現代版反忠臣蔵
やっぱり、吉良上野介は悪くないでしょ。
四月二十一日、警視庁内にて事件発生。
関西浅野組の組長が、対立していた関東吉良組の組長に、所持していた刃物で襲いかかった。
これにより、吉良組の組長は重傷。浅野組の組長は狂ったように暴れたため、近くにいた警官が発砲。病院に運ばれたが死亡した。
それをきっかけとして、浅野組と吉良組の抗争は激化の一途をたどる。
警視庁内での事件から八ヶ月後。警察は浅野組を特定抗争指定暴力団に指定。これにより浅野組は事実上、消滅した。
浅野組消滅から、半年後。
「おう、帰ったぞ」
「お疲れ様です、兄貴」
とあるマンションの一室。ネットサーフィンをしていたら、兄貴が帰ってきた。
「喜べ。いよいよ二週間後に、吉良組に殴り込むぞ!」
拳を握り締め、兄貴は意気込んで言った。
「マジすか!?」
「ああ。ようやくだぜっ……!!」
何だか一人で勝手に、盛り上がっている。吉良へ殴り込みって、忠臣蔵気取りか?
オレはそんな兄貴を、冷めた気持ちで眺めていた。
――まだ諦めてなかったのか、この人は。
単細胞だなぁ。中卒だからか?
首尾よく吉良を討てたとして、潰れた浅野組が復活するわけでもないのだが。
まあ、兄貴は浅野組長から特に可愛がられていたそうだから、気持ちは分からなくもないが……。
しかし、いきなり襲いかかったのは浅野組長のほうだし、撃ち殺したのは警官である。
逆恨みだという話を脇に置いておくにしても、一番の問題は吉良を討つのに全くメリットがないことだ。
金にならない暴力に、いったい何の意味があるというのか。ヤクザ失格である。いや、正確には元ヤクザだが。
オレは深く、溜め息を吐いた。
全く。浅野組長も、トチ狂って迷惑なことをしてくれたものだ。
いくら相手が対立する組の組長とはいえ、何も警視庁内で襲いかからなくてもいいだろうに。
しかもそれでもって、自分だけ警官に撃たれて死亡って……。これだから低能は。ヤクでもきめてたのか。
上の仕出かすことで迷惑するのは、いつも下っ端である。世の真理だ。
「それはめでたいですけど」
本心はおくびにも出さず、オレは肝心なことを訊く。
「例の密輸銃受け取りの話は、まとまりました?」
「ああ。それなら一週間後に、いつもの場所でと決まった」
兄貴は懐からタバコを取り出し、一服しだした。
――中国製の密輸拳銃を捌く事業も、ようやく軌道に乗ってきたというのに。
ちなみに、現在扱っているのは主に、中国製のガバメント・クローンM1911だ。
理由は、ガバメントのパテントが失効したのと、国際的なマーケットで45口径が人気だからである。
45口径が人気なのは、ストッピングパワーが大きいからだ。規制の多い日本ですら、防弾ベストが買える。
元からアメリカで人気のあったガバメントが、特許切れとともに世界に広まったのは必然と言えるだろう。
「それは良かった」
オレは懐からガバメント・クローンを引き抜くと、銃口を兄貴の顔に向ける。
「おい!?」
「煙いんだよ」
さよなら、バカ兄貴。
部屋は防音だ。オレは引き金を引いた。
それから一年後。
吉良組の組長は、すい臓がんで死んだそうである。
やっぱり、悪いのは浅野内匠頭のほうでしょ。