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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第三章
103/234

18 ココアの軌跡を辿って

 親衛隊が野営地を出発して丸一日、先行隊は街道を避けて両脇の森を散開して北上していた。

 街道の東側は出会いの森の西側という事になるが、街道付近では大型肉食獣の目撃例は少なく、先行隊は臆する事無く北上し、ノイマン領に差し掛かる辺りで合図の口笛で先頭を走るロブの下へと集まり、その速度を落とした。


「予定より随分遅くなりましたね……」

「まったくだ……ルークの奴め、余程頭に来てるんだろう……ま、お蔭で苦労はせずに済みそうだ……」


 ロブの下に合流し、ゆっくりと馬を進ませながらの部下の呟きに、ロブは古くからの親友であるノイマン騎士団の団長、ルーク・ボルドに苦笑いする。


 敬愛する国王陛下を探して捕らえろという命令を、領主を人質に陛下に盾突く公爵から命じられる、そんな理不尽極まりない状況にルークはよく耐えているとロブは思う。

 だがその腹いせが、捜索のフリをして森に籠るだけだというのが、子供の頃の拗ねるルークを思い出してしまい、ロブの口元が緩んでいるのであった。


 そうしている間にロブ達は視線の先で待ち構える騎士達の下へと辿り着く。


「ロブだと? 貴様、何しに戻ってきたのだ? 陛下はご無事なんだろうな?」


 居並ぶ騎士達から一人、前に出ていた男がロブを見て訝しみつつ話し掛ける。

 その顔に大小様々な傷が刻まれた、いかにも歴戦といった感じの男がノイマン騎士団の団長、ルーク・ボルドであった。


「もちろんご無事に決まっている。それよりも朗報を持ってきたぞ」

「朗報だと!?」


 ロブがルークの問いに事も無げに即答し話題を変えると、訝しむルークの顔が一層険しくなった。


「ああ。捜索のフリは終了だ。ノイマン騎士団は我ら親衛隊と共に、王都奪還に向かってもら――」

「ちょっと待て! それはメイヤー殿が? だとしても、男爵の身を危険に晒す様な真似は我らには出来ぬぞ!?」


 そんなルークに動じもせずにロブが淡々と捜索の終了を告げ、その理由を話し始めるとルークがそれを遮り、そして困惑した様子で拒否反応を示した。


「違う、陛下のご決定だ」

「な……」


 だが、続くロブの言葉にルークの思考は一瞬停止してしまった。


「ルーク、よく聞いてくれ。今から話す事はおとぎ話でも何でもなく実際に我々が体験した話だ。我々は逃げ延びた先で妖精を連れた少年に出会った。その少年は信じられない力で飢えかけていた我々を救い、妖精の力で王都の情報まで集めてくれたのだ。そしてその情報により現在の王都が手薄だと分かったのだ。よって我々は急ぎ王都へ向かい、王都守備隊とも連携して王城を奪還、ノイマン男爵とフォレスト伯爵も救出する!」


 そんなルークの様子を伺いながら、ロブは静かに話し始める。

 ルークはロブの突拍子もない話に口を挟む事無く聞いていたが、その後方では騎士達からざわめきが漏れていた。


「……二つ聞きたい」

「聞こう……」


 ルークが沈黙を破り、ロブが応じた事でルークの背後が静まり返る。


「陛下はどうされるのだ?」


 ルークの一つ目の問いは当然ではあるが、自分達の王についてであった。


「我々の半日遅れで本隊と共に王城へ向かわれている。これに成功出来なければ、どちらにせよマーベル王国では無くなってしまうのだ。よって残留者は居ない」

「それ程のお覚悟か……よく分かった。では、もう一つ……」

「うむ」


 ロブから語られる王の決意にルークは感慨深く頷いたが、二つ目の問いを口にしようとして眉根を寄せる。

 ロブはそれを見て分かっている、とでも言う様に頷いてルークを促した。


「あの忌々しいエルナダ軍をどうするのだ? 奴らの武器には歯が立たんぞ?」


 ルークの二つ目の問いに、ロブはやはりという顔を見せた。

 ウィリデステラの文明を遥かに凌駕する、未知の兵器を所持するエルナダ軍は今回のクーデターを引き起こす切っ掛けともなった最大の脅威である。

 当然、その事を考えない者が居るはずが無いのだ。


「先に話した少年が対処してくれる……情けない話だが、我々もそれ故に脱出を選んだのだ。だが、かの少年はエルナダ軍と敵対し、同等以上の力を持っているのだと隊長と王子殿下より聞いた。少年が化け物の様な魔獣を素手で倒すのを、俺もこの目で見てはいる。だが、それだけでエルナダ軍を止める事が出来るとは正直なところ思えない……それでもだ、少年は言ったのだ『絶対にあなた方にはエルナダ軍の弾は届かない』と……」

「……それを……信じるのか?」


 これまでと違い、今度のロブの回答にはロブ自身にも迷いが有るのか、言葉を選んでいる節があった。

 それはルークにも伝わった様で、ロブは不安そうな表情で問われてしまう。


「陛下がお信じになったのだ。ならば我々はそれに従うのみだ」

「そうか……」


 だが、ロブの答えを聞いたルークは一言呟くと少し考えて、くるりと部下達の方を見る。


「聞け! 我らはこれより陛下と共に城を奪還し、男爵を救出する! アデル! 貴様の隊は急ぎ全員に伝達せよ! 集結地はリーブラの西、熊の岩とする! 準備を始めよ!」


 ルークの決意の籠った声にその場の空気がピリッと締まり、部下達の目が力に満ちる。

 そして部下達が慌ただしく動き始めると、ルークはロブに向き直った。


「まぁ、その、なんだ、我らもその妖精を連れた少年とやらに騙されてやる……エルナダ軍が居らぬとなれば、我らの勝ちは揺るがん。親衛隊は我らが必ず王城へと送り届けてやる。だから必ず陛下を守り抜いてくれ」


 少し照れた様にルークが俯き加減で頭をガシガシと掻きながら、騙される事で同調を正当化し、自身の決意と親衛隊への期待を口にする。


「ああ、無論だ。親衛隊を代表し、ノイマン騎士団の協力に感謝する」


 そんなルークにしっかりと頷き、姿勢を正して感謝を述べるロブであるが、その表情は実に嬉しそうに笑っていた。

 見ればルークも似た表情であり、暫し二人は豪快に笑い合うのであった。










 同じ頃、リュウとミルクはノイマン領リーブラの町の僅かに南西に外れた森の中で、随分と遅めの昼食を摂っていた。


「それにしても、なんで起こしてくれなかったんだよ?」

「だって、ご主人様すごく気持ち良さそうに眠ってたんですよ……それに親衛隊よりは随分先行してますし、そこまで急ぐ必要は無いかと思って……」


 リュウ達は通信機器を辿って回収しながら昨夜の内に現在地までやって来た訳だが、視覚機能がまだ回復していなかった為にそのまま樹上で一夜を明かしたのであった。

 日没前の薄暗い中を人工細胞の補助無しに長い時間飛行したリュウは、思った以上に目を酷使する事になった為、休息が必要だとミルクが判断したのだ。


「そっか……んで、機能の方はどう?」

「視覚は通常に戻ってますよ。脳内ツールにもアクセスできますけど、各武装を使う場合は身体能力を犠牲にする必要がありますぅ……」


 ミルクの返答に納得するリュウが、回収した人工細胞でどの程度の機能が回復しているのかを尋ね、ミルクの返事を聞きながら脳内ツールにアクセスする。


「うわぁ……見事に真っ赤だな。これをこうすると……うわ、重っ……」


 リュウが脳内ツールにアクセスし視界に武装一覧を表示すると、全て使用不能の為に赤く表示されており、ワイヤーフックを稼働可能にしようとすると肉体を補助していた人工細胞が無理矢理左手に集められ、リュウは急にバックパックの重みを感じて顔を(しか)めた。


「サポートが当たり前の状態になってましたから、仕方ないですよぉ……」


 そんなリュウを見て眉を下げて苦笑いするミルク。


「それにしても、この視覚が通常って……随分慣れちまったなぁ。普通の人間はこんな表示もズームもできねーんだからな?」

「あう……わ、分かってますぅ。ご主人様がナダムで不便そうだったので……」


 ワイヤーフックを解除して、体が楽になったリュウが先のミルクの言葉を口にしながら苦笑いを溢すと、ミルクは確かにそうだと思いつつも上目遣いで言い訳する。


「お前、俺には文明レベルがどうとか言うけど、自分だって自重しないよな?」

「ご、ご主人様は特別ですぅ! ミルクはご主人様の安全や目的の為なら自重はしません! ところで……アラーム機能って必要なんですか?」


 そんなミルクを見てのリュウの呆れ口調に、ミルクは顔を赤くして開き直る。

 ミルクにとって、リュウは存在意義そのものと言っても過言ではないのだ。

 だが、ミルクは直ぐに困惑した表情で追加要請された機能に話題を変えた。

 それはリュウが受けるダメージの度合いによって、音程や波長が変化する脳内アラームなのであるが、ミルクがお知らせするのはダメなんでしょうか、と少々不満そうである。


「ほら、パイロットが機体にダメージを受けてアラームが鳴り響く中で奮戦するシーンとか有るじゃん? ああいうシチュエーションって燃えるだろ!?」

「は、はぁ……それをご主人様はその身を以って体感したい……と……」


 するとリュウは少し照れたのか、ポリポリと頬を掻きながらその訳を嬉しそうに説明するのであるが、ぽかんと呆れた様子のミルクから察するに理解は得られなかった様である。


「さて、そろそろ次へ向かいましょうか、ご主人様」

「へいへい……」


 食事を終え、分かんねーかなぁ、などとぶつぶつ呟いている主人をスルーしてミルクが先を促すと、リュウものそのそと動き出す。


 ミルクの計算では先行隊がノイマン、フォレスト両騎士団の説得に手間取ったとしても翌朝には王都の手前まで辿り着き、親衛隊本隊もどんなに遅くとも夕方までには合流できる予定だ。

 なので時間的余裕がたっぷりあるリュウは、のんびりリーブラの町へと歩いて向かうのであった。










 リーブラの町までに更に三つの通信機器を回収したリュウは、夕刻リーブラの西門と南門の中間地点へと辿り着いた。


「ではご主人様、少し待っててくださいね?」

「あいよ~」


 リュウに声を掛け、ミルクは四メートル近い高さの城壁の天辺へ飛び、周囲に誰も居ない事を確認すると、上からリュウに大丈夫だと合図を送る。


 それを見て、リュウは城壁最上部にワイヤーフックを撃ち込むと、ワイヤーを巻き上げて音も無く城壁内部の通路へと降り立った。

 翼を出して侵入すると、万が一にも目撃されたら面倒だからである。


「ここで回収できるのは三つですね、もう少し暗くなるのを待ちましょうか?」

「そだなぁ、どこか物陰で干し肉かじって待つか……」


 ミルクの提案に、リュウは階段の上から辺りを見渡す。

 そして、そう遠くない場所に馬小屋や倉庫らしき建物が複数並ぶのを見付け、素早く移動して倉庫の一つに潜り込む。


「お? 干し草が一杯……ベッド代わりには丁度良さそうだな」

「飼い葉ですね。隣は馬屋でしたから……良かったですね、ご主人様」

「マジ助かるわ……木の上で寝るのはもうこりごりだ……とうっ!」


 そしてミルクと話しながら屋根裏へ掛かる梯子を途中まで上るリュウは、掛け声と共に高く積まれた干し草にダイブする。


「思ったより柔らかくない……」

「もう……ご主人様ったら……」


 干し草のベッドに寝転んで少しがっかりするリュウと、その子供っぽさをクスクスと笑うミルク。


 そんな夜には活動しなければならないリュウがそのまま仮眠を取っていると、ミルクにココアからの通信が入り、リュウの胸の上で横になっていたミルクは、体を起こして女の子座りで応対する。


『姉さま、今いい?』

『どうしたの? ココア』

『王都の東からエンマイヤー領の中程までを隈なく調べてみたけど、駐屯してる騎士団もエルナダ軍も居なかったの。あと、お昼前には王都周辺を警備している騎士達が交代するから、その時間帯は避けた方がいいわね』

『分かった。ありがとう、ココア』


 ココアから情報を貰い、素直に感謝するミルク。

 そのミルクに今度はココアが尋ねる。


『ね、王都奪還はいつ始めるの?』

『本隊の到着次第ね……予想としては昼過ぎから夕方までくらいの誤差が……』

『そう、こればっかりは仕方ないね……ご主人様は?』

『今は夜に向けて仮眠中よ』


 作戦の開始には、ただ到着するだけでなく準備なども十分に必要だ。

 なのでココアも少し困った様なミルクの回答に納得し、話題を変えた。


『そっか……姉さま、一人だからってご主人様の唇にチュッチュしないでね?』

『――ッ! ししし、しないわよっ!』


 そしてミルク達の状況を想像してココアが釘を差すのだが、思いがけないその言葉にミルクは面食らい、慌てて否定するものの、見る見る顔を赤く染めた。


『ならいいの。ココアも我慢してるんだからね?』

『わ、分かってるわよ!』


 あっさりと納得するココアに、からかわれたのかと憤慨気味のミルク。


『それじゃ、ココアはこれからエンマイヤー領でエルナダ軍の足止めの下準備に向かうから、作戦が始まったら教えてね?』


 相変わらずの姉妹だが、ココアが自身の行動予定を話し、通信を終えかける。


『うん、分かった……あ、ココア!』

『何? 姉さま』

『ううん、気をつけてね?』


 それをミルクは慌てて止めると、言葉を待つココアに心配の言葉を掛ける。


『大丈夫よ、姉さま。作戦が始まれば、ココアは足止めにスイッチポンするだけだから。その後はそのまま合流するから、心配しないで……じゃあね』


 するとココアは少し優しい声で応じ、ココアらしくあっさりと通信を終えた。

 今頃ココアは心配性な姉に苦笑いしているのかも知れない。


 通信を終えたミルクは暫し情報を整理する。

 作業を終え、ミルクが再び体を横たえようとして、ピタリと止まる。

 再び頬を赤く染めるミルクの視線の先に有るのは、主人の唇。

 だがミルクは小さく首を横に振ると、そのまま体を横たえる。


「ココアのバカぁ……」


 そして中々冷めない頬の熱に、小さく呟くミルクなのであった。


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