43 造反
フォレスト領に新たに建設されたエルナダ軍の宿舎周辺では、この日も朝から兵士達によって作業が進められていた。
リュウ達が居ない為に大幅に作業効率が下がってはいるが、それでも三棟には屋根が出来上がっており、残すのは細々とした作業である。
そして日が高くなった頃、宿舎の一つではソートン大将が情報部によって設置された通信機に苦い顔で向かっていた。
「――そんな訳でな、計画は中止だ。皆には済まんが――」
『話になりませんな、大将閣下。星巡竜と言えどもまだ子供、ヨルグヘイム様と同列に扱うなど……不敬ではありませんか?』
「何を言うか、中佐。ヨルグヘイム様でなくとも星巡竜なのだぞ? 我々人間が太刀打ちできる訳がないではないか!」
ソートン大将が話をしているのは第二特殊部隊のエクト中佐であった。
話にならないという部下に代わって応対する大将も、エクト中佐の取り付く島の無さに苛立ちを隠せない様子である。
折角リュウ達との敵対を回避できたソートン大将だが、エクト中佐の様子ではロダ少佐を無事にリュウ達の下へ引渡す事が出来なくなってしまうからだ。
『さあ、それはどうでしょう……』
「なっ、中佐……一体何を考えて――」
それでも含み笑いするかの様なエクト中佐は、呆気に取られるソートン大将の言葉に自らの言葉を被せる。
『我々がこちらで行動を起こして星巡竜を引き付ける間に、閣下はそちらを掌握してしまえば良いのですよ。如何に星巡竜とは言え、同時に複数の事案には対処できないでしょう……連合王国は掌握したも同然。キエヌ聖国ももはや我々には逆らえません。閣下がそちらを落として国内を安定させてしまえば、後は弱小のヴォイド教国と東のオーリス共和国のみ。そうすれば星巡竜もその流れを止める事は出来ないでしょう……』
「そんなに上手く行く訳が無い! 星巡竜を引き付けるだと!? 一瞬で消し飛ばされるだけだぞ!」
滔々と語るエクト中佐に、ソートン大将が拳を通信機に叩きつけながら叫ぶ。
エクト中佐はともかく、部下達を無駄に死なせる訳にはいかないからだ。
『戦いを前提にするからそういう思考しか出来ないのですよ、閣下。我々は軍を率いはしますが、交渉しに向かうだけです。それを知って尚、星巡竜が我々共々連合王国を叩けば、この星の星巡竜は短慮で粗野な存在と皆が知るのですよ』
それでもエクト中佐の意志は曲がらず、その口調はソートン大将を馬鹿にしているかの様であった。
「それは詭弁だ! 軍を率いて交渉などと、単なる脅しではないか!」
『ふっふ……あなたがそれを仰るのですか? こちらに我々を差し向けたのはどなたです? もう結構。これ以上話しても無駄です。では』
「ま、待てっ――ッ」
尚も言い募るソートン大将の言葉に心底呆れるエクト中佐は、慌てるソートン大将に構わず通信を一方的に切ってしまった。
「くそっ! ビークルの修理は済んでいるか!? すぐに王城へ向かう!」
通信機に再び拳を叩きつけ、ソートン大将は後ろに控える部下に叫ぶと足早に部屋を後にするのだった。
ミリィとリックが住むノイマン領の町リーブラのレパード家とベイカー家の前には、結構な広さの芝生の庭が広がっている。
その脇には馬車が一台停まっており、芝生の中央には敷物が広げられていた。
そこにはアイスとミルク、ミリィを膝に座らせたココアがチョコ、ショコラと戯れているが、時折庭のはずれの方を微笑ましく見つめている。
「どうですか!? 師匠!」
「おー、凄いじゃん! やるなぁ、リック!」
そこには大木に向けて矢を放って得意気な顔を見せるリック、それを大袈裟に褒めるリュウの二人が居た。
ココアの予告無しの来訪に喜ぶミリィとリックであったが、リックはリュウを見ると師匠と呼んで弟子入りを志願し、皆を驚かせた。
だがそれに気を良くしたリュウがココアに命じてリック専用の小型ボウガンを用意させ、現在練習中なのである。
射程距離十メートル程の小型ボウガンだが、現在は五メートルの距離で大木にぶら下げた的を射抜くリック。
万が一的を外しても大丈夫な様に大木の背後には大きな倉庫が有るが、一度も倉庫に矢は飛んでいない。
そして今も見事に的を射抜いたリックは、リュウに褒められて心底嬉しそうな笑顔を見せていた。
「ミリィ、お皿を運んでちょうだーい!」
「はーい!」
そこへミリィの母のエマリーが窓から娘を呼び、ミリィは元気よく返事をしてココアとお手伝いに向かう。
大きなパイを乗せた皿を更に大きなトレーで運ぶココアの隣で、ミリィは嬉しそうに十枚程の小皿を運んで戻って来る。
ミリィから少し遅れてエマリーとリックの母のエレナもティーセットを持って庭へと出て来ると、敷物の上に皿を並べてパイを切り分け始めた。
そうする内にリンゴの甘い香りに誘われてリュウとリックも皆の輪に加わり、賑やかにお茶会が始まった。
因みにドクターゼムは退屈を嫌って、フォレスト領の新たなエルナダ軍の宿舎へと向かった為、ここには居ない。
「慌てて焼いたので、美味しくなかったらごめんなさいね?」
「すみません、突然押し掛けてしまって……」
パイを配りながらのエマリーの言葉に、ミルクがぺこりと頭を下げる。
「いえいえ、良いんです! こういう機会でもないとなかなかパイなんて焼きませんし――」
「そうそう! リュウさんのお蔭でうちのリックも手が掛からないし、こんなにのんびりした時間を過ごせるんですから!」
そんなミルクにエマリーが慌てて弁解すると、すかさずエレナもフォローするかの様に笑顔を振りまいた。
「あはは……でもこれ本当に美味いですよ! その証拠がそこに……」
照れた様に笑うリュウがパイの出来を褒め、フォークで一点を指し示す。
皆が釣られる様に目を向けた先には、手に取る皿のパイを嬉しそうに見つめて周りに気付きもせず、一人無言でモグモグしているアイスが居た。
「む、夢中ですねぇ……」
「ぷふっ……幸せそうですぅ……」
「まぁ、可愛らしい……」
「ホント、喜んで貰えて嬉しいわ~」
「え……な、何?」
女性陣が小声でクスクス笑っていると、さすがにアイスも気付いた様だ。
「何でもありませんよ? アイス様」
「うん、いつものただの食いしん坊だよな」
すかさず気にしない様にと微笑んで答えるミルクだが、ニィっと笑うリュウに台無しにされてジト目を向ける。
「ちっ、違うよぅ……」
「まだまだ有るから、どんどん食べてねアイスちゃん!」
「わぁ――ッ! あ……ありがと……」
初対面のエマリーやエレナの前でからかわれて、途端に赤くなって小さく身を縮めるアイスなのだが、エレナに次のパイを皿に乗せられると思わず嬉しそうに笑みを溢してしまい、ハッとして小さくお礼を言う。
しかし一口パイを口に入れると、ニマニマと口元が緩んでしまうアイスなのであった。
そうして皆がのんびりと芝生の上で寛いでいると、ヒューンというモーターの音が遠くから聞こえ、一台の小型ビークルが姿を現した。
「あ~? 何か急用かな?」
皿を置いてリュウは立ち上がると、芝生を出てビークルを待つ。
すぐ後ろにはミルクも皆を制してやって来ており、他の面々は少し不安そうな面持ちで見つめている。
「リュウ殿、こちらでしたか。実は厄介な事態になりまして……」
「厄介な事態?」
「はい。南の部隊を任せていたエクト中佐が造反しました……現在は連絡が取れない状況です……」
困った顔で部下とビークルを降りて来たソートン大将は、挨拶も忘れて本題を切り出し、額の汗を拭った。
「はぁ~? 何だよそれ……これ以上面倒起こすなよ……」
「ご主人様、急いで城に戻りましょう。ソートン大将、至急戻ってエクト中佐の部隊の詳細をまとめてもらえますか?」
「わ、分かりました。では直ちに戻り、夕刻前には城へ伺います」
眉間に皺を寄せ、天を仰いでガリガリと頭を掻くリュウに、ミルクは城に戻る事を提案し、詳細情報を求められたソートン大将は今来たばかりなのに慌ただしく帰って行った。
「あ! ロダ少佐の事、聞くの忘れた!」
「それは後で城で聞いても大差ないですよ、ご主人様。それよりもすぐに戻って国王陛下や各騎士団との協議を急ぎましょう……」
「折角の楽しい時間を……馬鹿野郎め……」
ビークルが去り、リュウがしまったと声を上げるが、ミルクに静かに諭されて納得しつつ、新たな問題の発生に毒づく。
「師匠……帰っちゃうの?」
「あー、すまんリック……急用なんだってさ……残念だけど城に戻らないとダメなんだ……また近い内に来るからさ、それまでは一人で練習しててくれよな?」
「う、うん。分かった! もっと上手になっておくよ!」
「わりぃな……」
近くまで来て不安そうに見上げるリックに事情を説明するリュウは、空元気を出して笑顔を見せるリックの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「済みません、折角ここまでして頂いたのに城に戻らねばならない様です……」
「あらぁ、残念ですわね……」
「仕方ありませんわ、そういう時もありますよ。どうかお気になさらず」
「ミリィちゃん、ごめんね? また来るから……約束!」
「うん、ココアちゃん! 約束!」
そしてエマリー達にも急な予定変更を謝すリュウの横では、ココアとミリィが笑顔で約束を交わし、リュウ達は馬車へと向かう。
「チョコ! ショコラ! 行くぞ~」
「「ミ!」」
馬車に向かいながらリュウが声を掛けると、芝生を駆け回っていた子ファラゴの二匹が一目散にリュウの下を目指す。
「ん~、可愛い~!」
「チョコに負けてるぞ~、ショコラ頑張れ~」
まだよちよち歩きを脱した程度の二匹の全力疾走にミルクが思わず声を上げ、リュウは少し遅れるショコラを応援する。
「ミッ!?」
「「「あっ!」」」
リュウにもう少し、という所でショコラがリュウに向かってジャンプする。
が、飛距離が足りるはずもなく、ショコラが着地したのはチョコの背中。
短い鳴き声と共に転がるチョコを置き去りに、ショコラがリュウの右足をよじ登る。
「ミ! ミ!」
遅れてチョコが抗議するかの様に鳴きながらリュウの左足をよじ登る。
「ショコラ……わざとか?」
「そんな、まさかぁ……」
ショコラの思わぬ行動に、ちょっと引き気味のリュウと考えすぎでは、と応じるミルク。
ショコラはそんな事は意にも介さずリュウの肩へとよじ登り、褒めてと言わんばかりにリュウの首筋に頬ずりし、遅れて反対の肩にチョコが登るとリュウ達は馬車に乗り込んだ。
そうしてミリィ達の下を離れたリュウ達は、街道をカタコトと馬車に揺られて王城へと戻るのだった。
文字数の都合で1話で終われませんでした…。




