始まり
アルザニア王国の副都アルザーノにある王立アルザニア第一魔法魔術学校は、優秀な魔術師を育てるための王立に三つある魔法魔術機関の内の一つである。学校を卒業した者の多くは、宮廷魔術師となるか上級学校である王立士官学校へ進むことになる。学校の創立者である初代国王は平民や貴族などの出自に関わらず優秀な魔術師を育成・輩出することが目的であった。だが学校に入学出来るのはほとんどが貴族、又は貴族の援助受け者などの資金面で裕福な者に限られる。本来の目的を失った学校は平民の姿は極端に少なくなり、出自の差で価値観の違いから多くの平民は卒業をせずに学校を去って行く。他国からの留学生なども稀に来るが、結局は自国へと帰って行く留学生に関わろうとはしない。またその留学生に付いて他国へと人材が流れて行くのも否めない現実である。
新しい春とともに新しい生徒がやって来る。様々な色をした新入生が入ってくる嬉しい季節のはずだが、職員室にいる教師達は素直に喜べずにいた。
「今年は大物がたくさん入学して来ますね」
「大物ですか?」
「ええ、名前を見たときは驚きましたよ」
「ああ、この紙ですね。…確かに大物揃いですね。我々教師陣にたとっては頭の痛い事ですがね」
『大物』—今年の新入生がこう呼ばれるのにも訳がある。国を凝縮したのではないかという面子が揃っている。
一人目は国王の第三夫人の長男であるエルト・アルザニア・エレザート第三王子。王子とは言われてるものの、王宮内では変わり者として扱われてる。そのせいか、次期国王として担ぐ者は誰もいない。
二人目は副都アルザーノを守護するガーニル家の次男であるケーリッヒ・ガーニル。若くして将来は宮廷魔術師間違いなしと言われる実力の持ち主である。ガーニル家は国王の覚えもよく傲慢な部分を除けば完璧と囁かれている。
三人目は王国の西方面を守護するギール家の長男であるトーラス・ギール。魔術の実力はケーリッヒ程ではないが、剣術や体術といった様々な分野で才能を発揮している。
四人目は王国の北方面を守護するミレディ家の長女であるアーカディア・ミレディ。三人の様に特筆した才能はないものの、聖母の様に優しく美しいと王宮内では噂されているため、次期国王の妃にと声が上がっている。
それだけではなく、それらに付き従う貴族の生徒達を少なくない。国内で名の知れた貴族ではあるが互いが互いの事をよく思っていない者もいる。実家同士の争いを極力減らすためにクラス編成など教師陣が憂鬱になるのも仕方ない。
「クラス分けには問題はありませんね?」
「ええ、確認しうる限りはありません」
「寄子の貴族も問題はありませんね?」
「もちろんです」
寄子とは下級貴族を守るために作られたものである。下級貴族は自分よりも爵位の高い貴族と寄親・寄子の関係を結ぶ。寄子が困れば寄親が、寄親が困れば寄子がと言った、関係を作ることで貴族の関わりをつなぐものでもある。そのせいか、アルザニア王国内にある魔法魔術学校は十三から入学出来るものの寄親の子供に合わせて入学をさせることがある。世襲後も安定した関係を続けるためにも学校側もこれを認めている。
「ではもう間も無く入学式が始まります。講堂に急ぎましょう」
「ええ」
教師達のいた職員室の机には一年E組アルフォード・ザビーナの名前があった。
◇ 二週間前 ダーニウム王国軍本部 ◇
「アルフォード・ザビーナ准尉、軍研究室への被験体、教導教練大隊での訓練、ご苦労であった。辞令だ受け取れ」
アルフォードは敬礼していた右手を下ろし、辞令の紙を受け取った。
「拝見しても?」
「ああ」
アルフォードは配属先を見て目を見開いた。
「…これは?」
「新設の独立中隊だ。お前の義父が中隊長になっているだろう? 俺なりの計らいだ。詳しい任務内容は中隊で聞け」
「はっ! シャルド大佐お世話になりました。失礼致します!」
アルフォードはシャルドの部屋を出ると辞令に集合場所として書かれている、第十四会議室へと駆け足で向かった。
第十四会議室の前へと着くと、息を整え、扉をノックした。
「入れ」
返事があることを確認し扉をあける。
「アルフォード・ザビーナ准尉、ただいま着任しました」
「ご苦労、本中隊の中隊長のエルガー・ザビーナだ。…久しぶりだな」
「…お久しぶりです」
アルフォードは少し照れながらも答える。
「さてお前が来たことだし、そろそろ任務の説明に入る」
エルガーとの挨拶を済ませた後、空いている椅子に座るとエルガーは説明を始めた。
「改めて紹介させてもらう。本中隊の中隊長を務めるエルガー・ザビーナ少佐だ。多くのものが任務内容について知らされていないと思うが、本中隊では他国での諜報活動を主任務として活動する。現地での指示の一切は私が行う。また、本中隊はあくまで試験的に設立された中隊である。君たちの活動次第で中隊の運命が決まる。心して勤めよ。明朝、日の出と共に出発する。目的地はアルザニア王国。王国内での拠点と潜入先を書いた紙を貼り出しておく、見ておくように。それまで、解散!」
各隊員は返事をすると椅子を立ち、各々が貼り出された紙の元へと向かった。
アルフォードを椅子を立ち貼り出された紙の元へ行こうとしたところ声を掛けられた。
「アル!」
声を掛けられた方に首を向けると見覚えのある顔があった。
「ラース! どうしてお前がここに!?」
「俺もここへ配属になったんだ」
ラースとは軍士官学校の第九教導教練大隊で共に訓練をした、重犯罪者である。一年前、小さな村に住んでいたラースたち家族は母が死んだ後、父は働かずに酒ばかりを飲み、金がなくなると妹を村の人々に売ろうとしていた。妹を守るために父を殺し、妹を犯そうとしていた村の人々の飲み水に毒を入れ、毒殺した。その後、憲兵隊に捕まり懲役五十七年を言い渡された。検査の結果、魔法適正が高かったため刑期の延長を対価に軍へと入隊した。
「アルはどこが潜入先だったんだ?」
「いや、まだ見てないんだ」
視線を貼り出された紙に向けると自分の名前を発見した。
「潜入先は副都アルザーノにある王立アルザニア第一魔法魔術学校か」
「拠点は?」
「近くの教会になっている」
「僕は王都アルザニアだ」
「そうか、一緒のところだったらよかったのにな」
「まぁ、同じ中隊になれただけでも奇跡なんだからな」
「そうだな」
「あ、あとダンストンさんも同じ中隊だぞ」
「ダンストンさんも!?」
ダンストンとはラース同様軍士官学校の第九教導教練大隊で犯罪者達をまとめていた、重犯罪者である。十五年前の旧帝国時代、貴族の圧政に耐え兼ね、直訴したが話を聞いてもらえずに村に帰ると、村はなくなっていた。まだかすかに火が揺らめく中、家の方へと向かって行くと物音がし駆け寄ると、中から町にいるはずの兵士の姿があった。兵士たちの腕の中には各家々から集めたであろう金品があった。ダンストンはその場で二人を殺し、貴族の屋敷へと侵入し、屋敷にいた者全てを皆殺しにした。自ら出頭し、貴族を殺したという事で帝国最高裁判所へと連行され、禁錮百五十七年を言い渡された。ダーニウム王国が帝国からの独立を果たした後、人手不足解消のため、犯罪者公的利用法が採用された。採用後、実験的に軍隊から指導を受けた古参兵である。
その場でダンストンを探すとエルガーと話している姿を発見した。二人の元へと向かうと自分達に気づいたのか話しかけてきた。
「…ああ、アルフォード准尉、話があったんだ」
「お久しぶりですアルフォード准尉」
「ダンストンさん、前みたいで結構ですよ」
「アルフォード准尉、ラース軍曹、貴官らも軍人なのだから階級には気を付けた前」
「…了解しました、エルガー少佐」
「分かればよろしい。話の続きをしよう。出発前にソラート教会本部に行ってくれ。准尉はソラート教会からの留学生という名目になっている、現地の教会について説明を受けてきてくれ」
「了解しました」
「出発前にやりたいことを済ませておけよ。以上だ」
「では、教会本部へと行ってまいります」
アルフォードは敬礼をすると部屋を出て行った。
「軍曹、我々も準備をしに行くとしよう」
「ダンストンさんとですか?」
「曹長と呼べ」
ラースとダンストンも部屋を出ていく。
軍本部を出たアルフォードの姿はソラート教会本部にあった。
「お祈りは済みましたかな?」
アルフォードが神の彫像前で膝を付け祈りを捧げていると一人の男が声をかけてきた。
「パーロ導師、お久しぶりです」
「久しぶりですね、アルフォード君。今日はラース君と一緒じゃないのですか?」
「ええ、今日は任務の関係できました」
「ああ、留学の件ですね?」
「ご存知だったのですか?」
「私が留学生に説明するよう言われていましたから」
「そうだったのですか」
「私の部屋に行きましょうか、お茶でも飲みながら説明しましょう」
「ええ、そうですね」
二人は場所をパーロ導師の部屋に移した。
「さて、本題に入りましょう。現在、わが王国は旧帝国からの独立を果たしてまだ十二年しか経っていません。まだまだ政治体制の確立が出来ていません。そこで。旧帝国時代から仮想敵国であったアルザニア王国へ若手育成の留学生という名目でアルザニアに潜入します」
「ええ、あってます。アルザニア側の教会には話は付けてありますが、くれぐれも怪しまれないように気を付けてください」
「分かりました。それで、拠点になる教会はどこに?」
「魔法魔術学校の近くにある教会になっている。教会側にも留学生としか伝えてないからそこも気を付けるように」
「もちろんですよ。教会の司祭は?」
「一人だけだ、修道女が一人いるらしいが、小さな教会だからか細かいことまでは調べられなかった」
「まぁ、何かあったらその場で対応します」
「そうか、体には気を付けるようにな」
「ええ、ほかにも準備があるので、失礼します」
「ああ」
教会本部を出たアルフォードは軍の寮に帰ると部屋の荷物をまとめ明日の準備を始めた。
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