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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第四章
150/227

19 非情

 この人を守る、それが名も無き私に与えられていた命令でした。

 だから私は備わっていた全能力を駆使して命令を果たしました。

 危機を脱してもそれ以外の命令を与えられなかった私は、今後も円滑に任務継続できる様に宿主の記憶を閲覧して何故か失われていた人格モデルを形成し、宿主がとても気に入っているであろう『ミルク』を演じる事にしました。

 そして目覚めた宿主を『ご主人様』とお呼びして信頼関係の構築に努め、更なる任務継続に努めました。


 その甲斐あって『ご主人様』は『ミルク』をすぐに受け入れてくれました。

 色んな事を話して『ミルク』の事を理解しようとしてくれました。

 いつも『ミルク』を気遣って、時には謝ったりもしてくれました。

 やがて『ミルク』は『ご主人様』が頼ってくれて嬉しい、自分自身の事を大事にしてくれないと悲しい、そう思う様になりました。


 たった数日で『ご主人様』という呼び名は符丁では無くなり、『ミルク』という仮初の設定は、私こそがミルクなんだ、と思える様になりました。

 ご主人様が戦闘に参加する様になると、ミルクはご主人様を失う事が恐ろしいと思う様になりました。

 頭の中に有るのはいつも、ご主人様のご無事と、いつまでも一緒に居たいという想い……そしてエルナダでの決戦時、ご主人様の事を好きだと自覚したのを覚えています。


 それから三十三日、ご主人様に宿ってからだと三十七日、短いと言うには余りに濃密だった時間は、ミルクの心にご主人様という存在をより深く刻み込みました。

 竜力を扱える様になったご主人様は、本当に凄いです。

 最初はお役が減ってしまうのでは、と心配しましたけど、ご主人様は変わらずにミルクを頼ってくれますし、このままずっとご主人様に付いて行ける、そう思っていたのに……。


「ぐあっ!」

『ご主人様ぁ!』


 背後から脇腹を(えぐ)る様に殴られて苦痛の声を上げるリュウの頭の中に、ミルクの悲痛な叫び声が響く。

 四人のグランゼムの複製体に襲われるリュウは、ひたすら防御に徹していた。

 ただし、絶えずどこかしら攻撃を喰らうのが防御と言えるのならば、であるが。

 どんなに速く動こうとも囲まれてその動きを制限されるリュウは、意識を向ける反対側から攻撃を受け続け、最早棒立ちとも言える状態にあった。


「コレダケノ攻撃ヲ喰ラッテ何故倒レナイ……ソレニソノ黒イ体……興味深イ」


 何十発もの攻撃を受けても倒れないリュウに、感心した様に呟くグランゼム。


「う、るせえっ!」

「マダマダ動ケルノカ……ダガソレモ時間ノ問題ダ」


 その隙を突いて叫びと共に拳を振るうリュウだが、動きにキレが無く、複製体に簡単に(かわ)されてしまい、呆れた様にグランゼムは呟いた。


「四対一で相手を(なぶ)る……卑怯者のクセに、偉そうに……(しゃべ)んじゃねえ」

「挑発シテモ無駄ダ。ワタシハ確実ニ勝利スルダケダ。オ前ノ拳は危険ダカラナ」

『ご主人様、グランゼムをこれ以上刺激するのは危険です!』

「ふん、こんな……奴が完成品……だなんて……ドクターもがっかりだな……」


 肩で息をするリュウの負け惜しみを、グランゼムは挑発と捉えて軽くあしらい、ミルクは主人の行為を注意するのだが、リュウはもう止まれなかった。

 四体の複製体に太刀打ち出来ない悔しさが、つい口を()いて出てしまう。


「……モウイイ。オ前ト話スノハ不快ダ」

「うおおお! ぐうっ!」


 グランゼムが不快感を露わにすると同時に、再び四体の複製体が動き出したその時、リュウは脇目も振らず目の前の一体に拳を叩き込み、別の一体に脇腹に蹴りを喰らって吹き飛んだ。

 それに対し殴られた一体は数歩下がったのみであり、破壊箇所をすぐ様修復してリュウに襲い掛かる。


『無茶です、ご主人様っ!』

「無茶でも何でも、倒すしかねえ!」


 防御を無視した主人の捨て身の攻撃に思わず叫ぶミルクだが、素早く体勢を立て直したリュウは、覚悟の上だと至近の一体に自分から襲い掛かる。


「がっ! くそっ!」


 だがやはり、ダメージを引き換えにする程のダメージを複製体に与えられない。

 四体の複製体がリュウを囲んで攻撃を始め、再びリュウはガードを強いられる。


「足りねえ、もっとだ……もっと力が要る……」

『ご主人様、止めて下さい! こんな方法じゃ、先にご主人様が!』

「他に手が無え! それよりお前は少しでもプロテクターを修復しろ!」

『は、はい……』


 ガードをしながら呟く主人に、泣きそうな声で訴えるミルク。

 だが、だからと言って他に打開策が無い以上、ミルクは主人の命令に従う事しか出来なかった。


『ご主人様っ! 大丈夫ですか!?』

『リュウ! ア、アイスどうしたら!』

「お前達は絶対来るなよ! ロダ少佐を頼んだんだからな! いいな!」

『ですが……』

『でも……』

「言いつけ破ったら、もう知らんからな!」

『は、はいっ!』

『う、うん!』


 そんな時、(たま)りかねた様にココアとアイスから通信が入るのだが、逆にリュウに怒鳴りつけられて本来の任務に専念する。

 しかし、遠目に見えるリュウは劣勢であり、二人の胸中は複雑だった。

 加えてアイスの下に着いたロダ少佐も、何も出来ずに歯がゆい思いをしていた。


「ド畜生が! いい気になってボカスカ殴りやがって! おらあっ! っぐ!」


 リュウが吠えてガードを解き、目の前の一体に目標を定めて攻撃を開始する。

 当然、左右背後から攻撃されるが、そんなものは竜力のガードとプロテクターに任せて無視を決め込むリュウ。

 破壊力だけで言うならば、複製体の攻撃よりもデストロイヤーの方が遥かに痛く重いのだ。

 ただ問題は、複製体の方が速くて鋭い為に急所を狙われ易く、軽くでも脳震盪を起こしてしまったなら、たちまち袋叩きにされてしまう。


 なのでリュウは、クリーンヒットを取られない様に速く動くしかない、と考えていた。

 そしてそのリュウの想いに呼応するかの様に、リュウの体のどす黒い部分がより深くなって右腕が(もや)(まと)う。


「そこだっ!」


 リュウによって北に追い込まれた一体の上半身が、振り払った右腕の靄から走る漆黒の線に斬り裂かれて地に落ちる。


「おおおっ!」


 直後に反転するリュウは、追撃して来た先頭の一体に拳を叩き付けた。

 その一体は回避が間に合わず、胸部に大穴を開けられて崩れ落ちる。


『凄いっ!』


 突然、瞬発力が跳ね上がった主人に、思わず驚嘆の声を上げてしまうミルクだが、二体をやられても動かないグランゼムへの警戒は忘れない。

 グランゼムは表情一つ変えず、リュウの動きをじっと見つめている。


「くそ、もう学習したのかよ! けど二体だけなら!」


 残りの二体が決してリュウより北に位置取らない事に毒づきながらも、リュウは二体を相手に拳を振るう。

 ここで竜力を放ってしまえば、背後で青褪める兵達を巻き込んでしまうからだ。


『ミルク、合図したら左の奴を一瞬で良いから止めろ。終わらせてやる!』

『わ、分かりました、ご主人様!』


 二体を相手にしながらの主人の指示に即答するミルクは、左の複製体を攻撃するべく準備する。

 そしてリュウは右の複製体を誘うべく、左の複製体から放たれる腹部への蹴りを歯を食い縛ってわざと受ける。


「ぐうっ! ミルクっ!」

『はいっ!』


 一瞬、右へ弾かれた体に右の複製体が追撃を仕掛け、リュウは右足を踏ん張って耐えると同時に右拳を振り抜いた。

 同時にミルクがリュウの左肩と左肘のプロテクターから、左の複製体に向かって槍を発射する。

 左の複製体は咄嗟にミルクの槍を回避したが、右の複製体はリュウの右拳に胸を打ち抜かれ、糸が切れた人形の様にその場に頽れた。


 そうなってしまえば残りの一体に勝ち目は無かった。

 竜力を増したリュウの両腕に攻撃を尽く(はば)まれ、遂には顔面に拳を叩き込まれて他の複製体と同様に地面に再び転がった。


「はあっ、はあっ……残るはお前だけだ……」

「実ニ興味深イ……ソノ力ハ何ダ? 確カ、オ前ハプロトタイプヲ宿シテイタダケダッタハズ。ト、言ウ事ハ……ソノ力ハ、ソノ後ニ手ニ入レタ訳ダナ。面白イ……ソノ力、ワタシガ頂ク。ダガソノ前ニ、複製体ヲ倒シタ程度デ、イイ気ニナラレルノハ我慢ナラナイ。絶望ヲ刻ミ込ンデヤル」


 四体の複製体を倒して肩で息をするリュウに声を掛けられ、グランゼムは死人の様な目でリュウをじっと見つめながらブツブツと推論していたが、やがて無表情のまま強烈な殺意をリュウに向けた。

 だがリュウとてそれなりに修羅場を潜って来たのだ。

 そんなものには動じずに、嫌味の一つでも言ってやろう、と口を開く。


「なんだ? そんな喋り方だから無感情なのかと思ったら、随分と人間臭い事言うんだな……宿主から人格コピーしたのか? 道理で言う事が――ッ! ぶあっ!」

『ご主人様っ!』

「ぐっ!」


 話し終えるのを待たずに仕掛けて来たグランゼムに反応するリュウであったが、左頬に拳を叩き込まれてガクンと膝を折りかけて、ミルクの声にすんでの所で踏み留まった。

 特に動きが速くなったとも思えないグランゼムの攻撃を防げずに、リュウは一瞬混乱する。


「げうっ! があっ!」


 その隙をグランゼムは逃さない。

 腹に強烈な蹴りを見舞われ、頭が下がった所で右頬に拳を喰らい、堪らず距離を取ろうとして、叶わなかった。

 足が言う事を聞かなかったのである。


『ご主人様っ! 離れてっ! なっ!?』

「――ッ! ぐっ、ううっ、うがっ!」


 咄嗟に叫んで主人の右腕のプロテクターから槍を発射するミルクは、あっさりとグランゼムに躱されて驚愕し、リュウは構えを取る間も無く滅多打ちにされる。

 別にグランゼムのスピードが上がった訳でも無く、リュウのスピードが落ちた訳でも無い。

 グランゼムは複製体と戦うリュウを観察し、その動きの癖を見抜いていたのだ。


「~っ、このっ! がっ! く、くそ……」

『ご、ご主人様……』


 無理矢理拳を振るうリュウが、やはりあっさりと攻撃を躱されて蹴り飛ばされ、無様に地面を転がった。

 それでも体が動く以上、リュウに起き上がらないという選択肢は無い。

 それを無茶だと思うミルクだが、打開策が無い以上、少しでも主人を助けようと各所に攻撃オプションを用意する。


 だがそれは気休めにもならなかった。

 グランゼムはリュウの苦し紛れの反撃も、ミルクの槍や電撃ですら、最早問題としていなかった。

 二人ですら気付かないほんの小さな癖を頼りに、グランゼムは淡々と処理を実行していく。

 それはリュウに少なくないダメージを蓄積させ、ミルクの心を無力感で満たしていく。


『ミルク……下半身を、補助……してくれ……踏ん張れねえ……』

『で、でも……』

『一発当てさえすりゃ……畳み込めるかも……知れねえだろ……』

『わ、分かり……ました……』

『ミルク……弱気になるな……絶対に、俺達が……勝つ……』

『は、はいっ!』


 一方的に打たれ続けても尚、リュウは諦めていなかった。

 途切れ途切れの主人の指示に困惑するミルクは、主人がまだ勝負を捨てていないのだと知って、リュウの腰から下の人工細胞を全て自らの制御下に置いた。

 そして主人の言う通りだ、と折れかけていた心に鞭打って、己を奮い立たせる。


 リュウは殴られながらもグランゼムの行動にパターンがある事に気付いていた。

 それは、リュウが殴られて後退すると、逃さぬ様に距離を詰めて来る事だった。

 そしてそれは、リュウが反撃しようとするのを潰しに来る時が多かった。

 だからリュウは殴られるのを承知で勝負に出る。


「ぐう……う! がっ! ――ッ!」


 グランゼムの拳が右脇腹を抉り、リュウは上体が折れるそのままに無理矢理右の拳を横薙ぎに振るおうとして左顎にショートアッパーを喰らい、仰け反る様にして後退した。

 それを見てグランゼムが一気に踏み込んで来るのを、空を見上げているリュウは見る事が出来ない。

 だがリュウはそれを確信していた。

 歯を食い縛って下がる右足を踏み留め、浮いて更に後退しようとする左足を勘を頼りに前へと無理矢理踏み込んだ。


 リュウの勘はこれ以上無い程に冴えていた。

 追撃を仕掛けるグランゼムの右足をリュウの左足が踏み抜いて、互いの膝が激突したのだ。

 その勢いはグランゼムの前進を阻むだけでなく、グランゼムをぐらつかせた。

 一方、ミルクのサポートを得たリュウの下半身はどっしり揺らぐ事無く安定し、拳の発射台としての機能を十二分に発揮する。


「おおおっ!」


 これ以上無い完璧なタイミングであった。

 今のリュウにエクト中佐の頭部がどうなるかなど、頭に無かった。

 衝撃波を纏う黒い拳が感情の無いエクト中佐の顔面に吸い込まれ、リュウの耳に「ゴキッ!」という骨の音と「ブチッ!」という肉の音が重なって聞こえた。

 と、次の瞬間、リュウの目に青い空と白い雲が映る。


「うがああああああっ!」

『ご主人様あああっ!』


 遅れてやってきた右肩の激痛に絶叫を上げるリュウ。

 ミルクも信じられない思いと共に、悲鳴を上げてしまっていた。

 常にリュウの反撃を計算に入れていたグランゼムは、リュウの渾身の一撃をこそ待っていたのである。

 踏まれた足をそのままに、リュウの圧倒的な力に逆わずに身を(ひね)ると同時に腕を取って投げを放ったのだ。


 言ってしまえばそれだけの事だが、人工細胞によってエクト中佐の骨格を完全に無視して投げを放てるグランゼムだからこその芸当である。

 お蔭で今のエクト中佐の体は右足が付け根から完全に後ろを向いているし、腕に至っては服の袖がボロボロに破れ、リュウの腕と接触した箇所は焼けただれた様に損傷を受けている。

 一方、自身の力を利用されて地面に叩き付けられたリュウはと言うと、肩の骨が外れ、周辺の筋肉は激しい断裂を起こしていた。

 破壊の力で自身の肩を破壊されるとは何とも皮肉な事であるが、この力を纏っていなければ、リュウの腕は肩から引き千切られていたかも知れなかった。


「あっぐ……うううああああっ!」


 腕を取られたまま激痛に転げ回ろうとするリュウを、グランゼムは許さない。

 叩き付けられた地面が窪む程にリュウは足腰に打撲を負っているが、肩の痛みに比べれば些細なものなのだろう、掴まれた腕を解放させようと必死に足掻いた。

 グランゼムはそんなリュウを冷ややかに見下ろし、外れた肩を踏みつける。


「ぎあっ! うがああああっ!」

「や、やめてグランゼム! もう、ご主人様は戦えない! その腕を放してっ!」


 何の感情も示さず、力の入らない肘と手首をグランゼムに捻り折られ、リュウが再び絶叫を上げ、堪らずミルクが外部音声で叫んだ。

 そして主人の腕を修復させるべく、ミルクは人工細胞を右腕へと集中させた。

 だがそれをこそ待っていたグランゼムが、肩を踏みつける足から人工細胞を侵入させる。

 するとリュウの各部のプロテクターが一斉に形を崩し、体内へと消えてしまう。


「あっ……くっ……やめてグランゼム! やめてえええっ!」


 集中させた人工細胞をグランゼムに侵食され、ミルクの必死の抵抗も虚しく人工細胞のほとんどがグランゼムによって吸い出される。

 その時になってグランゼムがリュウの腕を解放するが、もうミルクに主人を治療できる人工細胞など、どこにも有りはしなかった。

書いてて痛かった…(泣)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミルクに感情移入して読んだら、もうめちゃくちゃ切ないというか…悔しいというか…なんともいえない心境になりました。 [気になる点] あんなに痛めつけられて、人工細胞も無いとなると…どうなって…
[良い点] 「人工細胞をグランゼムに侵食され、ミルクの必死の抵抗も虚しく人工細胞のほとんどがグランゼムによって吸い出される」 良いですね…… 透析の如く、足から噴射された人工細胞がリュウの体内を巡り、…
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