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神様の宝物  作者: 小林 あきら
序章 変態素敵な賢者様
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第八話 赤き髪の男 ロッソ



〜ロッソ視点〜




「ん……んん?」


 意識が覚醒すると、そこはさっきまで親父達が騒いでいた酒場だった。


「あ〜これまた、酷い惨状だ。誰もかれも酔い潰れて……やっぱり、親父のせいだよな?」


 酒の匂いで満ちているこの空間で、誰にでもなく愚痴る。


「はっ!ばかもんがぁ!俺じゃねぇよ!あいつらが勝手に潰れていっただけだっ!というか、やっぱりってなんだ?!」


 『必殺猫殺し』とラベルの張られた一升瓶を片手に、胡坐をかきながら、不貞腐れたように机の上に座る黒い猫が――いや、親父が、オレの独り言に反論してきた。


「おっと、そうだったか。すまんな、親父。つい……な」


 肩を竦めて、苦笑いする。

 親父はそんなオレを見て、どこか気に入らない様な表情を見せながらも、お猪口に酒を注いだ。


「ぷはぁ〜。へっ、まぁ構わんさ。どいつもこいつも潰れたせいで、酒場を独り占めしているようでやるせなかったんでな。俺もちょっとした八当たりだ……目覚めたようだな、ロッソ」


 親父はオレの名を呼びながら、再び酒を呷った。

 さっきまでの機嫌の悪さも、酒と一緒に腹の中に飲み込んでしまったのか、今は御機嫌の様だ。


「ああ、ハクの兄貴が寝ている今がチャンスかなぁ〜ってな。兄貴は新しい街に来たのに任務の事ばっかで、遊びに行こうとしねぇじゃんか?ここは、不肖の弟が夜遊びがてら、夜の情報収集をしてやろうかと思った訳だな」

「完璧に夜遊びメインじゃねぇか」

「まぁそこは、否定は出来んな」


 親父の言葉を否定しない。

 オレは兄貴と違って、欲望に忠実なのだ。


「ハクの兄貴は真面目だからさ……ドSだけど。いやほら、人生には遊びが必要なんだよ。いつも張りつめてばっかりだとつまらないだろ?」

「語るな〜。まぁそう言ってやるな。そこがハクのいい所でもあるんだから……ただ、ドSな所は直してもいいと思うんだが?」

「いや、あのドSは直らんだろ。それより、そんな事は知ってるよ。まぁでもよ、たまには羽目を外したくもなるもんだろ?親父も含めてさ?」

「そうだな。人生には息抜きも大切だな」


 オレの言葉に、今度は親父が肩を竦め苦笑いした。


「まぁ、夜遊びしたいなら行ってくるといい。朝までには帰れよ。俺はここで酒でも飲んでるさ。あ〜それと夜遊び行くんなら、眼帯と髪留めを忘れんなよ」

「ああ、分かってるよ」


 親父の言葉に頷きながら、革袋から髪止めと眼帯を取り出し、自慢の赤い髪を前髪も全て後ろで纏め、右目の傷を隠すように眼帯をする。


「……って、親父は行かないのか?」

「ああ……ほら俺ってさ、賢者だからな」


 親父は悲しそうに『賢者』と口にした。

 その意味する所は、ハクの兄貴の事だろう。

 親父はハクの兄貴が親父の事を尊敬、いや、崇拝と言っていい程に憧れている事を自覚している。

 あまり『ハクの思い描く賢者像』に反した行動をしにくいのだろう。

 しょうがない、ここはオレが親父の願いを叶えてやろう。


「まぁ、親父はな……ハクの兄貴が尊敬してやまない賢者様だからな。しょうがないさ」

「そうだな……俺、賢者様だからな」


 親父は少し残念そうに肯定する。


「しかし!しかしだ!親父殿!」


 そんな親父に、悪戯小僧の様な笑みを浮かべて問う。


「しかし、そんな親父も!トイレに行っているうちに、酔った息子が大金の入った財布を手に、街にフラッと散歩に行く事を、止めることはできないよな?」

「ん?ああ、その通りだ。いくら賢者と言えども、見えない所でそんな事をする息子を止められまい」


 親父はオレが何を言っているのか、先が読めないのか、オレの問いに快々と頷く。


「そこで、もしだ!もし、その息子が今日来たばかりの街が故に、道に迷ってしまい、歓楽街に足を踏み入れてしまっても、仕方がないと思わないか?」

「ああ、その通りだ。いくら賢者と言えども、人の方向音痴を直す事はできまい」


 親父は、オレが何を言おうとしたのか気が付いて、嬉々として肯く。


「そこでだ!そこで、その息子は街を歩いた事で、喉が渇き、潤いを求め、色っぽいおねえさんに呼び止められ、店に入り飲み物を注文してしまう。そんな事もあるよな?」

「ああ、その通りだ。いくら賢者と言えども、生命の危機に瀕してとった行動を責められまい」


 親父は、オレの発言を肴に酒を飲みだした。

 さぁ、次は何だ?と言わんばかりにニヤニヤして。


「その息子がだ!長旅で自分自身が汚れている事に気が付き、身を清めたいと思っても、自然な事だよな?」

「ああ、その通りだ。賢者ならば、身を清め清潔な体を保つ、その行動を褒めねばならん程だ」

「そうだろうとも、親父ほどの賢者なら、そう言ってくれると思っていた」


 親父の言葉に満面の笑みで頷く。


「そこでだ!急に気が付いたその息子が、今まさに求めていた体を洗うというサービスが、なんとそのお店では、体験できてしまうって事があっても問題ないよな?その事で、その店もその息子も、勿論その親父にも罪は無いよな?」

「ああ、その通りだ。いくら賢者と言えども、そんな都合のいいサービスを提供されては、ぐぅの音も出まいよ」


 親父は悔しそうに首を左右に振る。


「そして!そしてだ!その息子の父親が、大金の入ったお金を持って、突然消えた息子を心配して、夜の街を捜し回り、ついに見つけた場所が、娼館であっても……」

「「問題ない!!」」


 オレと親父は同時に言葉を発して、クックックっと下卑た笑みを浮かべて、互いに笑った。

 すると親父は、自分の影からドサッと革袋を取りだした。

 革袋の紐を縛る所からは、眩いほど輝いた金貨が見え隠れしている。


「さぁ〜て、ロッソよ!俺は少し厠に行ってくる。もしかしたら、10分くらいかかるかもしれん。すまんな、どうやら酒を飲み過ぎたようだ」

「いや、仕方ない。いくら親父、いやさ、賢者様と言えども、生理現象には逆らえんだろう」

「ああ、ではまた」

「ああ」


 機嫌良さそうに尻尾を左右に揺らす親父が、トイレの方向に消えるのを確認してから、革袋に手を伸ばす。

 ガシャガシャっと金属の――貨幣の擦れる音がする。

 音から察するに、中には相応の金額が入っているのか、ズシリと重かった。

 少し気になって中身を見てみると、それはもう、眩しいぐらいに金色一色だ。


「親父マジか……多分この金額なら、店一軒買い取れるぞ……」


 親父にその真実を告げたら、実行しかねないので黙っておく。

 あの人は自分の欲望に忠実だからな。

 オレのこの性格も親父譲りだしな。

 それでも、親父より場を弁えて自重しているつもりだ。


「さ、さぁ〜て、酔いを醒ましに散歩でも行ってくるかな〜」


 なんて、わざとらしい声を上げつつ、オレは酒場を後にする。


 そして、後で女将に聞いた話なのだが。

 二本の尻尾を持つ黒猫が、とてもわざとらしい口調で、誰かに言い訳する様に以下の事を叫んでいたらしい。


「嗚呼、これは大変だ!それはもう大変だ。大事件かもしれない。金貨の詰まった財布と、酔っぱらった息子がいない。困った、非常に困った。息子の事が心配で心配で、お酒も喉を通らない。よし、これは街を隈なく探し回ってでも、確かめねばなるまい……賢者としてなっ!」




**********




「なぁ、おっちゃん。ここら辺で、おねぇちゃんがいっぱいいる店ってどこか知らねぇか?」

「おう、なんだ?兄ちゃんは、ここらの人じゃないのか?」

「ああ、今日ここに着いてな。新しいとこに着いたら、行く所なんて決まってるだろ?」

「そうか……それなら、この脇道を奥に行って、突き当りを左だ」

「そっか、おっちゃん、あんがとな〜」

「ああ、気を付けて行けよ」


 オレはそこら辺にいる、それはもう頭皮を禿げ散らかした、いかにもエロそうな顔をした、エールっ腹のおっちゃんに話しかけて情報収集をした。

 そして、その教えてもらった道に従い脇道に入り、宣言通り歓楽街に向けて歩を進める。


「うわぁ〜なんか脇道に入っただけで、一気に街の雰囲気変わるな〜」


 そんな事を呟きながら、建物の隙間の脇道――裏通りとでも言うべき場所を歩く。

 進んでいくと、なんとも表通りの華やかな道とは違い、木箱が乱雑に積まれていたり、ゴミが散らかっていたり、お世辞にも綺麗とは呼べない場所だった。

 更に進むが、一向におねぇちゃんがいそうな気配が無い。


「おいマジかよ……もしかして、あのおっちゃんに騙された?いや、あの顔のおっちゃんだ。絶対スケベの筈だ」


 あのおっちゃんが、欲望丸出しの幼気な青年に嘘を教えるとは、信じたくなかった。

 しかし、ここはゴミ溜めとか、スラムとか言われそうな感じの場所だ。


「いやいや、まさかね?」


 そう自問自答しながら進む。

 しかし、オレが騙されたと完全に気付いたのは、それからしばらく歩いた後だった。


「へへへっ、にいちゃん身ぐるみ全部置いて行きな」


 というか、汚い恰好をしたおっさん達に囲まれた後だった。


「え?マジか?治安が悪いだけとかじゃなくて?ここら辺におねぇちゃんいないの?本当はこの奥におねぇちゃんいるんだろ?」

「はぁ?馬鹿かこいつ?今の状況分かってんのか?」


 オレの必死の現実逃避は敢え無く否定される。

 というか、なんか頭おかしい奴みたいな目で見られる。

 これは心外だ。

 オレはただ、綺麗なまたは可愛いおねぇちゃんと、きゃっきゃウフフしたいだけなのに、何が楽しくて、こんなところでおっさんに囲まれて、ひゃっはーげへへされなければならないのだろうか?

 これはね……心にくるものがある。


「ちょっと、おっさんたち……今日はさ、マジでやめてくんない?今そういう気分じゃないんだよ。身ぐるみ剥ぐとかさ、他所でやってくんない?」

「はぁ?お前ホント何言ってんだ?」

「いや、ほら?どこぞの賢者様も言ってるだろ?ラブ&ピースだ。争いは何も生まない、大抵の事は愛があればなんとかなるんだ!つまり、オレはおねぇちゃんと愛を育みながら、戯れたいだけなんだ。今なら、おっさん達はそこを通すだけでいいんだ。ほら、な?簡単な事だろ?」

「おい!お前らこいつやっちまうぞ!」

「「「「おお!!」」」」

「マジかぁ……オレ、そっちの趣味はねぇぞ」


 オレの渾身の説得も虚しく失敗に終わってしまう。

 そして、やる気満々な血気盛んな中年たちが、手に持った角材やら鉄の棒、錆びた剣やナイフでオレに襲いかかってくる。


「おっと、ほっ、はっ、ほいっ」


 おっさん達のやる気満々の掛け声と共に、殴りかかってきた拳を、頭を振って避け、振り下ろされる角材や鉄の棒を、体を少しずらして避ける。

 更に薙ぐ様に振るわれた剣は、手刀で弾き、そして、最後に首を狙うナイフを相手の腕ごと掴む。


「な?もういいだろ?」

「なに!?」


 掴んでいたおっさんの手を離し、声をかけるとリーダーのおっさんは驚愕する。

 正直、もう宿屋に返りたくなってきた。


「ま、まだだ!攻撃を続けろ!」

「「「「お、おう!」」」」


 それでも、リーダーのおっさんは諦めずに指示を出す。

 そして、周りのおっさんも容赦なく襲いかかってくる。


「マジかぁ……」


 オレの中のやる気ゲージがこれでもかと減っていく。

 そんな事お構いなしに、おっさん達はまた各々の武器をオレに振り下ろす。


「死ねやゴラっぁああ!」


 なんて、言いながら凄い勢いとヤバい顔で襲いかかって来るもんだから、流石のオレもラブ&ピースなんて言っている場合じゃなくなった。


「はぁ……」


 深いため息をつき、オレは魔力を両手両足に集中させ、左手を前に突き出すように構える。

 そして、先程と同じように薙ぐ様に振る剣を狙い、右手で正拳突き、そのまま右足に体重を乗せ、鉄の棒を持って防御しようとしているおっさんに回し蹴りを放つ。

 ガキンと金属の折れる音がする。


「後、二つ」


 オレの背後に回り込んで、振り下ろされるおっさんの木材を左手で掴み握りつぶし、ナイフを抱え込むように、突っ込んできたおっさんのナイフだけを狙い、踵落としをくらわせる。

 その衝撃でちょっとばかりおっさん達は吹っ飛んだが、まぁそのくらいは勘弁してほしい。


「で、まだやんの?」


 リーダーらしきおっさんを見て言う。

 そのおっさんはようやく自分たちが相手にしているオレとの力量差が分かったのか、降参するように両手を上げる。


「へ、へへっ、か、勘弁してくれ……ください」

「ああ、とっとと消えな」


 オレがそう言うと、倒れたおっさんを引きずりながら逃げていくが、そこでオレはストップをかける。


「あっ、おっさん、ちょい待ちな」

「へ、へぇ。なんでしょう?」


 おっさんはビクッと肩を震わせながら振り返る。

 しかもなぜか両手を前に組んでモミモミしながらだ。

 めちゃくちゃ三下の仕草だな。


「で、肝心のおねぇちゃんはどこよ?」

「え?」

「だから、おねぇちゃんはどこにいるかって聞いてんの!?」

「あ、ああ。それでしたら、そこの道を奥に行って左ですぜ」


 おっさんはこの道の奥を指差した。

 成程な!って事は、あの禿げ散らかしたおっちゃんは嘘をついてなかったんだな。

 少しでも疑ったオレが恥ずかしい。

 すまん、禿げ散らかしたおっちゃん。


「そうか、なら行って良し!」

「へぇ、では、失礼しやす」

「ああ、これからは気を付けな!」


 オレとの会話にビビりまくったおっさんは、それはもう素早い動きで撤退していく。


「ふぅ〜。では、お楽しみだ」


 ため息を吐いた後、顔をニヤつかせながら奥に進む。

 フフフ、やっとだ。

 もうすぐ、オレの桃源郷がそこに……

 そう思いながら、その道を左に曲がる。


「え?」


 しかし、そこには歓楽街など無く、行き止まりだった。


「う、嘘……だろ!?」


 両手で顔を覆い両膝をつく。


「嘘だと言ってくれ!どうして……どうして!この世はこんなにも無情なんだ!」


 この無情な世の中に嘆き、力の限り叫ぶ。

 もう絶望しかない。

 オレは、オレはただ、おねぇちゃんと戯れたいだけなんだよ……


「……んー……んっんー……」


 絶望に浸っていると声がする。

 これは……間違いない、これは女の声だ。

 その声に導かれるままに、立ち上がりフラフラと歩き出す。

 そして、その声は行き止まり付近に停めてある、馬車の中にあった大きな麻袋から聴こえる。


 急いで、それを開ける。

 すると中には縛れた女がいた。

 いや、正確には縛られた女の子だ。

 いやいや、もっと正確に言うなら、それは縛られた幼女だった。


 そう、幼女だったのだ!!


「……マジかぁ……幼女かぁ……うわぁ……犯罪だ……」


 オレの心はどうやら限界の様だ。


「……マジかぁ……幼女は……幼女だけは……ダメだろ……」


 そして、オレは天を仰いだ。

 見上げた夜空は、オレの心と違い、眩いほどに美しく星が輝いていた。





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