第七話 ラスボスは遅れて登場する ハク
〜ハク視点〜
木のジョッキに口を付けると中身は空だった。
どうやら、会話に夢中になっていたようだ。
女将さんを呼ぼうと周りを見ると、店はいつの間にか客でいっぱいになっていた。
周りが見えていないとは、これは気が緩み過ぎていたのかもしれない。
「おや、気づいたらこんなにお客さんがいますね」
「……そうですね。私も夢中で話していましたよ」
そういい、お互いの顔を見て笑ってしまった。
少しアリスの顔がげんなりとしているのは気のせいだろう。
「おやおや、アンタら気が付かなったのかい?」
「ええ、有意義な時間でしたので」
「なんだい?うちの店の前で、喧嘩したって聞いてたんだけどね、杞憂だったかい?」
「まぁ、雨降って地固まると言いますし、人と人とはこんなものだと、ある賢者様も言っていましたよ」
「フッ……そうかい」
女将さんは優しく笑い、新しいエールを持ってきてくれた。
そして、おかわりのエールを置くと、女将さんは僕達の後ろ――酒場の奥を指差した。
「ほら、ハク坊達が連れてきた吟遊詩人が、これから曲を弾くらしいよ」
「え?」
カウンターから振りかえると、彼らが様々な楽器を並べていた。
ふざけた様子はなく、真剣にチューニングやらドラムの位置を確認している。
そして、僕と目が合うと二ヤッと笑い、他のメンバーを見て頷いた。
「ひゃっはー!お集まりの糞ったれども!しばし注目だ!なんと!今日はそこのカウンターで、女といちゃコラと飲んでる白髪のあんちゃんの奢りだ!普段女将さんが怖いそこのアンタも!お一人様なそこのおにぃちゃんも!仕事終わりのおっちゃんも!お前ら!今日は騒ぐぞ!女将さんから今日は騒いでいいと、お許しを頂いたぁああ!!何もかも忘れて飲み明かせ!!」
「「「「うおぉおおおおおおおお!!!!」」」」
初めは皆、なにが始まるかワクワクしていたが、彼らの発言を聞いて、皆笑顔になり、両手を上げたり、持っていたジョッキを掲げる様に突きあげたりしながら、店内が割れんばかりの雄叫びを上げた。
「それじゃあ、一曲目は『宴』だ。正に宴に相応しい曲だ!!」
そう言い、彼らは各々の楽器の所に行く。
彼らの事をお父さんはこう言っていた。
今現在、ウッドベースを弾く人はガチムチ、アコースティックギターを弾く人は199×年からの使者、カフォン(お父さんが『ほら、図工室にある椅子』と言っていたが、僕には分からなかった)という打楽器を叩く人はモヒカン、ピアノを弾く彼らのリーダーはヒャッハー。
随分と的を射ているので、その仇名に僕は反論できなかった。
ヒャッハーさんが、跳ねる様に楽しそうにピアノを弾く。
モヒカンさんが頭を振りながら、カフォンを叩きリズムを刻む。
ガチムチさんは寡黙に正確にベースを弾く。
使者さんはリズムを取るように右足を震わせ、アコギを引く。
そして、なぜか。
なぜか、悔しい事に普通に上手いのだ、この人達。
皆楽しそうに音を奏でる。
それに触発される様に、酒場の客達は声を上げたり、食器を叩いたり、リズムを取ったりしている。
とても楽しそうだ。
僕は、ぽかーんと口を開けて騒ぐ人達を見ていた。
「ハク殿の奢りですか?」
「え?僕の奢りですか?」
訳も分からずに、アリスに聞き返してしまう。
両者困惑する。
どうしてこうなった?
「ん?ああ、大丈夫だよ。お金ならクロ様からたんまり貰ってるからね」
「ああ、成程。お父さんならやりかねませんね、納得しました」
「え!?ハク殿。そ、それでいいのですか?」
「ええ、お父さんが行った事です。色々と考えがあるのでしょう」
「…………」
満面の笑みで全肯定した。
アリスは信じられないといった表情で僕を見ていた。
どうやら、お父さんの魅力を、英知を、まだ伝えきれていないようだ。
ここは、朝までコースになるかな?なんて思っていると――
「にいちゃんありがとよ!」
「はっは、気前のいい兄ちゃんだな!」
「よっ、太っ腹だな!」
――などと、いろんな人からお礼を言われた。
もちろん、僕は笑顔で対応する。
「どういたしまして。さぁ、皆さん酒場のお酒を空にしてやりましょう」
「そいつはいい!」
僕がそう言うと、彼らは大いに笑い頷いた。
すると、女将さんがニヤリと笑う。
「はははっ、言うじゃないか!ハク坊!」
「ええ、なにせ僕はお父さんの息子ですから」
そして、僕も女将さんと同じ顔で笑う。
こういうのは、楽しんだ者勝ちというからね。
新たに来たエールを掲げて、大きな声で叫ぶ。
「さぁ、皆さん!今宵の出会いに!乾杯!!」
「「「かんぱーい!!」」」
さぁ、楽しい宴はまだまだこれからだ。
*********
「へぇ〜なかなか、面白い伝説ですね」
「だろう?白髪のにいちゃん。ここら辺ではまぁ、おとぎ話の一つなんだが『沌魔の森』の秘宝って言えばソレのことじゃねぇか?」
「他にも、その森にはおっかねぇ化け物が出るとか、妖精が出るとか言われてるな」
「まぁ、産まれてこの方見た事無いんだけどよっ」
「いやいや、参考になりますね〜」
僕は体中傷だらけの冒険者のおじさんやそのパーティーの人達と楽しく話している。
アリスが酔っ払ってとても面倒くさい事になったので、早々にお帰り頂いた。
この人達は、初めは怖い人かな?なんて思っていたけど、お酒を持ってうろついていると、あっちから声をかけてくれたので、相席させてもらっている。
とても気さくで、いい人達だ。
僕は感心していた。
成程、お父さんはこの状況を狙ったのだなと。
お酒の席ならいろんな人の話を聞けるし、口も良く滑る人もいる。
更には、この街では新参者の僕にも、皆に酒を奢ったという事で仲良くしてくれる人もいる。
知らぬ街で顔見知りも増えるし、情報収集がしやすくなる。
一石二鳥どころか、一石でたくさんの鳥を乱獲状態だ。
改めて、お父さんの素晴らしさが分かってしまった。
そんな事を思いながら、話を聞いていると、店の一角から声がする。
「さぁさぁ!他にチャレンジャーはいないか?いないのか!?」
ヒャッハーさんは、大声で酒場の人達に話しかける。
今は飲み対決を行っているらしく、ヒャッハーさんの隣に立ち両腕を上げている大男が現在のチャンピオンなのだろう。
「ふははははー!若造共め!俺はお前らと違って甘くないぞ!」
そこに黒い塊が――いや、お父さんが降臨する。
「おおぉっと、ここで真打ち登場だぁ!これは俺たちの恩人でもあり、ハクのあんちゃんの使い魔にして父親と言うぅぅうう。その名もぉぉおおお、クーーーーローーーー様だ!!」
「「「「うおぉぉぉおおおおおおお!!」」」」
「喋る黒猫!?」
「使い魔か?」
「黒猫?」
「魔獣か?」
「父親って何だ?」
「精霊?」
「妖か?」
飲み勝負に満を持して、お父さんが参戦する。
というか、今宵初めてお父さんの姿をこの酒場で発見した気がする。
まさかこのタイミングまで待っていた……と言う事はないよね?
お父さんはヒャッハーさん達の方を向き、顎をしゃくる。
「オラぁ!お前ら気合い入れて演奏しろっ!あの曲だ!」
「了解だ!クロの旦那!」
マイクパフォーマンスをしていたヒャッハーさん達は、今度は魔道エレキギターや、魔道エレキベースのストラップに肩を通し、演奏を始める。
「そうだ!これだ!この音楽!この圧倒的ラスボス感漂うBGM。これだよ!これこそ戦闘BGMだな!」
ギュィイーンというピックスクラッチから、シャンシャンとシンバルのカウント。
そして、ヒャッハーさん達は前傾姿勢になりながら演奏する。
重く歪んだ音。
高速のブリッジミュート。
手の残像が見えるほどの高速ダウンピッキング。
跳ねる様なベースのスラップ。
ツーバスがドコドコと響き、カッコいいギターソロが入る。
確かにこれは、何かワクワクすると言うか、胸の奥から高揚感が出てくる。
お父さんは両手を広げて高笑いをする。
「ふはっ、ふーはっはっはー。さぁ、勇者共!まとめてかかってくるがいい!」
お父さんの魔王の様なセリフがとても印象的だった。
*********
「もう……駄目だ」
お父さんの参戦により、酒場が地獄と化した。
今、僕の隣でフラフラになっていたチャンピオンが倒れる。
「お疲れ様です。安らかに眠って下さい」
チャンピオンに労いの言葉を送る。
かく言う僕も、もう何か色々と限界だ。
周りを見渡すと酒場には、馬鹿騒ぎをして、酒を浴びるほど飲んだ人達が、あちこちに倒れている。
「嗚呼、これが死屍累々と言う状況なのだろうか?」
そう呟きながら、眠気に逆らえず、机に突っ伏して瞼を閉じた。
僕も彼らと共に屍の一つとなる様に。