23 王の帰還
王城の屋根に上がったリュウはミルクの示すガイドに従って、南東塔の見張り台まで来て城の南を見下ろす。
眼下には美しい庭園が広がっているが、庭園の先は人々が入り乱れている。
それは王の帰還を知った王都騎士団とエンマイヤー騎士団の争いであり、到着したノイマン騎士団も王都騎士団に加勢していた。
「まだエンマイヤー騎士団も残っているんだな……」
「そうですね、彼らもここで敗北すれば全てが終わってしまいますから、必死に耐えて増援の到着を待っているのでしょう……ですが、それも時間の問題です」
庭園の門を挟んで東西に分かれて争う騎士達を見てリュウが呟くと、ミルクが数で不利なエンマイヤー騎士団が、劣勢になりながらも王都騎士団と渡り合えている理由を推測する。
「アホな上のせいで……公爵を罰するだけで騎士団は不問に付すとかできねーのかな?」
「さあ、それは国王陛下のお考え次第でしょう……まぁ、周りの意見も有るとは思いますが……何にせよ、この国の人達が決める事です……」
「そっか……」
ため息を吐いてミルクに問い掛けるリュウは、ミルクの諭す様な答えを聞いて仕方ないか、と呟いた。
「それよりもご主人様、ノイマン男爵とフォレスト伯爵の方を……」
「おっと、人の心配してる場合じゃねーな……んじゃ、行きますか!」
そんな少し寂しそうなリュウにミルクが本来の目的を促すと、リュウも思考を切り替えて明るい声で屋根から見張り台へと飛び降りる。
「ご主人様、ここがお二人が囚われている部屋です」
階段を下りて最初の扉に辿り着くと、そこが軟禁場所だとミルクが告げる。
「連れて逃げるか? それともここで騎士達を阻止するか?」
「連れて逃げるのはリスクが大きいかと……ここで誰も通さない方が楽ですし、確実かと思われます……」
「やっぱ、そうだよなぁ……んじゃ、装備頼む」
「はい、ご主人様」
リュウは部屋には入ろうとせず、ミルクに方針を問い掛ける。
そしてミルクの説明を聞いて両手両足にプロテクターを生成して貰い、部屋を無視して一本の棒を手にする。
「ただの棒? 剣じゃねーの?」
「今のご主人様ならこれで十分かと……剣だと致命傷を与えかねませんし」
「面倒な戦いになっちまったなぁ……」
「面倒って! エンマイヤー騎士団の人達は今は敵ですけど、公爵が退陣すれば王国の騎士として復帰するかも知れないんですから、無茶はダメですよ!?」
「へいへい……」
一メートル程の棒を手に不満を漏らすリュウをミルクが宥めていると、階下がにわかに騒がしくなる。
なのでリュウは階段を下りて男爵達の部屋から距離を取った。
「ッ!? な、何者だ! ここで何をしている!?」
階下から階段を上って来た騎士は三名。
その先頭の男がリュウに気付き、叫びながら身構えた。
「悪いけど、ここから先は進入禁止だ。怪我しても良いんなら止めないけどさ、この上の部屋には行けないから怪我するだけ損だぜ?」
「何だと! 貴様っ!」
そんな騎士を見下ろしながら警告する、青年と言うにはまだまだ若いリュウに騎士が侮辱と受け取ったのか、腰の剣を抜く。
その直後、金属を叩く音と共に騎士の剣は階段に転がった。
「ッ!? な……」
剣を鞘から抜いた直後にリュウの棒に叩き落とされ、騎士から唖然とした声が漏れる。
気を抜いていた訳では無い。
だが気付いた時には剣を叩き落されていた、という事実に驚愕したのだ。
「だから言ったろ? 今度は――」
「このっ! ――ぐわっ!?」
唖然とする騎士にリュウが再度警告しようとした時、遅れてやって来た右手の痺れに突き動かされる様に騎士はそのままリュウに掴み掛かろうとしたが、胸に衝撃を受けて後方へ弾き飛ばされ、後ろの仲間を巻き込んで階段を数段落ちた。
棒を受けた鎧の胸部がべこりと凹んでいる。
「無駄な抵抗を止めて階段を下りろって。騎士のくせに人質取った上に、今度は盾にしようだなんて……格好悪いと思わねーのか?」
リュウが倒れて呻く騎士達の下に文句を付けながら下りて行く。
騎士達はどこかしらを痛めたのか、リュウに追い立てられる様に階段を下り、三階の中央棟への扉を潜ると漸くそこでリュウに対して剣を構えた。
そこは廊下の様だが塔内の階段よりは広く、そこならば剣も難なく振るえるという事なのだろう。
「はい、ご苦労さんっ」
「なっ!?」
「待てっ!」
だがリュウはそこには踏み入らず、廊下に開かれた扉を掴むと騎士達の叫びを置き去りにして、バタンと扉を閉じてしまった。
「ミルク、開かない様に頼む」
「はい、ご主人様」
リュウの指示にすかさずミルクが扉に人工細胞を走らせ、丁番や鍵を固定してしまう。
そうなってしまえば、いくら扉の向こう側で騎士達が扉を引っ張ろうとも扉はビクともしない。
「よし、とりあえずは下から来る奴だけ警戒すればいいな。隊長さんに連絡してどの位で来られるか聞いてくれ」
「はい、少し待って下さいね」
そうしてリュウはミルクに本隊の到着を尋ね、よっこらせ、と階段に腰掛けて一息吐くのだった。
「む、ミルク殿か。我々はこれより庭園に入る。城はもう目の前だ」
『分かりました。こちらは城の北に居たエルナダ軍の無力化に成功、今はレオン王子が彼らを保護し、城の北側を警戒してくれています。ですのでエルナダ軍を気にする必要は有りません。ご主人様とミルクは、南東塔の三階階段でノイマン男爵達を連れ出そうとする騎士達を封鎖しています。城内の安全を確保したら、こちらに何名か寄越して下さい』
「最高の知らせだ、ミルク殿! すぐに応援を寄越すから、リュウに感謝すると伝えて欲しい!」
『はい、ではその様に。皆さんもどうかご無事で!』
「任せてくれ!」
ミルクとの通信を終えたゼノは、ノイマン騎士団の一部と共に庭園を目指して駆けていた。
「皆聞け! エルナダ軍の介入は無い! 全力で城を占拠する公爵派を排除し、城を奪還する!」
そしてゼノは声を張り上げて皆に状況を伝え、庭園へと突入する。
庭園の入口にはエンマイヤー騎士団の排除に成功した、ノイマン騎士団と王都騎士団の騎士達が歓声を上げている。
ゼノはその中に居たノイマン騎士団団長、ルーク・ボルドと目を合わせると、互いに頷き合って庭園へと突入、ルークは城を目指して遠ざかって行く親衛隊を暫し見届けていたが、入口を閉じる様に号令を出そうとして異変に気付く。
「む!? 急ぎ門を閉じよ! 全員、密集! 奴らを通すな!」
ルークが叫びながら剣を抜き、門を背に仁王立ちになった。
彼の視線の先には街道の封鎖を突破したエンマイヤー騎士団の騎馬が十数騎、庭園を目指して突っ込んで来ていた。
「ルーク・ボルド! そこを退け!」
「笑止! 貴様こそ通さん!」
先頭を走る数騎の中、エンマイヤー騎士団団長、エイブ・ハウマンがルークの姿を見て叫ぶと、ルークもまたエイブに叫び返す。
だが、ルークは背後をちらりと見て歯噛みする。
突然の出来事に、門を閉めようとする王都騎士団と、ルークの令に集まろうとしていたノイマン騎士団の間で混乱が生じてしまったからだ。
互いに戦争の経験が無い二人であるが、模擬線や交流試合で互いの実力は認め合う程に理解している。
だが互いに騎士団を預かる身として、この場は絶対に引く事は出来なかった。
「団長! 下がって――」
「うおおおおおっ!」
部下がルークの身を案じて叫ぶが、ルークの雄叫びに掻き消される。
ルークは雄叫びと共に、真っ直ぐ突っ込んで来る騎馬の群れに自ら飛び込む様にして、集団の要であるエイブただ一人に狙いを絞って剣を振るった。
エイブもまたルークの攻撃は自分に来ると踏んで、馬上からの一撃をルークに向けて放とうとしていた。
だがその直前、エイブの前に躍り出た影がエイブの進路を僅かに妨害する。
「ッ! ランスっ!? 何を!」
「ふんっ!」
エイブを押し退ける様に騎馬を寄せて来たのは副団長のランスであった。
彼は、何とかここまで辿り着いた十数騎を王の下まで届かせる為には、ここでエイブを脱落させる訳にはいかないと、エイブの叫びを無視してルークに向けて剣を下から斬り上げる。
「ぐうっ!」
突如目標の変更を余儀なくされたルークは、振るった剣の勢いをそのまま無理矢理ランスに向ける。
普通の者なら腕の筋を痛めてもおかしくない剣の重みを、強靭な肉体で強引に軌道修正し、ルークとランスの剣が鈍い音を立てて交わり、ルークの兜が宙を舞う。
騎馬群がルークを避けて駆け抜け、兜を飛ばされながらも剣を振り抜いた姿のルークの傍らには、ランスの剣が落ちていた。
僅かにでも躊躇していれば首を飛ばされていたかも知れなかったルークだが、その火山の如き苛烈さでランスの剣を打ち落とし、生を拾ったのであった。
「おのれっ! 行かせん!」
だがルークは敵を通してしまった事にぎりっと歯噛みし、噴き出す溶岩の如き怒りを、持ち替えた剣に込めて騎馬の群れに投擲する。
「ぐうぅ……馬鹿力め……ぐっ!」
「ランスっ!?」
「副団長!」
庭園になだれ込む事に成功した馬上で、痺れる手に独り言ちるランスが突如、前のめりに崩れかけ、隣りを走るエイブや周りの騎士達が混乱の声を発した。
見ればランスの腰に、ルークの放った剣が鎧を突き抜いて刺さっていた。
「ぐくっ……諦めの悪い奴だ……うぐうっ!」
ランスは呻きながら馬に縋りつき、腰の剣に手を回して一気に引き抜く。
そしてその剣を握り直すと、馬を加速させる。
「ランス! よせ! お前は残れ!」
「馬鹿を言うな! 俺が道を開く!」
吐血するランスを見て、ランスはここまでだとエイブが叫ぶが、ランスは一喝して目立つ様に剣を横に伸ばし、誰よりも速く馬を駆る。
「馬鹿野郎……全員! 突撃!」
「「「おおっ!!」」」
死地を定めたランスの覚悟にエイブの号令が飛び、騎馬達が加速する。
王城の正面では遂に辿り着いた親衛隊と、エンマイヤー騎士団から選別された王城守備隊が激突していた。
その戦いには庭園の内部に居た一部の王都騎士団と、そこに組み込まれていたエンマイヤー騎士団もが刃を交え、王家の三台の馬車は城から少し離れた場所に集まっており、護衛を任されたロブ達によって守られていた。
因みに、商人のコグニーは王都に入ると馬車ごと隊列を離れ、建物が密集するエリアに紛れ込んで、王都に有る我が家へと無事に辿り着いている。
「あなた……」
「心配は要らぬ、ロマリア。アリア、サフィア、ゼノが呼びに来るまでは決して外に出てはいかんぞ?」
「「はい、お父様……」」
馬車の中では王妃ロマリアが隣に座る国王レントの手を握り、レントはそんな王妃と向かいで不安そうに座る二人の娘に普段の優しい、だがいつになく力強い声で宥めていた。
「ああ……王妃様、王女様……きっと怖い思いをなさっているでしょうに……」
隣の馬車では王妃付きの侍女であるエドナが、周囲の激しい戦闘を見ながらも王妃と王女達の身を案じていた。
「エドナさん! あの子を馬車に入れなくていいんでしょうか!?」
「えっ!? あの子……まだ避難していなかったの!?」
エドナの向かいに座るエミルが隣の馬車の御者台に座ったままのアイスを見てぎょっとして叫び、エドナもアイスの姿を確認すると、驚愕して馬車の扉を押し開いた。
「ちょっと! そこのあなた! あなたよ! 早くこっちに入りなさい!」
エドナが開いた扉からアイスに向かって叫び、きょろきょろするアイスと目が合うと、馬車への避難を促した。
「ありがとう! でも大丈夫だから! 扉を開けてると危ないから、ね?」
「えっ!? ええっ!?」
だがアイスはニヘっと笑ってエドナに向かって手を翳し、エドナは突然閉まる扉に驚き、再び開こうにもびくともしない扉に困惑しつつ腰を下ろした。
顔を見合わせたエドナとエミルが呆然とアイスを見つめている中、再び視線を周囲に配り始めたアイスは、困った様な表情で戦う騎士達の様子を観察する。
アイスは国王に味方する騎士だけでなく、敵となって戦っている騎士にも気を配っていた。
現在は敵である騎士達も、いずれは国王の下に国民を守る騎士として復帰する可能性が有るのだと、リュウ達に聞かされていたからだ。
そんな訳でアイスは騎士達を無傷で守る事はさすがに叶わなくとも、騎士達が死に瀕する事が無い様に注意しているのであった。
そんな中、庭園入口から騎士達を弾き飛ばすかの様に十数騎の騎馬が、王家の馬車に突っ込んで来る。
先陣を切るランスは腰からの出血と吐血のせいで、その半身を真っ赤に染めている。
「後方から敵増援! 死守せよ!」
王家の馬車の護衛に付いていたロブの叫びで、馬車の前に護衛の隊員達が立ち塞がる。
自分達を盾にしてでも王の下には行かせぬという、隊員たちの気迫がアイスの胸を熱くする。
そして騎馬からは何としても王を倒し、自分達はともかく、帰りを待つ家族や仲間達には反逆者の汚名を着せてなるものか、という強烈な想いがアイスの胸を締め付ける。
「まずい! 騎馬を止めろ!」
騎馬の突撃に気付いたゼノが、騎馬の速度と先陣を駆るランスの表情に、突破される可能性が有ると声を張り上げる。
すかさず近くの隊員達が反応するが、それだけで十数騎もの騎馬を止められるとはゼノ自身思えず、彼は思わず歯噛みする。
「お姉様っ!」
「サフィア!」
「あなた……」
「大丈夫だ……」
馬車の中からその光景を見ていたサフィアとアリアが抱き合い、レントは縋るロマリアとアリアの肩を抱き、騎馬をじっと見据えていた。
そしてアイスは、このまま騎馬に突進されれば如何に親衛隊が精鋭であろうと死者が出るかも知れない事と、騎馬を率いる騎士に至ってはその命の灯が最後の輝きを放っている事に気付く。
「ダメぇぇぇっ!」
可愛らしい叫び声と共に、馬車を中心に光の幕が親衛隊ごと覆う。
馬達が光の幕に咄嗟に反応していななきながら急減速するものの、勢いを殺し切れずに次々とアイスの張った障壁に激突して転倒し、逃げ散った。
「――ッ!? ぐあっ!?」
そしてランス達は異変に気付きながらも転倒する馬から放り出され、呻き声と共に地面に投げ出される。
「ぐぅ……一体何が……」
「そこまでだ、エイブ・ハウマン! これ以上の抵抗は無意味だ! 部下を無駄死にさせる気か!」
「分かった……」
体の痛みと混乱を引きずったまま体を起こしたエイブに、ロブが叫びながら剣を突きつける。
周りの仲間達も素早く駆け寄った親衛隊によって剣を突きつけられ、エイブは体の緊張を解き、部下達もそれを見て抵抗を諦めた。
「げほっ、げほ……何だったんだ……今……のは……」
「ランス! 喋るな! じっとしてろ!」
「皆さん、通して!」
咳き込む度に口から血を吐くランスが辛うじて声を発し、エイブが慌てて止めようとする中、親衛隊をかき分けてアイスがランスの下に飛び込んで来る。
「ロ、ロブ! アイスさ……ちゃんを皆の目から隠せ!」
そこへゼノの珍しく慌てた声が届き、ロブ達は言われるがままにランス達ごとアイスを取り囲んだ。
アイスが万が一襲われたら、それがゼノの慌てた原因なのだろうか、と訝しむロブの目が見開かれる。
ランスの腹部に翳されるアイスの両手が、ぼんやりと光っていたからである。
「みんなを守る騎士さんが、こんな事しちゃダメだよぅ……」
「き、君……は……」
突然目の前に現れたアイスを見てランスは天使が迎えに来たのかと思ったが、全身を包む暖かな感覚と共に腹部の痛みが引いて行くのを感じ、少女が何者かを尋ねようとしたが、耐えがたい眠気に襲われてその意識を落とした。
「ふう、もう大丈夫! 良かったね?」
ランスの命を繋ぎ留めたアイスは一息吐くとすくっと立ち上がり、笑顔で元の場所に戻った。
その場に居合わせたロブら親衛隊やランスを除くエイブ達が、ぽかーんとした表情で立ち去るアイスを見つめていた。
「な、何なんだ……あの少女は……」
「わ、我らの勝利の女神に決まっている!」
「ふふ、勝利の女神か……なるほど、な……」
そしてエイブの呟きにロブが少し顔を赤らめて答えると、エイブは一瞬呆気に取られた表情を見せ、次いで納得した様に笑うのだった。
「お、お姉様! い、い、今の見ました!?」
「え、ええ……お父様、今のはもしや……あの子が……?」
王家の馬車の中では、サフィアが目を真ん丸にして今見た出来事を姉に問い、アリアは呆然とした表情で父のレントにアイスの事を尋ねていた。
「うう……む……その、な、絶対に口外せぬと約束するか?」
「は、はい……お父様……」
「や、約束します! お父様!」
「ロマリアも他言無用だぞ?」
「わ、分かりましたわ。あなた……」
自身も今の光景を見て目を泳がせるレントであったが、さすがに隠し通せぬと妻と娘に他言無用を約束させる。
「実はな、彼女はその……星巡竜なのだ……」
「え……おとぎ話の……ですか?」
「す、凄い! 本当に居たなんて!」
「まぁ……」
「まぁ、私もリュウから聞いただけなのだが、一度きちんと挨拶せねばと考えている。だが、先ずはこの争いを収めなければな……」
レントからアイスの正体を聞いた三人の実に彼女達らしい反応を見て、苦笑いするレントだったが、窓の外に目をやるとその表情を引き締めるのであった。
城の周りの敵がほぼ制圧され、王都騎士団に周囲の警戒を任せたゼノは、遂に城への突入を開始する。
「親衛隊! 手筈通り突入する! チコ!」
「おおっ!」
ゼノの号令に突入組が素早く集結し、名を呼ばれた大男のチコが雄叫びと共に正面入口へと突っ込んでいく。
チコの巨躯には普通の剣は小さく、彼だけは特注の大剣を用意されている。
大剣は小柄な女性の身の丈程も有り、重量もその体重と然程変わらない。
そんな仲間の隊員でもまともに振れない剣を、チコは軽々と振って見せる。
そしてその風貌は厳めしく、夜道で会えば大抵の者は驚いてしまう。
「俺の剣の錆になる奴はどいつだあああ!」
雷の様な咆哮と共に、チコに鬼の形相で大剣を振りかざして突っ込まれ、正面入口を守る騎士達はさすがに怯んで城内へと退避した。
そこへチコが飛び込むと、間髪入れずに追従する隊員達も入り込み、たちまち進入路が確保された。
「よし、順次突入せよ!」
その様子を見てゼノは再度号令をかけると、馬車を守るロブ達の下へ向かう。
「皆、怪我は無いな?」
ゼノの言葉に全員が引き締まった表情でしっかりと頷く。
その中には女性隊員のネラとアマンダの顔も見える。
ゼノは彼らの表情に満足そうに頷き返すと、馬車の扉に歩み寄る。
「陛下、またいつ後方からの襲撃があるとも限りません、この機に入城するのが最良かと」
「うむ。では、行くとしようか。アイス……ちゃんだったね、リュウ達から話は聞いている。さ、君も一緒に」
ゼノに促され、レントは馬車から降りると王妃達を促し、御者台に座るアイスにも声を掛ける。
町の娘に声を掛ける様に心掛けたつもりのレントであるが、僅かに声が緊張を含んでいる。
そうしている間に、隣りの馬車から侍女の二人も王妃達の傍にやって来る。
「はーい!」
レントの勧めにアイスは元気よく答えると、御者台を降りて女性陣の輪の中に加わって挨拶を交わすのだが、にこにこと微笑むアイスに対し王妃達はアイスの透き通るような白い肌と神秘的な青紫の瞳に、魅入られた様に陶然としている。
「皆、用意はいいな? 警戒を怠るな! では陛下、参りましょう」
「うむ。皆も頼んだぞ」
「はっ!」
もう周囲には敵らしき姿は見られないが、ゼノが警戒を促して一行は急ぎ足で城に向かう。
整列する王都騎士団の間を王と王妃、アリアとサフィア、侍女の二人、そしてアイスという風に続き、その周りを囲む親衛隊が周囲に鋭い視線を向けている。
侍女の両脇にはネラとアマンダの姿も有るが、野営地での姿が嘘の様に、今はピリリとした空気を纏っている。
やがて一行は入口で待つ隊員達と共に、まだあちらこちらで叫び声が響く城内へと消えて行くのであった。




