第二話 何でもするって言ったよね? ハク
〜ハク視点〜
「ん、んん……なんだ?騒がしいな?」
「やっぱり起きてしまいましたか。少し困ったことが起きまして……」
僕のフードの中から、お父さんが起きて出てきた。
途中から声は消したけど、あれだけ騒がしくしたら、起きてもおかしくはないよね。
むしろ、よく今まで寝られたものだと関心さえする。
正直に言うと、僕一人では、もう収拾がつかなかったから本当に助かった。
「で、何があった?」
「えっと、変なのに絡まれまして」
「あの男たちか?」
お父さんは、口をパクパクさせて笑っている彼らを指差して言う。
「彼らは……彼らじゃなく、そこで寝ている女騎士ですね。なんか盗賊と間違えられて、斬りかかって来まして」
「な……に?……アレらではなくこっちか……」
「ええ……まぁ……それに言い方がアレですが、彼らは意外にも無害でしたよ?」
父さんは何か言いたげな表情で僕を見るが、本当にこの女騎士が襲ってきたのだからしょうがない。
「ふむ。まず、アレらの話を聞いてみるか……不安だが、ものすごく不安だが、とりあえず、一人だけ魔法を解いてみるか」
「分かりました」
お父さんの言葉に頷き、なんとなく彼らにもかけてしまった魔法を解除した。
「ひゃっはー!ファ×ク!ひゃっはー!ひぃやっはー!!チ×コ!チ×コ!」
『彼の者に沈黙を』【サイレント】
気付いたら再び魔法を使っていた。
「アレは……本当に無害なのか?」
「ごめんなさい。自信が無くなりました」
すぐさま頭を下げた。
そして、なんとも言えない気持ちになったのは言うまでもないだろう。
きっと、僕も彼らも少し疲れているだけなのだ。
むしろ、そうだと言ってほしい。
いや本当、切実に。
「とりあえず、アレらは放置で構わんな?」
「ええ、それがいいですね。触らぬ神になんとやらと言いますし、先にこの女騎士から話を聞いてみましょう」
反対意見なんてこれっぽっちもないですよ。
むしろ激しく同意します。
僕達は倒れている女騎士に近づき、彼女にかけた魔法を解除した。
「ん?うん……ここは?」
「気づきましたか?どうやら混乱している様ですね。ここは、イディオットの近くの街道ですよ」
「そ、そうか……って、賊は!?」
「そんなもの最初からいませんよ?」
「なんだと?って、貴様は賊の一味の――」
「勘違いです」
あの無限ループをもう繰り返したくないので、彼女の言葉を遮り説明する。
「さて、状況整理も兼ねて、自己紹介をしましょうか。僕の名前はハク。主に骨董品を扱う商人です。こちらの黒猫はクロ。僕の父です。もちろん盗賊ではありませんよ?」
「父?……いや、それより貴様が商人の筈はあるまい!商人が私の攻撃を避け、あまつさえ、私を倒すほど強い訳が無い!」
「いえ、商人ですよ。さっきの様に絡まれることも多いので、自衛の為に鍛えました。それに、さっきのは……貴女の自滅ですよ?」
「そ、それは……だが……」
女騎士は僕の言葉を信じられないようで、何か考え込んでしまった。
「これが証明になるか分かりませんが、商人ギルドという商人たちの組合のカードです。確認下さい、騎士様」
腰の革袋からカードを取り出し、女騎士に見せる。
「た、確かに……商人ギルドのカードだ……」
女騎士が疑いながらもギルドカードと睨めっこしている。
よしっ!これなら穏便に収まりそうだ。
「ほら、これで分かったろ?騎士様よぉ?何か俺らに言う事があるんじゃないか?」
そんな事を考えていたら、お父さんが口を挟む。
「なっ!?猫が喋っているのか?使い魔か?」
「ああん?てめぇ、今のご時世、普通に猫だって喋ってもおかしくねえだろ?喧嘩売ってんのか?譲ちゃんよォ!?」
「えっ……いや……」
なぜか分からないが、お父さんが全力で女騎士に絡み出した。
なんて面倒くさ……じゃなくて、鬱陶し……じゃなくて、面倒くさいのだろうか。
あっ、戻っちゃった。
「おいおい。騎士様だからって、いきなりうちの息子に斬りかかって、下手したら死んでたぞ?これは犯罪だ。なんかいい訳でもあるのか?」
「し、しかし……いかにも怪しい……」
「はっ!怪しきは罰せよってか?これだから、頭の固いお役人様はいけねぇ!変な格好や言動している奴は悪ってか!?あぁん?てめぇ冗談じゃねぇぞ!」
「くぅう……うぅ」
「おいおい、どうしたよ?困ったらだんまりか?騎士ってのは、主君の為、民の為、己を犠牲にしてでも、その剣で守り抜く、由緒正しく誇り高いモノじゃねぇのか?」
「は、はい、そうです。ご、ごめん……な……さい」
「ごめんなさいで済んだら、騎士なんていらねぇんだよ!あっ、てめえが騎士だったか?」
「うっ、ぐすっ」
「ああ?てめぇ、泣いたら何でも許してもらえると思ってんのか?」
「……ううぅっ」
女騎士はお父さんが正論と罵声を捲し立てる様に言うものだから、泣きそうな顔に……いや、泣いてしまっている。
これでは明らかにこっちが悪者だ。
「ちょ、ちょっと!お父さん!?何やってるんですか?穏便に済ませようと思ったのに……ほら、騎士様が泣いちゃったじゃないですか」
「ああ?ハクよ。悪いことしたら、誰かが叱ってやらねばならんだろう?罪には罰だ」
「確かに……そうですが」
「いいか?今回は相手がお前だったから死ななかったものの、他のただの商人だったら死んでいた。分かるな?」
「そう……ですね」
「なら、今後このような事を繰り返さないように、言っておかなければならんのだ。ここは、大人である俺に任せろ」
「はい、分かりました」
流石お父さんだ。
確かに今回は僕じゃなかったら、笑えない事になっていたかもしれない。
お父さんはこの女騎士の事を思って、心を鬼にして叱っているのか。
ただ、日頃の鬱憤を解消する為に、全力で絡んでいるだけだと思っていた。
僕はなんて浅はかな思考しかできないのだろうか。
ここはお父さんに任せて状況を見守るとしよう。
ただ、腕を組んで二本足で立つ猫が、正座している人を説教しているというのは、何か斬新な光景ではないだろうか?
「で、譲ちゃん。何か言うことはないのか?」
「ぐすぅ、こ、この度は、私の勘違いで襲ってしまい、ぐすっ、申し訳ありませんでした」
「ああ、そうだな。間違った事をしたら謝る。人として当然の事だ。それでどうすんだ?」
「ど、どうするとは?」
「誠意を見せてくれないか、と言ってんだよ!」
おや?何か変な方向に向かってないかな?
いや、お父さんの事だ。
きっと、この行動にも意味があるに違いない。
「わ、私にできることなど……」
「じゃあ、どうすんだ?ああ?」
「で、では、私にできる事ならなんでもします」
「言ったな!?何でもすると言ったな?」
「は、はい!」
「では、お前には性奴隷になってもらおう!」
「は?え?そ、それだけは許して――」
「ちょーい!ちょいちょーい!お父さん、何を言っているのですか?」
ビックリして、つい変な口調でお父さん達にツッコんでしまった。
とりあえず、お父さんの首根っこを掴んで女騎士から引き離し、小声で会話する。
「で、お父さんなぜあんなことを?」
「い、いや、深い意味など……ないぞ?」
「深い意味って……何ですか?」
僕が半目で睨むと、下種の様な顔になっているお父さんは、僕と目を合わせない様に顔を逸らした。
だが、お父さんはキリッとした顔付きに変わり、僕の事を見つめ返してきた。
そこで僕は先程のミスを思い出した。
そうか!この行動にも、僕が分からない様な意味があるのだろう。
「も、もしや……この会話にも深い意味があるのですね?」
「ふっ、今頃気づいたのか我が子よ!」
「くっ、すみません。お父さん。僕はてっきり……」
「い、いいのだ、我が息子よ。して、この会話をどう読む?」
やはり、お父さんは過去に賢者様と呼ばれていた男だ。
僕の足りない頭で必死に考えを巡らす。
僕たちの任務。辺境の地。商人として潜入。実力のある女騎士が襲ってきた。勘違い。女騎士の性格。賠償として何でもする。性奴隷……じゃなくて奴隷。今の状況。
導き出されるのは――
「なるほど、そういうことだったのですね?」
「ほ、ほう?気づいたか?言ってみなさい」
「ええ、お父さんは敢えて悪役になって、許すには性奴隷にという、人として最低な事。いや、屑みたいな言った。そうですね?」
「う、うむ。そうだ。ほ、本心ではないぞ?ほ、本当だぞ?」
「やはりそうでしたか」
流石お父さんだ。
これは、奴隷にする、しないという、単純な会話ではないのだ。
「では、後は僕に任せて下さい」
「あ、ああ。お前なら後は……分かるな?」
「ええ。僕は賢者の息子ですから」
そう言って、お父さんを抱き上げて女騎士に近づいて行った。