25 グランゼムの置き土産
夜が明け、窓から差し込む光が城内を明るくし始めると、使用人達が静かに動き出して城内を日中に相応しい快適な環境へと整えていく。
「いでっ!? いでででで!」
「ひびびびびびびっ!」
そんな中、四階の客室の一つから漏れ出た叫び声が静寂を破り、丁度そこで作業していた二人の女官は、ぱちくりと目を見合わせて思わず扉に近付いた。
「ひ、酷いよぅ、リュウぅぅぅ……」
「何が酷いだ! これ見てみろ!」
部屋の中では昨夜の甘い雰囲気はどこへやら、左頬をさすりながら涙目で訴えるアイスと額に青筋を浮かべて憤慨するリュウ。
「あっ! ど、どうしたのこれ!?」
「どうしたの、じゃねーよ! お前の仕業だよ!」
「大好きなリュウに、こ、こんな事しないよう!」
リュウに突き出された左腕を見て、驚いて飛び付くアイスがリュウの言葉に目をまん丸にしてぷるぷると首を横に振っている。
リュウの左上腕部には、くっきり鮮やかに綺麗な歯形が付いていたのだ。
「俺、今見てたし! どうせ何か食ってた夢でも見てたんだろ!」
「えっ……あっ……なな、治すから! 痛いの痛いのほんふぇふぇ~……」
アイスの態度に今度はリュウが目を丸くして訴える。
するとアイスは今見てた夢を思い出したのだろう、サーッと青褪めてあたふたと治癒の力を発動するのだが、またしてもリュウに左頬をムギュッと摘ままれる。
「その前に言う事あんだろ?」
「ほへんあふぁい……」
「ったく、頼むぞ……折角気持ち良く寝てたのに……」
「ほんとにごめんなさいぃぃぃ……」
そして頬を摘ままれたまま謝るアイスは、ため息混じりに頬を解放するリュウに真っ赤な顔でしがみついて改めて真面目に謝った。
扉の向こうで聞き耳を立てていた女官二人は、そっと扉を離れるとクスリと笑い合って静かに作業を再開するのであった。
「そ、それは災難……でしたね……あはは……」
「だろ?」
「い、言わないでって言ったのにぃぃぃ……」
「いやいや、こんなお前らしいエピソード、披露しない訳にはいかないだろ?」
「ご主人様ぁ、人が悪いですぅ……」
朝食の席では、今朝の出来事を聞いて苦笑いするココア、真っ赤な顔で縮こまるアイス、ニィっと笑う主人にジト目を向けるミルクの他に、ドクターゼムと新たにロダ少佐が加わっていた。
王家の者達はこの場に居らず、リュウは些か気が緩んでいる様である。
「あれ? どうかしました? ドクターも少佐も……」
そんなリュウは眉間に皺を寄せるドクターゼムと驚いた様な表情のロダ少佐に、きょとんとした顔で声を掛ける。
「小僧、お主……昨夜はアイス様と同室じゃったんか?」
「え? あ……は、はい……」
そしてドクターゼムの問いに、しまった、とリュウは表情を強張らせた。
「まさか、アイス様に手を出しておらんじゃろうな?」
「い、いや……そのぉ……」
「リュウはココアちゃんと深い仲だと聞いたんだが?」
「それは、そうなんですけど……」
ドクターゼムとロダ少佐の鋭い視線に、しどろもどろになって縮こまるリュウ。
「違うの! リュウは悪くないの! リュウは父さまと母さまに許しを貰うまでは待ってって言ってくれたのに、アイスのせいで……そのぉ……」
そこへアイスが身を乗り出してリュウを庇うのだが、どう説明すれば良いのかに困ってミルクに縋る様な瞳を向けた。
「あ、あの、ドクター、少佐、お耳を……」
ドクターゼムの横で顔を寄せるミルクは、その反対側のロダ少佐が顔を寄せると小声でヴォイド教国で起きた出来事を簡潔に話して聞かせた。
彼らの周囲には、離れてはいても給仕の者が居るからである。
「何とえげつないやり方じゃ! そんな連中、滅んで当然じゃ! アイス様は何も悪くありませんぞ!」
「そんな事が……ならば不可抗力とも言えなくはないが……しかし……」
「そうじゃの……小僧、命知らずじゃの。わしゃ、知らんぞ……」
「ちょっ!? いや、ちょっとはフォローして下さいよ!」
ミルクの説明に憤慨するドクターゼムだが、ロダ少佐の呟きの先に気付くと落ち着きを取り戻し、突き放されたリュウは悲鳴を上げた。
「アホか。わしとて命は惜しいわい! 神をも畏れぬ所業を仕出かした奴の口添えなんぞ出来るか!」
「えええ……少佐ぁ……」
「わ、私も出来れば遠慮したい……あのアインダーク様とエルシャンドラ様に何と言えば良いのか……ヨルグヘイムと戦う方がマシな気がするよ……」
「そんな殺生な……」
そしてドクターゼムの取り付く島の無さに、泣きそうな顔でロダ少佐に縋ろうとするリュウは、少佐にもやんわりと断られて頭を抱えた。
「だ、大丈夫だよ、リュウ! 父さまも母さまも分かってくれるもん!」
「ま、腹を括るんじゃな……で、小僧。他には居らんのじゃろうな?」
「うえっ!? そ、それは~……それは~……」
そんなリュウをアイスが隣でおろおろと宥め、ミルクとココアはばつが悪そうに引き攣った笑いを溢していたが、仕方の無いやつだ、と半ば呆れた様子のドクターゼムの更なる問い掛けに、ギクッと顔を上げたリュウは盛大に目を泳がせる。
「リュウ……君には本当に感謝しているが、そういうのは感心しないぞ?」
「は、はい……すみません……」
ロダ少佐に困った様な顔で苦言を呈され、項垂れて小さく謝るリュウ。
言い訳もせずにしゅんとする主人の姿に、ミルクがそわそわしながらロダ少佐の横顔をちらちらと伺っていると、同じ想いだったのかココアが沈黙を破る。
「違うんです! ご主人様も最初はそんなつもり無かったんです! でもアイス様から、星巡竜には一夫多妻や一妻多夫の方々も居るって聞かされて、覚悟を決めて下さったんです!」
「そ、そうです。それにご主人様はエルナダの人でもこの星の人でもなく、地球という星の方です。そのご主人様が自分は地球人である資格は無いって言うくらい、真剣に悩んで下さったんです……だから、あまり責めないであげて下さい……」
「そうだったね……つい失念していたよ。真剣に悩んだ結果なら何も言うまい……だが余計な妬みを買わない為にも、あまり大っぴらにはしない方が良いぞ?」
「りょ、了解っす……」
少々憤慨気味に語るココアに続き、ミルクが済まなそうにフォローを入れると、ロダ少佐は納得した様子を見せて軽く釘を刺すに留め、リュウはほっと息を吐く。
「ほ~ん……小僧なりに星巡竜として生きる覚悟が出来た、という事じゃな?」
「は?」
が、続いてドクターゼムに面白そうに問い掛けられると、リュウは間抜けな声を漏らした。
「何じゃ、違うんか? 星巡竜のコアをその身に宿し、畏れ多くもアイス様と良い仲になったんじゃ。いつまでも人のままでは釣り合いが取れんじゃろ?」
「いやいやいや、確かにコアはちょっと使えますけど、だからって――」
そんなリュウを見て少々がっかりした様子のドクターゼムだが、まるでリュウが人のままではいけないかの様な発言をして、リュウを慌てさせる。
リュウにしてみれば偶然に得たとは言え、度々窮地を救ってくれた有難い力ではあるが、それはあくまでも戦闘能力の延長としての認識であり、自分自身は人間のままだとの思いが有るからであった。
「今はそうじゃろう。じゃが、いつまでもそのままという事も無かろう? 遅かれ早かれ使える力も増えるじゃろうし、アインダーク様やエルシャンドラ様に認めて頂く為にも、その覚悟はしておった方がええのと違うか?」
「あ~……やっぱ、そうなんですかねぇ……」
だがドクターゼムに諭す様に言われると、アイスをちらりと見てため息を吐いて椅子にもたれ掛かり、天井を見上げて呟くリュウ。
付き合う相手の種族や身分などあまり意識した事の無いリュウであるが、相手の両親の事を考えない訳ではない。
アイスの事を想えば、両親にちゃんと認められるのが良いに決まっていると思うリュウなのだが、もしアインダークやエルシャンドラが娘の相手が人間だと知って反対したら、と勝手に想像して寂しい気分に捉われてしまう。
「ま、実際のところはわしにも分からんがの……深刻に考えても仕方ないわい……星巡竜に成るとしても小僧は小僧じゃ。別に人格まで変貌したりはせんじゃろ?」
「そりゃ、そのつもりですよ」
リュウの態度に少し話が重くなったか、とドクターゼムが場の空気を変える様に明るく尋ねると、リュウは口を尖らせながら同意する。
リュウのジト目が、深刻にさせたのはドクターじゃん、と物語っている。
「そこで相談なんじゃがの、小僧」
「な、何です?」
そんなリュウにはお構いなしに、ドクターゼムがニンマリとした笑みを浮かべて相談を持ち掛けると、リュウは怪訝な顔で身構えた。
周りの皆も、何事だろうと興味深そうな顔をドクターに向けている。
「わしにの、星巡竜の能力を調べさせてくれんか?」
「はぁ!?」
「人から竜に変化し、様々な能力を持ち、宇宙空間をも自在に移動できる、それがどういう原理なのか、科学者として非常に興味が有るんじゃ」
「そ、それならアイスに頼めば良いじゃないっすか……」
そうして切り出された相談内容に素っ頓狂な声を上げるリュウは、真面目な顔で言葉を続けるドクターゼムに対してアイスを盾に回避を図る。
「アホか、幾ら何でもアイス様にそんな畏れ多い真似が出来るか。その点、小僧は星巡竜初心者じゃからの……頼み易いわい。それにわしはミルクとココアの生みの親じゃぞ、まさか断ったりせんよな?」
が、ドクターゼムは呆れ口調でリュウの言葉を一蹴し、さも当然の様にリュウに了解を迫った。
いかにも平常運転のドクターゼムであるが、そのドクターをしても純粋な星巡竜であるアイスには気が引ける様で、エルナダの民が如何にヨルグヘイムの名を騙る侵食者の影響を受けていたかが伺い知れる。
「それ、脅迫の間違いじゃ……」
「人聞きの悪い事を言う奴じゃ。ミルクとココアを返せとも言わずに、碌な機材も無い状況で我慢しておるんじゃ。散々世話になっておいて、感謝の一つも返そうという気にならんのか?」
「そんな事言われても……しかも世話って……」
「これまでミルクとココアに散々助けて貰ったじゃろ! それはつまり、生みの親であるわしのお蔭だと言う事じゃろ!」
ドクターゼムの言い様に今度はリュウが呆れ顔になるが、相手は軍人であろうと傍若無人に振舞ってきたドクターゼムである。
ダメだこりゃ、と早々にリュウは抵抗を断念する。
「うあ~……わ、分かりましたよ……んじゃ、部屋に戻ったら返しますよ……」
「「えっ!?」」
「ほう……ま、それならそれで構わんがの。言ってみるもんじゃ……」
ため息混じりのリュウの言葉に、ミルクとココアが目を見開いて驚き、ドクターゼムは意外そうな表情ながら、退屈な状況が改善されそうだとニィっと笑った。
「はぁ……んじゃ、戻りますか……」
そんなドクターに再びため息を吐きながら立ち上がるリュウは、皆と共に食堂を後にするのだった。
「あ、あのっ、ご主人様……な、何がいけなかったんでしょうか……」
「ご主人様ぁ、ココアもっと一杯尽くしますぅ! だ、だから……」
「あん? 何言ってんだ、お前らは……」
「へ? だってご主人様が返すって……」
「あ~……AIも早とちりってするんだな」
部屋に入るなりミルクとココアにしがみつかれるリュウは、意味が分からず怪訝そうに首を傾げるが、ミルクの言葉を聞いて納得したのかクスッと笑みを溢した。
主人の笑みに、ミルクとココアがぱちくりと目を瞬かせている。
二人はてっきり自分達がドクターゼムに返されるのだと勘違いしていたのだ。
そんな事情に気付いていないアイスが、不思議そうにミルク達を見ている。
「え、じゃあ……」
「俺がお前らを手放す訳ねーだろ……」
「そ、そうですよね……」
「よ、良かったぁぁぁ……」
呆れるリュウの前でフニャフニャと崩れ落ちるミルクとココア。
そんな二人に苦笑いを溢しながら、リュウは部屋の片隅へと向かった。
そこには外したままのプロテクターやバックパックなどの装備が置かれていた。
そこへロダ少佐を伴って、ドクターゼムが隣室から入って来る。
「何じゃ小僧、人工細胞なんぞ貰っても機材が無ければ意味が無いわい」
「まぁ、そう言わずに。絶対役に立ちますって」
リュウの意図を察したドクターゼムが、がっかりとした声を掛けるが、リュウは取り合わずにニィっと笑って、金色に輝く右手でバックパックに触れる。
すると、あっという間に形を崩したバックパックが周りの装備品を巻き込んで、新たな形へと変貌し始めた。
「む? これは……」
「あ……まさか、ご主人様……」
その様子に眉をしかめるドクターゼムと、感激した様に主人を見るミルク。
それは見る間に人の形を成し、軍人風の衣服を身に纏うリュウと同程度の背丈となった。
顔はマネキンの様につるりとしたままであったが、リュウはそこで右手を離し、くるりとドクターゼムへと向き直る。
「実はグランゼムを処分する際、ドクターの役に立ちたかったって言われたんで、生まれた時の様な経験値を持たないコピーを用意させたんですよ。なので、これを使って貰えたらドクターもグランゼムも満足かなぁって……」
「おお……でかした、小僧! 恩に着るぞ!」
頬をポリポリ掻きながらのリュウの説明に、ドクターゼムが珍しく喜びを露わにしてリュウに感謝する。
リュウとエクト中佐の戦闘を情報部の偵察映像で見ていた彼は、パストル博士と共に失われたはずのグランゼムの存在に気付き、その回収を模索した。
だがデストロイヤーを相手に出来るリュウを一方的に嬲るグランゼムに戦慄し、回収を迷う内に勝敗が決してしまい、残念に思いつつも致し方ないと諦めていた所だったのだから、喜びも一入であろう。
「はは……ただ俺が顔まで造るとエクト中佐になっちゃいそうなんで、ドクターに任せても良いっすか?」
「そういう事か。任せておけ……こんなもんかの……む? 起動出来んぞ?」
ドクターゼムの喜び様に少し照れるリュウが、自身のイメージに引っ張られない様にグランゼムの顔の造形をドクターゼムに任せると、ドクターは首からコードを通じて簡単に顔を作成するが、起動出来ずに眉根を寄せた。
グランゼムに与えられた顔は瞼を閉じているものの、整った目鼻立ちと引き締められた口元を持つ青年で、かなりの美男子である。
「ああ、万が一が怖いんで俺がロックしてるんです。てか、えらいイケメンすね。エルナダの俳優さんとかモデルさんっすか?」
するとリュウはグランゼムが起動出来ない理由を説明し、その出来上がった顔を見てドクターゼムに呑気に尋ねる。
「何を言っとるんじゃ、これは昔のわしの顔じゃ」
「「「えええ~!?」」」
「マジか……と、時の流れは残酷っすね……」
「う、うるさいわいっ!」
ドクターの返答に三姉妹の見事なシンクロした叫びが部屋に響き、ついリュウも本音を漏らしてしまい、赤い顔のドクターゼムに怒鳴られる。
因みに、声こそ漏らさなかったロダ少佐も思わず開いてしまった口に手を当て、ドクターゼムとグランゼムの横顔に何度も視線を走らせていたりする。
「あはは……んじゃ起動しますけど、名前はグランゼムを改めてグランと名付けて良いっすか?」
「ふむ……まぁ、ええじゃろ。起動できれば他の事は些事に過ぎんからの」
ようやく場が落ち着き、ドクターゼムの了解を得たリュウは、再び金色を纏った右手をグランゼムの左肩にポンと乗せ、数秒の後に手を放した。
すると、ゆっくりグランゼムの瞼が開かれ、ドクターゼムと同じアイスブルーの瞳がリュウに固定される。
「よし、起動出来たな。お前の名はグランだ。元々はそこのドクターゼムが作ったグランゼムだったけど、ちょっと問題が有って――」
「はい、存じております」
「え? 何で知ってんの?」
起動したグランゼムに満足そうに頷くリュウは、新たな名前を与えるとグランと名付けた経緯を話そうとしてグランに遮られ、きょとんとした表情で問い返す。
「私の記憶領域にファイルが一つ残されていたのを読みました」
「どんなファイルだ?」
「コピー元であるグランゼムのメッセージファイルです。読み上げますか?」
「ああ、んじゃ頼む……」
そうしてグランの説明を聞くリュウがメッセージファイルの開示を了承すると、グランはドクターゼムへと向き直った。
「ドクターゼム、私はどうやら道を誤ってしまった様です。役目を果たせず消える事をお許し下さい。しかしながら経験を引き継ぐ事は出来ないまでも、複製を残す機会を得られましたので、どうか存分に役立てて下さい」
「うむ、心得た……」
メッセージを聞き終えたドクターゼムが短く、されど神妙な面持ちで頷く。
グランゼムの純粋な想いは、無事にドクターに届いた様だ。
「私の複製体よ、恐らくグランゼムを名乗る事は許されず、高確率でグランと名を改められそうだが――」
「ちょっ――」
「――私の分までドクターゼムのお役に立って欲しい」
しばしの間を取って次にグランが話し出したのは、グランゼムがグランへ宛てた願いであったが、グランゼムが改名だけでなく、その名前までも予想していた事でリュウが驚いて目を丸くする。
「何だよ……別にいーじゃんか……」
「まぁまぁ、ご主人様……」
見事なまでのグランゼムの予想に、赤い顔で口を尖らせて呟くリュウをミルクがクスクスと笑いながら宥めている。
が、グランの視線が自分に向いて、ミルクは一先ず主人を置いてグランへと向き合った。
処分される前のグランゼムのドクターゼムへの想いを思い出したのか、ミルクの瞳が僅かに涙で滲んでいる。
「彼女はミルク。私のベースとなったプロトタイプで、ご主人様はミルクの白馬の王子様――」
「――ッ!?」
グランゼムがグランへ自分を紹介してくれているんだ、と僅かに照れるミルクが目を見開いて固まった。
「――などと訳の分からない事を機密扱いする非合理的な面を有しているが、立場上は姉という事になる。上手く付き合ってやれ」
最深部の極秘ファイルをグランゼムに覗かれていたという事実に、爆発するのかという程に見る見るうちに真っ赤になったミルクが、おたおたとリュウから距離を取り、アイスの背後に隠れて小さくなった。
最早グランの言葉など聞こえておらず、ニマニマとココアに小声で冷やかされて耳を塞いでイヤイヤしている。
そんなミルクに頓着せず、グランはメッセージの読み上げを続行する。
「もう一体、ココアという姉も居るはずだが、そちらの詳細は不明だ。が、所詮はプロトタイプだ。ミルクと大差無いだろう……取るに足らん」
「な、何ですってぇぇぇ!」
その内容に、楽しそうにミルクに絡んでいたココアが真っ赤な顔で憤慨する。
そんなワナワナと震えるココアにグランはちらりと視線を向けるが、すぐに目の前で苦笑いするリュウに視線を戻した。
「そんな彼女達にご主人様と呼ばれる宿主がリュウという少年だ。不可思議な力で人工細胞の補助をも遥かに凌駕するスピードとパワーを有しているが、性格は単純そのもので意地っ張りで口が悪い。そしてミルクへの執着心で新たな力に目覚めるという理不尽極まりない存在だ。私が敗北しなければ従う事も無かったろうに……苦労を掛けるが許してくれ……以上です」
「それ……だけか?」
「以上です」
あまりのメッセージ内容に、しばし呆然と固まっていたリュウがグランに震える声で尋ねるのだが、グランはリュウの心情を察せないのか無機質に答えるのみ。
「俺に……謝罪の一言も無いのか?」
「……以上です……」
ビキッと額に青筋を浮かべるリュウに再び問われて困惑したのだろう、グランの瞳が小さく揺れている。
ついでにアイスもリュウが怒ったのだと分かってオロオロしている。
「ぶふっ……グランゼムの奴、余程悔しかったんじゃのう……わっはっは……」
「くふっ……んんっ、リュウ……も、もう済んだ事だ……許して……やれ……」
そんな二人のやり取りに堪らず吹き出すドクターゼムと、釣られてしまって無理矢理咳払いをして誤魔化そうとするロダ少佐。
愉快で仕方が無いとばかりに笑うドクターゼムと、腹をビクビクと震わせながら耐えようとするロダ少佐の姿に、リュウの顔はもう真っ赤だ。
「あんの野郎ぉぉぉ!」
「許せませんよぉぉぉ!」
「グランゼムの馬鹿ぁぁぁ!」
「わああっ!? み、みんな落ち着いてぇぇぇ! ね? ね?」
突然、客室から響き渡ったリュウとココアの怒号とミルクの悲鳴、それらを宥めようと慌てふためくアイスの声に、ビクッと反応する警備の騎士や使用人達。
客室に恐る恐る近付く彼らは、続いて漏れ聞こえる笑い声に安堵すると、各々の持ち場に戻って行くのであった。
長らくお待たせ致しました。
なんとか次回からは早めにお話をお届けできる様に
頑張りたいと思います。m(_ _)m




