40 処分と褒美
北中央山脈に一番近いフォレスト領に日暮れが訪れた頃、エルナダ軍の新たな宿舎はある程度の形になっていた。
「ふい~……ここまですりゃ、あとはエルナダ軍だけでも何とかなるよね?」
「もちろんです、リュウ殿。ここまで尽力頂いて感謝の言葉もございません」
作業が一区切りついてリュウに尋ねられ、ソートン大将は丁寧に頭を下げる。
リュウ殿と呼んでいるのは、リュウに様付けは勘弁して欲しいと言われたからである。
彼らが見つめる先には出来立てほやほやの大きな二階建ての宿舎が三棟建っているがまだ屋根は無く、シートがそれぞれに掛けられており、他にも細々とした部分などは手付かずの状態である。
しかし後の工程もミルク、ココアから兵士達に引き継ぎが完了しており、一階部分には既に色々と荷物が運び込まれていた。
「まさかここまで出来てしまうとは……まったく驚かされてばかりですな……」
「リュウにはまだやる事が有るらしいからな……かなり急いでくれたんだろう」
フォレスト伯爵の息子、エドガーがリュウ達と宿舎を見比べながら何度目かの感嘆の声を上げ、レオンは苦笑いが絶えない様だ。
「ソートン大将、南の部隊とはいつ連絡が取れますか?」
「現在、情報部が調整中ですが、明日のうちには取れる見込みです」
「そうですか、じゃあ後はエドガーさんと調整して上手くやって下さい」
「承知しました。本日は誠にありがとうございました」
ここでの作業を粗方終えたリュウはソートン大将に通信設備の復旧状況を確認すると、撤収準備を始めている仲間達の下へと向かった。
リュウはソートン大将にロダ少佐の事を話していたが、大将はロダ少佐の事を詳しくは知らなかった。
ロダ少佐とドクターゼムがこの星に転移して来た際、彼らを拘束したのが当時鉱山を任されていた第二特殊部隊のエクト中佐だったからである。
エクト中佐についてはソートン大将も扱いに困っていた。
第二特殊部隊が独立した部署で、ソートン大将の権限が及ばないという理由も有るが、最大の理由は彼がヨルグヘイムの「お気に入り」だったからである。
この星に来た当初、ソートン大将は左遷された事に不貞腐れるのみで、大して野望らしきものを抱いてはいなかった。
それがエクト中佐に半ば押し切られる内に、自身でもその気になってしまったのだ。
そんな事を思い出しながら、ソートン大将は仲間達と帰り支度をするリュウを見つめる。
ただの勘違いなのだが、ソートン大将にはリュウという若い星巡竜に逆らう気などまるで無かった。
自身に逆らう国を尽く滅ぼしたヨルグヘイムをエルナダの民は畏れ敬った。
だがその苛烈さ故に、エルナダの民にとって星巡竜という存在はアレルゲンになってしまってもいたのだ。
それは軍のトップに上り詰めたソートン大将ですら例外ではなく、この星にも別の星巡竜が居たというだけで、あっさりと降伏するに至っている。
そんなソートン大将にとって、国王に提案して自らも宿舎の建設に汗を流してくれたリュウの行動は驚きであったが、当然悪い気がするはずもなく、このまま友好的な関係を築く為にもロダ少佐を無事にリュウに引き合わせねば、と考えるソートン大将なのであった。
王城へと戻ったリュウ達は部屋でのんびりと寛いでいたが、女官に食事へ案内されて食堂へと向かっていた。
食堂の入口では別の女官が訪れるリュウ達に頭を下げていたが、リュウの前に進み出ると改めて深々と頭を下げた。
「リュウ・アモウ様、昨日は危ない所を助けて頂き、ありがとうございました。私はアナ・シーモアと申します。これからはリュウ様のお付きとして、何なりとお申し付け下さいます様、よろしくお願い申し上げます」
女官は昨日、ゴーマン男爵の息子アレックに人質にされたアナであった。
彼女は自ら申し出て、リュウ達のお世話を買って出たのだった。
アナは二十代半ばの少し細身のお姉さんという印象であるが、少し儚げな感じであり、ココアの目がスッと細く警戒モードに移行している。
「いえいえ、そんな……俺にはミルクとココアが居ますし、そんなに気を遣われたら、かえって恐縮してしまいます……」
「そうですか……では、何か有りましたら遠慮なくお呼びつけ下さい。少しでもご恩返しをさせて頂きたく……」
だがリュウに緊張した様子で固辞されてしまうと、アナは少し残念そうに肩の力を抜いて微笑み、再び丁寧に頭を下げて食堂へリュウ達を通した。
食堂には朝は顔を見せなかったレント国王も席に着いていた。
「顔も見せずに済まなかったな、リュウ……協議が長引いてしまってな……」
「いえ、こっちは全然大丈夫ですよ? それよりも公爵達の処遇とかって、どうなったんですか?」
レント国王に話し掛けられ、問題無いとしながらもリュウは気にはなっていたクーデターの首謀者達の事を聞きながら席に着いた。
「うむ、二人を処刑すべきという声が多くて苦労したが、何とか爵位剥奪という事で済ませる事が出来た。彼らが騎士団の運営に尽力してきた事も有るが、他の国についても彼らの顔、知識は役に立つのでな……」
レント国王はまだ公表前の情報をリュウに話して聞かせ、ちらりと隣に困った様な、やれやれといった様な目を向けた。
それに気付いたリュウの口元が面白そうにニィっと歪む。
「あー、道理で坊ちゃまがふくれっ面なんですねぇ――」
「坊ちゃま言うな! レオンで良いと言ったろう! 最初は反対だったが、一応誰も死人は出てないし、彼らの家族や騎士団の今後の事を考えたら納得せざるを得ないじゃないか……」
リュウの軽口にレオンが赤い顔で憤慨するも、今は反対していないと弁解しているのを隣りのアリアがクスクスと笑っている。
昨日捕らえられたエンマイヤー公爵と今日になって青褪めて出頭したゴーマン男爵は、処刑すべしという親衛隊や騎士団の声が多い中、爵位剥奪という極めて軽い処分が下された。
死人が出なかった事や二人のこれまでの功績、隣国であるオーリス共和国との貿易、今後のエンマイヤー、ゴーマン両騎士団の運営などを鑑みると、現実問題として代わりを務める者が居ない現状のマーベル王国ではやむを得ない措置でもあり、何よりも重鎮達が納得した上でのレント国王の決定に、異を唱える者など居なかったからである。
だからと言って全てがこれまで通りという訳ではない。
二人には、国王から全権を委任された監督官がそれぞれ二人ずつ配される事が決まっており、親衛隊や王都騎士団を退役した幹部級のリストから現在、人選が進められており、それに伴って騎士団も体制が見直される事になる予定である。
「リュウ……レオンはこう言ってるけど本当は同年代の友達が居なかったから、リュウが来てくれて嬉しいの。これからも仲良くしてやってあげてね?」
「あ、姉上!」
にっこり微笑むアリアのリュウへの言葉に、レオンの顔が珍しく赤くなる。
「はい、それはもう――」
「リュウ、私にももっと仲良くしてちょうだいね?」
「え……あ~、はい……はは……」
ふわりとアリアに微笑まれてデレッと応じるリュウの方は、言葉をサフィアに遮られ、国王の手前だからかポリポリと鼻を掻いて誤魔化す様に笑っている。
「ところでリュウ。約束の褒美は何が良いか決まったかね?」
「あ~、実はまだ何も考えてなくて……済みません……」
「なら、家なんてどうだ?」
「家!?」
そんなリュウにレント国王が褒美の話をすると、リュウはすっかり忘れていた様で、レオンに提案されて目を丸くした。
「ああ。いつまでもこの城に、という訳にはいかんだろう?」
「ふむ、それは良いな。ならば皆がゆったりと暮らせる家と金を用意しよう!」
「え、本当に良いんですか?」
「もちろんだとも。すぐ職人を手配しよう、場所は王都で構わないかね?」
そして驚くリュウを置いてレオンとレント国王の間で話がとんとんと進む。
「あの、ご主人様ぁ……」
「なんだよ、ココア」
「えっと……」
そんな中、ココアがリュウに耳打ちしてねだる様な瞳を向け、リュウは頷いて国王達に提案する。
「あの、そのお話、ノイマン領でも構わないでしょうか?」
「ん? もちろん構わないとも。そちらに気に入った場所でも有るのかね?」
「俺はどこも気に入ってますけど、ココアに出来た友達がそっちに住んでいるんです……」
「ああ、あの小さな子達だな……確かにあの子達だと王都に来るのは難しいな」
リュウの申し出にレント国王が理由を尋ねると、リュウの回答にレオンが理解を示した。
「済みません、わがままを言って……」
「いや、構わんのだよ。君達には本当に世話になったからね」
頭を下げるココアに笑みをもって答えるレント国王。
その後、預かってもらっていたチョコとショコラを王女達から返してもらい、リュウ達は自室へと戻るのだった。
長らくお待たせしたにも拘らず、短くて申し訳ありません。
長くなり過ぎた為に、2話に分けたのが原因です。
明日、もう一話上げる予定です。




