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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
109/227

24 翻弄される人々

 国王が親衛隊に守られて城に入った頃、エンマイヤー領は火災によって混乱の極みにあった。


「急げ! 早く消すんだ!」

「もう無理だ! それよりも周りの建物を壊して延焼を食い止めるんだ!」

「荷物を出すのを手伝ってくれ!」

「おい! 早く家を出ろ! もう無理だ!」

「嫌だ! 家を失うくらいなら、ここで焼け死んでも同じだ!」

「畜生、水が足りねえ! もっと人を集めろ!」


 公爵邸の南側と西側に二箇所ずつ発生した火災は、消火活動にあたる者、家を守ろうと足掻く者、逃げ惑う者、野次馬根性で集まる者などが入り乱れ、どこも似た様な状況に見舞われていた。


「こんな時にえらい事になってしまった……早くここを出よう!」

「なあ、俺達も火消しを手伝った方が良くないか?」

「俺達だけ手伝ったところで何も変わらねえよ! 雨でも降らなきゃ無理だ!」


 都市部の南の外れでは、ノイマン領のリーブラから懸賞金目当てでやって来た一行が、思いもかけぬ騒ぎの為に帰路に就こうとしているところであった。


「おい、リック! 早く馬車に乗るんだ! はぐれたら帰れないぞ!」

「でも父ちゃん! ミリィが居ないんだ!」

「何だって!?」

「まさか火事を見に行ったんじゃないだろうな!?」

「おい、ショーン! レパードさんとこの娘さんを急いで探そう!」


 だが馬車にミリィの姿が無く、一行は手分けしてミリィの捜索を開始する。


「リック! お前は父さんとこっちだ!」

「でも、こっちに火事は無いよ?」

「火事を見に行ったとは限らないだろ? 向こうは大人達に任せればいい!」

「う、うん……」


 火災現場の方を仲間に任せ、リックの父親ショーンはリックを連れて火災現場から少し東に外れたエリアへと向かった。

 リックは火災現場に向かいたかったが、父親にぎゅっと手を握られている事もあって、仕方なく連れられる先々に目を凝らした。


 そうしている間にリックとショーンは、火災現場の東にまでやって来ていた。

 そしてリックのわがままに付き合って、少しだけ火災現場へと近付いていた。


「これ以上はダメだ。リック、一旦戻ろう」

「え? もう少しだけ探そうよ!」

「リック、よく見てみろ。この先は大勢の人が走り回ってるし、煙が流れて来ている。あの人込みの中に入ったら、父さんとはぐれてしまうぞ? それにお前の様な小さい子が煙を吸ってしまったら、あっという間に死んでしまうぞ?」

「そっか……」


 突然の捜索中断に異を唱えるリックは、父親に真剣な表情で諭されて仕方なく同意して項垂(うなだ)れた。

 ショーンがそんな息子の頭を撫でようと手を離した時だった。

 リックの瞳にぬいぐるみを抱いたミリィの姿が映る。


「いたっ! ミリィだ! ミリィー!」

「ッ! ば、馬鹿っ! リック! 待て! リーック!」


 突然リックが駆け出し、ショーンは慌ててリックを追い掛けた。

 だが、小さい体で人込みを潜り抜けるリックに対し、ショーンは人込みに邪魔されてしまう。


「通してくれ! 頼む! 退いてくれ!」


 小さな息子を見逃すまいとショーンは必死に人込みを掻き分け、息子が消えた建物の角に走った。

 だが、そこに辿り着いた時には息子の姿は無く、ショーンは必死で息子を探し回る事となってしまうのであった。










「確かに足止め目的で放火したんだし、思惑以上に混乱してくれてるんだけど、明らかにやりすぎよね……あー、もっと水利を見ておくんだったぁ……これ後でご主人様に叱られないよね?」


 嬉々としてあちこちに火を点けたココアではあるが、予想を上回る火の回りの早さと、人々の団結の無さに頭を抱えていた。


 そんなココアは現在、エンマイヤー邸の縁の下の西の端に潜伏中であった。


「ま、やっちゃったものは仕方ない……それに、ここは放置する訳にはいかないもんね……えい!」


 しかしそれはそれ、とココアは気を取り直して床下に設置してある発火装置を作動させると、キャーと可愛い声を発しながら東へと移動する。

 すると発火装置がポンと音を立てて発火、燃料に引火して炎が床下を広がっていく。


 エンマイヤー邸はクーデターを起こした張本人の邸宅であり、現在はエルナダ軍の司令部も兼ねている為、ココアは最初からここを灰燼(かいじん)に帰すつもりだった。

 王に逆らった者への見せしめという訳では無いが、周囲に延焼する物が無く、エルナダ軍の拠点を奪ってしまえば、足止めに十分な効果を発揮するだろう、という事なのである。


 仕掛けた発火装置は五つ。

 人の命までは奪うつもりが無いココアは、炎の広がりを確認しながら次から次へと発火装置を作動させていくのであった。










「何故軍を動かさない! 私を裏切るのか!」

「そうではない! こちらも部隊と連絡が取れんのだ!」


 ココアがせっせと発火装置を作動させる屋敷の二階では、エンマイヤー公爵がソートン大将に詰め寄っていた。


「貴様が大丈夫だと言うから、安心して任せていたんだぞ! なのに肝心な時に動けんとは、何もかもが水の泡となってしまうではないか!」

「確かに思いがけぬ事態で後手に回ってしまったのは認める。だが王の入城は、振り出しに戻っただけに過ぎん。しかも今度は脱出などせぬつもりなのだろう、ならば我々が出ればそれで済むではないか。ただ、死体は当初より増えるがな」


 赤い顔で怒鳴る公爵だが、ソートン大将は慌てる様子も無く公爵を宥める。

 ソートン大将にしてみれば、国王だろうと親衛隊だろうと姿を見せれば終わりだと思っているのだ。

 最後の言葉を冷淡に言い放つソートン大将に、エンマイヤー公爵が息を呑む。


「そ、それだけではない! 領内で火の手が上がっているのだ! これはきっと敵が我々を先に葬ろうとしておるに違いないのだ!」

「それに関しては手配済みだ、まもなく鉱山から消火班が来る。公爵、少し落ち着かれよ……」


 それでも公爵が危機を訴えると、ソートン大将は落ち着いた声で公爵の不安を払ってやろうとするのだが、事態はそれを許さない。


「だ、旦那様! 西の一階から火の手が上がっております! 只今皆で消火しておりますが、念の為にご避難を!」

「な、なんだと!? 見張りの者は何をしていた!」

「そ、それが誰も何も見ていないと……」


 余程慌てていたのだろう、執事がノックも忘れて部屋に飛び込んで火災発生を告げ、公爵にこれまで見た事の無い形相で怒鳴られると、狼狽えながらも原因は不明だと暗に伝えた。


「むぅ……おい、手を貸してやれ。手が足りなければ情報部にも応援を頼め」

「はっ!」


 ソートン大将も執事の報告に僅かに首を捻ったが、先ずは消火が先だと、傍に控えていた部下に消火作業を命じるのだった。










「フルト少佐、火災です! 既に西の一階は火の海です!」

「なんだと!? 何故、今まで気付かなかったのだ!」

「それが、あっという間だったと……私も今、聞いてきたところなのです!」

「そんな馬鹿な事が……とにかく急いで機材を運び出せ! 手遅れになるぞ!」


 火の手から最も遠い東の二階の広間でも、突然の火災にフルト少佐が部下達に機材の搬出を命じていた。

 アラド中尉達と連絡が取れなくなってから、少佐の表情には余裕が無い。


《うふふ、慌ててる、慌ててる……ココアを捕獲しようとした罰よ……》


 そんな情報部のやり取りを、床の隙間から天井へと這わせたココアの偵察糸が覗いている。


 ココアはこのどさくさに紛れて、まだ稼働している機材から電力の補給を画策していた。

 前々日の夜からココアは現在の状態で単独で動いている為、体内バッテリーが残り半分を切っているのだ。

 じっとしている状態であれば、超効率化されたココアのバッテリーは七日から十日程はチャージ不要なのであるが、移動に偵察に通信と、二日に満たない時間ながら動き回っていたココアは、思いの外電力を消耗していたのである。


《もう……早く退去しなさいよ、アイツ……》


 屋敷の東端の縁の下で我慢強く待つココア。

 ココアの周辺にも煙が漂って来てはいるが、ココアには大して障害になるものでもない。

 だが二階に残っているフルト少佐は機材の運び出しを見届けるつもりなのか、煙が流れ込み始めても立ち去る気配が無い。


 これではバッテリーの回復は見込めそうにないとココアが諦めかけたその時、最後の搬出に戻ってきた部下の一人がフルト少佐に報告を入れる。


「少佐、鉱山から消火班が編成されて、こちらに向かっているそうです。それと消火に当たっていた一人が、崩れた床下からこんなものを見付けたと……」

《――ッ! マズ……何持って来てるのよ!》


 そして部下がフルト少佐に手渡した物を見て、ココアがドキッと慌てた。


「えらくシンプルだが発火装置……なのか? しかし、どうやってこんな小さな物を――ッ! そうか、そういう事か。何故今まで気付かなかったのだ、こんな事ができるスパイバグなど……」

《マズい……マズい……》


 部下から手渡された小さな煤けた物体を見て、その構造から正解を導き出したフルト少佐は次の瞬間、はっとした表情で何かに気付いた様だ。

 その様子をココアは、固唾を飲んで覗き見る事しかできない。


 フルト少佐の脳裏には、スパイバグの形状や単独行動可能だと思われる汎用性など、これまで不可解に感じていた事が思い起こされていた。

 だがその不可解なあれこれも、ドクターゼムという天才科学者が関わっているならば十分にあり得るのではないか、そうフルト少佐は直感する。


「鉱山に連絡して、ドクターゼムを拘束しろ!」

《ッ!》


 フルト少佐がドクターゼムの拘束を部下に命じた瞬間、ココアは偵察糸を急ぎ回収しながら最後の発火装置を起動、床下を脱して屋敷の屋根へと飛翔する。


 ドクターゼムに危害が及ばなければ、最後の発火装置を作動させればココアは役目を終えて、ご主人様の下に戻る予定であった。

 だがドクターが拘束され、南にでも移送される事になれば、苦労が全て無駄になるとは言わないが、ご主人様が落胆するのは目に見えている。

 そんな事になれば、どの面下げてご主人様の下に帰るというのか。


 今のココアの頭には、ご褒美の事などかけらも無かった。

 ただただ、ご主人様を落胆させたくなかった。

 しかも自分にしか出来ない事でだなんて、ココアのプライドが許さない。


 突然一変してしまった状況に、ココアは屋根を目指しながら拳から突き出した親指を噛んで思考する。


 このまま離脱してご主人様と合流するなど論外、先ずは通信の妨害だ。

 そうして時間を稼いでおいて、ドクターに危機を知らせるには……。


 鉱山はご主人様に合流するよりずっと近く、バッテリーの問題を考えなくても良いが、駐屯している部隊が待ち受けている上に、一度侵入に失敗している。

 だが現在は火災によって部隊が割かれ、警戒が手薄になっている可能性が考えられる為、ドクターに会える確率は以前より高い。

 ただし、ドクターに会えたとしても脱出できる見込みは極めて低く、恐らくは籠城して時間を稼ぎ、ご主人様の到着を待つ事になるだろう。


 ただ、悪い事ばかりでもないかも知れない。

 例えば強力な通信装置でも有れば、ご主人様に急いで駆け付けて貰える可能性だって有るし、無くても材料さえ有れば自身で創り出す事も不可能ではない。


 そういう事をココアの頭脳は確率を弾き出しながら、超高速で思考する。

 そして屋根に取り付けられたアンテナに辿り着いたココアは、人工細胞を侵入させてアンテナの機能を破壊する。


「さて、これで後戻りは出来なくなったわね……でも大丈夫。絶対にドクターの下に辿り着いて見せる。そして、ご主人様にいっぱい、いーっぱい褒めて貰うんだから!」


 人工細胞をその手に戻し、呟きながら立ち上がるココア。

 そして元気よく自身に言い聞かせると、鉱山に向けて飛翔する。










 エンマイヤー邸の南側、未だ混乱の最中にある火災現場の一つ。

 そこから少し外れた住宅街の路地裏では、漸く見つけたミリィを連れ帰ろうとしたリックが、逆にミリィに引き留められていた。


「どうしたんだよ、ミリィ……早く戻らないと家に帰れないぞ?」

「うん、でも……」

「でも、何だよ?」

「やっぱりココアちゃんが心配なの……」


 ココアと別れて時間が経つと、ミリィは再び不安を覚えていた。

 不安になってしまうと、ココアが大丈夫と言って見せた笑顔も、怪我した時に自分を心配させない様に微笑む母と同じに思えてきた。

 そして火災の煙を見てしまったミリィは、居ても立っても居られずにこの場所までやって来たのであった。


「ミリィ、ココアは飛べるから大丈夫って言ってただろ? それにもうすぐ暗くなるし、早く父ちゃんの所に戻らないと……」

「い、いいもん……一人で探すもん……ひっく……」


 そんなミリィにリックは困った顔で説得しようとしたが、ミリィにはリックが心配しているのはココアちゃんじゃないんだ、と悲しくなってしまった。


「分かったよ、付いてってやるからさぁ……だからミリィ、泣き止めよ……」


 リックはいつも自分に付いて来るミリィが強情を張るのを見て少し驚いた。

 だが泣き出すミリィを見て、やっぱり自分が付いててやらないと、とミリィの手を握った。

 内心は父ちゃんに怒られるだろうなぁ、と思いながら。


「うん……ありがとう、リックぅ……」


 ミリィは手を握られて、リックがいつものやんちゃだけど優しいリックだと、安心して小さく身を寄せた。


 そして二人は歩き出し、路地裏を出て目を見開く。


「公爵様のお屋敷が……」


 手を繋いだまま呆然とする二人の瞳には、通りの奥の門から覗く、燃え上がる屋敷が映っていた。


「リック……怖いよ……」

「だ、大丈夫だって、ミリィ! こっちに行けば煙も無いし、ココアもこっちに逃げてるって!」


 ミリィにしがみつかれ、リックは気丈に声を張った。

 そうしなければ、リックも泣きそうだったから。

 そして震えそうになる足を懸命に動かして、リックはミリィの手を引いて父の言葉を思い出し、煙から遠ざかろうとエンマイヤー邸の塀を東に迂回していく。










 エンマイヤー邸の南側は西から半分以上が炎に包まれ、残っていた者達は炎が回っていない北側の裏口から脱出し、屋敷から距離を取っていた。

 情報部の面々もそちらに退避し、運び出した資材を整理していた。


「通信出来んだと!?」

「は、突然回線が繋がらなくなりました……火災の影響かと……」

「そんな訳が有るか! これはあのスパイバグの仕業だ! 周囲を警戒しろ! まだこの近くに居るはずだ! レッセ! お前は鉱山に向かい、ドクターゼムを拘束しろ!」


 そんな中、部下の報告にフルト少佐が思わず声を荒げていた。

 アンテナを設置している屋根の東側も通信機材の有る部屋も、まだ火が回っていないからだ。

 度重なる不測の事態に、さすがの彼も苛立ちを募らせていた。

 眉間に皺を寄せながら、積まれた資材の中からアタッシュケース程の金属製の鞄を引っ張り出すフルト少佐。


「しかし少佐、足が有りません……」

「馬鹿野郎、お前の足は飾りか!? 騎馬でも馬車でも借りられなければ、その足で向かうしか無いだろう! それに鉱山の近くに行けば、パーソナル通信可能だろう!」

「しっ、失礼しましたっ!」


 そんな上官の心情に気付かないレッセ少尉が、怒鳴りつけられて青褪めた顔で敬礼している。


「少佐、南の倉庫に大型ビークルが有るのでは?」

「……あれはダメだ。あれは私の権限ではどうにもできん代物なのだ……そんな事より皆、集まれ。これ以上あのスパイバグを自由にさせる訳にはいかん」


 レッセ少尉を気の毒に思った別の部下が耳にした噂を小声で少佐に尋ねると、フルト少佐は権限が及ばないと首を横に振った。

 だがその甲斐あってか、フルト少佐は冷静さを取り戻していた。


「居たっ! 北の塀を越えてしまう!」


 その時、一人の部下がココアの姿を捉えて叫び、皆が一斉にそちらを見る。

 そこには確かに、屋敷の屋根と同じ高さで北に向かうココアの姿が有った。


「よし、あの距離なら十分に間に合う。皆、落ち着け……」


 フルト少佐はまるで自身に言い聞かせる様に、金属製の鞄を開いた。


 そこには横五列、縦四列に仕切りが設けられ、縦十センチ、横六センチ程の、ずんぐりした楕円形の物体が二十個収められており、蓋の方には一回り程小さい楕円形の物体が三個と、それを操作するであろう送信機が三個、簡単なバンドで留められていた。


「まさか、こんな事に使うとは思いもしなかったが……如何に優れた機械でも、人間には敵わぬ事を教えてやれ」


 フルト少佐は蓋側の送信機を部下にそれぞれ手渡すと、対になる三個の物体を取り出して地面に置いて指示を出す。


 そして地面に置かれた楕円形の物体は、それぞれの送信機からの命令を受けて背面から羽を展開して宙に浮き上がり、ココアを追って飛翔するのだった。


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