01 荒野を南へ
四章もよろしくお願いします。
出会いの森の南端から東へ約半日、殺風景な荒れた大地に南南東へと伸びる然程高くない、キエヌ山脈。
緑の少ない荒野に比べ、山脈にはまばらではあるが木々が緑の葉を蓄えており、訪れたリュウ達をほっとさせた。
リュウ達はミルクの昼夜を問わず操縦する車両に揺られ、たった二日半でキエヌ山脈最北にあるノーム山に辿り着いていた。
日はまだ昇り始めたところであり、リュウ達が居るノーム山西側はまだ薄暗い。
「ミルク、どうだ~?」
『はい、通信網の設置は順調です。あと三十分程もすれば情報部も引き上げます。連合王国方面も静かですし、一先ずは安心できる状況かと』
「そっか。んじゃ、あと少し頼むな。ココアも頼んだぞ~」
『はい、ご主人様』
『任せて下さ~い』
ノーム山西側の麓で、ミルク達との通信を終えて満足そうに微笑むリュウ。
ミルクは現在、リュウ達を残してノーム山の頂から東に広がる荒野を見下ろし、大陸東端を南下してきた情報部と連絡を取り合って監視システムを構築中なのだ。
その間、ココアは一つ南のアムール山からコーザ・アルマロンド連合王国を監視している。
「リュウ、上手くいってるみたい?」
「うん、あと三十分くらいで終わるってさ。ミルク達に任せて早いとこメシ食ってしまおうぜ」
「はい、リュウ様。アイス様もどうぞ」
「うん!」
通信を終えてアイスに尋ねられたリュウが簡単に答えて朝食を促すと、丁度食事の支度が出来た様で、リュウとアイスとアナの三人はまだ薄暗い中で食事を摂る。
「アナさん確認ですけど、俺達は普通にアナさんに勧誘された人間って事でお願いしますね?」
食事をしながらリュウは、今日の夕方には入国する予定のヴォイド教国での自分達の立場をアナに念押しする。
「はい、リュウ様。もちろんですわ」
「あ、それと……その、リュウ様、アイス様ってのもダメですし、敬語を使うのもダメですよ? あくまでも王都の若者を勧誘したって事にしてくれないと……」
「そ、そうですわね……き、気を付けます……」
移動中も何度か立場については聞かされ納得していたアナであったが、言葉遣いにまでは意識が及んでいなかった様だ。
「ねえ、アナ? 今からそう呼んでみたらいいんだよ」
「えっ!? いえ、そんな……」
「アイスの言う通りですよ。お芝居だと思って、今からやりましょ? じゃないといざという時にお仲間に変に思われますよ?」
「わ、分かりました……」
そしてアイスとリュウから呼び方を改める様に言われたアナは、恐縮しながらも赤い顔で二人の言に従うのであった。
「へぇ~、すっかり馴れた感じじゃない、アナ」
「か、からかわないでココア……さん……」
随分と違和感なくリュウ達と話せる様になったアナをココアが感心しているが、自分ではまだ慣れていないのかアナが照れている。
朝食を終えたリュウ達は、徒歩で山脈の麓を南下していた。
現在地からヴォイド教国まではあと半日も掛からない距離に有る為、車両を見た人達に質問責めにされない様に早めに解体してしまったのだ。
とは言え、再度水をこの地で調達するのは大変そうなので、重い水タンクの部分だけはその場に残し、残りを分解してリュウやミルク達の装備品としている。
リュウが両手両足にプロテクターと背中にバックパック、残りをミルクとココアがそれぞれバックパックとして背負って歩く中、思い出した様にアナが口を開く。
「一つ気になったのですが、皆さんのお名前をどうしましょう?」
「どういう事です?」
「リュウさ……んはそのままリュウ・アモウで問題ないのですが、アイスちゃんは姓を伏せなきゃいけませんし、ミルクさんとココアさんは姓を存じませんし……」
「あー、そうですね……どうすっかな……」
入国の際に怪しまれない様にとのアナの問いに、リュウはなるほどと頷いた。
姓を持つのが通例であるこの世界で、姓が無いのは余計な注意を引きかねない。
すると思案するリュウを見てアイスが赤い顔で提案する。
「えっと……アイス・アモウにしたら良いよね?」
「「ダメですぅ!」」
だがアイスの提案はミルクとココアに速攻で反対された。
「えー? どうしてぇ?」
「そんなの、結婚してるみたいじゃないですかぁ!」
「えっとぉ、何の関係も無い姓の方が何かと問題が少ないのではないかと……」
目を真ん丸にするアイスにココアがずるいと頬を膨らませ、ミルクはやんわりと無難な言い方をするものの、目が泳いでいるのはココアの言う所にあるのだろう。
「えーっと、ミルクとココアも『アモウ』を名乗れば――」
「それはダメだ……」
「「どうしてですかぁ!?」」
「声でけえ!」
たじろぐアイスがミルクとココアも一緒に名乗れば、と言い掛けたのをリュウが却下すると、ミルクとココアは五割増しの音量でシンクロした。
「兄妹なのにイチャついてたらおかしいし、お前らは苗字あるじゃん……」
「「えっ!?」」
だがリュウの言葉にミルクとココアが驚きを露わにし、リュウは口元をニィっと歪めた。
「森永ミルクココアって――」
「へ? 何ですかそれ!?」
「ッ! それはご主人様の世界の飲み物じゃないですかぁ!」
そして披露された名前にココアはきょとんとしたが、主人と未だリンクしているミルクは該当する記憶を見付けて憤慨した。
「何だよ、美味しいのに……」
「ま、まさかご主人様……ココアの名前って本当にそれから付けたんですか!?」
「いや、それは後付けだ。ミルクの妹だし、健康的な小麦色の肌だったから決めただけだぞ?」
ミルクから説明を受けたココアが信じられないといった表情でリュウに尋ねるが、リュウは何がいけないんだ? といった様子である。
「で、でも、飲み物なんですよね? 他に何か無かったんですかぁ?」
「ココアって甘くてとても美味いんだぞ? それにココアって女の子っぽい可愛い響きじゃん? エ……可愛いお前にピッタリの名前だろ?」
それでも不満そうな口ぶりのココアに、リュウは大袈裟に名前の良さをアピールする。
が、少し調子に乗り過ぎてエロ可愛いと言い掛けて、少し目が泳いでいる。
「そ、そう……ですね! うふ……嬉しいですぅ!」
だがココアは可愛いと言われて満面の笑みでリュウの右腕に抱き付いた。
どうやらリュウの様子には気付いていない様である。
「じゃ、じゃあご主人様ぁ……ミルクは?」
「ミルクだって同じだぞ? 色んな物に混ぜたり料理にも使える万能な飲み物で名前も可愛くて女の子にはピッタリじゃん? それにミルクは色白だしな」
ココアが納得すると今度はミルクが控え目に尋ね、リュウに名前が可愛いと言われただけでニマニマと口元を緩めている。
「本当は胸が大きいからじゃないんですかぁ?」
「はうっ……」
だがココアが頬を膨らませてリュウの頬をつつくと、ミルクはさっと両手で胸を隠す様に覆った。
「だ~か~ら、それはミルクが盛ったからだろ……俺のせいじゃねーよ」
「あうぅ……面目無いですぅぅぅ……」
そしてリュウのため息混じりの回答にミルクは赤い顔で縮こまり、皆に生暖かい視線を向けられるのだった。
「まぁ、そんな訳で紹介の時にしか使わないだろうし、お前達三人は姉妹って事にして、姓はモリナガに決定!」
「「「え~……」」」
「どうせこの場限りの設定じゃん? 他に良い名も浮かばないしさ」
そのままリュウが仮の姓を決定しようとすると、アイス達三人は不満そうな声を漏らすのだが、結局は渋々納得するのであった。
因みに姉妹の序列も揉めに揉めた末に、長女ミルク、次女ココア、三女アイスとリュウが強引に決定している。
見た目的にはココアが長女の方が良いのだが、ココアが断固拒否した為である。
その後、昼食も含めて何度かの休憩を挟んだリュウ達は、比較的日が明るい内に土砂崩れ跡の様な深く地面が抉られた場所に辿り着いた。
そこはキエヌ山脈の北から二番目にあるアムール山と三番目にあるポルト山の丁度境目であり、幅二十メートルにわたって深い谷間になっていた。
「へぇ……どうやらこの先がヴォイド教国なんですね。いかにもって人達が居るしなぁ……」
「はい。ここでは大抵の者はあの服装ですわ。見た目より風通しが良くてなかなか快適なんですよ?」
「へぇ~」
リュウが谷の先に目を向けると、荒れ地の中に造られた畑で作業する者、荷物を運ぶ者、谷に架けられた橋の向こうでこちらを伺う者などが見て取れた。
誰もがフード付きの茶色のローブを纏っており、リュウは本当にこんな格好するんだ、と映画やアニメに出て来る胡散臭い宗教団体を思い起こしていた。
「少し揺れますけど、丈夫ですから怖がらずに付いて来て下さいね?」
「お~、わくわくする……アイス、怖かったら手繋いでてやるぞ?」
「う、うん……」
谷に架かる橋は蔓橋の様に植物の蔓と木材で編まれた物であった。
ただし周辺に大木などの無い荒野である為、両端に設置された大岩で固定されており、橋は見た目以上に頼りない印象であった。
「アナ!? アナじゃないか!」
「ラーゼさん! ただいま戻りました! お久しぶりです!」
「おわ!?」
「ひうっ!?」
橋を半分程渡った所で見張りらしい男が驚きの声を上げ、アナは思わずといった具合で駆け寄って笑顔で挨拶を交わす。
お蔭で橋が大きく揺れてリュウ達は手摺にしがみつく羽目になったが、苦笑いで残りを渡った。
「チェルシーから聞いたよ、よく無事だったな!」
「えっ!? チェルシーは無事だったんですか?」
「ああ。事件が起きて彼女は森を抜けて命辛々逃げ帰って来たのさ。相当な無理をしたのかしばらくは寝込んでいたけど、今じゃすっかりピンピンしてるよ」
「ああ、良かった……みんな殺されてしまったのだと……」
見張りの男、ラーゼの言葉にアナが驚きと喜びの混ざった声を上げる。
チェルシーとはアナと共に布教活動していた仲間であり、事件の時にアナ同様にその場から逃げ出し、無我夢中で帰国を果たしたのだった。
「まぁ、あんな事仕出かしちゃ……な。ところで、そちらさんは?」
「あ、そうでした! こちらは私の命の恩人で、新たに仲間になって下さるとの事なのでお連れしたんです」
「へぇ~、マーベル王国からなんて珍しい! よろしく、歓迎するよ!」
「ど、どうも……」
「じゃあラーゼさん、また後で。まずは皆さんを大司教様に紹介しないと」
当時に思いを馳せる二人であったが、ラーゼがリュウ達に意識を向けるとアナも我に返ってリュウ達を紹介し、ぎこちなく挨拶するリュウ達を連れてその場を後にするのだった。
え~、一応森永製菓様には
「その程度の使用なら問題ありません」
との寛大なご回答を頂いております。
この場を借りてお礼申し上げます。m(_ _)m




