29 視察団と共に
翌日、リュウ達は朝早くからキエヌ聖国へとやって来ていた。
昨日の四人と違い、ロダ少佐とグラン、マーベル王国からはレオン王子と親衛隊からゼノ・メイヤー隊長、各騎士団から二名ずつ八名、王城奪還の際に行動を共にしたコグニーとその他の商人が三名、エルナダ軍からはソートン大将の副官であるボナト中佐、情報部からアラド中尉、ファロ曹長とボボンを含む分隊からの選抜者八名の三十名である。
ドクターゼムはグランから情報を聞けば事足りる、との事で城に残っている。
彼らはキエヌ山の麓まで下りると、エルナダ将兵らの主導で中型ビークル二輌を組み立て、国長の下へ向かった。
国長達は前日に話は聞いていたものの、ビークルについては聞かされてなかった為に大層驚いていたが、リュウ達を見て安堵すると、快く視察団を受け入れるのであった。
その際にリュウはレオン王子を紹介し、レオンは昨日の返礼として王国の数々の品を贈っているが、正式に国交が結ばれるのは国長達がレント国王の下に招かれてから、となっている。
やがて数集団に別れた視察団は、中央集落代表のマウリをはじめとする若者達に案内されて、数々の畑や羊の搾乳の様子、乳製品の加工などを見て回った。
中でも熱心だったのはコグニーら商人達であり、聖国の青年達にあれこれと質問してはメモを取り、笑い声も聞こえるなど、終始友好的な雰囲気であった。
笑い声と言えばもう一人、子供達に大層好かれたのがボボンであった。
大きな風体ながら、おっとりとした雰囲気とその独特の言葉遣いで一躍子供達の人気者となった彼のお蔭で、ともすれば強面で敬遠されそうな他のエルナダ将兵達までもが、すんなりと受け入れられたのだ。
「なんか、あっという間だったなぁ……」
「終始楽しい雰囲気だったからですよ。ボボンさんのお蔭ですねぇ」
「そうだボン! とか言って面白いよね!」
ビークルに揺られながら、リュウ達が談笑しつつ昼食を摂っている。
他の皆も同じ様に昼食を摂りながら、思い思いに会話を楽しんでいる様子だ。
昼前に視察を終えたリュウ達は、キエヌ聖国の南からコーザ・アルマロンド連合王国へと入国し、キエヌ山の麓をぐるりと迂回して会談の場に赴くのである。
南の国境では事前に通達されていた正規軍の兵士達がずらりと列を成しており、僅かに緊張するリュウ達だったが、歓迎の言葉と同時に一斉に頭を下げられ、安心して入国したのだった。
「それにしても、こっちは建物も街並みも何か統一感が無いよな……」
「昔の小国群だった時の名残じゃないですか?」
「あ~、そっか……なるほどなぁ……」
「アイス様ぁ、これ約束の……」
「わぁ、ホントに良いの?」
「ココアは約束守りますよぉ」
「えへへぇ……ありがと……」
ビークルに揺られながら王国から持参した昼食を終え、聖国での別れ際に貰ったヨーグルトを食べながらリュウがミルクと話している横では、アイスがココアからヨーグルトを渡されて嬉しそうにお礼を言っている。
「ん? ココアはあんまり好きじゃないのか?」
「あっ、いえ……そういう訳では……昨日ちょっとお約束して……」
リュウがミルクと話している隙を狙ったのに気付かれてしまい、引きつりそうな頬をなんとか笑顔で誤魔化して乗り切ろうとするココア。
しかし、さすがに昨夜の事であればリュウも気付かない訳が無い。
「あ~……あ!? 俺もしかして、ヨーグルトに負けたのか……」
「あは……は……コ、ココアはご主人様が最優先ですから……」
唖然とする主人に一瞬目を泳がせるも、頑張って笑顔でフォローするココア。
そんなココアにミルクが頬を膨らませているが、その原因であるアイスはそんな皆に気付く事無く、笑顔でスプーンを口に運んでいるのであった。
やがてビークルはミルクのマップデータを頼りに石造りの門を潜り、大きな堀の前で停車した。
幅五メートル程の堀には橋が掛かり、その手前の左右には平屋ではあるが大きな建物があり、ビークルはその二棟の中央手前で停まった格好だ。
兵士達がずらりと並んでいる事から、左右の建物は兵士達の詰所なのであろう。
橋の奥には地上三階建てとやや小さ目ではあるが、石造りの角ばった武骨な城がリュウ達を迎え入れる為に城門を開いている。
その城門から橋までも兵士がずらりと整列しており、これまで見た城とは違う、つい最近まで内戦していた緊張感をリュウは肌で感じ取っていた。
「やっと到着か……なんか角ばったデコレーションケーキみたいだな……」
「ずっと戦いの中にあった城ですからね……堅牢さが第一なのでしょう……」
ビークルを降りて城を見るリュウが小声で評するのを、ミルクが苦笑いする様にフォローを入れている。
他の面々も思い思いに周囲に目をやりながらリュウの後ろに並び始めていると、城から二人の男がリュウ達へ急ぎ足で向かって来ていた。
二人は御使いであるミルクの窓口となっているセザール政務官とロレック軍務官であり、ミルクの横に立つリュウの若さに少々意外そうな表情を覗かせた。
しかしすぐにその表情はアイスを見るや、赤く陶然としたものに変わる。
「ようこそおいで下さいました。本来ならば私共が出向かわねばならぬところを、この様な形でお聞き入れ頂き、恐悦至極に存じます。私は政務官を務めておりますロアン・セザール、こちらは軍務官のトーマ・ロレック。此度の案内を務めさせて頂きます。以後、お見知り置き下さいます様、お願い申し上げます」
「これはご丁寧にありがとうございます。今回の貴国の迅速な対応に感謝します。こちらが星巡竜、アイシャンテ・エール・ヴォイド様、そしてその守護者であり、我らが主人でもあるリュウ・アモウです」
「ア、アイスと呼んで下さい……」
「リュウ・アモウです。よろしくお願いします」
「「はっ、恐縮にございます」」
緊張した面持ちのセザール政務官の挨拶にミルクがふんわり微笑んでリュウ達を紹介すると、アイスは頬を赤らめて、リュウは自然体で頭を下げる。
それはぺこりとした簡単なものであったが、セザール政務官とロレック軍務官はまさかリュウ達が頭を下げるとは思っておらず、一瞬面食らった表情を見せた。
が、すぐに我に返ると揃って深々と頭を下げる。
「それと予定には無かったのですが、マーベル王国を代表してレオン・クライン・マーベル王子とエルナダ軍から副官のカイン・ボナト中佐を立会人として同席して貰おうと思うのですが……よろしいでしょうか?」
「これはこれは。こういう形でお目に掛かれて良かった……いや、これは失礼しました、レオン王子。しかし立会人とは……」
挨拶が済むとミルクが新たな提案を持ち出し、セザール政務官はレオンに微笑み掛けるのだが、さすがに意図が分からずに困惑した表情を見せる。
「俺達は今、マーベル王国の世話になっているんですよ。この会談が上手く行くかどうか、というのはマーベル王国も気になるところなんですよ」
「突然の事で失礼なのは重々承知なのですが、貴国と争わなくなって久しい関係が新たな局面を迎えているのです。この会談の結末を見届けさせて頂きたいのです」
そこにミルクを差し置いてリュウが気さくに口を挟み、レオンがフォローをするかの様に後に続いた。
ミルクの計算では会談は七割以上の確率で成功するだろうとの見通しであるが、その場合レオンは良い雰囲気のまま、貿易の話を切り出すつもりなのである。
セザール政務官はマーベル王国が星巡竜の庇護下にある様に、この会談によって自国も同等の庇護を得て、対等の立場となる為の機会だと捉えていた。
だがレオンの参加とその言葉を聞いて、もっと重要な何かが後ろに控えているのだと気付き、表情を引き締める。
「……分かりました、すぐに手配致します。残りの方々はそちらに席を用意させて頂いておりますので、会談終了まではそちらでお待ちを」
「サーヴァ衛士長!」
セザール政務官がミルクの提案を承諾し、会談には出席しない視察メンバーへと声を掛けると、隣に立つロレック軍務官が近くに控えていた衛士を呼ぶ。
「はっ! 会談の間、皆様にはささやかながら寛げる場を用意しております。ではご案内致しますので、どうぞこちらに」
サーヴァ衛士長と呼ばれた、いかにも歴戦といった感じの衛士がはきはきとした口調で会談に出席しない者達を促して、左の建物へと向かって行く。
「グラン、頼んだぞ」
「お任せ下さい、リュウ様」
皆が衛士長に続いて歩き出す中、リュウに声を掛けられたグランが小さく頷いて皆に続いて行く。
この国は内戦をエクト中佐率いるエルナダ軍に強制的に停止させられ、その後の軍事行動はリュウによって抑えられてはいるが、まだ火種が燻っているだろう事はリュウも分かっている。
別に相談していた訳では無いが、万が一の事態になればグラン程頼りになる者は居ないのだ。
「では、ご案内致します。どうぞこちらへ」
そしてセザール政務官とロレック軍務官に続くリュウ達は、衛士達に見守られて城へと入って行くのであった。
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