28 貿易への第一歩
翌日、朝食を終えて部屋で今後について話し合うリュウの下に、オーリス共和国から帰って来たアリア王女とレオン王子が訪れていた。
「それで、体は大丈夫なのか?」
「ご覧の通り問題無いっすよ? アイスがきっちり治してくれたんで」
「そうか……アイスちゃ……様、ありがとうございます」
「う、ううん……そんなの良いの」
「何でわざわざ様呼びに? いつも通り、ちゃん付けで良いでしょ?」
リュウに怪我の様子を聞いたレオンがほっと息を吐いてアイスに頭を下げると、チョコとじゃれていたアイスは照れたのか、少し頬を赤らめてはにかむ様に笑うのだが、リュウは不思議そうにレオンがアイスの呼び方を改めた事を尋ねる。
「そんな訳にいくか。もう城内でアイス様を星巡竜だと知らぬ者など居ないんだ。と言うか、連合王国では皆が知っているのだろう? なら、我々だけが芝居をする意味がないじゃないか……」
「いや、でもまだこの国の人達の大半は――」
アイスが星巡竜だという事実を伏せる理由が無くなった事を説明するレオンに、でもお願いしたじゃん、と言い募ろうとするリュウ。
「それも時間の問題だと思うぞ?」
「え、なんで?」
「なんでって……箝口令を布いてる訳じゃないんだぞ。 人の噂ほど止められない物はないだろ?」
レオンに呆れた様に言葉を遮られてリュウは不満そうだが、レオンは当然だろうとでも言う様に肩を竦めて見せた。
レオンにしてみれば、自分は方々で正体を明かしているクセに、身勝手なお願いなど聞いていられるか、という訳である。
そんな二人のやり取りを、周りの女性陣が微笑ましく見つめている。
「え~、でもさ――」
「大丈夫ですわ、リュウ。アイス様のお人柄なら、それと知れても敬遠されたり、恐れられたりはしないでしょう」
「あ~……そ、そうですね……」
それでも諦め悪く口を開こうとするリュウであったが、クスクスと笑うアリアに宥められると、顔を赤らめて大人しくなった。
笑われた事で、多少は自身の子供っぽさに気付いたのだろう。
しかし照れ隠しのつもりなのか、次の瞬間には口元をニィっと歪めるリュウ。
子供っぽさには気付けても、身に付いた癖がそれで改まる訳でもないのだ。
「まぁ、知られたところで実際はただの――もがっ!?」
「食いしん坊って言っちゃダメぇ!」
軽口を叩こうとしたリュウに、アイスが赤い顔で飛び付いてリュウの口を塞ぐのだが、咄嗟に叫んでしまった為に一同が固まっている。
「アイス様……それを言っちゃ……ダメですぅ……」
呆然とするミルクの口から漏れた呟きが、しんと静まった部屋故にやけに明瞭に響いてしまう。
「ぶふうっ!」
「うわああああん! リュウの馬鹿ぁぁぁ!」
「自分でバラしたんじゃん!?」
「だってリュウがぁぁぁ! うわああああん!」
ココアが吹き出した途端、リュウに顔を埋める様にしがみつくアイス。
耳まで真っ赤にして羞恥に悶え叫ぶアイスの姿に、アリアもレオンも耐え切れず笑い出し、確かに星巡竜とか気にしなくてもいいのかな、と思いながら大笑いするリュウなのであった。
昼食後、レオンらと別れたリュウ達はソートン大将に連絡して小型のビークルを一台貸して貰い、エンマイヤー領のホープ鉱山から転移装置を経て再びキエヌ聖国へとやって来ていた。
マーベル王国で正式にゴーサインが出た為、これが貿易への第一歩となる。
一番近いウノ・アムザの集落に顔を出したリュウは、国長のテト・バドンの下へ案内して貰い、キエヌ山の山頂に通信アンテナを設置する許可を取り付けた。
その理由としてリュウは、マーベル王国で昨日決定された貿易の構想についてを説明し、当面の取引材料になると思われる品のサンプル提供をお願いしていた。
国長のテトや長老衆、慌てて駆け付けた中央集落代表のマウリとその補佐達は、初めて耳にする「貿易」なるものに困惑するが、他国と繋がりを持つ事が厄介な事だけでは無いばかりか、必要と認められれば支援まで受けられると知ると、誰もが諸手を挙げて賛同したのであった。
そうして国長達と別れたリュウ達は、キエヌ山の山頂へとやって来ていた。
「ご主人様ぁ、アンテナの設置完了ですぅ!」
「あっという間……ココア凄いね!」
「もっとデカいのかと思ったら、そうでもないんだな」
「人工細胞のお蔭で、より小型化出来る様になりましたからねぇ」
ココアの明るい声にアイスとリュウがアンテナを見て感想を述べると、ミルクがその理由を説明しつつ微笑む。
地上三メートル程の何の変哲もないアンテナは、太陽光発電で稼働しながら地中に一メートル以上の芯として埋まるバッテリーを充電、夜間や雨天も問題無く稼働出来る上に、従来の物より高出力という優れモノなのだ。
「よし、後はエルナダ軍にやってもらうとして……ミルク、この前お前が話してた代表の人居たじゃん」
「はい」
「今から行ってさ、取引材料とか色々聞いて来てくれる?」
「それは構いませんけど、会談に関してはどうするつもりなんですか?」
「それなぁ……やっぱ会わなきゃダメか?」
アンテナの設置が済み、リュウはミルクに頼み事をするのだが、そのミルクから保留となっている国王との会談について尋ねられ、苦笑いを返した。
リュウとてそれが必要なのは分かっているのだが、誰かが代わってくれるかも、という思いを捨てきれないのだ。
「ダ、ダメに決まってますよぉ! どんな相手かも分からないのに、取引に応じる国なんてある訳ないじゃないですかぁ……」
「ま、そらそうだわな……分かった。んじゃ、その都合も聞いて来てくれ。早めに済ませてしまおう……アイスも良いよな?」
「う、うん……」
だがやはりミルクにダメ出しされて肩を竦めるリュウは、仕方が無いと気持ちを切り替え、否定はしないだろうとは思いつつも一応アイスにも確認を取る。
「分かりました。では、なるべく早くなる様に調整してきま――ッ!? あっ!」
そんな主人の納得する様子に内心ほっとするのも束の間、ビジュアルプログラムへの干渉を察知するミルクは、既に自身が御使いモードに衣装変更されている事に驚愕の声を上げた。
「ご主人様ぁぁぁ! 戻して下さいぃぃぃ!」
「俺も我慢して会談するんだから、お前も我慢して行って来い」
「そんなぁぁぁ! 横暴ですぅ!」
すかさず胸元を隠して悲鳴を上げるミルクは、これでおあいこだとでも言う様に口元を緩める主人に、赤く泣きそうな顔で抗議する。
「馬鹿だなぁ……その方が普段より神々しくてお前の魅力が五割増しなんだぞ? だからこそ向こうも思わず下手に出るんだ。メイド服や普段着なんかで行ったら、いくら可愛いお前でも舐められるに決まってんだろーが」
「え……えぅぅ……で、でもぉ……」
そんなミルクにリュウが御使いモードが何故必要なのかを力説すると、そこには胸を隠す事も忘れて両手で熱くなる頬を押さえ、いやんいやん、と身をくねらせる実に嬉しそうなミルクの姿が。
もう一押しだな、とニィっと口元を歪めるリュウに、アイスとココアのジト目が突き刺さっている。
「ココア、お前一緒に行ってミルクのサポートしてやってくれ」
「ココアもドレスで行って良いんですかぁ?」
が、そんな事はお構いなしにリュウがココアに同行を指示すると、ココアは引き立て役はごめんだと言いたげに拗ねた声で応じるのだが、リュウは想定済みだったのか、即座にココアのビジュアルを変更する。
「おう、ミルクに集まる視線をお前の魅力で半減させろ」
「――ッ! はっ、はい! ココア、頑張ります!」
突然ミルクと対の黒のドレス姿にされ、掛けられた言葉に頬を赤らめるココア。
今見たばかりの主人とミルクのやり取りは、既にココアの頭に無い様だ。
「あ……お前も御使いなんだからな、浮かれずにクールビューティに徹しろよ?」
「クールビューティ……お任せ下さい、ご主人様! 姉さま、行きますよ!」
「えう……えう……」
更なる主人の要望に舞い上がるココアに促され、おろおろするミルクはもう陥落寸前である。
「ミルク、会談やその後の視察がスムーズに進む様に段取り出来れば、俺も大手を振って動ける様になる。そうなったらもうその格好もしなくて済む。だから今回も頑張ってくれ……な?」
「うぅ……わ、わかりましたぁ……コ、ココア、一人にしないでね?」
「任せて、姉さま! ではご主人様、アイス様、行って来ますぅ!」
そして主人にダメ押しされるミルクは、これが最後なんだと自身に言い聞かせて満面の笑みを見せるココアと共に翼を開き、山頂から飛び立つのであった。
飛び去る二人の後ろ姿に、リュウが満足そうにニンマリしている。
一月以上も共に過ごして二人の癖を掴んでいるが故の主人っぷり、と言えなくもないが、アイスは何か言いたげにリュウの横顔を見つめている。
「リュウぅ……なんだかズルい……」
「そか? でもそのお蔭で二人っきりになれたじゃん?」
「え、そ、そうだね……えへへぇ……」
そんなリュウにポツリと感想を漏らすアイスであったが、抱き寄せられて優しく頭を撫でられてしまうと、コロリと頬を赤らめて甘えてしまう。
さすがはミルクとココアの創造主、と言うべきアイスなのであった。
その日の夕食は、王城へと戻って来たリュウ達の報告を聞いて、王城三階にある大食堂で行われる事となった。
キエヌ聖国の国長であるテトが思いの外多くの食品を提供してくれた為に、急遽前回会議に参加した者達にも食べて貰い、その意見を聞く為であった。
結果、キエヌ聖国産の食品は賛否は有ったものの概ね好評であり、男性陣は自国とは違う味わいの酒を、女性陣は数々の乳製品を楽しんだのであった。
因みに連合王国との会談については、麗しい御使い様の要望とあって、急遽明日開かれる事になっている。
「思った以上に好感触で良かったですね、ご主人様ぁ」
「ほっとしたわ……明日、国長さん達に胸張って報告できるな」
「うん!」
「ドクターと少佐は良かったんですか? まだみんな飲んでますよ?」
「あんなぬるい酒が飲めるか! 部屋の酒の方が断然ええわい」
「味は悪くは無かったんだが……私もエールなら冷えていた方が……」
「あ~、そっか……まだまだ課題が有りそうだなぁ……」
いつまで経っても終わりそうにない夕食の場を先に辞してきたリュウ達は、皆と話しながら客室へと戻る所であった。
そんなリュウの姿を見て、親衛隊の一人が近付いて来る。
「失礼します、リュウ様。お連れの方に面会を希望されている方が。エルナダ軍の兵士で、第二中隊所属のファロ曹長と名乗っておいでです。今、一階詰所でお待ち頂いておりますが……」
「なら、私に……だな。いきなり消えてそのままだから、苦情かな」
「んじゃ、俺も行きますよ」
「ココアも事情はある程度分かるので行きます」
「んじゃ、三人で。みんなは先に戻ってて」
親衛隊の話にきょとんとするリュウ達の後ろで、口を開いたロダ少佐が苦笑いで肩を竦めた事で、面会者が何者なのかを何となく理解したリュウとココアは少佐に同行して親衛隊詰所へと向かった。
リュウ達が詰所へ着くと、詰所の前で所在無げに立っていたエルナダ兵が一人、ロダ少佐に気付いてやれやれといった様子を見せた。
だがその表情はほっとした様な笑みを浮かべており、リュウは面倒事は避けられそうだと分かって、ロダ少佐の後ろにココアと控える事にした。
「ちょっと見ない内にえらく立場が変わっちまったもんだから、会うのにも一苦労だぜ少佐殿……」
「いや済まない、分隊長。いきなり正規軍の少佐待遇と言われても、そう簡単にはレジスタンスの私があちこち出回る訳にはいかなくてね。突然消えて済まなかったね、迷惑を掛けた……」
「よしてくれよ。あの手紙のお蔭で、俺達は無駄に動かずに済んだんだ。仲間達もあんたには感謝してるんだ。ただ……」
「ただ?」
苦笑いで話し掛けるファロ曹長に、素直に謝罪するロダ少佐。
立場が変わっても対応の変わらないロダ少佐に、ファロ曹長は苦笑いが尽きない様であったが、ふと顔色を曇らせた事でロダ少佐もその眉をひそめた。
「ボボンの奴がうるさくてよ……少佐はどうなっただの何だのと、説明しても姿を見るまで信じねえとか言って、ほとほと困ってんだよ……」
「ああ……それは済まない事をしたな……」
「あんなに頑固なボボンは見た事ねえ……あんたを随分慕っていたからな。そんな訳で悪いんだが、顔だけでも見せてやってくんねえか、って訳なんだ……」
「なるほど……なら、なるべく早く――」
そうして語られる内容に、ファロ曹長に同情しつつ苦笑いを溢すロダ少佐だが、その返答は暗くなった庭園から近づいて来る叫び声に遮られる。
「少佐ぁぁぁ!」
「ははは、随分とお待ちかねだったみたいだね」
「ボボン! 待ってろって言っただろうが! 皆さんに迷惑掛けんじゃねえ!」
庭園を駆けて来る声の主に、思わず笑いながら短い階段を下りて行くロダ少佐と大声を張り上げるファロ曹長。
「少佐ぁぁぁ!」
「くっ、聞いちゃいねえ……ったく……」
だが嬉しそうに叫びながらロダ少佐に駆け寄る男、ボボンの姿に、ファロ曹長はやれやれと肩を落としてロダ少佐の後を追うのだった。
詰所前に置いて行かれたリュウとココアが、顔を見合わせて苦笑いしている。
「リュウ殿、何の騒ぎですかな?」
「ん? ああ……感動の再会をちょっと……ってか、お酒はもう良いんですか?」
そこへ声を掛けられてリュウが振り向くと、数名の部下を伴ったソートン大将が歩み寄って来るところであり、リュウはにこやかに話し掛ける。
「正直なところ、エールは冷えてないと美味くありませんからな……今も部下達と冷蔵設備を用意しようかと話しておったのですよ」
「あ~、ドクターとロダ少佐も言ってました。でも文明レベルの差を考えるなら、この星の人達で作れる設備が良い気がするんですよね……」
「そうですなぁ。ここで生活していると、本国の科学技術の有難みが身に沁みますな……ところで先程の……ああ、なるほど。ボーマンですか……」
しばし雑談を交わす二人だったが、ふとソートン大将が話を戻すと庭園の方へと目を向け、納得した様に頷いた。
「ん? ボボンって人の事ですか?」
「ええ、皆にはそう呼ばれておりますな。本名はボーマン・ボンデールと言って、私の遠縁に当たる子なのですが、何をするにも要領が悪くて職が続かないと相談を受けまして、私の部隊に置いておるのですよ……気の優しい、軍には不向きな性格なのですが、職が無いとなると致し方ありません……」
「そうなんですか……」
小首を傾げるリュウに、ソートン大将はボボンについて話し出す。
普段の軍人らしからぬソートン大将のしんみりとした声を聞きながら、リュウはロダ少佐に大きな身振りと手振りで話すボボンをしばし見つめた。
「ソートン大将、夕食前に話した会談の前後にキエヌと連合の両国を視察するって話ですけど、この国の人達とは別に彼らの部隊も連れて行くとか、ダメですか?」
「ほう……そうですなぁ、いい案とは思いますが、一つの分隊だけとなると公平を欠きますし、何の知識も持たぬ者では視察になりますまい。あの二人はロダ少佐と馴染が深い様子なので同行させるとして、他は各隊から専門知識などを有する者を選抜する、というのは如何ですかな?」
そうしてソートン大将へと向き直ったリュウが提案を持ち掛けると、その意図を察したのか、ソートン大将は提案を一部修正し、逆に提案し返す形でリュウの案を了承する。
察しの悪い者でも気付くであろうソートン大将の笑みに、リュウもまたニィっと口元を歪める。
「その案、ありがたく頂きます! いやぁ、言ってみるもんだなぁ……」
「その代わり、一つお願いを聞いて頂けますかな?」
そんなリュウがニカッと笑って満足そうにしていると、ソートン大将がくっつく様に歩み寄り、僅かに皆から距離を取るとリュウの耳元で声を絞った。
「はい、俺に出来る事なら……」
「その……さっきの夕食に出された、黄色いチーズを何とか入手出来ませぬか?」
「……そんなに気に入りました?」
「それはもう。実は部下にも内緒の酒が有りましてな、そのアテに最適かと……」
「なるほど。んじゃ明日、何とかお願いしてみますよ」
「おお、何卒よしなに……」
途端にひそひそと話し始めるリュウとソートン大将。
ソートン大将の部下達はそんな二人に我関せずという態度だが、ココアの二人を見る目は超ジト目になっている。
「ご主人様ぁ、ソートン大将も……今、すっごく悪い顔してますよぉ?」
「ばっ、馬鹿な事言うな……これは身分を超えた男同士の話なんだぞ……」
「んんっ、で、では我々は各隊から視察メンバーを選抜せねばなりませんので……これで失礼致します」
話が纏まったところでタイミング良くココアに声を掛けられ、ドキッとしつつもリュウが平静を装うと、ソートン大将もわざとらしく咳払いをして二人に一礼し、部下を引き連れてそそくさと退散するのであった。
階段を下りるソートン大将の足取りが、その太った体型に見合わず軽い。
「姉さまが聞いたら何て言うでしょうね、ご主人様ぁ?」
「……聞こえてたのか?」
「聞こえてないと思うんですかぁ?」
「……内緒だぞ?」
「今夜はココアと寝てくれますぅ?」
「う……ア、アイスを説得してくれるんならな?」
「! 約束ですよ! うふ、うふふふふ……」
二人きりになった途端、ねちっこく主人に絡みつくココアが主人の白旗に満面の笑みを溢している。
先程、内容が聞こえていたにも拘らず、ココアが二人の顔色のみの言及に留めていたのは、この為だったのだ。
右腕に嬉しそうにぶら下がるココアを見て、苦笑いするリュウ。
そこに話を終えたロダ少佐が戻って来ると、三人は談笑しながら部屋へと戻って行くのだった。
いつもありがとうございます。
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