38 平和な朝を迎えて
食堂に案内されたリュウが勧められた席に腰を掛けると、当然の様にアイスが左側に、ココアが右側に座り、更にその横にドクターゼムが座った。
「では、ミルクはお部屋で待ってますね」
「おう、よろしく~」
「すぐ行くからね~」
だがミルクは皆に声を掛けると女官に何やら頼み事をして、女官と共に食堂を後にする。
「何じゃココア、お主は食事の必要無かろう?」
「え~、ココアだって食べたいですぅ……ちゃんとエネルギーにも出来ますし、ご主人様に必要な栄養素をストックする事も可能なんですよぉ?」
「なんじゃ、自分で構築したのか?」
「いえ……姉さまもココアも実体化した時には備わってました。アイス様の竜力の影響だと思いますけど、普通に人と同じ機能が備わっていますし、任意で機能をオン、オフ出来るんですぅ」
一緒に食事を摂ろうとしてドクターゼムに怪訝な顔を向けられ、ココアが説明しながら目の前に並べられた食材を手に取ったパンに挟んでいく。
メニューはサンドイッチで、お好みで具材を選べる様になっていた。
皆がもたもたする姿に見かねたココアが、次々にサンドイッチを用意して皆に配り出し、皆はただ皿に置かれたサンドイッチを食べるだけとなっている。
アイスも最初はリュウの為にサンドイッチを作ろうとしたが、ココアの綺麗なサンドイッチを見て、今は自身の胸の為に無言でパクパク食べている。
「早いな、みんな。おはよう」
「おはようございまーす」
そこへレオンと二人の王女が現れ、リュウ達の向かいに腰掛ける。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。皆さんのお蔭で、またこうしてお城に戻って来る事ができました……本当に感謝しています」
三人が席に着くと、アリア王女がリュウ達に礼を述べて頭を下げた。
「い、いえいえ、そんなの良いんですよ。俺達もドクターと再会できたし、それよりも陛下と王妃は来られないんですか?」
「父達は別室で協議しながらの朝食になると思うから、気楽にやってくれ」
口に残るサンドイッチを慌てて飲み込んだリュウがアリアを制して国王らの事を尋ねると、レオンが苦笑い気味に答えを返した。
「そうですか……王子はこの後どうするんです?」
「エルナダ軍の収容先を募らねばならん。ある程度はフォレスト伯爵領で面倒を見る事が出来るが、全員の収容は無理なんだ」
「全員って、今は南に居る連中も含めてです?」
「あ……そ、そうか……まずいな……」
少しほっとした様子のリュウに今後を尋ねられたレオンは、予定していた事を話して聞かせるが、王国に居るエルナダ軍の事しか頭に無かった様で、リュウの続く問い掛けにしまった、と考え込んでしまった。
「なあ、ココア……生木で建物って建てられる?」
「できますよ。ログハウスならエルナダ軍をこき使えばすぐ形になります!」
「よし。んじゃ後はどこに建てるかだな……王子、どこかに適当な場所ってないですか?」
「後で当たってみる。それにしても……やっぱりお前達は凄いな……これからはレオンと呼んでくれて良いぞ、リュウ。と言うか、お前に王子と呼ばれると何故だか落ち着かん……」
するとリュウとココアが話し出し、ざっくりと方針だけを決めたリュウに尋ねられるレオンは、短く答えるとどこか羨ましそうな目でリュウを見ながら自身を名で呼ぶようにと伝え、次いで照れた様に目を逸らした。
大雑把だが物事を即決するリュウと的確に助言をするココアを見て、レオンは自身が理想とする形を見た気がしたのであった。
「あー……んじゃ、今日からダチって事で良いんすかね?」
「ダチって何だ?」
「友達ってなんか恥ずいから、もっと砕けてダチっすよ」
「友達……確かにそうだな……よし、じゃあダチだ」
そんなレオンに口元をニィっと歪めてリュウが応じると、レオンも似た口元で笑みを返した。
そんな二人を周りの者が微笑ましく見守る中、ただ一人、アイスだけは懸命に皿に積まれたサンドイッチを頬張るのであった。
てとてと、ぽてん。
一生懸命歩いても、つい転んでしまうたどたどしい足取りの子ファラゴ二匹。
「こっちですよぉ~、がんばれぇ、がんばれぇ」
そんな二匹に声を掛けるのは、デレッデレに目尻を下げるミルクだ。
実にややこしい事であるが、女官にミルクを用意してもらい、子ファラゴ達にミルクを与えたミルクは、時間も忘れて二匹と全力で戯れているのだ。
「はーい、よく頑張りました~!」
女の子座りするミルクの膝によじよじ登る二匹の子ファラゴを、ミルクは褒めながら撫でてやる。
そして一匹を抱き上げると仰向けに左腕で抱き、右手で前足をそっと掴んだ。
すると子ファラゴの前足を人工細胞が包み込む。
「怖くないから、いい子でじっとしててね?」
抱き上げた子ファラゴに優しく話し掛けながら、人工細胞でささっと鋭い爪を短く丸く研いでしまうミルク。
そうして子ファラゴを怖がらせずに手足の爪を処理したミルクが、もう一匹も同じ様に爪を研いでやっていると、にわかに廊下が騒がしくなる。
「居残りご苦労~」
「お帰りなさい、ご主人様ぁ、アイス様ぁ……あら、レオン様、王女様方も!」
「この子達がファラゴの子供なのね! 可愛い!」
「本当に! なんて愛くるしいのかしら!」
リュウ達が食事を終えてレオン達を伴って戻って来たと知り、ミルクが二匹を抱いて立ち上がると、サフィアとアリアが一目散にミルクの下へと駆け寄った。
ミルクに抱かれる子ファラゴ達が、新たな顔ぶれにミーミーと応じている。
「お、おはようございます。アリア様、サフィア様」
「ごめんなさいね、ミルクさん。ファラゴの赤ちゃんが居るって聞いて、つい」
「いいえ、全然構わないですぅ。抱っこされます?」
「良いんですの! じゃあ……」
挨拶を済ませてアリアとサフィアに子ファラゴを預けたミルクは、部屋の脇に用意されている小さなキッチンへ向かうとお茶の用意を始める。
その間に女性陣は子ファラゴを囲む様に床に座り、リュウ達男性陣はそれぞれテーブルセットに腰掛けた。
リュウ達が今後の簡単な打ち合わせを始めると、ミルクがお茶を運んで来る。
「す、済まんな」
「いいえぇ、レオン様もエルナダ軍の方に向かわれるのですか?」
「ああ。出来る事は少ないだろうが、誰かが目を光らせていないとな……」
お茶を出されて礼を言うレオンがミルクの問い掛けに答えているが、その顔は緊張しているのか少し赤い。
「そ、そうですね……」
「何故、俺を見る?」
「ち、違いますよぉ……ファ、ファラゴちゃんを見てきますぅ……」
レオンの答えに思わずリュウに目を向けたミルクは、リュウと目が合って冷や汗まじりにその場を離脱した。
多少自覚が有るのだろう、ふくれっ面ながらミルクを見過ごすリュウ。
そうしてしばらくの間、思い思いに寛いでいた面々であったが、子ファラゴを抱いたアイスがリュウの下にやって来る。
「リュウぅ、この子達に名前付けて?」
「あん? 何で俺なんだよ?」
「え、だってボスの時もリュウが名付けたでしょ? だから……」
「ど~れ、貸してみろ……」
アイスから二匹の子ファラゴを受け取ったリュウは、子ファラゴをテーブルの上に置いて、少しの間じゃれてみる。
二匹はどちらも両手に少し余るサイズであり、一見すると金色の瞳を持つ黒猫であるが、猫に比べて手足が太くてしっかりしている。
尻尾も太めだが長く、黒く短い体毛はさらっさらで触り心地は最高であった。
どちらも似た愛くるしい顔つきだが、判別は簡単であった。
一匹の右耳は先まで神経が通っていないかの様に垂れているからである。
「垂れ耳の方はやんちゃだけど、こいつは甘えん坊だなぁ……」
リュウはどちらにも同じ様に片手でちょっかいを掛けていたのだが、垂れ耳の方は未だにペシペシ猫パンチして遊んでいるのに対し、もう一匹はリュウの腕にしがみついて頬をすりすりしては、リュウを見て「ミ!」と短く鳴いている。
「う~ん、クロスケとかクロベエとか――」
「どっちも女の子ですぅ!」
「え、そうなのか……んじゃ、こっちの元気印はココアっぽいからチョコ」
「ココア……ホットチョコレートって訳ですね!?」
「え、あんま深く考えて無いぞ? チョコチョコしてるからチョコ……」
「じゃあ、この子は?」
「どっちもブラックチョコなんだけどな~、あ! ショコラってのはどうだ?」
「フランス語ですかぁ! 可愛くて良いと思いますぅ! アイス様は?」
「うん、女の子っぽくて良いと思う! チョコちゃんとショコラちゃんだね~」
そんな訳で垂れ耳の方はチョコ、大人しい方はショコラと命名された。
すぐに自分の名を理解していくチョコとショコラであるが、この二匹が大きくなれば立派な魔獣に育つ訳で、それを危惧するレオンが声を掛ける。
「おい、名付けなんかして……もしかして飼う気なのか? 魔獣の子供だぞ?」
「親に見捨てられたんですぅ! 飼ってあげないと死んじゃいますぅ!」
「だが、大きくなって炎を使われたら……」
するとココアがチョコを胸に抱き上げ、レオンから隠す様に抗議するのだが、レオンとしてはそれだけでは不安を払拭できる訳も無い。
「ん~、多分大丈夫っすよ……魔人族領でもヴォルフって魔獣を仲間にしましたけど、ちゃんと魔法を使わずに護衛役してくれてましたからね……魔獣というか動物達は、何故かアイスの言葉が分かるんですよ。な?」
「そうなんです! アイス様が言うと、ちゃんと理解して従うんです!」
「そ、そうなのか……なら、アイスちゃんにお願いするしかないな……」
だが緊張感の無いリュウの言葉とそれに同意するミルクを見て、星巡竜ならば有りうるのかも知れない、と照れて赤くなるアイスを見ながら自身を納得させるレオンであった。
そうして一旦レオン達王族の面々が退室して身支度を済ませて戻って来ると、出掛ける用意を整えたリュウ達を連れ、フォレスト領へと向かうのであった。




