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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
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42 仲良しの証

 翌朝、パチリと目を覚ましたココアは、自身の胸元に頭をくっつけてスヤスヤと寝息を立てているリュウに目をやって、普段滅多に見せないそれは優しい笑みを浮かべた。

 そしてリュウの頭を優しく撫でながらリュウの首にそっと手を当て、リュウの体内の人工細胞にアクセスする。


 ココアはリュウからマスターコアを分離させて以来、マスターコアをリュウに戻していない。

 本来ならば、すぐにマスターコアを戻してリュウのチェックに努めるべきところなのだが、今の様に触れる、もしくは通信によってリュウの体内の人工細胞にアクセスするだけでも同様のチェックを行えるからである。


 だが一番の理由は、ココアがアクセスを試みなければリュウの状態を知る事ができない所にあった。

 マスターコアがリュウの体内に有れば、逐一リュウの状態を知る事ができる。

 だがそれは、リュウと深い仲になったココアにとって知りたくもない情報まで読み取ってしまい、リュウから発せられる情報の新鮮味が薄れるからであった。


 リュウに叱られ、そして結ばれた時、リュウにアクセスする余裕など無かったココアは、押しつぶされそうな不安と一転して狂おしい程の喜びを味わった。

 事前に情報が知れていれば不安も小さかったであろうが、あれ程の喜びもまた味わえなかったであろう。

 故にココアはリュウが通信圏内に居る時や必要に迫られない限りは、なるべく現状を維持しようと、まったくココアらしい身勝手な理由でマスターコアを戻さないのであった。


 リュウの体内の人工細胞にアクセスしたココアは、リュウの右脇腹をチェックする。

 前夜にも同様のチェックを行ったココアは、リュウの肋骨にミルクですら発見できなかった僅かな亀裂を発見して修復措置を施していたのだ。

 修復状況を確認して微笑むココアはそっとリュウの首から手を放し、そーっとリュウから身を離す。

 すると裸であった肌がぼやけていつもの衣服が現れる。

 解かれた髪も手を使わずに勝手にスルスルとアップにまとめられていく。


 そうして身支度を整えたココアはリュウに布団を掛け直し、優しく頬にキスを落とすとベッドから離れた。

 すぴーと幸せそうに眠るリュウに微笑むココアは、くるりと扉の方に向き直りながらニンマリとした笑顔に表情を変えた。


「ふふ……うふふふ……」


 口から漏れ出す笑いと共にココアの笑顔が不気味に歪む。

 いっそ邪悪と言っても良い笑顔のまま、ココアは部屋を出て行くのであった。










 一方こちらは、スヤスヤと寝息を立てる天使。

 窓から差し込む朝日にキラキラと金髪を輝かせて眠るのはアイスだ。

 ふかふかの枕に半ば沈み込んだ端正な横顔と透き通る様な肌の白さに、誰もが畏敬の念を抱きそうなものであるが、ぽやんと開いた唇を見れば誰もが微笑み、親しみを覚えてしまうだろう。


 そんなアイスの横顔を赤い困り顔で見つめるのは、身支度を済ませてベッドに腰かけるミルクだ。


《あう……アイス様と、あ、あんな事になるなんて……アイス様に、ど、どんな顔すればいいの……どうしよう……どうしよう……》


 目覚めてアイスの顔を見た途端、昨夜の出来事を思い出したミルク。

 真っ赤になりながらもアイスを起こさぬ様にベッドを出て、身支度を済ませはしたのだが、流されるままにアイスに応じてしまった甘美な体験は、今になって罪悪感となってミルクを(さいな)んでいるのであった。


 そんな中、部屋の扉が静かに小さく開いてココアが音も無く入って来た。


「コ、ココア……ノ、ノックくらいしなさい……」

「ノックが必要かどうか、ココアが分からない訳が無いでしょ? 姉さま……」


 小さな声でミルクに注意されるココアは、気にする様子も無く静かにテーブルセットへと向かいながら応じ、椅子の一つに腰かけた。

 ココアが事前に偵察糸を伸ばして部屋の中を伺ったのだと理解したミルクは、仕方がないなぁ、と自身もココアの向かいへと座った。


 ミルクもココアも偵察糸や各種センサーを使い、誰にも悟られず周囲の情報を事前にある程度は知る事ができる。

 それは誰も不快にさせる事など無いのだが、自分が普段している事をココアにされて、ミルクは少し落ち着かない気持ちになった。


「それで? こんな早くにどうしたの?」

「姉さまぁ……昨日の夜、覗いてたでしょ?」


 心を落ち着かせて問い掛けるミルクに、ココアは悪戯っぽい目を向けた。


「ばっ、馬鹿言わないで……コ、ココアと違うんだから、そんな事しないわよ」

「じゃあ、そんなに真っ赤になる事ないでしょ?」


 慌てて否定するミルクは、ココアに顔色を指摘されて両手で頬を覆う。

 否定しながらもミルクの頭には昨夜の出来事が次々と浮かんだからだ。


「覗いてた、なんて言われたら……つ、つい想像しちゃうじゃない……」

「へぇ~、乙女な姉さまでも想像とかするんだ?」

「お、乙女って言わないで!」

「アイス様が起きちゃうわよ?」

「う……それで、何の用なのよ?」


 照れながらの言い訳をココアにからかわれ、思わず声を上げそうになるミルクだが、ココアに注意されると頬を膨らませて改めてココアの訪問を尋ねる。


 するとココアがニンマリと口元を歪ませた。


「と~ってもイケナイ姉さまを、お仕置きに来たのよ?」


 嬉しそうに告げながら、ココアが掲げた両手の間にモニターを起動する。


「な、何を……ッ!」


 警戒するミルクは、モニターに映し出された映像を見て絶句し、硬直した。

 そこには熱く口づけを交わし合う、アイスとミルクが映し出されていた。


「大方アイス様に頼まれて覗いてたんでしょ? 二人の行動なんてお見通しなんだから。姉さまの偵察糸はココアのセンサーに引っ掛かっていたのよ? なのにココアの偵察糸には気付かずに、こ~んな事しちゃってるなんてぇ……見て? これなんかご主人様が凄く喜びそうじゃない?」

「あ……う……ココ、ココア……い、言わないで……ご主人様には、お、お願いだから……ど、どうかしてたの……お願いだから、ココアぁ……」


 得意満面で種明かしするココアに、ミルクは羞恥で顔を真っ赤に染めて下手に出る以外に無かった。

 言い逃れのしようが無い状況に、顔色とは裏腹にミルクの心情は真っ青だ。


「うふ、どうしよっかな……今日から何でも言う事を聞いてもらおっかな……」

「な、何でもだなんて……」

「ココアと違うんだからそんな事しないわよ、だなんて傷ついちゃったな……」

「ご、ごめんなさい……あ、謝るから……」


 楽しそうに席を立って近付くココアに言い淀むミルクだが、背後からココアに抱き付かれて耳元で先程の嘘をなじられると、ビクビクしながら謝罪する。


「このまま姉さまとアイス様がイケナ~イ関係になってくれたら、ご主人様には内緒にしてあげるんだけどなぁ?」

「そそ、そんな事……できる訳ないじゃない……」

「あっそ。じゃあ、姉さまとアイス様がラブラブだってご主人様に――」


 尚も言い募るココアは、それでもミルクが難色を示すとあっさりとミルクから身を離して立ち去ろうとした。

 もちろんココアもミルクがそんな条件を呑むとは思っていない。

 ココアの本命は、その後に用意している立場の逆転なのである。


「ま、待って! お願い……お、お願いしま――」


 切羽詰まったミルクが慌てて席を立ってココアを引き留める。

 振り向くココアは、床に膝と両手をついたミルクを見て勝利を確信した。


「違うんだよ、ココア! ミルクは悪くないの!」


 その時、ココアの背後からアイスの声が掛かり、まるで無警戒だったミルクとココアがビクッと跳ねた。


「ア、アイス様っ……いつの間に……」

「ごめんね、ココアぁ……仲間外れにした訳じゃないんだよ? だけどココアはリュウと居たから……ア、アイスはココアも大好きだから!」


 そしてベッドから駆け寄ったアイスに背後から抱き付かれ、ココアが困惑した声を上げるのだが、アイスの言葉を聞いて更に困惑した。

 どうやらアイスが二人の会話を聞いていたのは最後の辺りのみであり、勝手にココアが仲間外れにされた事を()ねているのだと解釈している様だ。


「あの、アイス様……え、ええっとぉ……んむっ!?」

「へっ!? ええっ!?」


 アイスをダシにしようとしていたなどとは言えず、一先ずその場を取り繕おうと振り向いたココアの唇にアイスの唇が重なり、ココアは目を見開いた。

 突然の思いがけない展開に、ミルクも床に座ったままアイスとココアを呆然と見上げている。


《ちょっ!? え……えええ!? なんでココアとアイス様がキスしてるの? ア、アイス様の唇、や、柔らか……》


 まったくの想定外の事態に、ココアがパニックを起こしてしまっている。

 そんな事には気付かないアイスは、気持ちを伝え終えたのか、キスを終えるとはにかみながら微笑んだ。


「コ、ココアの事も大好きだからね? コ、ココアも好きでいてくれるよね?」

「ふあ……は、はい……アイス様ぁ……」


 頬を赤く染めたアイスに尋ねられ、ココアはぽーっと真っ赤な顔で答える。


「せっかくリュウがみんなを好きって言ってくれたのに、アイス達の仲が悪いとリュウが悲しむでしょ? ほら、ミルクも立って? ココアぁ、アイスはココアもミルクも大好きだよ? ココアは違う?」


 自身が勘違いしているとは気付かないまま、アイスは昨夜のリュウの気持ちに応えるべく、自分達がもっと仲良くなろうとしているのだった。

 どうやらアイスにとってキスは仲良しの証明でもある様である。


「そそ、そんな事ありません! コ、ココアもアイス様が大好きですぅ……」


 アイスに不安そうな顔を向けられて、ココアはぶんぶんと首を振る。


「じゃあ、ミルクは? ミルクの事も好きだよね? ミルクもココアの事が好きだよね?」

「は、はい……」

「そ、そうですね……」


 一瞬顔を(ほころ)ばせたアイスであるが、今度はミルクとココアが互いをどう思っているのかを心配そうに尋ね、勘違いを指摘できぬままミルクとココアは愛想笑いするしかなかった。


「良かった! じゃあ、ココアもミルクとチューして仲直りしよっ!」

「ええっ!?」

「そ、それは……ちょっと……」

「え? どうして? やっぱり二人は……仲良くないの?」


 だが喜ぶアイスの提案にミルクとココアが困惑を見せると、アイスは見る間に悲しそうな顔となって二人を交互に見つめた。


「い、いえ! ミルクはその、ココアの事が……す、好きですよ?」

「コ、ココアもですっ! ね、姉さまが、す、す、好き……です……」


 今にも涙がにじんできそうなアイスの瞳に見つめられ、ミルクとココアが慌てながら寄り添って笑顔を作って見せた。


『ど、どうしようココア……』

『どうするったって……キ、キスしないとアイス様は納得しない気が……』

『すっ、するの!?』

『姉さま、覚悟を決めて! アイス様が泣いちゃうでしょ!』

『わ、分かった……けど……あう……あう……』


 だがその裏では、盛大に慌てるミルクと半ばヤケになったココアが秘話回線でやり取りしていた。


「姉さま、好き……」

「ミ、ミルクもココアが、す、好き……」


 アイスの前でココアがミルクを抱き寄せ、ミルクもおずおずと顔を上げる。

 そして唇を重ねてみせる二人だが、どちらの顔色も真っ赤だ。


「――ッ!? な……何やって――」

「「ッ!」」


 そこに困惑したリュウの声が掛かり、ミルクとココアがビクッと身を離す。


「――んだ……お前ら……」

「ちちち、違うんです! これはそのっ……そのぉ……」


 そしてリュウが言葉を終えるまでに、ミルクはテーブルの陰にしゃがみ込んで両手で顔を覆ってしまい、ココアは離脱した姉に代わって言い訳しようと試みるのだが、顔色と違って頭の中は真っ白の様である。


「おはよ~、リュウ! あのね、今ね、みーんな仲良しになったんだよ?」


 だがアイスの明るい声が割って入り、ココアは言い訳から解放されて胸を撫で下ろした。

 ミルクはテーブルの陰で顔を両手で覆ったまま、ブツブツと何か呟いている。


「仲良しって……いつも仲良いじゃん、お前ら……」

「そうだけど、もっとだよ! 昨日リュウがみんなの事、好きって言ってくれたでしょ? だからアイス達ももっと仲良くしようと思って!」

「あ~、アイスの発案なのか……なるほど、じゃあアイスも二人としたのか?」

「え……う、うん……アイス達が仲良しだと、リュウも嬉しいでしょ?」

「そうだな……それにしても女の子同士のキスって綺麗だけど何かエロいよな、さっきのもう一度見せてくれよ?」


 アイスの説明を聞くリュウは少し呆れた表情から納得顔に変わり、アイスにもキスをしたのかを確認すると、デレッと表情を崩してココアに話し掛ける。


「い、嫌ですよぅ……ご主人様が居るんですから、ご主人様がいいですぅ!」

「そうだよう、リュウ~。おはよ~のチューしよ?」


 そして不満顔のココアと笑顔のアイスに言い寄られ、リュウは満足顔で二人と軽いキスを交わすと、テーブルの陰に未だ隠れているミルクの下へ行く。


「ほら、いつまで隠れてんだミルク。朝メシ食いに行くぞ~」

「は、はいぃ……」


 リュウに手を差し伸べられて、おずおずとその手を取って立ち上がるミルク。

 余程恥ずかしいのか、赤い顔で上目遣いにリュウの顔をチラ見するのが精一杯の様だ。


「まー、手段はともかく、いつも仲良くしててくれよな? お前が一番しっかりしてるんだから、頼むぞ?」

「はい、も、もちろんですぅ……ッ!」


 そんなミルクに苦笑いするリュウは、ミルクの頭にポンポンと手を乗せながら信頼の言葉を口にして、返事の為に顔を上げたミルクにキスをする。


「さー、メシだ! メシ!」

「うん!」

「はいっ!」


 何事も無かったかの様に扉に向かうリュウの腕にアイスとココアが飛び付く。

 そして最後に部屋を出て、静かに扉を閉める真っ赤な顔のミルクは、少し先へ歩いて行ってしまった主人を嬉しそうに急ぎ足で追うのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 細部まで練りこまれた世界観と、多数のキャラクターをよく管理されてますね。 各々の物語もしっかり作り込まれている事が窺えます。 [気になる点] しいてあげるなら、序盤が顕著でしたけど一話分…
[良い点] 「リュウから発せられる情報の新鮮味が薄れるからであった」 この前後の話、良いですね。 凄くファンタジーな感じがします。
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