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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第四章
143/227

12 キエヌの窮状とヨーグルト

 キエヌ聖国は人の地南東部で最も古い部類の国家だが、その歴史は苦難の連続であった。


 荒野がほとんどを占める南東部に於いて比較的豊かな土壌を持つキエヌ聖国は、国土の半分が穀倉地帯であり、酪農も盛んであった為、侵略の脅威に晒され続けて来たのだ。

 それ故、常に生産資源を安く供給する事で隣国との不可侵協定を結んで永らえてきたのだが、勢力図が変わる度に負担は増し、その生活は質素なものであった。


 そしてそれは、人の地南東部の中で最北にあったコーザ王国が南のアルマロンド連合王国と残りの小国家群を併呑した事で最悪と言える状態となり、キエヌ聖国は併呑を免れたものの、実質的には強大な隣国の口を養う属国となり果てていた。


 そんなキエヌ聖国の聖地とも言えるキエヌ山の全貌を、間近に捉える事のできる所に一際大きな集落があった。

 その中でも他より二回りは大きな円錐形の建物からは、男の必死さが(あふ)れる声が漏れ響いていた。


国長(くにおさ)! もう我慢の限界です! これ以上物資を奪われては、我らは飢え死にを待つのみです! いや、既にそうなりつつある! なのにまた新たな要求なんて、呑める訳が無い!」

「だが要求を呑まねば、今度は羊を奪われる……作物だけなら、まだ――」

「何を悠長な! あなた方がそんな事だから、奴らは図に乗るのです!」

「言い過ぎだ、マウリ……長老達とて悔しいのだ。だが、やはり戦いを選ぶ訳にはいかん。それをこそ奴らは待っているのだからな……」

「ですが、国長。次の収穫まではまだ一月以上も…… それをどうやって……」

「むう……」


 建物内部では男達が車座になっており、入口側に座る男がしきりに窮状を訴えており、左右の老人達に吠え、対面の初老の男に(なだ)められていた。

 マウリと呼ばれた男の後ろにはマウリと同意見の青年が四人、悔しそうにしてはいるが誰も口は挟まない。

 そしてマウリを宥める初老の男こそが、国に散らばる大小数十に及ぶ集落を取り纏めている国長、テト・バドンであり、その左右に並ぶ老人達は先代の国長を始めとする、これまで国の要職にあった長老衆であった。


 彼らは自国民の安全を最優先として連合王国の要求に渋々と応じて来た訳だが、その要求は拡大の一途を辿るばかりで頭を抱えていた。

 それでも何とか国民を納得させて平和を維持してきた訳だが、突然に臨時徴収の要請を受け、何とか説得して引き返させた後に急遽会議を行っていたのだ。


「失礼します! たった今、ウノの集落からの報告で、先程帰らせた連中がウノの集落で物資徴収を迫ったと!」


 皆が良い案も浮かばぬまま黙っていると、一人の青年が緊張した面持ちで入って来て、はきはきと報告を行った。

 青年は衛兵でも何でも無く、今回の会議にたまたま見張り役が回って来ただけの農民である。

 争いを好まず、兵などを持たぬ聖国には、交代制の小さな自警団くらいしか無いのだ。


「なに!」

「しかし、ル、ルーガー様の化身が現れ、連中を追い払ってしまった、と……」


 報告に皆が血相を変えたが、青年は急にトーンダウンして報告を続けると途端にその場がざわついた。

 ルーガー様、それは遠い昔にキエヌ聖国の民を害獣から守ったとされる真っ白なヒョウの魔獣の事であり、今の世もキエヌの人々に聖獣として(あが)められている。


「馬鹿な……その報告者はまだ居るのかね?」

「はい、待たせております」

「詳しく聞こう。通しなさい」

「はい。では、呼んで参ります」


 長老衆の一人の問いに青年は(うなず)き、国長テトの命でその場を後にした。


 やがて連れて来られて皆から詳細を尋ねられる若い報告者は、目を輝かせて嬉々として報告を始めるのだが、その突拍子も無い内容に質問攻めにされていた。


「だから言ってるじゃないですか、ルーガー様の化身なんだって!」

「しかしたった一人で二十人近くを倒したなど……しかもあっという間など……」

「それはもう良いだろう……では、ウノの怪我を治した少女というのは何者だ?」

「え……いや、それは分かりません……でも絶対ルーガー様と同じ様な化身か女神様ですよ! だってウノさん斬られたのに、傷が消えちまったんですから!」


 報告者の青年は長老達との温度差に苦労していたが、話題がアイスの事になると再び興奮して話し出す。


「う~ん、ルーガー様に女神様、それに妖精……これは吉兆に違いない……」

「マウリ、まだルーガー様だと決まった訳ではなかろう……」

「いや、ルーガー様かどうかは問題じゃありませんよ、アル長老。我らに味方してくれたという事実が大事なのです。そのルーガー様の化身とやらは、報復をすれば連合王国を滅ぼすと言ったんだな?」

「はい! 確かにそう聞きました!」


 やや興奮気味に呟いたのを長老衆の一人に(たしな)められるマウリであったが、彼にはルーガー様などどうでも良かった。

 今重要なのは、連合王国を滅ぼすと言える存在が味方してくれた事であり、今は一刻も早くその存在と密接な関係を築く事だとマウリは考えていたのである。

 なので青年に確認を取ったマウリは国長へと向き直る。


「国長! その者達と話してみたいと思います! 構いませんか?」

「いや、マウリ。私もその者達と会ってみたい。共に行こう」


 すると国長のテトは自分も会うと立ち上がり、皆にも同行を促した。

 長老達がそれを聞いて、よっこらせ、と各々立ち上がるが、その表情はこの目で確かめてやろうという者や、緊張で引き締まる者、面白そうに笑みを浮かべる者、と様々である。


「では、早速向かいましょう。馬車の用意を頼む!」


 そしてマウリも立ち上がって背後の青年らに声を掛けると、皆は会議の場を後にするのだった。










 連合王国の物資徴収を目的とした一団が去った後、ウノの集落では未だ興奮冷めやらぬ人達で賑わっていた。

 中でもウノの家の周りは大勢が詰めかけ、内部の様子を伺っていた。


「「「美味しい~!」」」


 そんなウノ邸の内部では、リュウ達の喜びの声がシンクロしていた。

 彼らはウノ夫妻に招かれて昼食をご馳走になっており、デザートのヨーグルトを口にしたところである。


「まぁ、そんなに喜んで頂けるなんて! どうぞ、まだお代わりは有りますから、遠慮なく召し上がって下さいな」

「わー……い?」


 リュウ達の反応に喜ぶウノの妻、メイがお代わりを勧めると、思わず喜びの声を上げてしまったアイスが、ハッとリュウ達の反応を気にしてトーンダウンして上目遣いにリュウを見る。

 つい昨日、食事から酷い目に遭ったと言うのに、今のアイスにはその記憶が欠落している様である。


「ぶふっ……遠慮なく頂けよ、アイス」

「え、えへへ……」


 そんなアイスに吹き出しつつもリュウがお代わりを勧めてやると、アイスは赤い顔で照れ笑いしつつも、ささっと皿を空にしてメイに渡した。


「はい、どうぞ~。リュウ様もいかがですか?」

「あー、俺はもう十分満足です。ご馳走様でした!」

「いいえぇ……大したおもてなしもできませんで……」


 嬉しそうにヨーグルトのお代わりを受け取るアイスと、満足そうに食事を終えるリュウ。

 実は集落の人達や建物の質素さ、先の物資徴収の出来事から、無理をさせているかも知れない、と実は少し我慢しているリュウなのである。

 それはミルクも感じていたが、今は初体験のヨーグルトの美味しさにアイス同様無言で(とろ)けきっていた。


「いやぁ、それにしても……ここでこんなに美味しいパンやチーズ、ヨーグルトをご馳走になれるとは思ってもみませんでした!」

「いえいえ、こんな物しか無くて申し訳なく……お恥ずかしい……」

「いやいや、そんな事無いですって! あー、皆さんには普段の食事なんでしょうけど、マーベル王国や魔人族領ならきっと飛ぶ様に売れますよ!」

「そうなんですか? けど、魔人族領って……リュウ様は魔人族とも交流を?」

「はい、とても親切にしてもらいまして。仲良くさせてもらってます」

「そうなのですか……」


 食事を褒めるリュウに恐縮するウノであるが、リュウが更に言い募った事で話は食事から魔人族の方へと進路変更してしまう。

 因みにパンやチーズ、ヨーグルトという単語はキエヌの人々は使っていない。

 エルシャンドラやアイスの竜力のお蔭でリュウ達にはそう認識できているだけであり、リュウ達が発する言葉もキエヌの人々には自分達の言葉として聞こえているだけなのである。


「あー、皆さんは魔人族に抵抗が有りますか?」

「いえ、そういう訳では。確かに昔、人間族と魔人族が争っていたという事は私も知っているのですが……それ以上の事はあまり良く知らないのです……」


 折角なのでリュウが魔人族について尋ねると、ウノは少し戸惑いを見せるもののありのままを答えた。


「なるほど……魔法が使えるというだけで、皆さんと何も変わりませんよ? 男と女が居て、家庭を持って、子供が居て……主に狩猟をしていて、笑って、泣いて、本当に何も変わらないんです」

「そうなんですね……」


 なのでリュウが魔人族が変に恐れられたりしない様にと説明するのだが、ウノの反応は乏しく、微妙な空気が漂ってしまう。


 実はウノはもっと色々聞きたい事があるのだが、話しが変な方向へと流れた為に切り出せず、リュウはリュウで鉱山の事を聞くきっかけが欲しかっただけであり、ミルクならもっと上手に話すんだろうな、とジト目をミルクに向けていた。

 そんな頼みの綱であるミルクはと言うと、主人の窮地に気付かずに未だアイスと共にヨーグルトに夢中である。


 と、その時、にわかに外が騒がしくなり、ウノ邸の入口を()()()()一人の青年が顔を覗かせる。

 キエヌの民の一般的な住宅は畳めない天幕の様な作りであり、入口の扉は羊毛を編んだ様な生地で出来ている為だ。


「ウノさん、国長と長老衆がお見えです」

「おお……そうか。リュウ様、申し訳ありませんが、国長と長老に会って頂いても構わないでしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ。ほら急げ、アイスミルク」

「「はーい」」


 突然の国長達の来訪だが、ウノにはひょっとしたら、との思いがあった。

 食事が済んでいない中、失礼とは思いつつもウノが会談を申し出て、あっさりとリュウが応じたのは、二人共微妙な空気に耐えられなかったからに他ならない。

 そんなリュウに急かされるアイスとミルクはと言うと、機嫌よく返事はしているものの、いつものツッコミをしないあたり、聞いているのか怪しいものである。


 ウノに促されてメイが席を立ち、代わって初老の男を先頭に四人の老人、そして三十代の男が一人、入って来た。

 それだけで一気に室内が狭くなった感じだが、初老の男はウノの隣へ、他の者はその後方で開いている場所にそれぞれ腰を下ろした。


「リュウ様、こちらが国長のテト・バドン。そしてそれを補佐する長老達と中央の集落の代表、マウリ・ニエトです」

「あ―……、初めまして。ルーガー様の化身と間違えられたリュウ・アモウです。それでこっちが――」


 ウノが国長達を紹介し終えると、リュウは少し間を取って自己紹介を始めた。

 テト達の驚く様な視線が自分ではなく、アイスに注がれていたからである。

 アイスの美貌なら仕方ないか、と視線が自身に向けられてから自己紹介を始めるリュウであったが、アイスを紹介しようとして横を向き、固まってしまった。

 (うつむ)き加減とは言え、アイスが未だ木のスプーンを(くわ)えてニコニコしていたからである。


「アイス様! アイス様ぁ!」

「えへへ……なあに? ミル……ク……!?」


 初めて食べたヨーグルトの甘酸っぱさに感動していたアイスは、慌てるミルクの声に気付いてニコニコと応じるが、場の雰囲気の違いにようやく気付いてビクッと固まった。

 そろ~っと口からスプーンを引き抜きながらアイスがリュウを見ようとしたその時、リュウが再起動した。


「――ご覧の通り、ただの食いしん坊です……」

「わああっ! ごごご、ごめんなさいぃぃぃ! ア、アイスですぅ……」


 呆れた声のリュウの紹介に、真っ赤になって慌てふためくアイスなのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アイスはやはり食いしん坊ー!笑 ついでにミルクもだなんて…よほど美味しかったんでしょうね! 国長達が出てきたので、リュウはこの後どうするのか気になるところですね!
[良い点] アイスの食い意地はここまで来ると才能ですね。
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