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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第四章
147/227

16 少佐逃亡

『少佐、作戦スタートです。合流をお願いしま~す!』

「了解。時間的余裕は?」

『何も慌てる必要はありませんよ。少佐がココアと合流してからが本番なので!』

「それは助かる。では、会えるのを楽しみにしているよ」

『はい!』


 通信機からのココアの元気な声にロダ少佐は作業の手を止めると、ファロ曹長の下へ向かった。


「分隊長、荷馬車を新たに借りて来たいんだが、構わないだろうか?」

「ん? 数が足りないはずは無いが……」

「いや、最後の一台から嫌な音がしてね。万が一にも交換しておいた方が……」

「分かった。見てみよう……」


 ロダ少佐からの珍しい問い掛けに意外そうに応じるファロ曹長は、理由を聞いてロダ少佐らしい、と荷馬車をチェックする事にした。


「確かに嫌な音だな……代えておくか……」


 荷台に麻袋を一つ積んでみて、眉をしかめるファロ曹長。

 ロダ少佐はこの時の為に、車輪の留め金を少しずつ緩めていたのだ。


「分隊長、ボボンを連れて行っていいだろうか?」

「ボボンを?」

「彼は倉庫番と仲が良いし、翻訳ツールを持っている。荷馬車の交換もスムーズに済ませられると思うんだが……」

「なるほど。あんたのご指名ならボボンも喜ぶだろう……少し待っててくれ」


 ロダ少佐が今になって逃亡を図ろうとしている、などとは夢にも思わないファロ曹長は、少佐の言を真に受けてボボンを呼びに戻ってしまう。


「曹長に少佐を手伝えって言われたボン」

「ああ、この荷馬車を別のに代えて貰うんだ。私は倉庫番と話せないからボボンに通訳して欲しくてね」

「分かったボン! お安い御用だボン!」


 ドスドスと急ぎ足でやって来たボボンは、ロダ少佐の頼みとあって、それは嬉しそうに少佐と共に倉庫番の下へ荷馬車を運んだ。

 そして今回荷馬車を貸し出してくれた物資集積倉庫の番をしている少年に事情を説明し、新しい荷馬車と交換して貰った。


「ボボンのお蔭ですんなり交換して貰えたよ。ありがとう」

「べ、別におで、大した事してないボン……」


 新しい荷馬車を運びながら礼を言うロダ少佐に、ボボンは大きな体を縮めて手をわたわたと振った。

 そんな赤い顔で照れるボボンに、ロダ少佐も笑顔になる。


「そうだボボン、紙とペンを貸してくれないか?」

「う、うん……」


 思い出した様に切り出して、ボボンから紙とペンを受け取るロダ少佐は、何やら紙に書き込むと小さく畳んでボボンの手に握らせる。


「少佐?」

「ボボン、私はまだ用事が有った事を思い出した。済まないが、荷馬車を任せても構わないかな?」

「うん、それは大丈夫だボン。だけど少佐、あんまり離れたら発信機が……」


 首を傾げるボボンにロダ少佐が頼み事をすると、ボボンは(うなず)くものの不安そうな顔になった。

 ロダ少佐の肩に発信機が取り付けられている事はボボンも知っていた。

 それは装着者の現在位置を知らせ、探知機から五十メートル離れるとアラームを発するだけの物だが、うっかりでも鳴らしてしまった者には重い罰則が科せられ、場合によってはその場で射殺される事も有るからであった。


「それなら大丈夫だ。倉庫番の所に戻るだけだからね」

「それなら安心だボン」


 だが、ボボンはロダ少佐の答えを聞いて笑顔に戻った。

 分隊から物資集積倉庫までは、直線距離で三十メートル程度だったからだ。


「うん。それで、その紙を分隊長に渡して欲しいんだ。頼めるかな?」

「お安い御用だボン! それじゃ少佐、先に行って待ってるボン!」


 大広場に出る直前の建物の陰でボボンと別れたロダ少佐は、物資集積倉庫までの道を戻りながらポケットから発信機を取り出した。

 そして足を止めた建物の窓の窪みに発信機をそっと置くと、右へ道を逸れて西を目指して歩き出す。


『少佐、上手く行きましたね。そのまましばらく進んで下さい。後はココアが誘導します』

「了解」


 ロダ少佐が人通りの無い路地に入ると、虫型の子機で一部始終を見ていたココアからの通信が入り、ロダ少佐は短く返答すると僅かに足を速めるのだった。










「曹長、こで……少佐が渡して欲しいって言ってたボン」

「ん? ボボン、少佐はどうした?」

「倉庫に用事を思い出したって……」

「なに? 貸してみろ」


 ボボンに小さく畳まれた紙きれを差し出されたファロ曹長は、呑気に返事をするボボンとは対照的に眉根に皺を寄せて紙きれを手にし、その内容に目を見開く。


 そこには今回の軍事行動がソートン大将を無視したエクト中佐の独断である事、間もなくそれを阻止する為に星巡竜をも交えて戦闘が起こる事、よってその戦闘に絶対に加わらず、部下達を無事に国へ帰す事、などが書かれていたのだ。


「むう……これを信じろと言うのか……ボボン、作業を中断させて全員集めろ!」

「わ、分かったボン……」


 唸る様に呟いたファロ曹長の命令に、ボボンが驚いた様に皆を集めに行く。

 去って行くボボンの背を見ながら、ファロ曹長は通信機を手にする。


『どうした? またボボンの愚痴か?』

「そうじゃねえ。お前、この作戦がエクト中佐の独断だと聞いたら信じるか?」

『あ~ん? いや……有るかも知れねえな。今回に限って話した事も無え中尉殿が俺達の上だしよ……質問しようにも中尉殿はエクト中佐にべったりで、ただ指示に従えの一点張りだからな……』

「やっぱりそうか……もしかしたら、俺達は知らない内に反逆者に加担させられているのかも知れん……」


 別の分隊を率いる友人に話し掛けるファロ曹長は、返された言葉を聞いて少佐が残したメッセージを信じ始めていた。


『おいおい、んな事ぁごめんだぜ……だがよ、どこからそんな情報を?』

「そんな事より、もっとやべえ事がある」

『まだあんのかよ?』

「じきにそれを阻止しに星巡竜が来るって言うんだ……」

『あ!? 勝ち目無えじゃねーか!』

「だからよ、俺は物資を守るだけに徹するつもりだ。部下をこんな所で失いたくはないからな……」


 ファロ曹長は友人と話す内に、自身の言葉に酔い始めていた。

 それは軍人として厳しく非難されても致し方ない事であるが、雑務ばかりを押し付けられて上に対して不満を(くすぶ)らせていた彼にとっては、仕方の無い事であったのかも知れない。

 部下達を無事に国へ連れて帰る、それは部下を持つ者にとっての殺し文句というべきものである。

 それを本国では敵である男に、現在では一目置く程の男に言われたのだ。

 単純、と言ってしまえばそれまでだが、それはファロ曹長の義侠心に火を付けてしまったのだ。


『分かった、俺も乗るぜ。この話、信じても良いんだな?』

「それは分からねえが、もし戦闘が始まれば疑い様も無えだろうさ……」

『そうだな……他の奴にも知らせていいか?』

「俺の名は出さないでくれよ?」

『そんなヘマするかよ。じゃあ、急ぐから切るぜ』

「ああ」


 こうしてまた一人、部下を預かる男が義侠心に駆られる。

 だが、この話を伝え聞く曹長や軍曹といった男達は皆、生き生きとした光をその瞳に宿していく。

 誰もがよく分からないままに命じられ、従う事に辟易していたのである。










 言葉の通じぬ連合王国の人々の間を縫って、僅かに開けた場所から建物の陰へとその身を滑り込ませたロダ少佐は、そこで僅かに大きく息を吐いた。

 幾度となく戦闘を経験し、少佐となった彼でも、見知らぬ土地を単独で動くのは緊張を強いられるのだ。


「おい、動くな。捕虜の貴様がどうしてこんな所に居る?」

「――ッ!」


 そこへ背後から声を掛けられ、ロダ少佐の鼓動が跳ね上がる。

 たまたま小用で持ち場を離れていた士官が、ロダ少佐の事を知っていたのだ。

 ココアに指定された建物までは、まだ目測で五十メートル程はある。


「物資に不足が有ってね。分隊で手分けして受け取りに行くところなんだ。だからアラームも鳴っていないだろう?」


 背後の士官に首を右に(ひね)って事情を話すロダ少佐。

 首の動きに合わせて体も僅かに右に引かれる様に捻られた隙に、左手をズボンのポケットに忍ばせる。


「なるほど? 確かにアラームは鳴っていないが……動くなよ?」

「分かった……」


 落ち着いて話すロダ少佐に、その士官は一瞬の思案の後に念押しすると、背後の広場へちらりと目を向ける。

 士官の動きに全神経を払うロダ少佐は、その一瞬を見逃さない。


「ッ!」

「――ぐっ!? あ――ッ――ッ……」


 咄嗟に身を翻して電撃銃を左手で放つロダ少佐が、立て続けに二度目のボタンを押し込み、士官は呻き声を僅かに上げただけで、ガクガクと痙攣しながら(くずお)れた。

 そこに通り掛かった女性が悲鳴を上げ、少佐はすぐさま三度目のボタンを押してワイヤーを回収、その場を駆け離れる。


『少佐、そのまま直進を! ココアが合流します!』

「済まない! 迂闊だった」

『いえ、ココアも予想外でした。申し訳ありません!』


 合流へのルートを迷う暇も無くココアからの指示があり、ロダ少佐が短く謝るとココアも自身の不手際を謝罪する。

 とは言え、ココアの子機はロダ少佐をマークしていても、エルナダ兵を全て網羅している訳ではないので、今の様な事態では後手に回るのは仕方の無い事なのだ。


 人込みを縫って駆けるロダ少佐の周りでは、連合王国の人々の言葉が飛び交っているが、ロダ少佐にはその内容が分からない。

 だが複数の男達がロダ少佐の行く手を阻む様に現れた事で、やはり自分が騒ぎの対象なのだと悟り、入りかけた道を戻ろうとして、出口をも塞がれる。

 が、突如前に立ち塞がる男達が声も無く崩れ落ちる。


「少佐、伏せて!」

「――ッ!」


 その声がココアだと理解するより早く、少佐は声に従った。

 ほんの目と鼻の先に居る男達が、激しく痙攣して次々と倒れていく。

 待機場所を飛び出したココアが少佐の下へ駆け付け、囲む男達に電撃をお見舞いしたのだ。


「少佐、お待たせしましたぁ!」

「コ、ココアちゃ……ん……か?」

「ね? びっくりしたでしょう?」

「まったく驚いたよ……まさか、こんな立派なレディになっていたとは……」


 驚きながら立ち上がるロダ少佐に、笑顔で応じるココア。

 少佐が驚くのも無理はない、ココアは魔人族風の白いベストとショートパンツ姿であり、しかも人間大なのだから。


「うふふぅ……ドクターに会って人工細胞を大量に確保出来たんですぅ! まぁ、その話は後程。付いて来て下さい!」


 少し顔を赤らめるロダ少佐に種明かしするココアが先を促して、二人は大広場の南西に有る建物群を駆け抜ける。

 途中、立ちはだかる男達に遭遇しても、二人の足は止まらない。

 ココアがあっという間に障害を排除してしまうからだ。

 だが、その騒ぎは大広場の西に待機する武芸者達の知るところとなってしまう。


「おい、脱走兵を連れて逃げる凄え女が居るってよ!」

「あ~? 女ぁ? 賞金でも出るのかよ?」

「知るか! けどよ、極上の若い女らしいぜ!」

「なら、賞金代わりに女は頂きだ!」

「脱走兵はどうすんだ?」

「そいつは金にするっきゃねえだろ!」

「おい! ナジャがやられたらしいぞ! オラフの雑貨屋近くだ!」

「へえ、面白え! ランキングを上げるチャンスだぜ!」

「言ってる場合か! 山に逃げられちまう! 急げ!」


 武芸者達は口々に好き勝手叫んでは、次々に待機場所を離れ始める。

 それは南の端に待機する連中であったが、噂は瞬く間に広がっていく。


「んも~! 何なのよ、次から次へと! いい加減にしないと殺すわよ!」

「まるでキッチン・バグだな……キリが無い……」


 建物群を抜けた所でココア達は予想外の足止めを食っていた。

 ロダ少佐も倒された男のこん棒を手になかなかの奮戦を見せているが、さすがに息が上がっている。

 因みにキッチン・バグとはエルナダの台所に出没する虫であり、その形状や性質などは日本の台所を脅かす憎いあん畜生と非常に酷似している。


「少佐! ココアが食い止めますので、先に山へ! あの岩場を目指して!」

「む、リュウ達か! 分かった! 頼む!」


 ココアが一段と前へ出て男達を倒しながら合流ポイントを指差すと、リュウ達がそこへ到着するのが見えて、ロダ少佐は進路を塞ぐ男にこん棒を投げつけ、(ひる)んだ男の脇を駆け抜けた。

 このまま戦闘を続ければ、いずれ少佐に被害が及ぶとのココアの判断だ。


「追わせないわよ!」


 すかさずココアがロダ少佐を追おうとする男を蹴り飛ばし、少佐に背を向けると男達に立ちはだかる。


「しまった! 少――ッ!? へ?」


 だが少し離れた所からロダ少佐に向けて矢を放たれ、ココアは青褪め振り返り、一瞬呆けた。

 ロダ少佐を狙った矢が空中で弾かれ、くるくると放物線を描いて落ちたのだ。


『ココアぁ! お待たせぇ! もう大丈夫だからね~!』

「アイス様ぁ!」


 頭に響く場違いなアイスの可愛らしい声に、ココアが胸を撫で下ろす。

 アイスの張った障壁が矢を阻み、ロダ少佐を守ってくれたのだ。


「さあ、心配事は無くなったから遊んであげる! 掛かってらっしゃい!」


 鉄壁の守りを得て、ココアは武芸者達を前に構え、妖しく微笑む。










「思ったよりもロダ少佐が迅速に動いて下さった様ですね! ではココアが混乱を生み出している内に、ミルクはエクト中佐の拘束に向かいます」

「無茶すんなよ?」

「気を付けてね、ミルクぅ!」

「はい!」


 岩場に辿り着くなりロダ少佐の安全を確保できた事で、ミルクは即座に次の目標であるエクト中佐の拘束に向かった。


「アイス、少佐とココアを頼むぞ」

「う、うん!」


 リュウは斜面を上って来るロダ少佐を見て満足そうに微笑むと、アイスに少佐とココアの事を頼み、自身は右腕に砲身を形成してミルクの周辺に目を配る。


 ミルクは山を駆け下りると分隊単位に分散している部隊を避け、僅かに北に迂回して駆けた。

 その頃になって事態を掴んだのか司令部がミルクに発砲し、中型ビークル二輌が僅かに後退しつつ、その向きを変えた。

 そしてリュウが発砲する兵を牽制しようと、岩の間から右腕を前方に向けたその時、一筋の光が司令部から放たれる。


「あ……」


 司令部から放たれる銃弾の尽くを避けながら駆けていたミルクが足を止め、呟き程の声を漏らした。


「ミルクぅぅぅっ!」


 リュウの耳に、アイスの叫び声がやけに遠くに聞こえている。

 リュウは右腕を前に向けたまま、呆然と立ち尽くしていた。

 その瞳に映るのは、右側だけを僅かに残すのみで左腕を含む上半身のほとんどを失って膝を突き、静かに前へ倒れ込むミルクだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロダ少佐めっちゃいい人!そしてボボンがまた出てきてちょっと嬉しかったです 笑 ドキドキな展開だけど、ココアもリュウ達もいるからきっと大丈夫って安心感はありました! がしかし、次はリュウが…
[良い点] 裏切りの展開が自然で読みやすかったです。 [気になる点] カサカサカサかサ……
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