39 三姉妹誕生?
フォレスト領に到着したリュウ達は、フォレスト伯爵の息子であり今は領内を実質的に取り仕切っているエドガー・ソーン・フォレストの案内でエルナダ軍の仮の宿舎となっている倉庫群へとやって来ていた。
エルナダ軍の駐留に初めは難色を示したエドガーであったが、父からの手紙とレオンの説明により、使われていない資材倉庫やその他設備を貸与していた。
とは言え、現在王国内に居る二百余名の半数を収容するのが精一杯で、残りは王城内や一部破壊された北棟などに分散して一夜を明かしており、早急に新たな受け入れ先を見付ける必要があった。
そこでリュウ達によって、新たな宿舎を建設する事になったのだが……
「殿下……彼らは一体……」
「いや、だから言っただろう……不思議な力を持っていると……」
「い、いやいや、そんなレベルではありませんぞ!? 森があっという間に……更地ではありませんか!」
「ま、まぁ、そのお蔭で助かる事は有っても困る事は無いんだから……な?」
馬を手配して戻って来て驚愕するエドガーに、レオンが苦笑いで応じている。
それもそうだろう、倉庫群の脇まで有った森が百メートル四方、消失していたのだから。
リュウ達はエドガーとの挨拶を済ませると、早速ソートン大将らエルナダ軍の主要メンバーらと宿舎建設に向けての打ち合わせを行った。
打ち合わせはミルク主導で行われ、作業の割り振りが決められると、ココアが義肢の必要な者達を集め、なんとか運び込まれたデストロイヤー一機を分解して各人に合わせた義肢を作成していった。
その間にリュウはミルクの指示で森の木々を片っ端から斬り飛ばし、兵士達が根っこを掘り起こしては、やはり指示通りに土地を整備したのだ。
倒された木々はミルクにより色々とマーキングされ、別の兵士達がマーキング通りに枝を切り、切り込みを入れたり穴を開けたりと、着々と準備が進められている。
また別の兵士達は廃材を運んだり、昼に向けての食事の用意など、その様子はまるでキャンプであり、昨日までの事が嘘かの様に明るい雰囲気で進んでいた。
それにはアイス、ミルク、ココアがそれぞれの持ち場で兵士達に頑張って、と笑顔を振りまいているのも大きな要因であった。
「んじゃ、アイス、ミルク頼んだぞ~。何か有ったら呼んでくれ」
「はい、ご主人様ぁ」
「行って来るね~」
倉庫群付近での作業が一段落すると、二十名のエルナダ兵と十頭の馬を連れてアイスとミルクが森の奥へと出発する。
彼女達は昨日リュウがフォレスト領で待機するレオン達を王都に入れる為に、柵を破壊した際に出来た倒木を回収しに向かうのだ。
実質的な作業はミルクとエルナダ兵によって行われるが、木材の運搬は馬達が頼りである為、アイスが馬達を管理するのである。
「よし、んじゃ俺達は組み立て作業に入ろうか。ココア、指示を頼むな」
「任せて下さい、ご主人様ぁ! じゃあ皆さん手筈通りにお願いします~」
アイス達を見届けると、リュウと兵士達は綺麗にカットされて番号付けされた丸太をココアの指示に従って順番に並べ、積み上げていく。
組み上げられていく丸太は寸分の狂いも無く、これには手伝いに集まって来ていたフォレスト領の大工達も舌を巻いており、リュウは改めてミルクとココアの能力の高さを思い知るのであった。
少し遅めの昼食となり、兵士達が焚き出しに群がるかの様に列を成している。
「ふい~、メシだメシ~」
「お疲れ様です、ご主人様ぁ」
それを横目にリュウ達は、今組み上がったばかりの壁の無い舞台の様な建物の一階部分に車座になっていた。
そうして昼食を済ませたリュウが寛ぎながら皆と雑談していると、見知らぬ顔の将校がリュウの下にやって来る。
「ドクターゼム、自分は情報部の指揮を預かるフルト少佐です。今、少しばかりお時間を頂けますでしょうか? あと、そちらの女性の方も……」
やって来たのは情報部のフルト少佐であった。
帽子を取り、姿勢を正しているが、やや緊張した面持ちである。
一方、指名されたココアはフルト少佐の顔をよく覚えていた為、リュウの腕に怯えた様にしがみついた。
「ほう、昨日の若造を寄越したのはお前さんか……わしのスパイ容疑はめでたく晴れたという事かの?」
「いえ……ですが、この様な事態になって、それはもう無益な事だと。元は私の部署にそちらの彼女が侵入した事をきっかけに始まった追跡劇でしたが、彼女を追う内に私はあなたの圧倒的な技術に魅せられていました。ただ、本隊の方でも察知されてしまい、何とか先にあなたを保護しようとしたのですが、力及ばずという結果になってしまいました……」
ココアに電撃で眠らされた若造レッセ少尉を思い出したのか、ドクターゼムが少し面白そうに尋ねるが、フルト少佐は真面目な顔つきのまま、事の経緯を話し始めた。
「ふむ……一つ勘違いをしておる様じゃから訂正しておくがの、わしの技術だけではないぞ。星巡竜様の力が有ってこその結果なんじゃ、彼女らは」
「彼女ら?」
「そこのココアもじゃが、こっちのミルクも同様なんじゃ」
「そ、そうなのですか……」
フルト少佐の話がまだ済んでもいない内に、ドクターゼムがミルクとココアについて言及し、フルト少佐も思わず新たな事実に驚いてしまう。
ドクターゼムにとっては、自分が拘束されないと分かっただけでも十分なのであった。
「で、用件はそれだけかの?」
「い、いえ……一応謝罪を、と思いまして……」
ドクターゼムが話を終えようとすると、フルト少佐は短く断ってココアの方へ向き直った。
それを見てココアが不安そうな目をフルト少佐に向ける。
「自分は当初、あなたを新型のスパイバグだと思い込み、情報の流出を懸念して破壊するつもりでした。ですがドクターや子供達を守るあなたの姿や、あの重機を相手に泣きながらも戦う姿に、それが大きな間違いである事に気付きました。あなたは……いえ、あなた達は何にも代えがたい存在だ……攻撃しておいて何を今更と思うでしょうが……謝罪します」
フルト少佐は未だリュウにしがみつくココアに謝罪し、深々と頭を下げた。
だがココアは何かを言おうとするものの言葉が上手く出て来ない様で、困った表情でおろおろしていた。
「ココア、俺達の事は気にしなくても良いんだぞ? 相手が謝ってたって怒りが静まらないなら怒ればいいし、謝罪を受け入れるんならそれでもいい……お前はお前の心に従って気持ちを伝えればいいんだ」
「は、はい……」
そんなココアにリュウが苦笑いしながら背中をトントンしてやると、ココアは気持ちが落ち着いたのか、頷いて頭を下げたままのフルト少佐を見つめた。
「あの、頭を上げて下さい……コ、ココアも侵入がバレたらただでは済まないと覚悟はしていました。だから、その事について不満を言うつもりは無いです……エ、エンマイヤー邸では射撃中止を訴えてくれて、ありがとうございました……ココアちゃんと聞こえていました。そのお気持ちだけで十分です……」
ココアはフルト少佐が現れた時から、路地裏での悔しさやデストロイヤーへの恐怖が蘇っていたが、同時に相手の立場も理解はしていた。
敵味方という立場で、しかも戦った相手に謝罪されるという事には面食らったココアだが、悪い気はしていなかった。
そうして背中を押して貰えた事で、素直な気持ちを伝える事が出来たココアに対し、フルト少佐は少し驚いた様な表情を見せたが、しっかりと頷くと再び頭を下げて去って行った。
「あれで良かったのか?」
「はい……確かに思うところはありますけど……でもぉ、そのお蔭でご主人様とラブラブになれたんですからぁ、感謝しても良いくらいですぅ!」
どこか吹っ切れた表情になったココアがリュウに問い掛けられて苦笑いを返すのだが、次の瞬間にはリュウの右腕に抱き付いて平常運転に戻った。
「ず、ずるいよ、ココア! アイスもぉ!」
「コ、ココア! アイス様も! 人前ですよっ!」
するとアイスが慌ててリュウの左腕に飛び付いて、人目を憚らぬ二人に赤い顔でミルクが抗議する。
「なんじゃ、小僧……ココアとそんな仲なんか?」
「はい! 幸せですぅ!」
そこにドクターゼムがリュウとココアの仲を面白そうに尋ねると、主人を差し置いてココアが満面の笑みで答えた。
アイスとミルクはふくれっ面になったが。
「あっ、いや、ココアがそういう機能も有るって言うし……そのぉ、つい……」
リュウの方は赤い顔でバツが悪そうに言い訳しつつ、目を泳がせている。
「ほ~ん……」
「ほ~ん、て……ドクターが設計したんでしょーが……」
「アホか。そんな面倒な機能なんぞ用意しとらんわい……」
「「えっ!?」」
気の無い返事をするドクターゼムにリュウが口を尖らせると、ドクターゼムは心底呆れた様に自身の関与を否定して、リュウだけでなくココアまでもが驚きの声を上げた。
「えって何だよ、ココア……」
「だ、だって……ドクターが用意してくれているものだとばかり……」
リュウに騙したな、とでもいう様な目を向けられたココアが、ぶんぶんと首を振ってドクターゼムに縋る様な目を向ける。
「ふう~む……という事はじゃ、お前達にはアイス様の力が余程影響を及ぼしておるんじゃろう……造形はともかく、人としての機能はアイス様をベースにしておるんじゃないかの……なにせわしは、お前達の頭脳に当たる部分しか構築しておらんでの……」
するとドクターゼムは推測を述べ、次いで自身が構築した部分を明かした。
「じゃ、じゃあ本当にミルク達はアイス様がいらっしゃらなければ……」
「こんな短期間では、そこまでの機能は獲得できなかったかも知れんのう……」
その事実にミルクが独り言の様に呟くと、ドクターゼムは苦笑い混じりに肩を竦めた。
「そっか、アイスの仕業だった訳か……」
「えっ!? ア、アイスそんなの分かんないよう!」
「仕業じゃありません! お蔭ですぅ!」
そんなドクターゼムの推測を理解するリュウがアイスを見てニィっと笑うと、アイスはわたわたと困惑し、ミルクはリュウの言い方に抗議する。
「ふーん、じゃあお前達って姉妹みたいなもんなのかなぁ?」
「姉妹……い、いえいえ、そんな……」
ミルクの抗議をさらっと流したリュウの言葉に、ミルクは畏れ多いとばかりにわたわたするが、少し嬉しそうである。
「いや、まてよ……どっちかって言うと、娘か? となると父親は……」
「「姉妹ですぅ!」」
「おわっ、久々だな……」
だが、リュウが思い直して視線をドクターゼムに向けると、ミルクとココアは全力でシンクロし、リュウをたじろがせた。
ドクターゼムが呆れ顔だ。
「えへへ、お姉ちゃんが二人できちゃった……」
「いえいえ、アイス様がお姉様ですよぉ……」
「ご主人様はどう思いますかぁ?」
照れた様に赤い顔でアイスとミルクが姉の立場を譲り合っていると、ココアはリュウに序列を尋ねた。
「あ? 見た目はココア、アイス、ミルクの順だけど、実際はアイス、ミルク、ココアだよな……らしさで言えばミルク、ココア、アイスかな? ま、末っ子が一番可愛いよな!」
するとリュウはあれこれと意見を述べるのだが、最後にニィっと思わせぶりに笑った。
「ア、アイ……ス……?」
「ミ……ミ……」
「うふ、ココアですよねぇ~?」
即座に上目遣いを駆使するアイスに、選ばれたいけどアイスの手前、言い出せないミルク、何故か自信満々のココア。
三人の反応に思わず笑ってしまうリュウ。
「アホか……チョコとショコラに決まってんだろ……」
そしてリュウの答えに崩れ落ちる三人を見て、吹き出してしまうドクターゼムなのであった。
更新が遅れて申し訳ないです。
次回はそんなにお待たせしないと思います…(汗)




