06 亡者の群れとやらかす姉妹
「リュウぅ!?」
ミルクとココアが部屋を飛び出して行くと、エルマーの寝室のベッドに腰掛けていたリュウが再び立ち上がり、アイスは血相を変えてしがみついた。
「違う、違う。別にどこにも行かねえって……けど、こいつが居たら落ち着かねえし、お前だっていつまでも裸じゃ困るだろ?」
「う、うん……」
そんなアイスに苦笑いで理由を説明するリュウは、裸で倒れたままのエルマーを脇に抱え、食卓を抜けて扉を開けると外へとエルマーを放り出した。
ゴツンと音を立てて地面に頭を打ち付けて転がるエルマーだが、リュウはそんな事は気にした様子もなく扉を閉じてしまった。
「さあ、これでもう怖い奴は居な――うおっ!? おい、アイス……」
そしてリュウがアイスを安心させようと振り向くと、不安で付いて来たアイスに抱き付かれた。
「リュウぅ……嫌いにならないで……アイス……もっと、いい子になります……」
アイスは自分がエルマー達の術中に嵌ってしまった事を恥じていた。
だがどんなに恥じても一度知ってしまった快楽はその身を焼き、アイスは愛想を尽かされたくない一心で、湧き上がって来る情欲を必死に抑えようとしていた。
「嫌いになったりなんかしねーって……アイス、大丈夫か?」
「リュウが居てくれたら大丈夫……です……」
「そうかぁ? ちょっと休んだ方が良いぞ?」
泣きそうなアイスを宥めつつ心配するリュウは、部屋を見回すがアイスの衣服を見付けられず、仕方なく寝室へ戻ってアイスをベッドで休ませようとした。
だが、アイスはリュウの腕にしがみついて離れようとしない。
「おい、アイス……もう大丈夫だって……」
リュウはさすがに困った顔でアイスの頭を撫でてやる。
一方、リュウにしがみつく事で湧き上がる情欲に耐えようとしていたアイスは、はぁ、はぁ、と呼吸が乱れ、限界に近付いていた。
アイスの脳裏に、与えられた快楽の数々が次々と浮かんでは消えて行く。
「違うの……つらっ、いの……ア、アイス……もうっ……おかしくっ、なるっ!」
アイスが言い訳しようと顔を上げかけて、その身をビクッと震わせた。
嫌われたくない、そんな想いは崩れ去り、アイスはリュウを押し倒していた。
「ちょっ!? おい、しっかりしろ――」
「いい子にしますっ! アイスっ……何でもしますっ! だからっ……ああ……触って、下さいっ! ご主人っ、様っ! ご褒美っ、く、下さいっ!」
焦ったリュウが体を起こそうとするが、リュウに覆い被さるアイスは湧き上がる情欲に呑まれてしまっていた。
リュウの首にしがみついて懸命にアナに教えられた言葉を叫ぶアイスは、慌てて起き上がろうともがくリュウの足を跨ぐと、激しく下半身を擦り付けた。
リュウの脳裏に鬼の形相のアインダークとエルシャンドラの姿が浮かび上がる。
「まっ、待てって!」
「お願いっ、しますぅっ! いい子にっ! なりますぅっ!」
「んん! んん~……ん!? アイ――ん~……」
真っ赤な顔で止めようとするリュウに哀願し、自ら唇を重ねるアイス。
激しく情熱的なキスに面食らったリュウは、突如全身に奔った蕩ける様な感覚に驚き、アイスに呼び掛けようとして再び唇を塞がれた。
そして蕩ける様な甘美なキスを、ついつい堪能してしまうリュウ。
リュウがアイスを抱きしめ、上下を入れ替えて熱いキスを交わし合う。
もうリュウの脳裏にアイスの両親の姿は無かった。
アイスの胸に顔を埋めるリュウの脳は、アイスの妖艶な喘ぎに焼かれていた。
媚薬をたっぷりと含んだアイスの体に、リュウはただひたすらに溺れていく。
「アナ! こっちよ!」
エルマーの部屋から逃げ出したアナは、共に逃げ出したトリーナを追って二階の洞窟を奥へと走っていた。
本当は一階から外へと逃げるつもりだったが、二階に着いた所で男達に襲われ、やむを得ず逃げているのだ。
「居た! パーカーさん! どうして農奴が二階にまで居るんですか!?」
「俺達にも分からない! 気付いた時には襲われて、半数くらいやられたんだ!」
「そんな! 地下五階層の農奴だけを使うはずでしょ!? 」
「俺達は言われた通りに地下五階層の農奴だけに薬を与えたんだ! 枯れ井戸に向かった奴らを殺せと! 死体を持ってきたら、倍の薬をやると!」
トリーナが男に駆け寄って叫ぶと、パーカーと呼ばれた男は頭や腕から血を流しながら振り返り、アナとトリーナの問いに興奮気味に答えた。
パーカーはリュウ達が司教の間に連れられた際に、その場に居た一人であった。
彼はエルマーの腹心の一人であり、地下の植物栽培や薬の生成を管理する立場であった。
そして今回、エルマー達の邪魔にならぬ様にリュウ達の殺害を任されて、地下の農奴達に薬を使ってリュウ達を襲わせたのだった。
この国では教えに背いた者は背教者として牢に入れられ、改心したとされるまで地下での農作業などの労働に従事させられる。
日に当たる事も許されず、食事も制限される彼らだが、その労働は過酷であり、彼らはすぐに薬に頼る様になっていく。
そんな彼らの中で、中毒症状の度合から更に下層の労働に従事させられる者達が農奴と呼ばれ、使い捨てにされるのであった。
「パーカーさん! 奥の階段からも農奴が! 背教者も混ざって凄い数です!」
「何だと!? ジョゼフ達はどうした!」
頭から血を流して現れた若者の報告に、パーカーが驚き怒鳴り返した。
東に有る洞窟奥の階段は一階に下りるだけの簡素な物だが、そこより更に奥には幹部だけが知る秘密の抜け道が有る為、パーカーは部下に見張らせていたのだ。
「全滅です! 奴ら、生成場を襲ったんです! もう下は薬でおかしくなった連中ばかりです!」
「それじゃあ、逃げ道が……」
若者の返答にアナが青褪めて呟く。
生成場には様々な薬とその原料である植物が大量に保管されている。
それを農奴達が見境なく摂取すれば凶暴化するのは目に見えていた。
中毒症状が軽ければショック死する者も居るだろうが、症状が重ければ死なずに凶暴化する者がほとんどなのをアナは知っていたからだ。
何故ならアナこそが廃棄が決定した農奴を引き連れて薬を与え、マーベル王国で無差別襲撃事件を引き起こした張本人だったからである。
「全員集めろ! こうなったら西階段から突破する!」
「い、嫌よ! 私達はそこから逃げて来たのよ!?」
「しかし奥にも中毒者が居るとなると、一階に下りた時に出口までが遠すぎる! 西階段なら下りたらすぐ出口だし、もし下りられなくても上に逃げれば星空の間の天窓から脱出できる!」
若者に告げたパーカーの命令にトリーナが即座に反対するが、パーカーにどうせ戦って突破するなら、と脱出の可能性の高さを訴えられて仕方なく応じた。
アナや他の者にも異論は無い様で、彼らは残りの仲間達が集合するのを待って、西階段へと急いだ。
「こ、こんなの無理よ……とても階段まで行けないわ……」
思わず足を止めてしまったパーカー達の中から、恐怖に震えるアナの呟きだけが皆の耳にはっきりと聞こえた。
西階段まであと数十メートル、という所で彼らが見た物。
それは男も女も関係無く、大量の亡者どもが互いに互いを食い合い、犯し合う、血塗れの地獄絵図であった。
「それでもやるしか無い! 全員、薬を使え! 階段までの道を切り開くぞ!」
明らかに見た目が普通じゃない連中を前に、パーカーが躊躇なく指示を飛ばし、皆は懐から取り出した粉薬を鼻から吸い込んだ。
その途端、彼らの精神は高揚し、急速に恐怖心を薄れさせて亡者の群れへと剣を手に斬り込んで行く。
だがそんな彼らの決死の覚悟も、膨大な数の亡者を前に砕け散り、次々と絶叫を上げては惨たらしい死を迎える事となる。
裸の亡者達に取り押さえられたトリーナが泣き叫んでいる。
股関節が外れているのか、おかしな角度で大きくねじり開かれた彼女の足の間で一人の亡者が一心不乱に腰を振り、他の連中は彼女の胸や腹に齧りついていた。
そんな血しぶきを上げて絶叫する彼女を、食い千切られて地面に転がる首だけとなったアナの瞳が光を失って尚、じっと見つめ続けていた。
「これで何人目?」
「もう数えてないわよ、姉さまぁ……」
三階の亡者どもの制圧が終わり、剣に付着した血を払いながら尋ねるミルクに、ココアも同様に剣を振りながら疲れた様に答えている。
主人の命令に身を震わせてエルマーの部屋を飛び出たミルクとココアは、階段をワイヤーで封鎖しながら各階を制圧しては下の階を目指した。
エルマーの部屋が有る六階から、五階で八人、四階で二十七人、と徐々に増える亡者を事も無げに処理してきた二人は、三階で百人近い亡者を相手にしても淡々と剣や槍を振るったが、さすがにうんざりした様だ。
「これ……ひう……下はもっと居るよね……」
「そりゃあ、階段があれじゃ……ね……」
それまで戦闘モードで冷徹だったミルクが階段の惨状に情けない声を上げると、ココアも眉をしかめて同情しつつミルクに応じた。
階段では二階から押し上げられてきた先頭の亡者がまた一人、ミルク達の張ったワイヤーで体を寸断されており、ちょっとした解体場みたいになっていた。
「でも、ご主人様の信頼に応えなくっちゃ! 戴竜殿から下りれば良いよね」
「うふ、姉さまぁ……ご主人様のご命令、格好良かったですよね!」
それでも気を取り直したミルクが努めて明るい声で戴竜殿へ向かうと、ココアも部屋を出る前の主人を思い出した様で、ニマニマとミルクに話し掛ける。
「う、うん……」
「照れちゃってぇ~、姉さま可愛い!」
するとミルクもその時の主人を思い出したのか、顔を赤くして戴竜殿三階の扉を開き、ココアはそんなミルクを冷やかしつつも部屋の左右に視線を走らせて、誰も居ない事を確認しながら右腕に剣を生み出す。
「コ、ココア! ふざけないで、真面目にしなさい!」
「はあい、姉さま」
そしてミルクに注意されるココアは、返事しながら剣を振って音も無く床を切り裂き、次の瞬間には二人はやはり音も無く二階の部屋へと降り立った。
「この部屋も誰も居ないのね……居るのは外の薬物中毒者だけ……か……」
「どこかに隠れてるのかも知れないけど……まずは外の連中を片付け――ッ!?」
ミルクが部屋に誰も居ないのを確認して外への戦闘に意識を向け、ココアも拍子抜けしつつミルクと共に扉を開き、そして二人は固まった。
想像を遥かに超えた数の亡者どもが、彼女達の視界を埋め尽くしたからだ。
「な、なんで……は、裸……なの!?」
「違うでしょ、姉さま……数よ、数……」
ほとんどの亡者が裸である事にミルクが小声で声を震わせ、ココアは呆れつつも訂正する。
「ごめん、ココア……ミルク……帰る……」
「ダ、ダメよ! 命令放棄なんて! ご主人様に言いつけるわよ!?」
しかしミルクは相当ショックなのか青褪めており、引き留めるココアの声に亡者どもが気付いてしまった。
「「「に……肉うううう!」」」
「「「お、女あああああ!」」」
「「いやあああああっ!」」
亡者共が一斉に動き出し、ミルクとココアは悲鳴を上げつつも部屋を飛び出し、亡者どもに斬り込んだ。
その場に留まれば、亡者共に殺到されて身動きが取れなくなるばかりか、戴竜殿自体が倒壊する恐れがあるからだ。
「美味しくないっ! ミルクは美味しくないからっ! 来ないでぇぇぇっ!」
「ココアはご主人様の物なのっ! 粗末な物、おっ立ててんじゃないわよっ!」
半泣きで叫びながら剣を振り回すミルクと、憤慨しつつ剣を振るうココアだが、その足は止まる事が無く、確実に狙った相手を行動不能に陥れていく。
疲れを知らないミルク達にとって唯一の心配はバッテリーの残量だが、人間大になった今ではその容量も大幅に増え、何の心配も無いかに思えた。
「うわ……姉さまがこっちじゃなくて良かったかも……ふんっ、自業自得よ!」
戦闘中にも拘らず、アナとトリーナの無残な遺体を目にしたココアが、この場に居たのが自分で良かったとミルクに目をやった時、ミルクは目前の亡者どもに気を取られ過ぎて、背後の集団に気付かずにバックステップを繰り返していた。
裸の亡者に対して、乙女システムが過剰に反応してしまっていたのだ。
「馬鹿っ! 姉さまっ!」
「――ッ! っく!? ひぎゃあああっ!」
ココアが自分の周囲の亡者どもを放置して、ミルクの下へ駆け出した。
一方ミルクはココアの鋭い叫びに咄嗟に反応するも、背後の集団に接近し過ぎて背後から抱き付かれ、胸や尻を鷲掴みされて絶叫を上げた。
「嫌あああっ! うああああっ!」
必要最低限の亡者だけを斬り裂いて、亡者の集団で姿が見えなくなったミルクの下へ急ぐココアが、ふと足を止めてジト目になった。
ミルクの居た辺りで亡者の足が跳ねまわり、次々と亡者どもを跳ね飛ばし始めたからである。
ミルクが絶叫しながらも胸を触った亡者の腕を取って投げ、その掴んだ腕を放す事なく投げた勢いのままに振り回していたのだ。
乙女システムがパニックになっているものの、基本システムが戦闘モードを維持している為、ぎゃあぎゃあと騒がしくも確実に亡者を吹き飛ばすミルク。
掴まれて振り回される亡者の足が、次々と周りの亡者を蹴り飛ばして骨折したのだろうかグニャグニャしている。
しかし亡者も負けてはいない。
遠心力に逆らって顔をミルクに向けると逆にミルクの手首を掴み返し、ミルクの胸に視線を固定してニタニタと笑ったのだ。
「ひいいいっ!? 放してっ! 放してえええっ!」
乙女システムがレッドゾーンに突入、ミルクが全身の毛を逆立てて叫びながら、近くに有った洞窟の中央を支える柱に亡者を叩きつけた。
その甲斐あって亡者はミルクの腕を放して吹き飛んで行ったが、その衝撃で柱が崩れ、天井に大きく亀裂が走った。
「この、馬鹿姉さまっ! 何やってるのよ!」
「だって! だってぇぇぇ!」
近くまで来ていたココアに怒鳴られ、半泣きで言い訳しようとするミルクだが、未だパニックから脱していない為にまるで子供の様である。
「と、とにかく逃げるの!」
「待って! ココアぁぁぁ! 置いてかないでぇぇぇ!」
しかし天井の亀裂が更に拡大してパラパラと崩れ出すと、問答している場合じゃない、とココアが退避を叫んで踵を返し、ミルクも慌ててココアの後を追った。
ミルクのピンチに亡者を残して駆け付けた為、ココアは反転して来た亡者を斬り払いながら駆けた。
西階段の近くまでココアが戻って来た時には天井の崩落は止まったが、一階からまだまだ亡者が上がって来ているのか、ココアの足も止められていた。
「次から次へと、いい加減にしてよね!」
「コ、ココアごめんね、もう大丈夫だから!」
「まったく、男の裸ぐらいで! 危うく崩落するとこじゃない!」
「は、反省してるからっ……ホントにごめん……」
愚痴を溢しながら剣を振るうココアの下に、追い付いたミルクが小言を頂戴しているが、戦闘はそれ程余裕が有るものでは無かった。
一階や地下にはまだまだ亡者が居るのか、ミルク達は西階段に辿り着けない。
それどころか斬り捨てた死体が邪魔になり、ミルク達は予想外の苦戦を強いられ始めていた。
「ああ、もう! 死体が邪魔で思う様に剣が振れない!」
「ココア、落ち着いて!」
「お馬鹿な姉さまは黙ってて!」
「な、何よ! 誰だって苦手な物くらい有るじゃない!」
戦い難い状況にイライラするココアをミルクが宥めようとするが、ココアの言い様にはミルクもさすがに憤慨する。
「ふーんだ、姉さまが単にヘタレなだけなんですぅ! 何よ、ファーストキス位で昇天しちゃって!」
「そ、それは今関係無いで――っしょ!」
だがココアはそれだけでは足りないのか過去の事例まで引っ張り出し、ミルクが顔を赤くしながら背後の亡者三人をまとめて斬り払う。
マルチタスクな彼女達には、戦闘中の会話ぐらい何の障害にもならないのだ。
「さっきだって胸触られたくらいで取り乱して! あ、そっか! さっきの亡者が姉さまの胸を触った初めての相手なのね!」
「ッ!!」
なのに次のココアの言葉には、ミルクはピタリと動きを止め、目を見開いて音が鳴る勢いでココアを見ると、わなわなと震えだした。
どうやら乙女システムがショックを受けると、マルチタスクも働かない様だ。
だがそんな事は亡者どもには関係なく、ミルクを囲む様に殺到する。
「姉さま、かわいそう! 初めての人がどこの馬の骨かも分からない人どころか、薬が決まった全裸の中年オヤジだなんて!」
「いやああああっ! わ、忘れてたのにっ! それに言い方っ! 違うからっ! 断じてっ! 初めての人じゃっ! なーいっ!」
ミルクの状況を知ってか知らずか、ココアが更にミルクを煽った直後、ミルクを押し包む亡者どもがミルクの絶叫と共に吹き飛んだ。
涙目のミルクが叫ぶ度に、ミルクの剣先に衝撃波が発生して亡者がバチュンッと弾け飛んでいる。
そんなミルクを横目で見ながら、はっちゃけモードに突入したココアはニヤリと口元を歪め、チェックメイトを口にする。
「でも胸は初めてでしょ! 残念ね、姉さま! ココアなんかぜ~んぶご主人様に初めてを捧げたのにぃ!」
「キー――ッ! 悔しいっ! コ、ココアっ! 絶対、覚えてなさいっ!」
「ふーんだ! 忘れちゃうもーん!」
「ムッカーーー!」
はっちゃけて調子が上がったのか、剣先に衝撃波を纏い出したココアと、頭から煙を噴き出しそうなくらいに顔を真っ赤に憤慨しては亡者を消し飛ばすミルク。
そんなAIらしからぬ言い争いをしながらも、人の身では有り得ない戦闘能力は、全身の人工細胞を最適に操れるAIだからこそである。
仲が良いのか悪いのかはともかく、その様子を見れば如何に肌の色が違おうとも二人が姉妹なのは明白であった。
だがそんな凄まじい戦闘能力も、薬でおかしくなった亡者には関係ない。
階下からわらわらと湧き出しては、二人を見て襲い掛かる。
「女あああっ!」
「やかましいわよっ!」
折角の楽しい気分に水を差されたココアが、亡者に華麗な回し蹴りを叩き込む。
二百キロもあるファラゴを蹴り飛ばした事も有るココアの蹴りに、まるで砲弾の様に吹き飛ばされた亡者が西階段前の柱に激突する。
「「あ……」」
思わず発せられる姉妹の唖然とした声と同時に柱がまたもや崩れ、新たな亀裂が天井を奔った。
「何よ、何よっ! ココアだって馬鹿じゃない! すぐ調子に乗って! 人の事、言えないじゃない!」
「ちょ、ちょっとしたミスじゃない! 何よ、姉さまなんか――ッ!?」
「ッ!!」
すぐさま反撃を開始するミルクに、ココアが開き直って反論しかけて止まった。
同時にミルクも洞窟の揺れを感知する。
二本も柱を失った事で天井が耐えられずに崩れ始め、それは更に上階での崩落を生み出していく。
「ちょ、ちょっと……どうするの!?」
「ど、どうするったって……どうしよう?」
「と、とにかく逃げなきゃ!」
「戴竜殿から外に!」
天井が大きく崩落し始め、おろおろしていた二人だが、本格的に崩落が始まって二人は比喩では無く頭を抱えて戴竜殿へと駆け出した。
戴竜殿はほんの数十メートル西であり、そこからならば壁を突き破って崩落から逃げられる。
しかし亡者が邪魔な上に揺れる洞窟で崩落を避けねばならず、更には地面にまで亀裂が走り出し、さすがの姉妹も表情を引きつらせた。
「し、叱られるっ! ご主人様に、叱られるぅぅぅ!」
「ね、姉さまのせいだからね! コ、ココア悪くないからっ!」
どんどん進む崩落に、主人からの叱責は免れないと涙目になるミルクと、何とか責任を逃れようとするココア。
「何言ってるのよ! ココアだって同罪でしょ! この、お調子者ぉ!」
「何よ、馬鹿乙女ぇ!」
「乙女言うなぁぁぁ!」
「盛り乳女ぁぁぁ!」
「そっ、それは――ココアッ!」
「姉さまッ!」
再びぎゃいぎゃいと喧しく逃げる姉妹だったが、とうとう彼女達の足元までもが崩れ落ち、二人は咄嗟に壁面へとワイヤーフックを打ち込んだ。
が、大量の土砂が降り注ぎ、ワイヤーフックは無情にも外れてしまう。
「「――ッ! キャアァァァ……」」
大量の土砂に呑まれて落下していくミルクとココアの叫び声が、轟音に呑まれて消えていく。
更に大量の土砂が亡者どもや設備、あらゆる物を飲み込んで各階層を潰し、地下から激しく舞い上がる土煙がポルト山を中腹まで覆い尽くした。
やがて土煙が収まりだして月明かりが辺りを照らすと、戴竜殿など跡形も無く、無残に大きく抉られた山肌の足元には大きな窪地が出来ていた。
こうして数百年続いたヴォイド教国は自らの欲深さに沈む様に、地中深くにまで造られた洞窟に、大量の土砂と共に永遠に葬られたのであった。




