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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
131/227

おまけ そよ風の中で(セルバンテスサービス終了記念)

 絵本で見た事がある様な木々も無い緑の草原。

 抜ける様に青い空の下、心地良い風が優しくそよいでいる。


「気持ちいい風ですわね……リュウ様」

「リーザさんの膝枕にこの風……もう最高……」

「まぁ、リュウ様ったら……」


 ふんわり微笑むリーザとゆるゆるに弛緩しきっているリュウ。


 その時、クウ~ンと悲し気な鳴き声が聞こえて、リュウはのっそりとそちらに目を向けた。


 少し離れた場所に居た鳴き声の主は、三メートルはあろうかという真っ白な魔獣ヴォルフのボスだ。

 腹這いに伏せているボスはリュウと目が合うと、普段の凛々しさはどこへやら、キュウキュウともピィピィとも聞こえる情けない声で助けを求めている。


「なんだぁ? ボス。お前らしくない声出して……」


 リュウがのそりと体を起こして這ったまま近寄ると、ボスの大きな背中越しに隠れる様にアイスが眠っていた。


「あー、なるほど……ったくコイツはしょーがねーな……」

「夢の中でも……アイス様はブレませんわね……」


 そのアイスの様子を見てリュウは呆れと共に納得し、同じく這い寄ったリーザはクスクスと笑った。


 幸せそうな笑顔で眠るアイスが、ボスの前足にかぶりついてはむはむしており、アイスを起こさない様にしていたボスも身の危険を感じた様だ。

 そんなボスの頭を撫でながらリュウはアイスの方に回ると、その白い頬にそっと手を伸ばした。


「ひびびびびびびびっ!」

「何喰ってんだ、お前は……」

「あ、あれ? お肉は? デザートは?」


 むぎゅうっと頬を引っ張られて飛び起きたアイスだが、リュウの呆れた声に目をぱちくりさせつつもまだ半分夢の中なのか、キョロキョロと辺りを見回した。

 それを見たリーザは堪えきれずに吹き出し、ボスにしがみついて笑った。


「あれ……夢……?」

「ようやく起きたか、食い意地魔人。おはよ……」

「お、おはようリュウ……リーザぁ、そんなに笑わないでよぅ……」


 ようやく目を覚ましたであろうアイスにリュウがため息混じりに声を掛けると、アイスははにかんで挨拶を返すが、未だに笑っているリーザを見ると赤い顔で頬を膨らませる。


「おはようございます、アイス様……いつ見てもアイス様は可愛いですわ」

「えへへ……」


 そうしてリーザが笑いを収めると、三人はボスを囲んで雑談を始めた。

 ボスが皆に撫でられて嬉しいのか、尻尾をパタパタと振っている。


「ご主人様ぁー!」


 すると遠くからリュウを呼ぶ声が聞こえ、ココアが駆けて来ていた。

 その後ろにはミルクも駆けて来ている。

 何やら緊急の用件らしいのだが、リュウは口元をニィっと歪めると脳内ツールに命令を発した。


「ふえっ!? ちょっ!」


 リュウ達までもう少し、という所でココアの輪郭がぼやけ、ココアは叫びと共にヴォルフの着ぐるみ姿に変えられる。


「!! バウッ!」


 その瞬間、ボスがすくっと立ち上がってココアに飛び掛かった。

 さすがに耐えられず転んだココアの腰に、ボスが素早くしがみつく。


「ボ、ボスぅ! 違うのっ、ココアよ! 待って待って! ひぃぃぃぃん!」

「ボス、ダメよ! ココアなのぉ! ご主人様、笑ってないで止めてください! このままじゃココアが……あう……あう……」


 パートナーゲット! と言わんばかりのボスにココアが這って逃げようとするが、体重二百キロは如何ともし難い様で、半泣きになっている。

 そこへ追い付いて止めようとするミルクが、もう見ていられないと真っ赤な顔を両手で覆ってしまった。


「キャンッ!」


 が、不意にボスがココアから離れ、立ち上がる様に空中に浮いた。

 そしてばたつかせていた足が止まると、ぷらーんと空中に力無く浮いている。


「何をやっておるのだ……お前達は……」

「父さま!」


 ボスの陰から現れたのは、ボスの首をむんずと掴み上げる真紅の髪をなびかせたアインダークその人であった。

 アイスの嬉しそうな声が響く。


「リュウ、いたずらが過ぎますわね……」

「母さま!」

「エルシャンドラ様!」


 更にその後ろから絶世の美女エルシャンドラが姿を見せ、駆け寄るアイスが飛び付き、続いてミルクも感激の声を上げた。


「遅いっすよ、二人共~。で、ヨルちゃんは倒したんすか?」

「ヨルちゃん……えらく弱そうな奴に我が苦戦したみたいではないか――」

「ご主人様っ! そんな事より大変ですっ!」


 アインダーク達が姿を見せた事である程度は予想できたのだろう、リュウが笑顔でヨルグヘイムの事を尋ねると、アインダークは少々呆れた様子で答えるのだが、血相を変えたココアが割り込んでしまい、そんな事呼ばわりされた事にガガーンとアインダークがショックを受けている。


「おいココア、ヨルちゃんより大事な事なんて――」

「それが本当なんです、ご主人様!」

「何だよミルクまで……」


 リュウはココアを諫めようとしたが、ミルクにまで言葉を遮られて一先ず彼女達の話を聞く気になった。


「えっとですね、ココア達の世界が崩壊の危機なんです!」

「はぁ!? どういう事!?」

「むう?」


 ココアの叫びにリュウは素っ頓狂な声を上げ、アインダークは眉間に皺を寄せると低い声で唸った。


「えっと何でしたっけ、この世界が存在する……」

「アイス知ってる! えっと、セロハンデス……だよね?」

「あほう、自信が無いなら言うな……ソロバンデスだろ……」

「セルバンテスですぅ!」


 言い掛けて、ん~、と記憶をまさぐるココアに代わってアイスが自信無さげに答えると、呆れ顔でリュウが訂正するもののミルクに更に呆れ顔で怒鳴られてアイスとリュウは仲良く赤面した。


「けど、なんで崩壊すんだよ?」

「それはこれを見て下さい! 姉さまとココアに届いたメールです!」


 気を取り直したリュウがココアに理由を尋ねると、ココアはプロジェクターを起動してメール内容を空間に投影した。


「なになに……セルバンテスは五月三十一日をもってサービスを終了……!? やべえじゃん!!」


 それを読み上げるリュウは、期限があと数日と分かって絶叫した。


「そんな! 私達の結婚はどうなるんですかー!?」

「へ? リズさんにエンバさん!? いつからそこに?」

「俺だってもっと師匠に鍛えて欲しいのにー!」

「リックぅ!?」

「私もココアちゃんともっと一緒に居たい……」

「ミリィちゃん!」

「「ミー!」」

「バウッ!?」


 すると突然、リュウの周囲から不満の声が上がった為、リュウは驚き、ココアはミリィと抱き合い、チョコとショコラはボスによじ登った。


「リュウ、済まんが捕虜のままで終わりたくないぞ……」

「ロダ少佐!?」

「リュウ殿、私はともかく部下達はエルナダに……」

「ソートン大将も!?」

「生まれ変わったナダムにお越し頂くはずでは……」

「む、セグ大佐か!」


 続いてエルナダの面々に面食らうリュウとアインダーク。


「アデリア王国の守護はどうなるのだ!?」

「陛下! 護衛も連れずに危険ですぞ!」

「魔王様!? ギーファさんまで……」

「私達の事忘れてません?」

「アニーにアーシャにエマ! 久し振りね~!」

「可憐だ……」

「レオン様!?」

「い、いや、誤解だミルク! もちろんミルクが一番だとも!」

「怪しい……でもミルクには、ご、ご主人様が居ますから……」

「くっ……」


 更には魔人族の面々も現れ、アニーに見惚れて呟いたレオンがミルクにジト目を向けられて弁解し、撃沈していた。


「天生君! 今までどこにおったん!?」

「川端!?」

「っていうか、その人達……誰なん?」

「うえっ!? ちょ、川端、なんか目が怖え……」


 そんなレオンをニィっと笑っていたリュウは、またもや突然に現れた川端小菊に面食らい、アイス達を見た小菊に詰問されてだらだらと冷や汗を流し始めた。


「リュウ、取り込み中済まぬが、我々もまだまだ……何だ、あれは!?」

「おわっ!? 何じゃありゃ……」


 そしてレント国王がリュウに話し掛けようとして、賑やかに集まりだした面々の外側に目を向けて叫ぶと、リュウもまたそちらに目を向けて目を見開いた。

 そこには膨大な数の黒い人影が、ゾンビの様にのろのろと接近して来ていた。


「父さま……」

「むう……エルシャ、分かるか?」


 不安そうなアイスの声にアインダークが人影を訝しむが、彼ですら正体が分からない様でエルシャンドラに尋ねる。

 するとエルシャンドラは即座に濃紺の光で人影を覆い、その正体を知る。


「あの者たちは、未来の存在ですわ……」

「未来の?」

「そう。この先、私達が出会う者たち。統一された思念を持ってますわ……」

「連中は、何て言ってるんです?」

「このまま終わられてたまるか、と……何とかしろー! と……」

「んな事言われてもなぁ……」


 エルシャンドラの説明を聞いて、リュウがガリガリと頭を掻く。


「リュウぅ……」

「「ご主人様ぁ……」」

「ご主人様!? 天生君! 説明して!」

「ちょっ!? いや川端、ちょっと空気読んで……くれる?」


 そんなリュウにアイス達が不安そうに寄り添うと、小菊が目を吊り上げて詰問を再開し、リュウは再び冷や汗を流し始める。


「むう……やはり攻撃は効かぬか……」

「未来の存在ですものね……干渉は出来ないのですわ。だから実体が曖昧なのでしょう……」


 放った光が人影の集団に吸い込まれる様に消えてゆき、アインダークの呟きにエルシャンドラが答えた。


「じゃあ母さま、向こうもアイス達に干渉できないの?」

「それは……何とも言えませんわね……」


 しかしアイスの問いにはエルシャンドラも自信が無く、周りの皆が動揺する。


「とりあえず逃げましょう、ご主人様!」

「けど、逃げるったってどこへ……」


 ミルクに促されるリュウがきょろきょろと辺りを見回していると、馴染のある声がリュウを呼んだ。


「小僧! こっちじゃ! 早うせんか!」

「! ドクター! みんな、こっちだ!」


 いつの間にかドクターゼムが光のゲートらしき傍で手招きしており、リュウは皆に声を掛けてそこへと向かった。


「ドクター、この先ってどうなってるんです? ってか何でドクターが……」

「わしは天才科学者じゃぞ? 世界を渡るくらい訳無いわい……」

「マジでぇ!? で、この先は?」

「忘れとるのか、小僧……このセルバンテスに来る前から、お主の居た世界が有るじゃろう!」


 ゲートの前で問い掛けるリュウにドクターゼムは事も無げに答えると、元々居た世界がこの先に有るのだと告げた。


「あ~、えっと……小説家だろう? だっけ?」

「惜しいです、ご主人様!」

「小説家になりたいんだろう、と我は思う……」

「違いますよ父様、美食家になろうです! ひびびびびびびびっ!」

「この子は本当に……小説家に……なれば、じゃありません?」

「はうっ! 惜しいです、エルシャンドラ様! 小説家に、は合ってます!」


 残念な回答にミルクが拳を握り締めて叫んでいる。


「なりたい!」

「惜しい!」

「なれるかな?」

「遠くなりました!」

「して!」

「次!」

「させろ!」

「次ぃっ!」


 延々と出ない正解に、ミルクがぜはーっ、ぜはーっ、と肩で息をしている。

 皆の周りでは、人影の集団が「早く答えろよ、お前ら」と頭を抱えている。


「もう、アレしかねーよな?」

「だよね、リュウぅ?」

「うむ、アレしかあるまい……」

「んじゃ、せーの!」

「「「「「なろう!」」」」」

「せっ、正解ですぅ!」


 遂に正解が飛び出し、感涙するミルクにハイタッチをしながら皆はゲートを潜り抜けて行った。


「なんか、景色変わんなくね?」

「そりゃそうじゃ。世界は変わってもわしらの歩みは変わらんからの……」

「そっか……って! あいつらまで来てるじゃん!」


 ゲートを潜っても変わらぬ風景にドクターゼムが解説するが、リュウは人影達も揃って付いて来ているのを見て声を上げた。

 だが人影たちは一人、また一人と消えてゆき、その場から居なくなった。


「危機から遠ざかって未来へと去ったのですわ……」

「そっか、一先ずは安心……と言って良いのかな……」


 エルシャンドラの説明に、リュウ達も一先ず胸を撫で下ろす。


「うむ。それでは我らも引き上げるとするか」

「ええ、あなた」

「父さま、母さま、行っちゃうの!?」

「なに、すぐにまた会える」

「リュウ、もうしばらくアイスをよろしく頼みますわ」

「分かりました」

「リュウ、俺達も戻る。また後で会おう」

「了解っす」


 それを見て安心したのか、アインダークとエルシャンドラがアイスの頭を優しく撫でて去り、レオンを筆頭に集まっていた人たちが去った。


「リュウ様、私もネクトに戻ります。どうかご無事に戻って来て下さい……」

「バウッ!」

「「ミー!」」


 そして最後に残ったリーザがリュウにキスをして、その背にチョコとショコラを乗せたボスと去って行った。


「リュウぅ、アイス達もそろそろ行くね?」

「へ? 何でだよ……お前達は居ろよ?」

「うふ、じゃあココアとイチャイチャしましょうかぁ……」

「ダメよ、ココア! ご主人様ぁ、またすぐに会えますから!」

「へいへい……」


 最後まで残っていると思ったアイス達も去ってしまい、リュウはごろんとその場に寝転んだ。

 相変わらずそよ風が肌に心地良い。

 そしていつしかリュウは深い眠りに落ちて行く。










「あれ? 何だかうなされてたと思ったのに、すやすやと眠ってる……」

「こうして寝顔を見ると、ご主人様もまだまだ少年の面影が残ってて可愛い」


 荷台で眠るリュウの寝顔を覗き込むココアとミルク。

 王都を出発した車両は東の国境である城壁を抜け、そよ風が吹く荒野を静かに走っており、アイスとアナも今は静かな寝息を立てている。


「ふう~ん……うふふ……」

「な、何よぉ……」

「同じベッドで寝てもそんな事言えるかなぁ、姉さま? ご主人様って――」

「きっ、聞こえなーい! 聞こえなーい! あー! あー! あー!」

「子供ですか、姉さま……」


 相変わらずココアにからかわれるミルクの拙い対応に、ココアが呆れている。


「もう、ご主人様に問題無かったんだから、ちゃんと周囲を監視しててよね!」

「はあい、姉さま」


 そんなココアをまるっと無視してミルクがお姉さんぶると、ココアもそれ以上はふざける事無く素直にミルクに従った。


 やがて車両は出会いの森の淵に沿って東から南へと星明りの中、小さく消えて行くのだった。


セルバンテス限定の予定でしたが、残して欲しいとの嬉しい要望を頂きましたので、こちらに残させて頂きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  数多いる登場キャラ達が出演していて回顧しながら読みました。ボスいい感じですね。和みキャラになってますね。チョコ、ショコラとも確かに邂逅してました。これから一つ屋根の下で暮らすことになるの…
[良い点] ほのぼの回良いですね! 特に前半は読み返したいくらい微笑ましかったです。
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