15 情報と代償
「おい、見付けたか?」
「いや、引っ掛からねえ……本当にそんなもんが存在すんのかねぇ……」
「情報部の報告だぞ?」
「あいつら突飛な事ばかり考えてるから、とうとう現実と空想の区別がつかなくなったんじゃねえか?」
「……かも知れねえなぁ……」
エンマイヤー領の北に位置するヘルナー山脈を形成する山の一つ、ホープ鉱山の麓では、数十人のエルナダ兵が横に散開してぶつぶつ文句を言いながら何かを探している。
皆、武器でもある義手を前に掲げ、左右に緩やかに振りながらゆっくり進むその様子は金属探知機で鉱脈を探すのに似ている。
だがそれは金属探知機では無く汎用探知機であり、搭載された各種センサーによって設定された形状や熱量、動体などを瞬時に識別する高性能探知機であった。
彼らはホープ鉱山中腹の坑道を警備する兵士であり、深夜にエンマイヤー邸に詰める情報部からの報告で、半信半疑ながらも警戒を強化していたのだ。
その報告とは『邸内端末に侵入の形跡有り。レジスタンスの新型スパイバグと思われるが、その形状は人型、童話の妖精を模ったものと思われる。解析結果を速やかに登録し発見次第破壊、怪しい人物は拘束せよ』という物であった。
スパイバグとはエルナダ軍が開発した虫を模した偵察用の小型端末であるが、遠隔操作が必要であり、情報部はそれによってレジスタンスが部隊に紛れ込んでいる事を疑ったのである。
そして早朝、与えられた新たな情報を登録された警戒網が反応した為、兵士達は侵入者を捕らえるべく行動しているのであった。
『んーもう! 警戒レベル高過ぎよ! ここぐらいは、と思ったのにぃ!』
そんなエルナダ兵達を数十メートル程離れた小屋の陰から覗き見するココアは、エンマイヤー領に入ってからの展開の悪さに頭の中で独り言ちていた。
王都からビークルに便乗してエンマイヤー領へと入ったココアではあったが、ビークルは街道へは出ずに北棟からそのまま東へと向かった。
各領地の境界はちょっとした森になっているのだが、王都は背の高い柵で囲まれている為、エルナダ軍は柵を一部撤去して独自のルートを用意していたのだ。
無論これは独断ではなくエンマイヤー公爵の許可を得ている訳だが、ココアにとっては予想外であり、道中で通信経路を確保できなくなった為に、ビークルを降りて通信機器を設置しながら移動する羽目になった。
そうして夜には町へと着いたココアであったが、エンマイヤー邸は町の中心部より北に位置しており、そこへ辿り着いた時にはココアの体は普段のサイズへと戻ってしまっていた。
そんな状態ではこれより先の活動で通信が途切れてしまう事は明白であった為、ココアはマスターコアを安全な場所へと退避させる事が出来ず、その小さな身体にマスターコアを格納したまま行動せざるを得なくなってしまったのだ。
その為、ココアは新たな細胞を増やすべく危険を承知で広大なエンマイヤー邸へと潜入し、慎重に内部を調べて回った。
そして東側に複数用意された客室でソートン大将以下、二十余名のエルナダ軍兵士の存在を確認する。
だが人工細胞の確保を第一とするココアは、兵士達を一先ず置いて他の客室の探索を優先して情報端末を発見してしまい、情報の取得を優先させてしまう。
それによって様々な情報を得るココアは、遂にドクターゼムの情報を得る事に成功する。
だが喜びも束の間、突如作動した警報装置と兵士達の動きからココアは自身が捜索対象なのを知り、人工細胞の入手を断念してエンマイヤー邸を脱すると慎重に鉱山を目指したのだが、結果はココアの愚痴が表す様に既に情報が回っており警戒が強化されていた。
これでは如何に小さいココアと言えども、ドクターゼムの下へ向かえない。
各種センサーで補足されてしまえば、ココアの移動速度では簡単に的になってしまうからである。
『これ以上は無理ね……折角ご主人様に褒めてもらうチャンスなのにぃ……』
ココアはこれ以上はさすがに無理だと、ドクターゼムとの接触を断念して町へ引き返す。
一先ずは通信圏内へと戻り、入手した情報だけでもリュウ達に届ける為だ。
各種センサーを働かせ物陰を警戒しながら移動するココア。
その姿に落胆する様子は見られず、主人と話す事でも想像しているのだろう、口元には笑みすら浮かんでいるまだまだ余裕のココアであった。
「どうやら此処への侵入は防げた様です。助かりました……」
「全く面倒を押し付けおって……この程度、自分達でやらんか」
一方その頃、鉱山中腹の坑道に作られた部屋の一つでは、一人のエルナダ兵が並べられた機械類に向かう老人に小言を頂戴していた。
「いやぁ、自分達にはそんな専門知識が無いもので……感謝してます……」
目の前の人物に頭が上がらないのか、それでも兵士は感謝を口にする。
「ふん、人質を取っておいてよく言うの……まぁ、ええわい。この後、昼までは寝させてもらうからの?」
「えっ、いやいや、困りますよ。我々のメンテナンスがまだなんですから……」
だがその言葉が気に入らなかったのか、吐き捨てる様なセリフを吐いて兵士に向き直った老人は、肩の力を抜くと自分勝手に主張して兵士を困らせる。
そんな傍若無人な振る舞いを見せる老人こそ、リュウ達が探し求めるドクターゼムであった。
彼はこの鉱山の転移装置にロダ少佐と現れた所を捕らえられ、お互いを人質に働かされていたのである。
「全くお前らは使うばっかりで……ちっとは自分達で何とかしようとは思わんのか! ちょっと具合が悪いくらいなんじゃ! 叩けば直るわい!」
「そんな無茶な……」
そして言いたい事を言って途方に暮れる兵士を尻目に、ドクターゼムは部屋の奥にある扉へと姿を消してしまった。
因みに、扉の奥の部屋はドクターゼムが協力と引き換えに用意させた彼の私室である。
どこに行ってもドクターゼムは相変わらずの様子なのであった。
『やれやれ。どこのどいつが今頃になってこんな凝ったスパイバグなんぞを……転移装置も壊れた今では情報の持ち帰り様も無いじゃろうに……まぁ、今は下手に動き回られるよりは大人しくしてくれる方が少佐の為にもええじゃろ……』
ドクターゼムは私室に入ると椅子に腰掛け、情報部から送られてきた余り精度の高くない画像を見ながら、今回の警戒網を構築させられるに至った事に思いを馳せる。
ドクターゼムにとっては軍やレジスタンスがどうなろうと知った事では無いのだが、ここまで行動を共にした上に、自分の所為で言いなりとなってしまったロダ少佐の事は気掛かりであった。
そんな中で新たにレジスタンスが発見されたとなると、ロダ少佐の立場は更に面倒な事になるのでは、そんな思いが今回ドクターゼムに警戒網の構築を手伝う気にさせたのであった。
ただ、それがココアにとって障害になってしまったのは皮肉と言うしかない。
しかし、それを誰が責められるだろう。
ミルクやココアが実体化はおろか、飛ぶ事すら可能になっているとは、まして彼女達がリュウやアイスと共にこの星に居るなど、ドクターゼムにとっては想像すら出来なかったのだから。
「ふぅ……いつまでこんな状況が続くのかのう……」
目の前の画像を消し去ると、ドクターゼムは深くため息を吐く。
外部から隔離されて渋々命令に従わさせられている彼にとって、状況の変化は薄暗い坑道の様に未だ窺い知る事が出来ないのであった。
久し振りのドクター……何故か彼の台詞はスラスラ書けてしまう(笑)




