずにいる事を責めたとて、状況は好転するどころか彼らを逆に追い詰め、国内を戦火が覆うだろうと……アルマロンドの二の舞にならぬ様、決して不満は口にするな、と……」
「へぇ……立派な王様だったんだなぁ……」
「はい。それはもう……偉大な方でありました」
リュウの予想に反して、テオから聞かされた答えは感情的どころか極めて冷静なものであり、リュウは先代の王が敬愛されていたのだと知ると共に、素直に先代の王への言葉を口にし、テオは誇らしげに頷いて残る兵士達もそれに続いた。
「もう会えないのが残念だけど……代わりにオーベル陛下が、先代以上にこの国をより良くしてくれますって。だから皆さんも若い王様に力を貸してやって下さい」
「はっ! もちろんです!」
そしてリュウが亡くなった先代の王を惜しみつつ、テオ達にまだ若過ぎる王への助力を願うと、テオ達は力強い瞳でリュウに応えるのだった。
「ったく……誰かさんのせいで、すっかり出発が遅れちまった……」
「あう……だってココアが頼んでくれたから……」
「食べ物のリサーチをしただけですよぉ……し、視察なんですからぁ……」
休憩を終えて歩き出したリュウのため息混じりのボヤキに、リュウの左腕を抱くアイスが上目遣いで、腕を組むのを自重するココアは拗ねた様に言い訳している。
リュウがテオ達と話していた際、そわそわと落ち着かない様子のアイスの為に、ココアが商店で売っていたホットケーキの様な三段重ねのクッキーを買ったのだ。
「リサーチするだけなら、お代わりは要らんよな?」
「あうぅ……ごめんなさいぃぃぃ……」
「ごめんなさいですぅ……」
だがリュウにジト目を向けられると、二人は素直に謝った。
クッキー自体はそれ程美味しいと言える代物では無かったのだが、それに蜂蜜をたっぷりかけるとなると話は別だったのだ。
甘い物に目が無いアイスの瞳を潤ませたお願いに、ココアは断りきれずに二度もお代わりを注文してしまったのだ。
しかも見た目はホットケーキだが、実際にはふわふわでは無く、ずっしりと重いクッキーなのだ……リュウが呆れるのも無理は無いのであった。
「め、女神様!」
「へっ!?」
そんなアイス達を後方から苦笑いで見つめるミルクは、突然声を掛けられて間の抜けた声を漏らした。
ミルクが声の方に目をやると、そこには親衛隊のチコよりも少し小柄な大男が。
前を歩くリュウ達も、何事かと足を止めて振り返る。
「あの時は妖精のお姿でしたが、やはり貴女様は女神様だったんですね!」
「ガ、ガースさん?」
「おお! ありがとうございます! 名前を憶えて貰えていたとは感激です!」
感激した様に赤い顔で言い募る大男の姿を瞬時に検索するミルクだが、見た目のギャップが有り過ぎて自信無さそうに名を呼んだところ、相手は更に感激を露わにしてぺこぺこと頭を下げている。
そう、この大男はキエヌ聖国でリュウに大槌を粉砕されて手首を骨折した後で、ミルクに骨折を治療してもらった武芸者のガースだったのだ。
ガースはあの一件以来ミルクの大ファンとなっており、つい今しがたミルク達を見かけた仲間の武芸者から教えられて、すっ飛んで来たのだ。
と言っても、実際にはすぐ目の前の酒場からであるが。
「お、化け物の兄ちゃんじゃねーか!」
「あ! あん時のおっさん!」
すると今度はリュウに陽気な声が掛かり、リュウも相手を見て素で声を上げる。
そこにはリュウにナイフを投げつけたものの、あっさりと掴み取られて降参したリゲルがどこか嬉しそうな表情で近付いて来るところであった。
「おいおい、おっさんは勘弁してくれよ! これでもまだ三十前なんだぞ!」
「おっさんじゃん……」
「くっ……まぁ良い。それにしても、あの時の妖精さんが女神様とは……あ!? って事は、女神様が従える悪魔って兄ちゃんの事だったのか! ははっ、そりゃあ勝てる訳がねーわ!」
リュウの呼び方に大袈裟に抗議して見せるリゲルは、何言ってるんだ、と言わんばかりのリュウの態度に額に青筋を浮かべるものの、どうせ戦っても勝てないからなのか話題を変えようとして、武芸者の間で話題になっている悪魔が目の前の少年なのだと気付いて、笑い出す。
「なん……だと……おい、ミルク。お前あの時、一体どんな説明してきたんだ?」
そんなリゲルの反応に唖然とした表情になるリュウは、首だけをミルクにぐりんと向けて説明を求めた。
「えっ!? あ、あの時は政務官さん達に事後処理をお願いしただけで、こちらの事は星巡竜様、くらいしか話していません!」
「それが何で、俺がお前に従えられている事になってるんだ?」
「し、知りませんよぉ! ミルクにも意味が分かりません!」
主人のジト目に慌てるミルクは当時の事を率直に答えるが、主人の額にビキッと青筋が浮かぶのを見て、自分のせいじゃないとブンブンと首を振る。
「あ~ん? ちょっと待ってくれ、お二人さん。俺が聞いた話では、星巡竜様って凄い美少女と、悪魔と小悪魔を従えた女神様が居るって聞いたんだが――」
「誰が悪魔だ! 誰が! なんでそうなった!?」
「違いますよぉぉぉ! どうしてココアが小悪魔で、姉さまが女神なんですか! どう見てもココアの方が良い女なのにぃぃぃ!」
「ご、ご主人様があんな格好させるからですぅ! ってココア! どう見てもってどういう事よぉぉぉ!」
リュウとミルクの会話に、聞いていた話と違うと気付いたミゲルが二人を止めて聞かされた話を披露した途端、リュウとココアが赤い顔で憤慨し、勘違いの原因が自身の服装だと気付いたミルクは更に赤い顔で主人を非難して、どさくさに紛れたココアの発言にしっかり噛みついた。
街の往来で突然ぎゃいぎゃいと騒ぎ出したリュウ達に、テオ達護衛の兵士だけでなく、道行く人々までもが何事かと立ち止まる。
「あわわ……み、みんな、落ち着いてぇ! リュウもココアも悪魔じゃないから! おじさん! どうしてそんな事言っちゃうのぉ!」
「お……おじ……さん……」
周囲の注目を浴び、慌てて赤い顔でリュウ達を宥めようとするアイス。
そんなアイスの恥ずかしさから、つい口走ってしまった非難を受けて、リゲルが呆然とした表情でよろけている。
「がっはっはっは! 仕方ねえって、リゲル! お嬢さんからすれば、どう見てもおじさんだわな!」
「う、うるせえ! うるせえ!」
滅多に見られぬリゲルのショックを受ける姿に、アイスの苦労も虚しくガースが大笑いして更に騒ぎが大きくなる。
「そっちのおじさんも、笑ってないで止めるのぉ!」
「ミルクは良いよな、女神様で!」
「や、八つ当たりしないで下さいぃぃぃ!」
「何よ、いい子ぶって! 本当はムッツ――」
――ゴンッ!
「おだまりぃぃぃっ!」
「姉さまがぶったぁぁぁ!」
「ダメぇぇぇ! 仲良くするのぉぉぉ!」
そうして騒ぎが落ち着くまで、真っ赤な顔で一人頑張るアイスなのであった。
今回は文字数の都合上こうなったの…
次回は真面目に取り組むの…




