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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第四章
139/227

08 怯えの理由

「ふーん、じゃあ俺達はまんまとアナさんに騙されていたんだな……」


 エルマーの寝室にリュウの落ち込んだ声が重く響く。

 リュウとアイスはベッドに腰掛けたまま、ココアの用意したサンドイッチを手にココアの報告を聞いていた。

 リュウが暴れて割れ物が散乱したダイニングも片付けられていたが、そちらでの食事は粗相をした事を覚えていたアイスが真っ赤な顔で固辞した為である。


「はい……エロマー司教の記憶を見た限り――」

「エルマーでしょ!」

「そんな事は分かってますよ、姉さま。しかし奴はエロマーで十分です。何たって奴はアイス様を手籠めにしかけ、ご主人様まで前後不覚に陥らせ、姉さまが夢見る乙女チックな甘い初体験――っぷ……をぶち壊すところだったんですよ!?」


 話しを再開しかけてエルマーの名前をミルクに注意されるココアは、開き直ってその呼び方が如何に当然であるかを訴える。

 それを聞いたリュウとアイスは思わず目を伏せて小さくなるが、ミルクはそこに聞き捨てならぬ音が混じっていた事に目を丸くした。


「笑った!? 今、笑ったよね!?」

「笑ってませんよぉ……続きが話せないじゃないですかぁ……」


 問い詰めるミルクにココアがすっとぼけるが、そのまま続くと思われた無駄話をアイスの小さな声が止める。


「ミルクぅ……ごめんなさい……アイスのせいで……」

「いえいえいえ! アイス様は何も悪くありません! 悪いのはエルマー司教達ですから!」

「だからエロマーですよ、姉さ――」

「おだまりっ! 余計な事は言わずに要点だけ続けなさい……いいわね?」


 泣きそうなアイスを全力で宥めるミルクは、ココアの悪ふざけをピシャリと睨みつけて黙らせ、瞬時に銃へと変形させたキュウウウンと唸る右肘から先をココアの頭部に向けて続きを促した。


「は、はいっ、姉さま! え、えっとですね、つまり――」


 その銃口の奥の青白い輝きに、さすがのココアも直立不動で報告を再開する。


 その報告によると、教国はマーベル王国から盗んだ星巡竜の腕輪を「星巡竜様に認められた証」として活用した以外はどこにでも有る一宗教団体に過ぎなかった。

 それが数代を経てこの洞窟を拠点とした時に、自生する植物類で信者達を簡単に操れると知り、栽培、研究、生成を繰り返してきたのである。

 そんな権力者の傲慢が許される世界で育ったエルマーもまた、父親を薬で地下に幽閉して実質的な権力を握ったのだ。


 (うるさ)い父を排斥して権力を手中にしたエルマーであったが、これまでの活動を拡大させて各国に薬をばら撒き、影響力を高めるくらいの事しか考えておらず、教国の行く末に対しては何ら明確なビジョンを持っている訳ではなかった。

 ココアにも知り得ぬ事であるが、父親である大司教の方が、農奴の処分の混乱に乗じてアナを王城に潜り込ませた様に、各国での情報収集に務める周到さを備えており、排斥された時点で教国の命運は潰えていたのかも知れない。


 それでも現在の体制が有れば、エルマーは無難に大司教を勤め上げていたのかも知れなかったが、アナがアイスを連れ帰った事で全ては水泡に帰す事となったのであった。


「で、でも……ご主人様が居なければ、教国はアイス様を思いのままに操って手が付けられなくなる所だったのかも知れませんね……」


 ココアの報告を聞き終えたミルクが、更なる被害を未然に防げた事に安堵すると共に、最悪の事態を招いていたら、と考えて身を震わせた。


「ヤバかったよな……」

「ごめんなさい……」

「あっ、いえ、違うんですアイス様! 決して責めている訳では……」


 ミルクの言葉にリュウはぽつりと同意したがアイスが項垂れてしまい、ミルクが慌てて弁解する。


「そうだ……なぁ、アイス。何で分からなかったんだ?」

「えっと……ごはんが辛くて、お水が甘くて……き、気が付いたらアイス……」


 そんな中、リュウが思い出した様にアイスに問い掛けると、アイスはぽつぽつと答えるのだが、自身の醜態を思い出したのか、赤い顔を伏せてリュウの腕にしがみついた。


「違う、違う。そうじゃなくて俺が聞いた時、悪い事考えてる人居ないって言ったじゃん? 悪意を感知できるのって、日によって調子の良し悪し有るのか?」

「あ……調子の良い時や悪い時もあるけど……あの時は悪くなかったし……でも、調子悪かったのかなぁ……わ、分かんない……ごめんなさい……」


 そんなアイスの頭を苦笑いで優しくぽんぽんと手を乗せてリュウが問い直すと、アイスはその時の事を思い出しつつ話すのだが、ぽつぽつと言うよりはおどおどといった感じであり、完全に自信を喪失しているその様子に、リュウ達三人は沈痛な面持ちでアイスを見る。


「あのぅ、アイス様……自信持って下さい。きっとアイス様の調子とか、そういうのじゃないと思うんです」

「どういう事?」


 僅かに流れる沈黙を明るい声でココアが破り、ミルクが皆の言葉を代弁する。


「ココアが思うに、アナ達は悪い事したという意識が無いんですよ、多分……」

「あ~、まさに狂信者って感じだな……」


 そしてココアが何を言いたいのかを分かったリュウがコクコクと頷く。


「そうです。教国は素晴らしく、その為に頑張る自分は立派だ。アイス様も教国と共にある方が幸せなはずだ……みたいな……狂った思考でもアイス様の為を思っていたとしたら、アイス様には悪意だと感知できない……のではないかと……」

「そんな……」

「有るかも知れねーな。本当だと信じ込んだ人は、嘘発見器も引っ掛からないって言うしな……」


 ココアの推測にミルクが眉根を寄せて心配そうにアイスを見るが、リュウはその推測が恐らく正解なのだろうと納得した。

 そうでもなければリュウも納得できないし、今回の一件はイレギュラーなのだと分かれば、アイスも自信を取り戻せると思ったからである。

 だからリュウはアイスの頭を優しく撫でて諭す様に話し掛けるのだが、アイスの返事に皆が驚く事になる。


「だったら、アイスが騙されたって仕方ないよな? だけど、今度からはもう少し人を疑ってかかるとか、用心しないとな?」

「はい……ご主人様……」

「へっ!?」

「「ええっ!?」」


 頭を撫でる姿勢のまま固まるリュウと、赤い顔で固まるミルクとココア。


「な、なんで急にご主人様呼び? さっきまでリュウって呼んでたろ?」

「だ、だって……は、初めてを捧げた人はご主人様だって……アナさんが……」


 顔を赤くしながら、苦笑いとも困惑したとも言える様な複雑な表情で理由を聞くリュウに、アイスも顔を赤くしながら答え、恥ずかしそうにリュウの腕に頬をすり寄せる。

 そんなアイスとは対照的に、リュウ達は唖然とした表情になった。


「な、何言ってるんですか、アイス様……アナは自分に都合の良い事を言っていただけなんですよ? 言う事を聞く必要なんか無いんですよ?」

「え……で、でも……ト……トリーナさん……が……」


 即座にココアが困惑した表情のままでアイスの考えを正そうとするが、アイスは一転震える様にトリーナの名を口にした。

 その様子は明らかに怯えており、ミルクは咄嗟に主人とココアに秘話回線で話し掛ける。


『ご主人様、ココア、少しミルクにアイス様と話をさせて下さい』

『分かった……』

『お願いね、姉さま……』


 ミルクは二人から了承を得ると、優しくアイスに話し掛ける。


「あの、アイス様。もし、話し辛かったら言って下さいね? ミルク達が居ない時に、アナやトリーナからどんな事を言われたり、されたりしましたか?」

「えっと、あの……それは……ア、アイスが……あの……」


 ミルクの問いに答えようとするアイスは明らかに怯えていた。

 上目遣いでミルクの様子をちらちらと伺うものの、言葉が一向に出て来ない。


「アイス、大丈夫だって。俺達はお前を叱ったりしないから。ゆっくりで良いからちゃんと話してみ?」


 なので思わずリュウが口を挟んだ。

 優しく頭を撫でて優しく話し掛けるリュウの姿に、ミルクが微笑んで頷く。


「ア、アイスは……は、話し方が……生意気だって……せ、星巡竜なのにちっとも良い子じゃないって……う……う……アイス、頑張って良い子に……でもそれじゃダメって、ト、トリーナさんが……ひっく……」

「アイス様、大丈夫ですよ? もう怖い人は居ませんから……トリーナがどうしたのですか? アイス様を叱ったのですか?」


 頑張って言葉を紡ぐアイスの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ち、ミルクはアイスを抱きしめた。

 そして背中をさすりながら、耳元で優しく続きを促す。


「ひっく……た、叩くの……ア、アイス……許して下さいって、言った、のに……いっぱい……ひっく……いっぱい叩く、の……う……うあっ、あああああん……」

「大丈夫です! もう話さなくて良いですからね? お辛かったでしょう……」


 頑張って答えたアイスが声を上げて泣き出し、リュウとミルクがアイスを挟んで抱きしめ、声を掛けるミルクも涙声になっている。

 ココアも思わず正面からリュウとアイスを涙目で抱きしめた。


『ご主人様、今は我慢して下さい! 今は何よりアイス様をこれ以上怯えさせない事を優先して下さい!』


 だがココアのそれは、怒りで頭に血が上ったリュウを諫める意図が有った様だ。


「分かってる!」

『『ご主人様っ!』』

『わ、分かってるけど……くそ、何なんだよ! アイスも叩かれたぐらいで――』


 それでもつい叫んでしまうリュウは、ミルクとココアに諫められて脳内通話へと切り替えるものの、やり場の無い怒りから軽はずみな言葉を漏らしてしまう。


『それは違います! 強力な薬のせいなんです! ご主人様だって、正気を失ったじゃないですか!』

『あっ……いや、悪い……』


 途端にミルクの叫びが頭の中に響き、リュウはハッとして謝る。


『ご主人様、ココアを抱く前と抱いた時の辛さや気持ち良さ、覚えてますよね? その感覚で痛みを与えられたら、耐えられますか?』

『いや、そうだな……すまん……』


 続いてココアに静かに語り掛けられ、リュウは己を省みる。

 随分と元気の無くなった声での謝罪に、ミルクとココアもほっとする。


『きっとアイス様は、ヨルグヘイムの拷問よりも辛い思いを短時間のうちにされたはずです。そんな状態で快楽を与えられたら、簡単に洗脳されてしまいます。今はアイス様の心のケアが何よりも重要なのです。ご主人様もアイス様を第一に考えてあげて下さい……お願いします……』

『わ、分かった。しかし、具体的にはどうすりゃ良いんだ?』

『ご主人様はこれまで通り普通に……優しく接してあげて下さい。後はミルク達がアイス様の間違った認識を正していきます。ですが一番はアイス様ご自身が恐怖を克服する事なのかと……』

『そっか……頼むな、二人共。それと、もしまた俺がダメな事言いそうになったら止めてくれな?』

『はい、ご主人様』

『了解ですぅ』


 そしてミルクからアイスの現状と今後の対応を聞くリュウは、自身の事も含めてミルクとココアに頼る事にするのだった。










 アイスが泣き止んで落ち着きを見せると、リュウは皆と少し談笑して、アイスの様子を見る事にした。


 そうしてアイスも笑顔を見せる様になった所で、リュウはアイスのたどたどしい敬語について切り出した。


「なぁ、アイス。その敬語使うのやめねえ? 何かアイスらしくないって言うか、急によそよそしくなった感じがするんだよ。お前だって無理して使ってるだろ? 誰も怒らないしさ、その方が良いって……な?」

「え……でも――」

「そ、そうですね……ミルクもそう思いますぅ……」


 途端にアイスの表情が不安に染まるが、ミルクがリュウに同調した事でアイスはおろおろとリュウとミルクの顔を見比べて悩みだした。

 恐らく刷り込まれた教えと相対しているのであろう。


「って言うかぁ、今までのアイス様の方が断然、可愛かったですぅ! ご主人様に嫌われちゃいますよぉ?」

「ッ! し、しない! もうアイス、しないから!」


 ところがそんなアイスの葛藤は、ココアの一言で吹き飛んだ様だ。

 が、リュウの腕にしがみつく姿は、まだまだ怯えが見て取れた。


「うおっ!? そ、そうか……よしよし……いい子、いい子……」

「えへへ……」


 しかしアイスにしがみつかれたリュウの方は驚いたものの悪い気はせず、表情をデレッと崩してアイスの頭を撫でてやり、アイスも安堵の笑みを溢している。


『ご主人様、表情がいやらしい……』

『エロマーもこうやってアイス様に自分の好みを押し付けてたんでしょうね……』

『ッ! まったく男の人って!』


 その様子を見て秘話回線で思わず呟くミルクは、ココアの言葉にキッと眉を吊り上げた。


「ご主人様、この機会にアイス様に変な事を教える様な事があれば、ミルクは看過できませんので、そのおつもりで……まぁ、アインダーク様とエルシャンドラ様がお許しになるとは思えませんけど」

「ばっ、馬鹿な事言うな……んな事しねえって!」

「そうだよ、ミルクぅ……リュウは変な事なんてしないもん……」


 ミルクの冷ややかな口調で一気に青褪めるリュウとリュウを庇うアイス。

 アイスが普通に戻った気がして、ミルクの口元に笑みが浮かぶ。


「そうですね、アイス様ぁ。失礼しました」

「う、ううん……」


 そうしてミルクに頭を下げられると、アイスは照れた様に俯いてしまった。


「うだうだ考えても始まらねえ……そろそろ出発するか……アイス、一緒に行けるよな?」

「は……あ、うん!」


 リュウが頭を振って憤怒の形相のアイスの両親を頭の中から追い出してアイスに出発を促すと、「はい」と言い掛けたのを飲み込んでアイスは大きく頷いて立ち上がった。

 その様子にミルクとココアが大丈夫そうだ、とリュウに目配せすると、リュウも小さく頷いてアイスの手を引いて寝室を出て、食卓横の扉を開いて固まった。


「なんじゃ……こら……」


 明るい日差しの中、十メートル程向こうの崖を見て、リュウがぽつりと呟く。

 リュウの正面から右は下に向かう程に広くなる崖、左の戴竜殿は殺風景な大地とその奥に海という景色に変わっていた。


「えっ……報告しました……よね……」

「いや、崩れたとは聞いたけど……これ程だとは……何にも残ってねえじゃん……あ! エロマーも消えてるし……」

「「えっ!?」」


 報告したはずの主人の予想外のリアクションに恐る恐る尋ねるミルクだったが、その後に語られた内容にはココアまでもが驚いた。


「いや、邪魔だったから……ここに放っておいたんだよ……」

「あー……」

「しょ、処分の手間が省けましたね……」


 目を泳がしながらの主人の説明にご主人様らしい、と思いつつもさすがに言葉が見つからないミルクと、苦笑いで主人の罪悪感を紛らわせようとするココア。


「はぁ……これだと、アイスの父ちゃんの腕輪も分かんねえな……」

「も、申し訳ありません……」

「ごめんなさいですぅ……」


 だが最後の主人の呟きには、素直に謝罪するミルクとココアなのであった。


今回で教国編はお終いです。


次回は少しお時間を頂くかも知れません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ココアはいつでも笑いを提供してくれますね! 今回はミルクに本気で怒られましたけど。笑 でもちゃんとフォローするところはフォローしてて、自我…というのかわかりませんが、自分の欲求というかそう…
[良い点] ミルクの腕が銃になるシーン良いですね。 色々と掻き立てられます! [気になる点] アイスが教国に操られてしまったら、星ごと崩壊してしてしまいそうですね。
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