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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
116/227

31 一難去ってまた一難

 鉱山の入口となる森の切れ目で、エミール・アドラーはぽかーんと口を開けて二頭立ての荷馬車の御者台で固まっていた。


「エミールまでそんな顔するんだぁ、ココアって罪な女ね……」

「えっ!? いやいや、違いますよ! あの小さかった妖精が普通の女性として現れたら、そりゃあ驚くでしょう!?」


 ミリィとリック、そしてドクターゼムを連れて森を抜けたココアがエミールの様子に悪戯っぽく微笑んで頬を押さえてクネクネすると、エミールは慌てて手を振りながら弁解した。


「うふ……じゃあ、そういう事にしておいてあげる! さぁ、みんな乗って! ドクターは念の為に寝転がってて下さいね」

「よっと……分かったわい……」


 ココアはエミールにウインクすると、紹介もせぬまま子供達を荷馬車に乗せて自分も乗り込み、ドクターゼムを引っ張り上げて隠れる様に勧めた。

 荷台の縁は板切れで三十センチ程の囲いが付いている。


「エミール、とりあえずこのまま王都に向かって! 通信が繋がったらまた指示するから」

「了解。では出しますよ」


 ココアに促されてエミールは荷台を確認すると、荷馬車を西へと進ませる。

 すっかり平静さを取り戻したかの様に見えたエミールであるが、確認する時にココアに再び見惚れたのは、その少し赤い顔が物語っている。


「そうじゃココア、翻訳ツールを用意してくれんか?」

「え? えっと……ココアはツールを使っていませんけど?」


 荷馬車が動き出すとドクターゼムが僅かに体を起こしココアに話し掛けるが、ココアはきょとんとした顔をドクターに向けた。


「なんじゃと?」

「ご主人様がエルシャンドラ様から誰とでも話せる様にと力を授かった影響で、ココアも姉さまも普通に誰とでも話せてしまうんですぅ……」


 そして申し訳なさそうに本来のここでの言語が分からない理由をドクターに話して聞かせるココア。


 エルシャンドラの便利すぎる能力は、相手が異なる言語でも普通に意思疎通が出来てしまう。

 それ故にココアは、本当の意味でのこの星の言語という物が分からないのだ。

 ココアに分かるのは、基本言語であるエルナダ語とリュウの記憶から習得した日本語及び、リュウの記憶の範囲内での諸外国語なのである。


「なるほど……では、仕方ないの。また後で調達するわい……」


 ドクターゼムはココアの説明を聞くと、そのままゴロンと再び横になった。


「ココアちゃん、ドクターは何を言ってたの?」

「自分だけみんなとお話できないから、寂しいって言ってたのよ」

「そっかぁ、かわいそうだね……」

「大丈夫。ドクターは凄く頭が良いから、すぐみんなと話せる様になるわよ」


 膝を崩して座るココアにくっつく様に檻を抱いたミリィが話し掛け、リックも傍にやって来る。

 ココアが二人の肩をぎゅっと抱き寄せて微笑むと、二人も嬉しそうにココアに抱き付いた。


 そうしてカタコトと荷馬車にしばらく揺られていたココアは、ふと顔を上げてまだ煙を上げている火災現場の方へと目を向けた。


「ッ! エミール、転進して! ビークルに回り込まれてる!」

「ッ!? 了解!」


 南に立ち並ぶ建物でビークルの判別に手間取ったココアだが、すぐエミールに指示を出し、エミールも即座に荷馬車を転回させる。

 そして緊迫したココアの声でミリィとリックはココアにぎゅっとしがみつき、ドクターゼムは寝転びながらも眉間に皺を寄せていた。


「出た!」


 転回する荷馬車よりも西の建物の陰から出現した小型ビークルに、エミールが思わず叫んだ。

 小型ビークルには四人の兵士が乗っており、逃げる荷馬車を追い始める。


「ドクターゼム! 直ちに鉱山へ引き返せ! 今なら刑は軽い! だが逃げるのなら我々は発砲も辞さない! 繰り返す! 直ちに鉱山へ戻れ!」

「奴ら何故、ドクターの位置が分かったの!? まさかっ!」


 小型ビークルからスピーカーで警告が発せられ、ココアは何故ドクターゼムの居場所を特定されたのかを訝しんだ。

 そしてハッとしてドクターゼムの傍に行って両手を翳す。


「エミール! 適当に逃げてて! ドクター、発信機や生体チップを付けられていませんか?」

「し、知らんぞ? 注射の類はされた記憶が無いわい!」


 ココアは荷馬車をエミールに任せ、ドクターゼムに質問しながら翳した両手をあちこち這わせた。

 今のココアの両手は高性能探知機となってドクターゼムの体を隈なくチェックしているのである。


「あった! ドクターの左肩に反応が!」

「なんじゃとお!?」

「っく、この揺れじゃ除去は無理ね……仕方ない、エミール! 建物を利用して逃げて! 小型ビークルを黙らせるわ! ドクター、子供達を!」

「任せて下さい!」


 そしてココアはドクターゼムの左肩に発信機の反応を捉えるが、荷台の揺れに除去を諦め、エミールに指示を出しながら荷台後部に移動する。

 子供達は荷台前部に横たわるドクターゼムにしっかりと掴まれ、ミリィは檻をしっかり両手に抱きしめた。


 立ち並ぶ建物をジグザグに逃げる荷馬車の後部に陣取るココアは、左腕に横に長い盾を作り出し、盾に設けられた穴にヒュィィィィンと唸る右手を差し込んで手のひらをビークルに向ける。

 逃げ続ける荷馬車に痺れを切らした小型ビークルが発砲音を轟かせたその時、ココアの右手がヴォォォォッと腹に響く音を立てて火を噴き、ココアの右肘辺りから排出された無数の薬莢が、綺麗な放物線を描いて路上に散らばった。

 ココアが坑道で回収した弾丸を右腕に集め、超高速で連射したのだ。


 その攻撃で小型ビークルは前輪を吹き飛ばされてコントロールを失い、建物に激突していた。

 だが比較的無事だった兵士がビークルを降りて発砲し、残る兵士もよろよろとビークルを降りると他の通路へと散った様だ。


「コ、ココアすげえ!」


 一撃で走行不能になったビークルにリックの興奮した声が響く。


「リック、座りなさいっ! エミール、右に!」

「了解!」


 振り返るココアが立ち上がっているリックを慌てて座らせ、荷馬車を射線から外すべくエミールに指示を飛ばす。


「リック、もう絶対に立ち上がったらダメよ! ミリィちゃん捕まえててね! エミール、もう少ししたらもう一度右に――」


 敵の射線から外れると、ココアは再度リックを注意して、南に逃げてしまっている荷馬車をエミールに転進させようとしたのだが、凄まじい爆発音がココアの声を掻き消してしまった。

 音の方向は今まさにココアが向かおうとした先であり、炎と煙が巻き起こっている。


「奴ら正気なの!? こんな所でっ! エミールっ、飛ばしてっ!」

「分かった! みんなしっかり掴まって! はぁっ!」


 馬が驚いて嘶きながら爆発から遠ざかる様に東に逃げる中、ココアは住宅地でグレネードを発射した兵に憤りつつエミールを急かし、エミールは皆に落ちない様に注意して荷馬車を加速させる。


 小型ビークルを諦めた兵士達が住宅街に散った為、その周辺には近づけない。

 迂回するにしても相当な距離が無いと銃撃や砲撃を受ける為、荷馬車はやむを得ず東に向かうしかない状況であった。


 揺れる荷台の上でココアは、命の恩人である子供達、主人が再会を待ち望んでいるドクターゼム、そして脱出の為に力を貸してくれているエミールの四人を、何としても守らなければという想いに駆られていた。

 それは至極当然の想いなのだが、その想いが強すぎた事と小型ビークルを追跡不能にしてしまった事で、ココアは敵の通信機能が復活している事に思いが至らなかったのも事実であった。


 東に逃げるココア達に西への退路を断った兵士達。

 そこへ新たに指令を受けた火災現場からの兵士達と、鉱山で目覚めた兵士達が迫ろうとしていた。










 エンマイヤー領南西の街道では、街道を封鎖するノイマン騎士団の団員達が、あんぐりと口を開いて呆然と目の前の光景を眺めていた。

 そして王都に遅れ駆け付けようとしていたゴーマン騎士団も、目の前の光景に呆然としながら右往左往している。


「おらあっ! それ以上進むなっての!」

「ご主人様あっ! やり過ぎですぅっ! 街道が滅茶苦茶ですぅっ!」


 そんな中で一人リュウだけが王家の馬車の屋根の上でオラついているのだが、何だか少し嬉しそうであり、ミルクはそんな主人を何とか止めようと必死で飛び回っていた。

 馬車の中では、やはりあんぐりと口を開けて街道を見つめるレオンとルークがおり、アイスはちょっと恥ずかしいのか赤い顔で縮こまっている。


 両騎士団が対峙している街道は、端から端まで幾つもの直径十メートルに及ぶクレーターが出来ていた。

 リュウがゴーマン騎士団を止めるべく、右腕の砲身から拳大の光を嬉々として乱射したのが原因である。


「何言ってんだ、ミルク! 街道なんか後から幾らでも補修できるじゃん!」

「そうだとしても、もう十分ですっ! ゴーマン騎士団は止まってますぅ!」

「ん? あ、ほんとだ……んじゃ、後は追い返すだけだな!」

「ま、待って下さいっ! ご主人様ぁぁぁ!」


 馬車の上で言い争う二人だったが、ミルクの指摘に気付いたリュウはこれまた嬉しそうに一本の棒を手に馬車を飛び降り、慌ててミルクが後を追う。


 穴ぼこだらけの街道で唯一、平地を保つ中央部に進み出たリュウは、ゴーマン騎士団に向けて声を張り上げる。


「今更来たって既に王城は王の下に戻った! これ以上戦いを長引かせて余計な罪を背負うつもりか? 退かないのなら痛い目を見るぞ!」

「何を戯れ言を! 大方、エルナダ軍から武器を奪ったのだろう! 皆、騙されるな! もう奴に武器は無い! 突入せよ!」


 だがゴーマン騎士団の後方から指揮官と思われる声が響き、リュウはゴーマン騎士団が退く気は無いと判断して彼らの直前まで歩を進めた。


「そっか……んじゃ、覚悟しろよ!」

「ぐあっ!」

「ぐえっ!」


 先手を打ったのはリュウだ。

 あっという間に目の前の馬上の騎士を叩き落とし、軽く叩かれた馬がパニック状態となった。


「馬上は不利だ! 皆――ぐあっ!」


 更にもう一人が叩き落されると、リュウの周りに空間が出来上がり、慌てて馬から降りた騎士達が剣を抜き、リュウを半包囲する。


「ミルク、電撃!」

「はい!」


 リュウが左手を前に付き出して叫ぶと肩に乗るミルクが即座に対応、多方向にワイヤーを発射する。


 突然前や横でバタバタと倒れる仲間達に、残る騎士達が怯んで後退する。


「何をしている! 退くんじゃない! 相手はたった一人なんだぞ!」

「そんなに通りたいなら自分で来い! 後ろでコソコソしてんじゃねーぞ、この卑怯者!」


 そんな騎士達にまたも後方から叱咤が飛び、リュウは歩を進めながらその声に向けて叫んだ。

 そんなリュウを援護するべく、ノイマン騎士団がリュウの後ろから左右に展開し始める。


「道を開けろ!」


 リュウの叫びと共にすぐ近くに居た数名の騎士が突き倒され、付近に居た騎士達がどよめきながら後退する。

 尚もリュウが目では追えない突きを繰り出しながら進むと、いつしかゴーマン騎士団は中央から割かれていた。

 そこに先程からリュウを苛立たせていた声の主が現れる。


「な、何をしている! お前達! それでも勇猛で名高い――ひいっ!?」


 一瞬でリュウに間合いを詰められたその騎士は情けない悲鳴を上げていた。


「なぁ、自分で掛かってきたら? 口だけの奴に誰も付いて来ねーぞ?」

「き、きえぇぇぇっ!」


 馬鹿にした様なリュウの態度と言葉に、その騎士は既に抜いて持っていた剣を横薙ぎに振るった。


 が、挑発的な態度を取っていたリュウはそれを待っていたのだ。

 剣が振るわれたと同時に集中力を発揮するリュウの目が、スローモーションで迫る剣を捉え、棒を持たぬ左手が剣の柄を持つ騎士の手を掴み取る。


「なっ!? があっ!」


 そして驚愕する騎士は胸にリュウの右拳を叩き込まれただけで、敢え無くその場に仰向けに倒れた。

 騎士の鎧の胸部に拳の形がくっきりと刻まれているのを見て、周囲の騎士達が息を呑む。


「その者と事を構えてはならん! 民の暮らしを守るべき騎士が無駄死になど、このレオン・クライン・マーベルが許さん! お前達は領主の私兵ではない! これ以上の義理立ては無用だ! それとも領主共々、裁かれるのが望みか!」


 そこに大音声を轟かせたのはノイマン騎士団の間を割って出たレオンだった。

 その気迫に何人もの騎士が剣を下ろし、下を向いた。


「まだ間に合うと思っているのなら見当違いも甚だしいぞ、お前達。バルガスが率いる王城守備隊は降伏した。バルガス自身も親衛隊長の前に膝を屈したのだ。そしてエルナダ軍の援護は無い! もう既にお前達でどうこう出来る段階では無いのだ……分かったら立ち去れ! 戻って王の言葉を待つが良い!」


 更にレオンの背後に立つルークから救援に向かう意味が無い事を知らされて、ゴーマン騎士団は剣を収め、倒れる騎士を回収すると、レオンに一礼して去って行った。


「ちょっと出るの早くないっすか? もうちょっと――」

「馬鹿野郎、これでも遅いくらいだ……見ろ! 街道が穴だらけじゃないか! どうするんだ、これ! 馬車が通れないじゃないか!」


 ゴーマン騎士団が去り、振り返ったリュウが不満顔を向けると、レオンは深くため息を吐き、クレーターを指差して頭を掻きむしって憤慨した。

 


「え……いや、だって、こうでもしないと止められなかったでしょ!?」

「だって、じゃない! 子供かお前は! で……直せるんだろうな?」

「そりゃあ、みんなで……土を埋めれば……」


 途端に青褪めて言い訳するリュウにレオンが喰って掛かり、冷や汗をダラダラ流すリュウ。


「や、やっぱりか……もう撃つなよ! 今度撃ったら牢に入れるからな!」


 そんなリュウに呆れるレオンは、こめかみをグリグリしながらリュウに警告を申し渡す。


「ちょっ!? これでも被害を出さずにって考えたのに!? この国の王子様は顔に似合わず横暴だ!」

「なんだと!? これを被害と言わずして何と言う気だ!? 馬車が通れないと困る者達がどれだけ居ると思ってるんだ! ミルクの制止も聞かず、嬉々として街道を破壊した奴に言われたくない!」


 それに目を丸くするリュウが憤慨し、レオンも負けじと言い返す。

 ただ実際に街道はボコボコな訳で、リュウの形勢は非常に不利だ。


「ちゃんと止めないミルクが悪い……」

「はうっ!? ミルクはちゃんと止めました! き、聞いてくれないご主人様が悪いんですぅ!」

「リュウぅ……ミルクは頑張ってたよぅ……」

「うぐう……」


 口先を尖らせて矛先を逸らそうとするリュウに、今度はミルクが目を丸くして抗議し、アイスもさすがにミルクの肩を持った。


「ぶわっはっはっはっは……レオン様、リュウも肝が冷えたでしょう。この場は一先ず部下に任せて先を急ぎましょう。ハンス、後を頼めるか?」

「仕方ない……分かった。皆、道具を借りて来い! 残った者はこのまま警戒に当たれ!」


 そんな子供っぽいやり取りを見せるリュウ達にルークが豪快に笑い、レオンを宥めて先を促した。

 街道の修復を頼まれた副団長のハンスもリュウ達に苦笑いを溢すと、部下達にてきぱきと指示を出していく。


「すんませんっしたー!」

「皆様、申し訳ありません……よろしくお願いしますぅ……」


 文句も言わずに穴ぼこの修復作業に動き始めたノイマン騎士団の団員達には、さすがにリュウも綺麗に腰を折った。

 そんなリュウの後頭部に降り立ったミルクも同様に頭を下げ、生まれて初めて妖精を見る団員達を笑顔にさせている。


「よし、馬車を置いて馬で向かおう。リュウ、お前も準備しろ」

「へ? 俺、馬に乗った事無いんですけど?」

「何!? 仕方ない、私の後ろに乗れ。アイス……ちゃんはルーク、頼んだぞ」

「はっ」


 こうして何とかゴーマン騎士団を撤退させたリュウ達は、馬車を諦め、二頭の馬に二人ずつ乗る形で再びエンマイヤー領を目指すのであった。


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[良い点] コーコアー、Leaving me blue♪ サイコガン……いや、右手だから連射ブラスターですね! 海賊ギルドの方だ(違う
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