21 武芸者達の悲劇
眩い金色の光がその輝きを収めると、そこには寄り添い合う少年と少女が、眠る様に横たわるエクト中佐を静かに見下ろしていた。
その光景を声も無く呆然と見つめる者達は、今度は少女が金色の光を纏いだしたのを見て息を呑む。
『あ、あの……ご主人様?』
『いいから、いいから。目を閉じてお祈りのポーズしてみ?』
『こ、こうですか?』
『そうそう、おお……やっぱ人間サイズは大人っぽくて良いな……』
『はう……ご、ご主人様……これは……』
主人の意図が分からず困惑するミルクが言われるがまま指示に従うと、リュウは緩みそうになる口元を堪えてミルクの衣装をチェンジし、偵察糸を伸ばして自身を見るミルクはその姿に呆然とした。
ミルクはウエストをキュッと引き締められた真っ白なロングドレスに身を包んでおり、頭部や首元を金や銀の装飾で彩られていた。
背中には天使の翼まで出されてしまい、どこからどう見ても天使か女神といった出で立ちだったのだ。
『演出だ、演出。実はもうクタクタでさ、この場を纏めたり解散させたり、お前に任せたいんだよ……俺の思惑通りなら、きっと上手くいくから頼むな? 代わりにその辺に残ってる人工細胞は俺が運ぶから、簡単に纏めてくれ』
『それは構いませんが……その、む、胸元を隠して下さい……大胆過ぎて……』
そうして主人の説明には納得して、周辺に残る複製体三体分の人工細胞を主人のプロテクターやバックパックに変えていくミルクではあったが、このままでは後の指示を実行できない、と主人に衣装の一部変更を赤い顔で要望した。
ふんだんに人工細胞を使った衣装なのに、胸元だけは大胆にカットされて谷間が露わになるデザインだった為だ。
しかも胸を盛った為にリュウが持つイメージとズレが生じ、ゆったりした感じが失われ、少々主張が激しいのである。
一方、多過ぎる人工細胞のプロテクターで身を固められたリュウは、自身の腕や足を見て某アニメのロボットみたいだ、と厨二心をくすぐられていたりする。
『ダメ』
『ダメっ!? そそ、そんなっ! こんなの恥ずかし過ぎますぅ! ロックを解除して下さいぃぃぃ!』
耳を疑う主人の却下に、ミルクは慌てふためいた。
マスター専用回線によってビジュアルプログラムがロックされた為、ミルクでは衣装の変更が出来ないのだ。
だがそんな二人を遠巻きに見る者達には、女神が少年を叱るか心配している様にしか見えていなかった。
『ダメ。それじゃないと意味ねーの。俺はアイスのヘルプに行くから。堂々として微笑んでりゃ、大丈夫だって! それとエクト中佐はヨルグヘイムに操られていた事にすれば問題無いだろ……あ、あと、キエヌ聖国の件もな。もしごねる様なら、星巡竜の怒りを買う事になるとでも言ってやれ。ほれ、星巡竜の使いとして頼んだぞ!』
『そんなぁぁぁっ!』
ミルクの懇願を再び無下に却下するリュウは、左手でガリガリと頭を掻きながら言いたい事だけ言うと、ミルクにくるりと背を向けてアイス達の下へと歩き出す。
抗議の叫びも虚しく、左手をひらひらと振って去って行く主人に置いていかれたミルクは、その時になってハッと我に返り、兵達の方に向き直って息を呑んだ。
誰もが恍惚とした表情でミルクを見つめていたからである。
「あ……う……」
言いつけを拒否出来なかったミルクが、無駄だと知りながら主人の頼み事を逃げ出したい思いで上書きしようと足掻いている。
しかし主人の頼み事が重要事項だと理解出来るミルクは、早々に抵抗を断念してエルナダ軍の将校達を瞬時に選別すると、その階級章をチェックする。
そして比較的近くに居たリント大尉が最高位だと分かると、大きく深呼吸をして震える足を踏み出すのであった。
「リュウ、凄い……二つ目のコアも使える様になったんだ……」
リュウの無事を一心に願っていたアイスは、新たな竜力を感知してしばし呆然と事の成り行きを見守っていたが、光を収めてリュウがこちらに歩き出したのを見て赤い顔で呟いていた。
『アイス様の願いが通じたんですよ! 本当に良かったですぅ!』
「あの光がそうなのか……一時はどうなる事かと思ったが……大したものだ……」
その呟きを切っ掛けに、ココアは明るい声で喜びを露わにし、ロダ少佐はほっとした心境を吐露していた。
『さすがはご主人様ですぅ! アイス様ぁ、ココア達も負けてられませんね!』
「そ、そうだね! もう……どうしてこんなにしつこいのぉ! リュウがこっちに来ちゃうのにぃ!」
「彼らの執念は異常だな……薬の仕業にしても、あまりにも酷い……」
そしてココアがまた一人、武芸者を地面へ這いつくばらせて俄然やる気を見せると、アイスは依然として障壁を突破しようと藻掻く武芸者達のしつこさに困り顔で憤慨し、ロダ少佐も武芸者達の様子にドン引きしていた。
「俺が一番乗りだあああっ!」
「なにを~! 負けるかあああ~!」
「てめえら、もっと気合入れやがれ!」
「そういうお前が入れやがれ! 腰抜け!」
「言いやがったな! この野郎!」
「何だよ、やんのか! 腰抜け!」
ココアと戦わず、逃走した捕虜であるロダ少佐を捕らえようとした三百人余りの武芸者達は、最初こそ静観する者もかなり居たものの、仲間の熱に煽られたのか、今では一人の例外も無く淡く輝く障壁に武器を叩き付けていたが、今ではその目的すら忘れてしまったのか、仲間内で争う者まで続出し始めていた。
一方、ココアに戦いを挑んだ南側の百名程はココアの強さに薬まで使用したが、既に全員倒されてしまい、ココアは現在遅れて合流して来た南からの連中を相手にしていた。
この戦闘にはエルナダ兵はおろか、連合王国の正規軍すら参加していないのが、より武芸者達の異質さを際立たせている。
「どうやらこれで……ラストねっ!」
「ぐあっ!」
また一人、ココアの華麗な回し蹴りを喰らって倒されると、距離を置いて控える武芸者達が残っているにも拘らず、ココアはふうっと一息吐きつつ乱れた身なりを整え始めた。
取り巻く武芸者達の及び腰振りを見て、掛かって来ないと見越しているのだ。
と、そこへ一人の武芸者が恐る恐るココアの前に進み出て、ココアはやれやれと口を開く。
「あのね……これは度胸試しじゃないの! いい加減もう……殺すわよ?」
前に出たまだ三十前くらいの武芸者は、ココアの瞳が感情が抜け落ちたかの様にスゥッと細められたのを見て足を止め、ゴクリと喉を鳴らした。
そして声が出ないのか、パクパクと口を開け閉めしていた武芸者なのだが、拳をぎゅっと握り締めると、キッとココアを睨んだ。
「結婚して下さいっ!」
男の大音声が轟き、辺りがシーンと静まり返る。
完全に意表を突かれたココアが声も無く固まっているが、次第に顔色が見る見る赤くなっていく。
大衆の面前での命を振り絞った様な武芸者の告白に、ココアさんは多少グラッと来たのかも知れない……。
「て、てめえ! 抜け駆けとは卑怯だぞ!」
「畜生! 先を越された!」
静寂を破ったのは他の取り巻き達であった。
一斉にココアの前に男達が集まりだして、思い思いに告白を始めた。
「な……な……」
その時になってようやく声を漏らすココアなのだが、まだまだパニック状態から抜け出せない様である。
『お~、モテモテじゃん、ココア! 良い相手でも居るのか~?』
「――ッ!? ち、ちがっ! 違いますぅぅぅ! 全っ然、違いますぅぅぅっ! コ、ココアはご主人様一筋ですぅぅぅ!」
そんなココアを正気に戻したのは、楽しそうにからかうリュウの声であった。
真っ青になって慌てるココアの叫びに、今度は武芸者達が固まり、そして次々に崩れ落ちていく。
脳内に流れて来るココアからの音声で、リュウはココアの手が空いたと判断した様だ。
『そかそか。なら、手ぇ貸してくれよ。あちこち痛くてキツイんだよ……』
「は、はいっ! 直ちに!」
そして主人の要望を聞いたココアは、瞬時に翼を展開してむせび泣く武芸者達を置き去りに飛翔して、主人の下へ急行する。
そんなココアを大勢の者が口を開けて眺めているが、既に主人も空を飛んだ事を皆に知られているのでココアに自重は無い。
「ご主人様ぁ! ご無事で良かったですぅ!」
「あがっ!」
「あっ! す、済みませんっ!」
「うう~、一番痛い所を……」
「ホントにごめんなさい!」
満面の笑みで主人の下に降り立ったココアはつい、いつもの指定席である主人の右腕に掴まろうとして主人を涙目にさせてしまい、平謝りに謝りつつも痛覚を遮断しようと人工細胞を主人に繋いだ。
「あ、痛覚遮断措置が……」
「さっきミルクがやってくれたんだけど、あちこちやられ過ぎててあんまり効果が無え……それよりアイスの所まで運んでくれ……その方が多分早い……」
「え、でも……ご主人様を運ぶには細胞が足りません……」
しかし既に措置が取られている事に気付いたココアは、主人の要望に困った顔になった。
ココアの翼は自身の倍以上の重量を運ぶ様には出来ていないのだ。
なのでリュウは自身のバックパックを体内に戻し、新たなコアに意識を向ける。
「これならどうだ?」
「ふあっ!? 凄いですぅ! 何だかココア、パワーアップですぅ!」
すると金色の光と共にココアに人工細胞が譲渡され、ココアは一瞬驚いたもののすぐに嬉しそうにして主人の左側へ回り、肩を貸す様にして翼を開いた。
翼は若干面積が大きくなった程度であったが、ココアは苦も無く主人と共に地面からふわりと浮き上がる。
足りない揚力を金色の光が補っているのである。
「よし。んじゃアイスのとこまで頼むわ」
「はい、ご主人様ぁ!」
そしてリュウを抱えたココアは、嬉しそうにアイスの待つ岩場へと飛翔する。
「そうか……二つ同時には竜力使えないのか……」
「と、父さまや母さまなら出来るんだけど……ごめんなさい……」
アイスの下に辿り着いてロダ少佐と再会を喜んだリュウに、傷を癒して欲しいと頼まれたアイスであったが、同時に二つの竜力を操れずにシュンと項垂れた。
「あー、いやいや、なら別に後で良いんだって! アイスは良く頑張ってるって!」
「アイス様ぁ、ココアが片っ端から黙らせて来ますよ!」
そんなアイスにリュウとココアが腫物を触る様に場を取り繕うのを、ロダ少佐が少々怪訝な顔で見ている。
「そ、そうだな……ココアが居れば大丈夫だな。パワーアップしたし……」
「ううん、大丈夫……ア、アイスだって、出来るもん……」
「アイス……様ぁ?」
だがココアの提案にリュウが乗っかろうとしたのをアイスが拗ねた様に止めて、ココアは不思議そうにアイスを見つめた。
「もう……アイス怒ったもん……どうしてみんな仲良くしないの!」
「お、おい、アイス!?」
「ピ、ピチュンはダメですよ!? アイス様!?」
そして呟きと共にすくっと立ち上がるアイスが頬をパンパンに膨らませたのを、リュウが意外そうに見つめ、ココアは悲惨な結末を想像して恐る恐る声を掛けた。
「お、おい! アイス!」
だが次の瞬間には、アイスは岩場を越えて障壁越しに醜く争い合う武芸者達の前へと飛び出していた。
とは言っても、彼らを一望できる数十メートル手前、地上数メートルで滞空しているのだが。
そんな空中にふわふわと浮かぶ美少女に気付いた武芸者達が、男も女も関係無く次第に静かになっていく。
「どうして仲間達で争うの!? 仲良くするの!」
しんと静まり返った武芸者達の耳に可愛らしい声が届いたその時、障壁が燦然と輝いてその形状を新たにした。
「ぐあっ! う、動けねえ!」
「何なんだ、これは!?」
障壁が武芸者達を包み込んで薄く伸び、窮屈に横一列にされた武芸者達は方々で困惑の叫びを上げている。
それでも障壁はギリギリと容赦無くその幅を狭めていき、遂には武芸者達が音を上げ始める。
「わ、分かった! もう降参だ! だから助けてくれ!」
「お嬢ちゃんの勝ちだ! だから緩めてくれ!」
方々で参っただの、争わないだとの苦しそうな声が上がり出し、アイスはふっと肩の力を抜いた。
それを見た武芸者達が安堵の表情を見せるが、未だ緩まない障壁に困惑の表情を浮かべる。
「お、お嬢ちゃん! もう争わないから……こ、これを解いてくんねえか?」
一人の武芸者がアイスに何とか声を絞り出すと、その男にアイスは顔を向けた。
「ホントにもう争わない?」
「争わない! 約束する!」
「みんなと仲良くする?」
「する! 仲良くする!」
アイスの問いに答える男に倣って、武芸者達がコクコクと頑張って頷いている。
彼らの苦悶の表情から察するに、障壁は相当彼らを圧迫している様だ。
「凄えな、アイスの障壁……」
「あれはキツそうだな……」
「まさか、あのままピチュンしませんよね? ね?」
「それは無いだろ……じゃなきゃ問い掛けねーって……」
岩場の陰では三百人余りを障壁で拘束するアイスにリュウとロダ少佐が感嘆し、ココアが不吉な心配をしてリュウに呆れられている。
「じゃあ、ちゃんと仲良くしてね?」
「わ、分かったぜ! お嬢ちゃん! ――ッ!?」
疑いの目を解いたアイスが仕方が無いなぁ、と念押ししたのを男が応じ、周りの武芸者達も許された、と安堵したその時だった。
強制的に武芸者達は一斉にくるりと横を向かされ、向き合う者と背中合わせの者とに交互に並ぶ形にされてしまった。
「お、お嬢ちゃん?」
「ちゃんと仲良くするんでしょ?」
困惑する男にアイスがニヘッと笑うと、向かい合う者達の距離が縮まり始める。
「待ってくれ! お嬢ちゃん!」
「まっ! まさか!?」
「おい、ち、近寄るな!」
「う、嘘でしょ!? こんなのって無いわ!」
身動き出来ぬまま向かい合う相手との距離が縮まり、皆は今から何が始まるのかを察して青褪め、悲鳴を上げ始めた。
そう、アイスの仲良しの証明とはチューなのである。
そんな彼らの耳に、アイスの悲しそうな声が届く。
「仲良くするって……嘘なの?」
「う、嘘じゃない! けどこれは勘弁してくれ!」
「そうよ! せめて、相手を選ばせてっ!」
「お、俺はまだ初めてなんだ! 助けてくれ!」
「そんなの……ダメっ!」
それに青褪める武芸者達が必死の形相で懇願するのだが、アイスはぷうっと頬を膨らませてダメ出ししてしまった。
「ちょーっ!」
「嫌ぁぁぁっ!」
「うわ、うわー!」
「「「んんん~……」」」
「アイス……エグいな……」
「う、うむ……これはキツ過ぎるな……」
「わお……アイス様……容赦無いですね……」
一斉に無理矢理口づけさせられる武芸者達に、リュウ達がドン引きしている。
そして数十秒後、障壁が解除されると同時に崩れ落ちる武芸者達。
「もう争っちゃダメだからね?」
「「「はい……」」」
ショックで呆然とする者、涙が止まらない者、赤い顔でモジモジする者、反応はそれぞれであったが、アイスの言葉にビクッと反応して返事している所を見ると、彼らもアイスの恐ろしさが身に染みた様である。
見れば武芸者達の近くに居た正規軍の兵士達も、満足そうに微笑んで去って行くアイスに戦慄の表情を向けていた。
「リュウぅ、お待たせ~! 今から頑張って治すから、安心してね!」
「お、おう……お疲れさん、アイス……よろしく頼むよ……」
嬉しそうに戻って来たアイスに未だ引き気味のリュウであったが、苦痛から解放されるに従って口数も増え、皆はその場でミルクの帰りを待つ事にするのだった。
いつも読んで下さりありがとうございます。
今回は…シリアスが続いた反動が出てしまったの…。




