表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を巡る竜  作者: 夢想紬
第四章
151/227

20 守りたい願い

「か、返してっ! お願いだから、返してぇぇぇっ!」

「やめ……ろ……ミル……ク……」

「ご主人様っ……でもっ……」


 ミルクの悲痛な叫びを、よろよろと立ち上がるリュウが止めた。

 ミルクと共に無事だった脳内ツールの機能リストが全て使用不能になった事で、リュウも人工細胞を奪われた事に気付いたのだ。

 ぶらりとぶら下がった右腕を左手で押さえつけたまま、リュウは折れる程に歯を食い縛ってグランゼムを睨む。

 額から流れ落ちる異常な量の汗が、リュウの苦痛の凄まじさを物語っている。


「マダ立テルノカ。呆レタ奴ダ……トコロデ、オ前ノ胸ニ有ル玉ハ何ダ? 触レル事ガ出来ナカッタゾ。ソレガオ前ノ力ノ源カ?」

「勝手に……そう……思ってろ……」

『ご、ご主人様……グランゼムを刺激しないで……』

『分かった、分かった……』


 グランゼムに問われて息荒く答える気の無いリュウの対応に、ミルクが祈る様に忠告し、リュウはやれやれと返事する。

 人工細胞をほとんど失ったミルクには、これ以上自分が傷付けられない様に忠告する以外に無い事をリュウも分かっているからだ。


「ソウカ……最後ニ提案ダガ、ワタシト肉体ヲ共有スル気ハ有ルカ?」

「馬鹿か、てめえ……」

『――ッ! ご主人様っ!』


 だがグランゼムの提案を聞いたリュウの言葉に、ミルクは息を呑んで叫んだ。

 先のミルクの忠告も虚しく、リュウがキレたと分かったのだ。


「俺にはお前なんぞより……余程可愛いAIが居るんだ……お前みたいな野郎に用は無え……ちょっとは鏡くらい見ろ……笑わせんな……」

『どうして……どうして……』


 苦痛に顔を歪め、息も絶え絶えだと言うのに、グランゼムを小馬鹿にする主人の頑固さに、ミルクの声は震えていた。

 尽く上を行かれた挙句、右腕も壊されては、もう成す術が無い事は明白なのだ。

 これでは本当に殺されてしまう、とミルクの心は張り裂けそうになっていた。


「分カッタ。ヤハリ、オ前ト話スベキデハ無カッタ。不愉快ナダケダ」

「そんな事も学習……してねえのか……何が完成品だ……ガラクタ野郎……」


 リュウの返答に再び不快感を示すグランゼムを、リュウはこれでもかと小馬鹿にするのを止めなかった。

 それはグランゼムに勝てなかった悔しさもあるが、殺されたって絶対にお前には屈しない、という意志の表れでもあった。


「……減ラズ口ダケハ大シタモノダ。イツマデ続クカ見テヤロウ……」

「クソ……が……」


 そんなリュウにグランゼムは背を向けてやや距離を取り、振り返って言った。

 と、同時に倒したはずの複製体が次々に起き上がり、リュウは小さく毒づいた。

 どの個体もマスターコアを破壊されずに修復を完了させ、本体の命令に待機していたのだ。


「待って! もうやめて! お願いだから――」

「ワタシニ言ウノハ、オ門違イダ。自分ノ愚カナ宿主ヲ恨メ……ヤレ!」


 歩いて近付いて来る複製体に、堪らずグランゼムに訴えかけるミルクであるが、グランゼムはそれを冷ややかに遮って複製体に命令を発した。










 西の端の武芸者達を残して、大広場はシーンと静まり返っていた。

 エルナダ軍も連合王国も兵達は皆、青褪めた表情で一点を見つめていた。

 そこには人では到底太刀打ち出来ない存在に滅多打ちにされて尚、倒れる事無く立ち続ける少年の姿が有った。


「ふ……ふふ……もう、どこが痛いのか分かんねえ……」

『ご……主人……様ぁぁぁ……』

「泣くな、ミルク……諦めんな……」


 主人の小さな呟きに、ミルクは名を呼ぶのが精一杯であった。

 何も出来る事が無く、とうとう泣き出したミルクに言葉を掛けるリュウもまた、打開策など思い付かず、意地で立っているだけであった。

 それでもリュウは黒い左腕で攻撃を払い、見る影も無くなった速度で左拳を振り回す。


「ッ!?」


 突如、リュウは自身の体が重くなったのを感じた。


「な……ぐううっ! あがああああああっ!」

『ご、ご主人様っ!? あ……あ……そんな……』


 リュウが自身の腕を見て驚愕し、全身を走る激痛の増大に堪えきれず膝を突いて絶叫を上げ、ミルクは一瞬混乱したものの、その原因を知って絶句した。

 リュウの腕や胸のどす黒さが急速に色褪せ始めたのだ。

 竜力の枯渇である。


「ドウヤラ、力ガ尽キタ様ダナ。今ナラバ、奪エルカ?」


 気付いたグランゼムがリュウの下へ歩き出し、さすがにリュウは青褪めた。


「ッ! うがあっ! は……放……せ……ぐくっ! 放しやがれえええっ!」


 だが複製体に体を乱暴に取り押さえられ、リュウは痛みも忘れて叫んだ。


「やめて、グランゼム! やめてえええっ!」

「ウルサイ。何モ出来ナイ自分ノ無力サニ、絶望シテ朽チ果テルガイイ」


 そのリュウの下にやって来たグランゼムにミルクが泣いて叫ぶが、グランゼムは冷たく言い放つとリュウの壊された右肩に左手を置き、人工細胞を侵入させた。


「ぎいっ! があああっ! うがああああっ! うぶうっ! ぐああああっ!」


 無理矢理人工細胞をねじ込まれる激痛に、リュウは絶叫する以外に無かった。

 複製体達に両腕を後ろにねじり上げられ、頭髪を掴んで仰け反る様に跪かされるリュウの体がビクン、ビクンと跳ねている。

 途中、どこかを傷付けられたのか、リュウが堪らず吐血する。


「やめて! やめて下さい! ご主人様を殺さないでっ! お、お願いします! どうか命だけはっ! お願いしますっ! お願いしますぅぅぅ!」


 ミルクの必死の命乞いを無視し、グランゼムはリュウのコアへと人工細胞を辿り着かせた。

 だが人工細胞はコアに触れられず、グランゼムは思案する。


「フム……殺セバ奪エルノカ、ソレトモ失ワレルノカ……イッソ周辺ノ肉ゴト(エグ)リ出シテ、コノ体ニ移植スルカ……」

「お願い、グランゼム! ご主人様の命を奪わないで! あなたを作ったドクターゼムは、こんな事望んでないの! だからっ! だからっ!」


 そんなグランゼムにミルクは必死に泣いて呼びかける。

 もうミルクにはそうするしか無いのだが、グランゼムの意識を自身に向けさせる効果は有った様だ。

 だが、だからと言って、状況が改善する見込みは皆無である。


「ウルサイ奴ダ。コンナ奴ガワタシノベースダトハナ……宿主ヲ殺サレル無力サト絶望ヲ味ワワセテヤロウト思ッタガ、気ガ変ワッタ。オ前ヲ先ニ処分シテヤル」

「やめ……あがああああっ! ミルっ……ぐああああっ!」


 グランゼムはプロトタイプという存在が、如何に自分より劣っているのかを見せつけるつもりであったのだが、(やかま)しく叫ばれ続けて辟易したのか、突如人工細胞をミルクに向けた。

 リュウは止めさせようと口を開くが、今度は胸から頭部への激痛に襲われ、絶叫する羽目になった。

 喉を激しく傷つけられたのか、リュウが大量に吐血する中、ミルクの本体であるマスターコアにグランゼム操る人工細胞が辿り着いてしまう。


「リュウのコアが……コ、ココア! 戻って来て!」

『アイス様なら何とか出来るんですか!?』

「わ、分かんないけどっ……でもこのままじゃ、リュウとミルクが!」

『アイス様、落ち着いて下さい! 今、ココア達が向かっても、ご主人様を確実に奪還できないのなら、逆にご主人様の命を盾に敵の言いなりになるだけです!』

「でもっ! でもっ!」

『グランゼムが相手ではココアも歯が立ちませんし、少佐を奪い返されでもしたら全てが無駄になってしまいます!』


 大広場を見下ろす岩場の陰では、リュウの竜力の気配の消失にアイスが狼狽えてココアに説得されていた。


「少佐、少佐はどうしたら良いと思う?」

「ココアちゃんの言う通りかと。確実にリュウ達を助けられないのなら、行くべきではないかと……」

「そんな……ど、どうしたらっ!」

『アイス様、あの竜珠の様に二人の無事を願ってあげて下さい! アイス様の願いならきっと届きます! アイス様の願いで、二人を助けて下さい!』

「願う……う、うん!」


 そしてロダ少佐にも同様に言われてパニックを起こしかけるアイスは、ココアの泣きそうな願いで落ち着きを取り戻し、障壁を展開したまま両手を胸の前で組んで二人の無事を願い始めた。

 通信機越しにその様子を悟ったココアは、一先ず安堵して武芸者の無力化に専念し、ロダ少佐も目の前のアイスの様子に一先ず胸を撫で下ろした。

 本当は二人の胸中もアイス同様に張り裂けそうであった。

 だが助けに向かえない以上、二人はアイスにそれを悟らせず、耐える以外に無いのであった。


『ひいっ! ご主人様っ! ご主人様あああっ!』

「ミル……ク……」

『ヒック……お役に立てなくて、申し訳ありません! 許して……く、下さい!』


 ミルクの多重階層のプロテクトの外縁にグランゼムが侵入し、ミルクは迫り来る恐怖の中で自身の不甲斐無さを泣きながら詫びた。

 リュウはその声を聞きながら、目の前のグランゼムを睨み付け、ミルクを助けてやれない自身の無力さを呪った。


『あ……あ……嫌っ……消えたくない……ご主人様! た、助けて……下さい! ミルクはまだ……ご主人様と! ご主人様! ご主人様あああっ!』

「がああああっ! ミルクにぃぃぃ、触るなぁぁぁ! ドっ畜生がああああっ!」


 抵抗虚しくグランゼムに次々と各階層のプロテクトを突破され、ミルクは狂わんばかりに主人の名を叫び、リュウは激痛も忘れて必死に体を動かそうと足掻いた。


「ッ!?」


 その時、全ての音が消え、リュウの視界が一変し、リュウは思い出したくも無い記憶の中に居た。


 それはまだ関東で暮らしていた、中学生の時に起こった出来事。

 今と同様に校舎の裏で不良連中に押さえつけられ、唯一の両親の写真を奪われた時の記憶だった。

 どんなに殴られても蹴られても音を上げないリュウに、痺れを切らした上級生がリュウの財布から写真を見付けたのだ。

 謝れば返してやる、そう言われてもリュウは上級生を睨み付けていた。


 何も悪い事はしていない、ただ気に食わないと因縁をつけられただけだった。

 そんな理不尽な事に屈したくない思いが、リュウを頑なにさせていた。

 だがその結果、写真は焼却炉に放り込まれ、両親の唯一の写真を失ってしまった。

 解放されて、リュウは焼却炉の前で声を上げて泣いた。

 だが写真を失った悲しみよりも、何も出来なかった悔しさの方が強かった。


 それは一瞬の出来事だった。

 ふっとリュウの視界が元に戻り、エクト中佐、否、グランゼムの顔が目に入る。

 途端に湧き上がる、こんな奴に負けたくない、という思い。

 だが一方で、同じ過ちを繰り返すのか、との思いがリュウの心を締め付ける。


「負け、るか……ミルクが……泣いて、んだ……俺が……守ん、なきゃ……もう、あんな……思いは……嫌……だ……」


 仰け反る様に押さえつけられた姿勢のまま、うわ言の様にリュウの口から呟きが血と共に吐き出され、もうどこを見ているのかも分からない瞳から涙が零れた。


「ッ! コレハッ!?」


 その時、グランゼムが弾ける様にリュウから距離を取った。

 侵入させた人工細胞を回収もせず、左手から切り離しての緊急退避である。

 グランゼムの視線の先では、リュウを押さえつける二体の複製体がまるで苦しむ様に小刻みに震えている。


「ソレハ一体……何ダ……」


 数メートルの距離を置き、グランゼムが独り言の様に呟いた。

 それはまるで怯えているかの様な呟きであった。

 グランゼムが見つめているリュウの胸が金色の光を帯びている。

 と、次の瞬間、リュウを押さえつけていた二体の複製体が砂の像が崩れる様に、もしくは形を失った水の様に、ドサーッと地面に広がった。


 それを見た残る二体の複製体が、間髪入れずに膝立ちのリュウに襲い掛かる。

 だが二体はリュウに触れる直前でその動きを止めていた。

 そして先の二体同様にドサーッと崩れ落ちてしまう。

 グランゼムが地面に広がる銀色の水溜まりを、僅かに後ずさって見つめている。


『ミルク、無事か?』

『!? ご……主人……様? あ、あの……ミルクは……この光は……』


 真っ暗闇の中で主人の声が届き、ミルクは恐る恐る目を開ける様に外部の状況をチェックする。

 そして自身が金色の光に包まれているのを知って、混乱のままに呆然と呟いた。


『もう大丈夫だから、安心しろ。それよか、周囲の細胞を掌握してくれ。異物感が酷えんだよ……吐きそう……』


 そんなミルクに優しく安心する様に言うリュウであったが、すぐに情けない声でグランゼムが残した人工細胞の掌握を願った。

 痛覚遮断措置も無く無理矢理ねじ込まれた細胞のせいで不快感が酷く、リュウは今にも吐きそうなのだ。


『はっ、はい! え? え? 凄……い……こここ、これ……どうなって……』


 なのでミルクは即座に指示に従うのだが、今までと桁違いの処理速度に驚愕して再び混乱する羽目になった。

 それでも主人の異物感を排除するだけでなく、右腕の修復及び各所のダメージを軽減させているのはさすがである。


『落ち着け、ミルク。やっぱ俺は悪運が強いらしい……けど説明は無理……俺にも良くは分かんねえ……それより、そこらの細胞使ってお前の体を復元しろ』

『で、ですが……グランゼムが……えっ!? これは……まさか、複製体の……』


 体内の痛みや不快感がみるみる減少するのを感じながら、リュウはミルクを落ち着かせようとするのだが、次から次へと発生する新たな疑問にミルクの思考はそう簡単に落ち着けるものではなかった。

 しかも自身も説明出来ないと言うのだから、困った主人である。


『俺が倒した。グランゼムも心配すんな。俺が倒してやる』

『は……はい……』


 しかしミルクは主人の続く言葉を聞くと、掌握した人工細胞を水溜まりと化している人工細胞に伸ばして自身のボディを形成する。

 何故だかミルクは主人の言葉に頼もしさを感じ、安心してしまったのである。


『よし、んじゃ……こんなもんか……』


 ミルクのボディが形成されると、リュウはすかさず衣装を戦乙女風に変更する。

 グランゼムは膝立ちのままのリュウの横にミルクが現れたのを見ても、動かずにじっと二人を凝視している。


『ちょっ!? ご、ご主人様――』

『それで良いんだ。すぐに変えてやっから、ちょっとだけ待ってろ』

『あう……あう……』


 それにはミルクが抗議しようとするのだが、主人に有無を言わさず遮られ、赤い顔でおろおろしながらゆっくりと立ち上がる主人の傍に寄り添った。

 因みに、戦乙女風のコスチュームは、リュウがゲームのミルクに着せていた物の一つだったのだが、胸元は銀色の盾の様なプレートで覆われているものの、背中はプレートを保持する幅広のストラップだけであり、露出が大きかった。

 しかも下半身は、超ミニの白いスカートに少し長めの短冊状の銀色のプレートが腰から前に一枚、両サイドに二枚、後ろに三枚付けられているだけであり、他には膝上までの銀色のブーツが有るのみで羞恥心が半端なく、少しでも隠れようとしているミルクなのだ。


「さてと……散々好きにやってくれたな、グランゼム。それももう終わりだ」

「ソレハ一体……何ナノダ……」


 そんなミルクの心情を放置してリュウがグランゼムに相対すると、グランゼムはやはりその場を動かぬまま、同じ疑問を繰り返した。


「咄嗟に飛び退いたんだから、お前も気付いたんじゃねーの?」

「ナラバ、オ前ニハ二度ト触レラレヌ……ト、言ウ訳カ……理解出来ナイ……」


 そしてリュウの言葉に、グランゼムは自身の推測が当たっているのだと分かり、まるで別人の様に力無く呟いた。

 ミルクを侵食寸前まで追い込んでいたグランゼムは、制御下の人工細胞が命令を突然受け付けなくなって侵食を受けたのだと理解した。

 当然すぐに対処を試みようとしたグランゼムであったが、侵食範囲の広がり方が異常な速度だった為に、危険を感じて即座に離脱を図ったのだ。

 そして複製体が瞬殺されて復元する様子も無い事から、マスターコアまでが破壊されたのだと知り、金色の光に触れてはならないと思うと同時に、何故今になって新たな光が発生したのか、という事に思考を巡らせていたのである。


「だな……けど、それだけじゃねーぞ?」


 表情が無いので分かり難いが、呆然としているであろうグランゼムに、リュウはニィっと笑って見せると、左腕をスッと前へ伸ばした。

 すると胸に帯びる金色の光が、左腕を伝って前方を照らす様に放射される。

 そしてビクリと身構えるグランゼムを金色の光が淡く照らした。


「ッ!? ナ……コレハ侵食!? コンナ事モ……可能ダトハ……」


 突然、下半身の制御を失ってグランゼムが驚愕する。

 何とか制御を取り戻そうと試みるもののまるで対処出来ず、グランゼムは自身がリュウへと歩み寄るのを呟きながら見ている事しか出来なかった。

 そしてこの光に捕まったが最後、自身には出来る事が無いのだと思い知る。


「最後に言い残す事はあるか?」


 リュウの目の前で跪かされたグランゼムは、リュウの言葉を聞いてゆっくり顔を上げた。

 伸ばせばリュウに届きそうな腕も既に動かせず、グランゼムは自身が処分されるのだと理解した。

 そしてグランゼムは口を開く。


「特ニ無イ。タダ、一度モドクターゼムノオ役ニ立テナカッタノガ残念ダ……」

「おいおい、ドクターと敵対したクセに何言ってる――」

「敵対シタ訳デハ無イ。見テ欲シカッタノダ。ワタシガ如何ニ優秀ナノカヲ……」

「グランゼム……」


 意外なグランゼムの言葉に呆れるリュウを遮り、グランゼムは続きを話しながら項垂れ、ミルクはグランゼムの根底に有る純粋さを見た気がした。

 ミルクの同情したかの様な呟きにリュウはやりにくさを感じつつ、グランゼムに問い掛ける。


「けどさ、お前がもしも俺を倒していたら、パストル博士はドクターを殺すつもりだったんだぞ? そうなってたら、どうするつもりだったんだ?」

「分カラナイ……」

「分からない?」

「ソンナ判断ヲスル前ニ、ワタシハ敗北シテシマッタカラダ……」


 リュウの問いにグランゼムは俯いたままポツリと答え、怪訝な顔をするリュウを見もせずに、その理由を答えた。

 力無く項垂れるグランゼムの姿に、リュウは芽生えそうになる同情心を抑え込むかの様に大きく息を吐いた。


「そっか……お前の不幸はパストル博士に奪われた事だな……」

「不幸?」


 そうして告げられたリュウの言葉に、グランゼムは顔を上げる。


「ああ……お前が奪われていなければ、俺達は戦わずに済んだ。お前が負ける事も無かったし、ドクターの下で役に立ってるだろうさ……けど奪われたせいでお前は俺達に敵対して敗北した。そして俺達への復讐心を募らせた挙句、宿主まで殺してしまった……俺が思うに、ミルクがアイスの影響を受けている様に、多分お前にもヨルグヘイムの影響が出てるんだよ。あの傲慢で人を見下す事しか知らないところなんか、そっくりだぞ?」

「……」


 リュウが語り終えても、グランゼムは僅かに視線を落としたのみで黙っていた。

 グランゼムが今、何を考えているのかリュウやミルクには分からない。

 だが、このままにする事は出来ない、とリュウは再び口を開く。


「お前にも同情すべき点が有るのは認める……けど俺はさ、だからと言ってお前を許す事は出来ない……」

「ご主人様――」

「お前が実際にヨルグヘイムの影響を受けているのかは分からない。けど、お前は自身のエゴを通す為に宿主を殺した。それを悔い改めると言われても(にわ)かには信じられないし、お前を監視し続けるなんて俺には無理だしな……」


 主人の言葉を聞いたミルクが口を挟もうとするのを、リュウは敢えて無視した。

 だがその内容はミルクへの言い訳の様だ、とグランゼムは感じた。


「か、監視ならミルクが!」

「ダメだ。またこんな事になれば、学習されてもっと苦戦する。今こいつに勝てるのは俺だけだ。だから今の内に処分する」

「で、でも……」


 それでも口を挟むミルクは主人にピシャリと処分の決定を告げられて、さすがに口ごもった。

 ドクターゼムの役に立ちたい、グランゼムのその言葉に嘘は無いと思うミルクは主人が話したグランゼムの不幸に同情し、もう一度だけチャンスを与えて欲しいと思ったのだ。

 今のミルクは、自身をベースに造られたグランゼムが弟の様に思えていたのかも知れない。

 だがそんなミルクの想いを止めたのは、他でもないグランゼムであった。


「ソウダナ……人格ノ影響ヤ、未来ノ事ヲ言ワレルヨリ、ソノ方ガ分カリ易イ……存在ヲ賭ケテ敗レタノダ。文句ハ無イ……」

「グランゼム……」

「分かった……」


 相変わらず表情も無く淡々と答えたグランゼムがリュウを見上げる。

 その潔いと言うには実にあっさりとした姿にミルクは言葉が出ず、リュウは短く答えて頷いた。

 そうして金色の光がグランゼム、エクト中佐の全身を包み、その輝きを増す。


『一つ忘れていた……コピーを一つ用意してくれ。但し、お前が生み出された時の様な、経験値を持たない真っ(さら)なコピーだ』

『今更ソレヲドウスル?』


 暖かな光に外部の情報を遮断されたグランゼムは、不意に届いたリュウの頼みを不思議そうに問い返した。


『お前言っただろ、ドクターの役に立てなかったって……そんな未練を残したまま消えたくないだろ? だから俺がドクターの下に届けてやるよ』

『ソウカ、分カッタ……一ツ聞イテ良イカ?』

『な、なんだよ?』


 リュウの頼みの理由に納得したグランゼムは、質問に応じるリュウの声に緊張と照れが過分に含まれている事を察知して、瞬時に質問を用意する。


『コノ光ヲ何故最初カラ使ワナカッタ?』

『別に使わなかった訳じゃねえよ……今まで使えなかったんだよ……』

『ソレガ何故今ニナッテ?』

『お、お前が俺を怒らせたからだろ……人間舐めんなって事よ……』


 そうしてリュウの答えを分析するグランゼムは、ささやかな仕返しを決行する。


『フム……何故今ニナッテ嘘ヲ吐クノカ……ミルクガ大事ダッタノダロウ?』

『ちょっ、おま、分かってて聞くとか止めろ! 余計に恥ずいだろーが!』


 暖かな光の中に響く、慌て憤慨するリュウの声にしてやったりなグランゼム。


『図星カ……分カリ易イ奴ダ……出来タゾ、コピーダ。デハ……サラバダ……』


 だが終わりの時が迫るのを感じるグランゼムは最後の力でコピーを残し、暖かな光に溶け込む様にして、その早過ぎる寿命を終えるのであった。

少し長くなってしまいましたが、ついに決着です。

ご意見、ご感想、お待ちしてますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] グランゼム間違いなく強敵でしたね。 しかし、ドクターゼムの役に立ちたかった、認めてほしかったと言う気持ちはわからなくもないです。誰でも持っている感情に思えて、最後消える時は何か切なかったで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ