第六話 釣りは我慢と忍耐 ハク
〜ハク視点〜
アリスと二人で一階の酒場に降りると、ちらほらと席で食事をしながら、お酒を飲んでいる人達が目に入る。
確かにそろそろ、晩御飯にはいい時間だろう。
僕達はカウンターの席に並んで座ると、女将さんが僕達に気付き寄ってくる。
「おや、騎士のお嬢さんもそんな恰好をしていると、街娘みたいで可愛いじゃないか。どうだい?家の看板娘をやらないかい?」
「女将さん。それでは普段の彼女が可愛くないみたいに聞こえてしまいますよ?」
「おやそうかい?アタシはそう言ったつもりがない事もないが……そいつは失礼したね」
女将さんは、はははっと笑った後に謝るが、全く悪意を感じないのが不思議だ。
「いえ、不快ではありませんでした。それに普段の騎士の姿が可愛くては、騎士が務まらないのでお気になさらず」
「それならいいさね。それでハク坊とお嬢さんは何にするんだい?」
そう言い、女将さんはメニューを持ってくる。
どうやら、僕の呼び名はハク坊らしい。
もう『坊』と呼ばれる様な、年齢ではない筈なのだけど……年上の方にとっては、いつまでも『坊主』なのかもしれない。
メニューを見ると他の酒場と違って、意外にもたくさんの種類があった。
というより、どこかお父さんがやっているお店のメニューに似ていた。
「へぇ、たくさんありますね……とりあえず、ベーコンピザと若鶏の唐揚げとシーザーサラダ、後エールを二つ下さい」
「はいよ」
適当に女将さんに注文し、直ぐにエールが運ばれてくる。
「お待ち〜」
「はい、ありがとうございます」
お礼と共に銅貨を数枚手渡す。
「ハク坊、ちょいと多いよ?」
「また頼みますので、その時におまけして下さい」
「そうかい?お前さんはこの店で、媚を売る相手を間違えなかったね」
女将さんはニヤリと笑い去っていった。
こういう店では、店員さんを邪険に扱うより、仲良くした方が色々とこっちにもプラスなのだ。
「では、お互いに色々ありましたが、酒と一緒に飲みこんでしまいましょう。今日の出会いに」
「ええ、出会いに」
「「乾杯」」
僕達は木のジョッキを互いにぶつけてエールを流しこむ。
空腹の胃袋に流し込まれるアルコール。
今日は一日色々あって大変だった。
朝から荷馬車をずっと走らせ、変なのに絡まれ、また、変なのに絡まれ……いや、これ以上は止めよう。
まぁ、そんな一日の終わりに、全てを忘れさせてくれるアルコール。
「美味い」
心から出た一言だった。
お父さんがお酒を止められない理由が分かる。
むしろ、この一杯の為に生きていると言っても過言ではないのだろう。
「ハク殿は……まるで、中年のおじさんの様にお酒を飲むのですね」
「ああ、これは恥ずかしい所をお見せしました」
僕は頬をかきながら、残ったエールに口を付ける。
まぁ、この一杯に夢中にはなったが、中年は言い過ぎだ、中年はっ!
このまま、中年で話を進めるのは誰も得しないので、話題を提供しよう。
「そうだ、こうしてお店に誘ったのは、聞きたい事があったからなのですよ」
「聞きたい事……ですか?」
アリスは少し緊張したようにこちらを見る。
どうやら警戒させてしまったようだな。
少し言い訳をしておこう。
「いえ、そんなたいした事ではありません。僕はその、商会の上の方に言われて、この街で店を開けるか、下見と言えばいいのでしょうか?まぁ、その様な事をしに来たのです。ですが、少しはこの街の情報を手に入れたのですが、僕はそれ程詳しい訳ではありませんし、知り合いもいません。慣れない土地での一からというのは大変と聞きます。それに、商人にとって情報は武器です。武器を持たずに戦場をうろつく、そんな愚か者にはなりたくないのです。なので、この街の事などをいろいろと教えていただけると嬉しいのです」
「そういう事……ですか。確かに、それは愚者の行う事ですね。はい、私でよければお話しましょう」
アリスは僕の話を聞いて、少し緊張を和らげた。
咄嗟に出た言い訳だが、全てが嘘ではないし、少し本音も交じってしまった。
「この街イディオットはご存じの通り、我がシリー帝国の南端に位置します。他の辺境と違い、他国との国境を守護というより、この街の南東にある『沌魔の森』から民を、国を守る方に重きを置いていますね」
「ああ、通りで。ここより南は緑が多かったのですね」
「ええ、ここら一帯にはその森がある為、そこで採れる薬草や魔獣の素材などを目当ての冒険者達も多く街で暮らしています」
「なるほど、商売をするならそういった物を扱ってもいいかもしれませんね」
「そうですね。それにここは、南で一二を争う大きな都市なので、色々な物が手に入りますよ」
「ほうほう。こういう情報はやはり、現地の方に聞いてこそ分かるというものですね」
相槌を打ちながら会話を聞く。
本当は事前の情報なんてゼロに等しかったので、こういう情報は助かる。
さて、ではこちらの任務の探し物について聞くとするか。
「最初にお話ししましたが、僕の専門は骨董品でして、それで掘り出し物と言いますか、なにか珍しい物などはありませんか?」
「ああ、そういった類でしたら、私より領主様の方が詳しいと思いますよ。ハク殿も、ここのイディオット辺境伯様が古い物好きと聞いてきたのでしょう?」
そうだったのか、その情報も初耳だ。
でも、とりあえずは話を合わせておこう。
領主様への紹介も頼んでしまったし。
「おや、やはりお気付きでしたか?なんでも『三度の飯より骨董品が好き』と聞きましたので」
「いや、その通りなのです。遠くまでその様な話が伝わっているとは……」
「はははっ」
アリスは薄く笑いながら項垂れる。
適当に言った事が、当たってしまったらしい。
少し申し訳ない気持になったけど、まぁそこは領主様のせいにしておこう。
じゃあ、次は少し角度を変えてみよう。
「では、そちらは領主様に聞く事にしましょう。他には……そうですね。この都市の伝説や、伝承。それと、ここ最近で変わった事件などを教えていただけますか?」
「骨董品を扱うので、伝説や伝承は分かるのですが……最近の事件とは?」
アリスがまた表情を少し険しくさせる。
この様な話をする僕を警戒しているのだろうけど、それだけではなさそうだな。
これは、最近事件があった、もしくは現在進行形で起こっていると考えた方がよさそうなのかな?
「ああ、失礼しました。民を守る騎士の方に、こういう事を聞くのは無神経だったかもしれませんね。僕が扱う骨董品は、それは色々なモノがありまして、ただ古いだけの商品、歴史ある家具、昔に描かれた絵画や美術品、皆さんがアーティファクトと呼ぶ、古代に時代に作られた魔道具。そして、神々の宝……神宝です」
「し、神宝もですか!?も、もしや今もお持ちで?」
その質問を軽く笑って流す。
まぁ、ありていに言えば「聞くな」ってことだ。
「それでですね。そういった物の中の呪いの品だと、持ち主の意思とは関係なく、持ち主に虐殺させる物が混じっている場合があります。神宝などは、通常では起こらない事、例えば、天変地異が起きたりする事もあるのですよ」
「…………」
僕が呪いの事などを詳しく話すと、アリスは真剣な表情をして黙り込んでしまう。
これは、思い当たる事があると考えていいのだろう。
こんなに速く、当たりを引くなんて、僕はツイてる。
さて、ひとまず冗談っぽくして、引いてみよう。
理想はあっちから協力を申し込まれる事だ。
「他にも、呪いの品には様々な……おっと、少し語り過ぎたみたいですね。すいません。骨董品の話になると、つい」
「い、いえ、貴重なお話でした。そ、それで……」
「おや?どうされました?顔色が優れないようですが?」
僕は敢えて惚ける。
さぁ、喰いつけ!
「いえ、大丈夫です。それより、その、呪いの話を詳しく聞かせくれませんか?」
「ああ、でもいいのですか?詰まらないでしょう?」
「いえ、そんな事はありません。是非聞かせて下さい」
ヒットだ。
この人は色々と分かりやすくて助かるな。
「そうですか……分かりました。では、少し説明をしましょう。一口に呪いと言っても様々なモノがあります。それは、死者が残した呪い。生者が誰かに悪意を持ってかけた呪い。偶々起こってしまった呪い。妖や魔獣や悪魔によってかけられる呪い、とまぁ色々ですね」
「そうですか……た、例えばなのですが、人を斬り殺してしまう呪いというモノはありますか?」
なるほど、なるほど。
最近起こっている事件というのは、人斬り――つまり斬殺事件なのですね。
「そうですね……もう少し詳しく内容が分からないと、説明が曖昧になってしまいますが、そういった呪いは存在します」
「や、やはりあるのですね」
それを聞くと、アリスは顔を伏せ、考え込むように黙りこくる。
そして、意を決したのか口を開く。
「あ、あのですね、これから話す事は内密にして欲しいのですが、よろしいですか?」
「ええ、神に……いえ、我が親愛なる賢者様に誓い、この事は他人には話しません」
まぁ、お父さんや弟には話しますけどね。
他人じゃないし、家族だから。
アリスはそれを聞き、フゥと息を吐き、再び顔を引き締めて話しだした。
「ここ最近の事なのですが、何か、そう剣だと思われるのですが、滅多刺しや弄ばれた後のある、惨殺死体が出ています」
「惨殺死体……ですか」
「はい。初めはこの街道の近くにある森に冒険者の死体がありました。盗賊や魔物の仕業かと思っていたのですが、同じような報告が増えてきて、ついには、この街の裏道や人通りの少ない道でも発見されています。その死体の中には、私の同僚である騎士やC級の冒険者の死体もありました」
「騎士や中級の冒険者がやられたと……犯人はかなりの実力者ですね」
「そうですね。なので、私はハク殿も疑っているのですよ」
「え?僕ですか!?」
不意打ちだったので、普通に驚いてしまった。
ああ、もしかしてこれは犯人かどうか、カマをかけられているのか?
犯人しか知らない情報を喋らせ様としているのか?
それとも「私はお前を見ているぞ」という警告も込みなのかな?
もしくは、この人が馬鹿なのか……
いや、これは冗談かもしれないので、とりあえず笑っておこう。
「いやはや、これは参りましたね。僕はしがない商人ですよ?僕如きでは、宿屋の従業員すら倒せませんよ」
「いえ、ご謙遜を。実際に私は、それはもう醜態をさらしましたので……」
「…………」
ああ、確かに騎士を、アリスを思いっきり殺そうとしちゃったけど。
でも、お父さんの働いていたあの宿屋の従業員の人達は、僕にとって本当に手も足も出ない人ばかりだったんだけどな。
もしかしたら、武技は使えるけど、アリスが弱いのかな?
「ああちなみに、私はこの街の護衛騎士団の第二分隊の副隊長をしていますよ?」
「OH……」
いい訳が出来ない状態だ。
いや、まだだ。
「そう言われたら、僕はかなりの実力者と見えるかもしれませんね」
「いえ、実力者ですよ」
くっ、まだだ!
いや、こうなればそれらしい理由をでっち上げた方が早いかな。
顎に手を置いて、少し考えてから話しだす。
「そうですね……もしかしたら、僕は仕事柄こうなったのかもしれませんね」
「仕事柄?」
「そうです、仕事柄です。ほら、扱っている商品が商品なので、盗賊などからの自衛が必要になります。それに時には、自らの手で呪いの商品を回収する為に、その呪いのかかった人と戦わなければならない時もあります。そうなると、生半可な実力では、それを倒したり、御することはできません。なので、知らぬうちに、このようになってしまったのでしょう」
どうだ!完璧ではないだろうか?
ほとんど嘘は付いていないし、今語った事はあながち間違いってない。
僕は詐欺師の才能があるのかもしれない。
それにこれなら、あっちから依頼を頼みやすいぞ?
なにせ実力のある専門家なのだから。
「では、そういう事にしましょう」
「ええ、そうなのです」
まだ納得はしてないみたいだけど、これでいい事にしよう。
さて、気を取り直して説明の続きといたしましょう。
「それで、呪いでしたね?もし今回の事件に関わっているのなら、この場合は呪いの剣『魔剣』かもしれません。実物を見ないと分かりませんがね」
「魔剣ですか?」
「ええ、憑依型と言えば分かりやすいかもしれませんね。剣に触れた者や、その剣の所有者の体を乗っ取り操るタイプですね」
「解決策はあるのですか?」
「ええ、簡単です。その剣を破壊するか、その剣から使用者を引き離す事です。しかし、厄介なのは、その使用者が呪いを受け入れて、使用しているパターンですね」
「それは……どういう事ですか?」
アリスは体を前のめりにして訊ねてくる。
僕はエールで少し唇を濡らし続ける。
「そうですね、神宝はご存知ですよね?」
「ええ、勿論です。神々が残したとされる強力な力を持った宝ですよね?」
「そうですね。間違ってはいませんが、今の答えだけだと50点です。神宝の中には呪いの宝もあります。神宝とはあくまで人がそう呼び定義したものです。更に言うなら、神も邪神も人が定義したものに過ぎません。なので、今回の魔剣が、深い恨みを抱いて死んだ者の遺品だったのかもしれませんし、殺人鬼と呼ばれる邪神が宿った物なのかもしれません。そして、その剣がもし長き時を経て感情を持った物ならば、それはツクモガミが宿ってしまった物かもしれません。それぞれ種類は違いますが、神の宿りし宝、列記とした神宝なのですよ」
一旦話を区切ってアリスを見ると、驚いたような表情をしている。
まぁ、確かにこのような話は普通に暮らしていると、知る事のない情報だから仕方が無いのだろう。
「それで、話を戻して僕が言った厄介なことです。深い恨みを残した物なら、下手な神宝より強力です。これはもし、その剣が神宝ならばですが……今回の犯人は、伝説の殺人鬼や、虐殺の限りを尽くした悪名高き英雄が、敵になると考えた方がいいでしょうね」
「ま、まさか……そんな……」
アリスはこの世の終わりの様な顔をして、頭を抱えた。
確かに、相手が伝説の存在だとすると、生半可の実力では正面に立つことすらできないだろう。
さて、この状況を収拾する為にも、最後は忠告して終わりにしましょう。
「散々怖い事を言いましたが、今回の犯人はただの狂人や、恨みを晴らす為に殺したのかもしれません。なので、そこの所を見誤らないようにした方が賢明ですね」
にっこり笑って話を締めくくるが、アリスの顔色は未だに青い。
う〜ん、しょうがない。
本当はあっちから依頼してもらった方が、色々と交渉しやすいから良かったのだけど、ここは僕から話そうかな?
「それほど不安なら、僕がこの事件に協力しましょうか?」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。でも、もしそれが魔剣なら、その魔剣は頂きますよ?呪いの品の収集も僕の仕事の一つなので」
「はい、それでよければお願いします」
アリスは僕の事を疑ってはいるものの、協力を受け入れてくれるらしい。
少し脅かし過ぎたせいか、アリスの顔色は悪いままだ。
ここは元気づける為にも楽しい話題を……そうだ!お父さんのお話をしよう。
むしろこれが本題だった。
「アリスさん。ここで話は変わるのですがね、お父さんの事です」
「く、クロど……クロ様の事ですか?」
「ええ、そうです」
どうしたのだろう?今一瞬アリスの顔が引きつったぞ?
それにしても、お父さんに様付けとは……うんうん、分かってきたじゃないかっ!
「まず誤解を解いておきましょう。お父さんはスカートの中を覗いたのではなく、スカートのヒラヒラに夢中になっていたようです」
「ヒラヒラ?」
「ええ、ヒラヒラです」
顔の前で手を組んで、これでもかと真剣な表情で訴えかける。
「それは猫の狩猟本能と呼ばれるモノでしてね――」
こうして僕は、アリスの誤解解くことから始め、小一時間ほどお父さんの良さを語った。